[紹介と感想]
様々ないかさまを駆使するカード賭博の達人だったビル・パームリーは、賭博から足を洗い、故郷で農夫として新しい人生を始めた。だが、賭博好きでお調子者のトニー・クラグホーンと出会ったのをきっかけに、その知識と経験を生かしていかさま師たちと対決し、そのトリックを次々と暴いていくことになり……。
『検死審問 ―インクエスト―』などのユーモラスなミステリで知られる作者による、何ともユニークな連作短編集。禁酒法時代のアメリカを舞台に、元賭博師のビル・パームリーが“探偵役”としていかさまを解き明かしていく、異色のギャンブルミステリです。
プロローグにあたる「シンボル」で賭博から足を洗ったビルですが、「カードの出方」で賭博好きのトニー・クラグホーンと妻のミリーに出会い、トニーに“探偵”として担ぎ出されることになります。懲りずに何度も苦境に陥ってしまう“活躍”が物語を動かす原動力になるとともに、“狂言回し”の役割を果たして作者ならではのユーモラスな味わいを生み出すなど、単なる“ワトソン役”ではないトニーこそが本書の主役であり、大きな魅力の一つとなっています。
ミステリとしては、ポーカーなどでの様々ないかさまのトリックはもちろんのこと、いかさまを見抜いたビルが“どのように対抗するか”――“探偵”の側が仕掛ける“逆トリック”にも興味深いものがあります。また、いかさまが中心とはいえ決してトリック一辺倒ではなく、プロットにも色々と工夫が凝らされているのが作者らしいところです。
- 「シンボル」 The Symbol
- いかさまを見破られて街を離れたビル・パームリー。彼の足はいつしか、十八歳で飛び出した故郷へと向いていた。だが、六年ぶりにようやく我が家に帰ってきたビルを、父親は温かく迎えようとするどころか、家からの追放を賭けたポーカー勝負を挑んできたのだ……。
- “放蕩者の帰還”をテーマとしたプロローグ的な作品で、ミステリ色は薄くなっていますが、ビルにとっては赤子の手をひねるようなものだったはずのポーカー勝負が、なぜか緊迫した展開となっていくのが見どころです。
- 「カードの出方」 The Run of the Cards
- 賭博からすっかり足を洗ったビルだったが、ポーカーでいかさま師の罠にはまったトニー・クラグホーンを助けるために、一肌脱ぐことになった。トニーとの勝負を見ていると、相手はカードの出方を自在に操っているかのように、着実に勝ちを重ねていくのだが……。
- わかりやすい手がかりが用意されているので、いかさまの手口はおおよそ見当がつきますが、それを見破ったビルの“逆トリック”が実に巧妙。そして、ビルの凄みが伝わってくる結末が鮮烈な印象を残します。
- 「ポーカー・ドッグ」 The Poker Dog
- 妻ミリーの従兄弟が大金を巻き上げられたのを助けようとして、かえって窮地に陥ってしまったトニー。相手はカードをすりかえたはずだが、不自然な動きはまったく見えなかった。求めに応じて駆けつけたビルは、なぜかトニーに“犬がほしい”と言い出して……。
- 冒頭の、ビルの“出馬”をめぐる電報でのやり取りがまず愉快。そして、どう考えてもカード賭博とは関係なさそうな“犬探し”が始まり、どうなることかと思っていると、実に鮮やかな決着が用意されているのがお見事。いかさまの手口もさることながら、〈ポーカー・ドッグ〉の意表を突いた使い方が非常に秀逸です。
- 「赤と黒」 Red and Black
- ルーレットで黒が13回連続で出たために大損してしまった男が、トニーに泣きついてきた。ビルを呼び寄せて、ディーラーのいかさまを暴いてほしいというのだ。男の傲岸不遜な態度に辟易しながらも、トニーはビルに相談してみたが……。
- カード賭博ではなくルーレットが扱われたエピソードで、カードとは違ってある意味豪快な(?)いかさまとなっていますが、それを見破るためにビルが作り上げた小道具が非常によくできています。また、強烈な依頼人を巧みにあしらうビルの対応も愉快で、結末にはニヤリとさせられます。
- 「良心の問題」 A Case of Conscience
