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丸太町ルヴォワール/円居 挽

2009年発表 講談社BOX(講談社)

 まず「第一章」、城坂論語による語りそのままかと思いきや、読み返してみるといきなり“由乃さん”ではなく芳野さん”(9頁)と表記されているのに苦笑。つまり「第一章」は、〈黄龍〉側が入手していた盗聴記録から起こした書類の内容を記したものであって、盗聴の動かぬ証拠となる表記の誤りが冒頭から大胆に示されているのに脱帽です。

 そして、盗聴に気づいた論語が仕掛けた“奇跡の騙し絵”(15頁)というに対応する、御堂達也が現場を訪れた場面の“出来事らしい出来事を強いて挙げれば、ルージュが姿を消したという部屋に達也が出入りする度に額をぶつけそうになったことぐらいだ。つまりはそれぐらい特筆すべきようなことが起きなかったということだ。”(102頁)という描写がまた巧妙。長身の達也が“額をぶつけそうになった”ことを強調して“奇跡の騙し絵”の存在を匂わせつつ*1、さりげなく“特筆すべきようなことが起きなかった”ことを示してあるのがうまいところです。

 〈黄龍〉側の盗聴行為が暴かれ、さらに論語の罠に引っかかって*2龍樹落花が〈ルージュ〉でないことが明らかになり、〈双龍会〉の勝敗そのものが決したところで、〈御贖〉(被告)の論語自身が〈黄龍師〉(検事)をつとめるという意表を突いた展開が強烈。一見するとかなり無茶にも思えますが、しかし論語の目的は〈双龍会〉の勝利ではなく、あくまでも〈ルージュ〉との再会――そのための真相解明であるわけで、十分に説得力のある“方向転換”といえるでしょう。

 そこで、〈双龍会〉の中で〈青龍師〉自身が示した“〈ルージュ〉が左手で睡眠薬をカップに入れるのは困難だった”という事実から、“睡眠薬があらかじめポットの中に入れられていた”という真相を導き出す推理がよくできています。しかしそれ以上に、その推理にも用いられた、“ポットの中にコーヒーではなく紅茶が入っていた”という新たな証言が、単純に考えると不条理にしか思えないにもかかわらず、“マンデリンが一杯分しか残っていなかった”という事実と組み合わされることで、“犯人”の暴露に直結している――マンデリンが残り少ないことを知らなかった人物が“犯人”――のが非常に秀逸です。

 とはいえ、いくら何でも“あおさん”が〈ルージュ〉だったとは(年齢からして)考えにくいところで、にもかかわらず落花と結託(?)して〈双龍会〉の幕を引いた論語の思惑が奈辺にあるのか疑問のまま。そして「終章」に入ると、達也の“城坂がアンタの正体に確信を持ったのは、城坂がアンタの手を握った瞬間だと考えているんだが”(271頁)という台詞でさらに五里霧中となってしまうわけですが……明らかにされる〈ルージュ〉の正体はお見事。

 実のところ、登場する女性の中で落花が排除された後は〈ルージュ〉の候補は撫子くらいしか残らなくなるわけですが、“撫子/大和”の一人二役を演出する叙述トリック*3によって、前述の達也の台詞にもかかわらず、“黄龍師・大和”が論語の手を握った場面(188頁)*4が特に意味のないものとミスリードされてしまい、結果として撫子も〈ルージュ〉の候補から外さざるを得なくなるのが巧妙です。そしてその叙述トリック自体、瓶賀流の性別に関する叙述トリックという“目くらまし”によって一層見えにくくなっているのも巧妙です。

 最後の、落花と撫子の入れ替わりが隠蔽されている以下の箇所、

「ま、大和の侍スタイルもいいけど、撫子ちゃんは普通の私服も似合ってるぜ」
「ありがとうございます」
 そこで、長いこと沈黙を守っていた撫子がようやく口を開いた。
「なあなあ、みっちゃん。ウチも誉めてえな」
  (283頁)
“撫子がようやく口を開いた”のが前後どちらの台詞かを誤認させる巧みな記述にもうならされます。そしてまた、撫子のみならず落花までもが“ようやく口を開いた”という状況を作り出すのに、流の饒舌なキャラクターが貢献しているところも見逃せないでしょう。

*1: 実際には、いくら“奇跡の騙し絵”だとしても同じ場所で何度も躓くとは考えにくいわけで、別の理由で“額をぶつけそうになった”ことを暗示しているともいえます。
*2: 実のところ、撫子が〈ルージュ〉だったのならば、現場を訪れているのですから“騙し絵のような出っ張り”などないことを知っていたはずなのですが、それが落花に伝わっていなかったとすれば意味深長です。
*3: “大和の実力はどんなものだ?”という達也の問いに、“大和? ああ……少なくとも今の私よりはずっと手強い相手だと思ってくれた方がいいわ”(いずれも110頁)と返しているあたりが実に見事。
 ところで、“撫子”と“大和”を姉弟(あるいは兄妹?)だと見せかけるトリックは、同じく京大ミステリ研出身の作家による某作品へのオマージュなのでしょうか。
*4: “黄龍師は御贖の右手に手を伸ばす。しばらくはおっかなびっくりという様子で触れていたが、意を決したのだろう。やがてしっかりと手首を掴んだ。”(188頁)。真相が明らかにされてみると、下線部の印象ががらりと変わってしまうのが鮮やかです。

2010.05.22読了