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悪党どものお楽しみ/P.ワイルド

Rogues in Clover/P.Wilde

1929年発表 巴 妙子訳 ちくま文庫 わ12-1/(巴 妙子訳 ミステリーの本棚(国書刊行会))
「シンボル」
 ビルが万に一つも負けようはずのないポーカー勝負で、得意のいかさまを使うこともできず劣勢に立たされる不可思議な展開は、一見するとオカルトもののようにも思われますが、ゲームの間ずっとビルの視界に入っていた“古くからの正しさの印”(17頁)――“シンボル”であるヒッコリーの鞭による心理的な影響が示唆される結末には納得です。

「カードの出方」
 針付きの指輪でカードに印をつけるトリックは、奇術などでもある程度有名ではないかと思われますし、サトリフと握手したビルの手に引っかき傷ができていた(57頁)という手がかりは、かなりあからさまでしょう。しかし、見破ったいかさまを単純に指摘するのではなく、それを巧みに逆用して――十をジャックに、ジャックをキングに“昇格”させて――サトリフを打ち破ったビルの手際は鮮やか。しかも、サトリフが正直にプレイした場合には勝ち目を用意してあったというフェアプレイには、脱帽せざるを得ません。

「ポーカー・ドッグ」
 シュウォーツの袖が“肘まですっかり見通せた”(88頁)という表現が少々わかりづらいですが、袖口から内側の腕が肘まで見えた、ということになるでしょうか。いずれにしても、カードを隠せそうな場所の“あらため”を済ませておいて、二重袖の間に仕掛けを配置するトリックは巧妙です*1し、ビルが(犬を隠しておくために)家具の配置を気にしていること(90頁〜91頁)が、期せずして(?)ミスディレクションとなっている感があります。
 仕掛けを手で操作できないので足で紐を引っ張っている、というところまでトリックを見破った上で、絶妙のタイミングで強制的に膝を開かせるために犬を呼ぶという、意表を突いた〈ポーカー・ドッグ〉の使い方が鮮やかです。

「赤と黒」
 ルーレット盤そのものに機械的なトリックが仕掛けられていることは予想できると思いますが、仕切りがスライドして赤と黒の枠の大きさが変わる仕掛けは大胆。その“目にも止まらぬ”いかさまを、ストロボ効果(→Wikipedia)を利用して見破ろうとするビルのアイデアが秀逸ですし、カメラの代わりに作り上げた〈ルーレットスコープ〉が非常によくできています。
 依頼人バーンサイドのけちな性格を見抜いて“先回り”したような結末にもニヤリとさせられます。

「良心の問題」
 普通ではあり得ないほど負け続けるフォルウェルが、それについて何も言わないのは不自然なので、ターナーに金を与えるためにフォルウェルの方がいかさまをやっていたことは見え見えだと思いますが、フォルウェルの“君はもちろん、勝者を見ていたからね。誰も敗者を見ようとは思わない”(176頁)という言葉に表れているように、観衆が見守る中でのいかさまが、典型的なミスディレクションの原理に支えられているのが面白いところです。
 そしてそのミスディレクションを“隠れ蓑”に、ビルがフォルウェルの“手品”に気づかなかったふりをする結末が、心を動かす余韻を残してくれます。

「ビギナーズ・ラック」
 ビルがトニーを追いかけることが明示されている(191頁)ので、電報の返事が届き続けても読者としては安心(苦笑)。というわけで、ビルの企みによるひねられたプロットが光るエピソードですが、“ビル・パームリー”を使って邪魔なピートを排除しようというグレアムの計画――“犯人”が“探偵”に依頼する構図*2も、なかなか面白いところです。
 自分だけで解決できそうなところを、わざわざトニーを現地に送り込んだビルの真意もさることながら、それをミリーが解き明かしているのも見逃せないところでしょう。

「火の柱」
 カードには無知なはずのソーントンが“ウィリアム・ブラウン”をいかさま師と告発したことで、ソーントンがフェルトンの共犯であることが明らかになり、あとはソーントンがのぞき見したカードの情報を“どうやってフェルトンに伝えるか”が眼目となるわけですが、煙草の煙を使ったモールス信号というトリックはなかなかよくできていると思います。
 さらに、ビルがそのトリックをアレンジして逆用するのがお見事ですし、二つとのトリックが“『雲の柱』と『火の柱』”(274頁)になぞらえられているのがしゃれています。いかさまをはたらいた二人を、ビルが見逃した理由も愉快です。

「アカニレの皮」
 チェスの勝負でいかさまを仕掛けるとすれば、弱いレノルズが指していると見せかけて別人が対局するくらいしか考えられないので、名人ズボロフスキーの登場は予想通りの展開ですが、対局中のレノルズにズボロフスキーの指し手を伝える手段が巧妙。序盤にレノルズが劣勢だったのは、一見するとズボロフスキーの演出かとも思えますが、ロシア語による記譜法の違いという真相にはなるほどと思わされます。

「堕天使の冒険」
 いかさまに関するトニーの推理(356頁〜359頁)には説得力があるようでいて、ビルにあっさり論破されているところが笑えますが、“カードに印がついていた”というトニーのブラフが“大当たり”となるのがまた愉快。
 小さい数字のカードにももれなく印がついていたことから、ブリッジしかやらないロイ・テリスの容疑が晴れるのが鮮やかで、そこから異色のフーダニットが展開されるのもユニーク。また、未開封のカードにも印がついていたことを踏まえれば、犯人の仕掛けたトリックは予想ができますが、想像するだけでも気が遠くなる途方もない作業量の一端を、犯罪小説風に描いてあるのも魅力です。
 最後に明かされる、“探偵のホワイダニット”――ビルが解決に乗り出した理由にも印象深いものがありますし、ビルがなぜかロイ・テリスの名前を知っていたこと(361頁)がよくできた伏線となっています。

*1: ビルがトリックを見抜くきっかけとなったクリップの跡(104頁)が、読者には示されない後出しの手がかりとなっているのは確かですが、どのみち特殊な知識がなければ解けないトリックなので、大勢に影響はないでしょう。
*2: 次の「火の柱」でも同様の構図が現れていますが、調査の対象となる“いかさま師”がビル本人ということで、「ビギナーズ・ラック」よりもさらにエスカレートしている感があります。

2003.03.02読了
2017.03.18文庫版読了 (2017.04.23改稿)

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