ミステリ&SF感想vol.56

2003.03.06
『4000年のアリバイ回廊』 『ワイルダー一家の失踪』 『悪党どものお楽しみ』 『ロシュワールド』 『ジェンダー城の虜』


4000年のアリバイ回廊  柄刀 一
 1999年発表 (光文社文庫 つ12-2)ネタバレ感想

[紹介]
 室戸沖の深海に沈められていた他殺死体。被害者は、火山の噴火により瞬時に全滅した縄文時代の集落の遺跡“高千穂ポンペイ”の発掘主任だった。発掘現場に建設される予定だった産廃処理施設関連のトラブルかとも疑われたが、関係者には強固なアリバイが存在し、捜査は難航する。一方、発掘中の遺跡に関わる研究者たちは、次々と浮かび上がってくる、まったく説明のつかない不可思議な事実に直面していた……。

[感想]
 『3000年の密室』に続く考古学ミステリですが、前作よりも考古学部分と現代の事件との絡みがやや強くなり、バランスもよくなっているように感じられます。
 まず現代の事件の方は、死体の登場する場面からして強烈なインパクトですが、関係者全員に強固なアリバイが成立するという状況や、被害者自身の行動の謎も興味をひきます。そして、古代の謎の一部が深く関わってくる真相は、なかなかよくできていると思います。
 一方、遺跡の方では、DNA分析を通じて明らかになった、遺体で発見された幼児と新生児との間の“親子関係”という不可解な現象を中心に、様々な謎が登場してきます。どちらかといえばやはり、この考古学の謎の方に力が注がれているようで、大小のネタを様々に組み合わせて4000年前の人々の“生”を鮮やかに描き出す手際は見事です。

 ただ、全般的に“ドラマ”を強調しすぎているところが少々鼻についてしまいます。特に考古学部分で顕著なのですが、演出の手際があまりよくないのか、色々な意味で強引にドラマが作られているという印象が否めません。ラストもまた同様で、印象的ではあるものの、かなり強引に感じられてしまうところが残念です。

2003.02.25読了  [柄刀 一]



ワイルダー一家の失踪 Wilders Walk Away  ハーバート・ブリーン
 1948年発表 (西田政治訳 ハヤカワ・ミステリ104)ネタバレ感想

[紹介]
 “他の人たちは病気で死んで行く”/“でもワイルダー家の人達は消えて行く”――ワイルダース・レーンの町に伝わる唄の文句の通り、次々と謎の失踪を遂げてきたワイルダー家の人々。そして今また、若き娘エレン・ワイルダーが姿を消した。だが、彼女は他殺死体となって発見されたのだ。雑誌の取材で町を訪れていたレイノルド・フレームは、死体の発見者となったのをきっかけに事件の調査に乗り出したが、やがてまた一人、ワイルダー家の人間が消え失せてしまい……。

[感想]
 ちょうどJ.D.カーの一部の歴史ミステリのような、といったらいいでしょうか。本格ミステリとしてはやや弱いものの、その分伝奇的要素が強く、なかなか面白い物語に仕上がっています。中でも最大の魅力はやはり、一族が次々に失踪するという状況でしょう。様々な不可能状況で人々が姿を消していくという謎は、連続殺人などとはまた一味違ったインパクトがあります。そしてそれが一族にまつわる因縁話となり、さらに登場人物のロマンスも絡んできて伝奇ロマンの様相を呈してくるあたりはJ.D.カーを彷彿とさせます。

 本格ミステリとしての弱点は、解決部分にあります。謎解き役をつとめるフレームは、ほとんど直観だけで真相に到達してしまっていますし、またその真相自体も魅力的な謎に比べてかなり弱いものになっています。一部の真相には面白いものもあるのですが、全体的にみて、本格ミステリとしては竜頭蛇尾という印象がぬぐえないところが残念です。

 なお、江戸川乱歩による解説はかなりネタバレ気味なので、本文より先に読んでしまわないようご注意下さい。

2003.02.28読了  [ハーバート・ブリーン]



悪党どものお楽しみ Rogues in Clover  パーシヴァル・ワイルド
 1929年発表 (巴 妙子訳 ちくま文庫 わ12-1/巴 妙子訳 国書刊行会 ミステリーの本棚)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 様々ないかさまを駆使するカード賭博の達人だったビル・パームリーは、賭博から足を洗い、故郷で農夫として新しい人生を始めた。だが、賭博好きでお調子者のトニー・クラグホーンと出会ったのをきっかけに、その知識と経験を生かしていかさま師たちと対決し、そのトリックを次々と暴いていくことになり……。