- 伝統あるクラブで、毎晩のようにカードの勝負を行う富豪と若者。大きな金額ではないので目立たなかったが、実は若者の方ばかりが勝ち続けていたのだ。それに気づいて、何気なくいかさま疑惑を口にしたトニーは、疑惑を証明できなければ退会という羽目に……。
- “カシーノ”という耳慣れないゲーム(*1)が題材で、ポーカーと違ってすべてのカードを使うなどの理由で、通常の(?)いかさまが難しいのがポイント。真相そのものはかなりわかりやすいと思いますが、それが明かされる場面はやはり何ともいえない面白さがありますし、結末の味わいが最高です。
- 「ビギナーズ・ラック」 Beginner's Luck
- ビルのもとに、いかさまを暴いてほしいという依頼の手紙が届く。だが、相手はかつてビルが手も足も出なかったプロの賭博師。乗り気ではないビルの代役として、トニーが現地に乗り込むことになった。勇躍したトニーは、ビルの助言を得て依頼を果たそうとするが……。
- トニーがビルの代役としていかさまを暴きに行く、本書の中で最も愉快なエピソード。ビルも一目置くプロの賭博師相手に、なかなかいかさまを見破れず窮地に陥ったトニーが、苦悩の果てにビギナーズ・ラックを炸裂させて大勝利――といくのかどうか、最後の最後まで目が離せない快作です。
- 「火の柱」 The Pillar of Fire
- 浜辺で繰り広げられるポーカーの勝負。メンバーは全員が水着姿で、カードを隠し持つといったいかさまをする余地はまったくない。にもかかわらず、普段はトニーよりも弱いはずの男がなぜか勝ち続け、何とビルも負けてしまったのだ。一体どうやって……?
- 浜辺でまでポーカーに熱中する人々の姿には苦笑を禁じ得ませんが、その特殊な状況によっていかさまが“不可能犯罪”に仕立てられているのが目を引くところで、トリックという点では本書で随一といっていいのではないでしょうか。そして、冒頭の“読心術談義”(*2)に対応させたビルの“奇妙な逆襲”も、これ以上ないほど鮮やかな印象を残します。
- 「アカニレの皮」 Slippery Elm
- その実力にもかかわらず、傲岸不遜な態度と強烈な悪臭を放つ葉巻のせいで、チェス・クラブで鼻つまみ者になっている男。クラブの面々は、彼を負かすためにチェスのいかさま勝負をビルに依頼してきたのだが、チェスのルールもよく知らないビルは……。
- ここまで様々ないかさまを暴いてきたビルが、鼻持ちならない男に何とか一泡吹かせようと意気込むチェス・クラブの面々に協力し、いかさまを仕掛ける側に回る異色のエピソード。ビルがチェスでは素人同然ということもあって、どのようないかさまを仕掛けるかは早い段階で見当がつくと思いますが、その具体的な手段が巧妙です。
- 「堕天使の冒険」 The Adventure of the Fallen Angels (文庫版のみ収録)
- ヒマラヤ・クラブで行われているブリッジで、一人の男が常に勝ち続けていることに気づいたトニーは、いかさまを疑いながら勝負を観戦した末に、カードに印がついていると指摘する。だが、相手はカードに印をつけたことを認めず、逆に怒り出してしまい……。
- 単行本には未収録(*3)で、ボーナストラックとして文庫版に追加された作品です。ビルではなくトニーがいかさまを指摘するところから始まりますが、“まるで成長していない”のはさすがというべきか(苦笑)。“瓢箪から駒”のような展開から、(いかさまが中心となる本書では珍しく)ある種のフーダニットへ、さらには犯罪小説風の挿話を経て印象深い結末に至るという具合に、色々な面白さが詰め込まれた傑作です。
*1: 巻末の 「付録」で簡単にルールが説明してあります。
*2: ここでビルが言及する“読心術”の一つは、泡坂妻夫 『11枚のとらんぷ』中の 「赤い電話器」で紹介されているトリックを思い起こさせるところがあります。
*3: 江戸川乱歩編 『世界短編傑作集3』(創元推理文庫)に収録されているので、そちらでお読みになった方も多いのではないでしょうか。
2003.03.02読了
2017.03.18文庫版読了 (2017.04.23改稿) [パーシヴァル・ワイルド] |