 『検死審問 ―インクエスト―』などのユーモラスなミステリで知られる作者による、何ともユニークな連作短編集。禁酒法時代のアメリカを舞台に、元賭博師のビル・パームリーが“探偵役”としていかさまを解き明かしていく、異色のギャンブルミステリです。
 プロローグにあたる「シンボル」で賭博から足を洗ったビルですが、「カードの出方」で賭博好きのトニー・クラグホーンと妻のミリーに出会い、トニーに“探偵”として担ぎ出されることになります。懲りずに何度も苦境に陥ってしまう“活躍”が物語を動かす原動力になるとともに、“狂言回し”の役割を果たして作者ならではのユーモラスな味わいを生み出すなど、単なる“ワトソン役”ではないトニーこそが本書の主役であり、大きな魅力の一つとなっています。
 ミステリとしては、ポーカーなどでの様々ないかさまのトリックはもちろんのこと、いかさまを見抜いたビルが“どのように対抗するか”――“探偵”の側が仕掛ける“逆トリック”にも興味深いものがあります。また、いかさまが中心とはいえ決してトリック一辺倒ではなく、プロットにも色々と工夫が凝らされているのが作者らしいところです。

「シンボル」 The Symbol
 いかさまを見破られて街を離れたビル・パームリー。彼の足はいつしか、十八歳で飛び出した故郷へと向いていた。だが、六年ぶりにようやく我が家に帰ってきたビルを、父親は温かく迎えようとするどころか、家からの追放を賭けたポーカー勝負を挑んできたのだ……。
 “放蕩者の帰還”をテーマとしたプロローグ的な作品で、ミステリ色は薄くなっていますが、ビルにとっては赤子の手をひねるようなものだったはずのポーカー勝負が、なぜか緊迫した展開となっていくのが見どころです。

「カードの出方」 The Run of the Cards
 賭博からすっかり足を洗ったビルだったが、ポーカーでいかさま師の罠にはまったトニー・クラグホーンを助けるために、一肌脱ぐことになった。トニーとの勝負を見ていると、相手はカードの出方を自在に操っているかのように、着実に勝ちを重ねていくのだが……。
 わかりやすい手がかりが用意されているので、いかさまの手口はおおよそ見当がつきますが、それを見破ったビルの“逆トリック”が実に巧妙。そして、ビルの凄みが伝わってくる結末が鮮烈な印象を残します。

「ポーカー・ドッグ」 The Poker Dog
 妻ミリーの従兄弟が大金を巻き上げられたのを助けようとして、かえって窮地に陥ってしまったトニー。相手はカードをすりかえたはずだが、不自然な動きはまったく見えなかった。求めに応じて駆けつけたビルは、なぜかトニーに“犬がほしい”と言い出して……。
 冒頭の、ビルの“出馬”をめぐる電報でのやり取りがまず愉快。そして、どう考えてもカード賭博とは関係なさそうな“犬探し”が始まり、どうなることかと思っていると、実に鮮やかな決着が用意されているのがお見事。いかさまの手口もさることながら、〈ポーカー・ドッグ〉の意表を突いた使い方が非常に秀逸です。

「赤と黒」 Red and Black
 ルーレットで黒が13回連続で出たために大損してしまった男が、トニーに泣きついてきた。ビルを呼び寄せて、ディーラーのいかさまを暴いてほしいというのだ。男の傲岸不遜な態度に辟易しながらも、トニーはビルに相談してみたが……。
 カード賭博ではなくルーレットが扱われたエピソードで、カードとは違ってある意味豪快な(?)いかさまとなっていますが、それを見破るためにビルが作り上げた小道具が非常によくできています。また、強烈な依頼人を巧みにあしらうビルの対応も愉快で、結末にはニヤリとさせられます。

「良心の問題」 A Case of Conscience
 伝統あるクラブで、毎晩のようにカードの勝負を行う富豪と若者。大きな金額ではないので目立たなかったが、実は若者の方ばかりが勝ち続けていたのだ。それに気づいて、何気なくいかさま疑惑を口にしたトニーは、疑惑を証明できなければ退会という羽目に……。
 “カシーノ”という耳慣れないゲーム*1が題材で、ポーカーと違ってすべてのカードを使うなどの理由で、通常の(?)いかさまが難しいのがポイント。真相そのものはかなりわかりやすいと思いますが、それが明かされる場面はやはり何ともいえない面白さがありますし、結末の味わいが最高です。

「ビギナーズ・ラック」 Beginner's Luck
 ビルのもとに、いかさまを暴いてほしいという依頼の手紙が届く。だが、相手はかつてビルが手も足も出なかったプロの賭博師。乗り気ではないビルの代役として、トニーが現地に乗り込むことになった。勇躍したトニーは、ビルの助言を得て依頼を果たそうとするが……。
 トニーがビルの代役としていかさまを暴きに行く、本書の中で最も愉快なエピソード。ビルも一目置くプロの賭博師相手に、なかなかいかさまを見破れず窮地に陥ったトニーが、苦悩の果てにビギナーズ・ラックを炸裂させて大勝利――といくのかどうか、最後の最後まで目が離せない快作です。

「火の柱」 The Pillar of Fire
 浜辺で繰り広げられるポーカーの勝負。メンバーは全員が水着姿で、カードを隠し持つといったいかさまをする余地はまったくない。にもかかわらず、普段はトニーよりも弱いはずの男がなぜか勝ち続け、何とビルも負けてしまったのだ。一体どうやって……?
 浜辺でまでポーカーに熱中する人々の姿には苦笑を禁じ得ませんが、その特殊な状況によっていかさまが“不可能犯罪”に仕立てられているのが目を引くところで、トリックという点では本書で随一といっていいのではないでしょうか。そして、冒頭の“読心術談義”*2に対応させたビルの“奇妙な逆襲”も、これ以上ないほど鮮やかな印象を残します。

「アカニレの皮」 Slippery Elm
 その実力にもかかわらず、傲岸不遜な態度と強烈な悪臭を放つ葉巻のせいで、チェス・クラブで鼻つまみ者になっている男。クラブの面々は、彼を負かすためにチェスのいかさま勝負をビルに依頼してきたのだが、チェスのルールもよく知らないビルは……。
 ここまで様々ないかさまを暴いてきたビルが、鼻持ちならない男に何とか一泡吹かせようと意気込むチェス・クラブの面々に協力し、いかさまを仕掛ける側に回る異色のエピソード。ビルがチェスでは素人同然ということもあって、どのようないかさまを仕掛けるかは早い段階で見当がつくと思いますが、その具体的な手段が巧妙です。

「堕天使の冒険」 The Adventure of the Fallen Angels (文庫版のみ収録)
 ヒマラヤ・クラブで行われているブリッジで、一人の男が常に勝ち続けていることに気づいたトニーは、いかさまを疑いながら勝負を観戦した末に、カードに印がついていると指摘する。だが、相手はカードに印をつけたことを認めず、逆に怒り出してしまい……。
 単行本には未収録*3で、ボーナストラックとして文庫版に追加された作品です。ビルではなくトニーがいかさまを指摘するところから始まりますが、“まるで成長していない”のはさすがというべきか(苦笑)。“瓢箪から駒”のような展開から、(いかさまが中心となる本書では珍しく)ある種のフーダニットへ、さらには犯罪小説風の挿話を経て印象深い結末に至るという具合に、色々な面白さが詰め込まれた傑作です。

*1: 巻末の「付録」で簡単にルールが説明してあります。
*2: ここでビルが言及する“読心術”の一つは、泡坂妻夫『11枚のとらんぷ』中の「赤い電話器」で紹介されているトリックを思い起こさせるところがあります。
*3: 江戸川乱歩編『世界短編傑作集3』(創元推理文庫)に収録されているので、そちらでお読みになった方も多いのではないでしょうか。

2003.03.02読了
2017.03.18文庫版読了 (2017.04.23改稿)  [パーシヴァル・ワイルド]



ロシュワールド The Flight of the Dragonfly  ロバート・L・フォワード
 1984年発表 (山高 昭訳 ハヤカワ文庫SF627・入手困難

[紹介]
 地球から6光年離れたバーナード星系。無人探測機がそこに発見したのは、わずか80キロの間隔で互いに回転する二重惑星〈ロシュワールド〉だった。アンモニア水の海に全面を覆われた〈オー・ローブ〉と、海を持たない岩だらけの〈ロシュ・ローブ〉からなる〈ロシュワールド〉の調査のため、太陽系から送られるレーザーの光圧を受けて推進する恒星間宇宙船が派遣された。寿命延長剤を服用しながら、40年の旅を終えて目的地に到着した乗員たちは、〈オー・ローブ〉の海中に住む異星人“フラウウェン”に遭遇する……。

[感想]
 傑作『竜の卵』と同様、非常に特異な世界と、そこに住むユニークな異星人とのコンタクトを描いたハードSFですが、この作品ではまず有人探査計画の技術的なディテールに圧倒されます。特に、後方から照射されるレーザーの光圧で推進する航法については、従来は目的地(前方)にも同等の照射設備がなければ減速できないと考えられていたのですが、本書で作者は巧妙なアイデアによってその問題を見事に解決しています。他にも、特殊な構造を持つロボット“クリスマスブッシュ”や、地表周回モジュール“マジック・ドラゴンフライ号”など、探査のためのハードウェアに関するアイデアと描写が非常に充実しています。

 このように、目的地であるバーナード星系へたどり着くまでの段階にかなり力が注がれているのですが、そのバーナード星系自体についても興味深い設定がなされています。もちろん、中心となるのは二重惑星〈ロシュワールド〉で、単に奇観というだけでなく、物語終盤に用意されているスペクタクルも含めて、科学的にも非常に面白い舞台となっています。

 その〈ロシュワールド〉の片方、〈オー・ローブ〉の海中に住む異星人“フラウウェン”については、その風変わりな生態に加えて、微妙に人間的で微妙に異質な考え方が目をひきます。作中で描かれているような環境で、抽象的思考を発達させる要因が存在するのかどうかが気になるところではありますが、なかなか魅力的に描かれているといっていいでしょう。ただ惜しむらくは、コンタクトまでの段階に紙幅が割かれていることもあって、出番がそれほど多くありません。また、おそらく同じ理由で、コンタクトがあまりにも簡単に進んでいってしまうところもやや気になります。

 なお、後に『Return to Rocheworld』・『Ocean Under the Ice』・『Marooned on Eden』・『Rescued from Paradise』という4冊の続編が発表されているようです。

2003.03.03再読了  [ロバート・L・フォワード]



ジェンダー城の虜  松尾由美
 1996年発表 (ハヤカワ文庫JA562・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 “入居資格は伝統的家族制度に挑戦する家族であること”――それが、友朗の住む地園田団地を設立した大富豪のつけた条件だった。かくして地園田団地は、主夫のいる逆転家族に血縁のない契約家族、さらに同性愛カップルなどが暮らす風変わりな場所となったのだ。そして、その団地に新たに引っ越してきたのが、“マッドサイエンティスト”小田島博士の一家だった。ところが、早々に博士は何者かに誘拐されてしまう。友朗をはじめとする団地の面々は、博士の娘・美宇を助けて真相解明に乗り出したが……。

[感想]
 『バルーン・タウンの殺人』などでもみられたコージー・ミステリ色をより強めた作品です。事件の真相の一部がかなりわかりやすいという点で物足りなさも感じられますが、とにかく読みやすく、また楽しいというのが特徴です。それに大いに貢献しているのはやはり、風変わりな(といっては失礼でしょうか)登場人物たちでしょう。マッドサイエンティスト、帰国子女、主夫、ゲイの刑事とそのパートナー、“美少女名探偵”(←ツボにはまってしまいました)など、いずれも日本の伝統的な価値観から逸脱した登場人物たちが、個性豊かに描かれています。

 おそらく作者の目的は、地園田団地という場を通して多様な価値観を提示し、しかもそれらが共存している状態を描くことにあったのではないでしょうか。そして、そこまでのところはある程度成功しているように思えます。しかしながら、それがプロットとあまりうまく結びついておらず(最終的には、“抑圧と解放”というキーワードを通じて多少つながりが出ているようにも思えますが)、せっかくの設定を生かし切れていないように感じられるところが残念です。もちろん、毛色の変わったコージー・ミステリとしてはよくできている作品だと思うのですが。

2003.03.04読了  [松尾由美]


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