六花の勇者/山形石雄
結界を作動させる祭壇の密室状況から、最初に入った“第一発見者”のアドレットが疑われていますが、実際にはアドレットは霧が出てから神殿の中に入ったとはっきり記述されている(*1)ので、アドレット本人のみならず読者にとってもその無実は明らか。というわけで、まずは“アドレットより前に偽者が侵入・脱出した”という、比較的正攻法(?)の密室トリックが検討されますが、扉や鍵に関する設定や実際の描写などを考えれば、トリックを仕掛けることができる余地は見当たりません。
そこで、実際に結界が作動したのは密室が破られた後だと結論づけて、(結界が作動したと見せかけるために)“結界によらず霧を発生させる”という別の“不可能状況”の解明に、推理の方向をシフトさせてあるのが非常に面白いところ。そして、〈霧〉の聖者の能力で(魔術的に)直接霧を発生させるのではなく、急激に空気を冷やすことで科学的に霧を発生させる――にとどまらず、そこからもう一歩進んで、そのために予め空気を暖めておくという発想が秀逸です。
仕掛けがそこまで進められ、表面的な現象と真相との“距離”が遠くなっているために、〈太陽〉の聖者リウラの失踪という手がかりがあっても真相が見えにくくなっているのが巧妙。またその失踪自体、一連の“六花殺し”の中に紛れ込んでしまい、後に“六花殺し”の犯人であるフレミーが関与を否定しても、同じような動機に基づくものだろうと思わされてしまうのがうまいところです。
厳密に考えれば、いわば“熱源”であるリウラが急死したからといって、すでに空気に与えられた熱までが一気に消え失せてしまうとは思われず(*2)、“全身が水の中に落とされたように、一気に空気が冷たくなった。”
(103頁)というほど急激に気温が下がることはないでしょうが、まあそこはそれ(苦笑)。
このように、ハウダニットに関しては非常によくできていると思うのですが、肝心の最後の謎解き――“誰が偽者なのか”というフーダニットはちょっと残念。最後の最後になって突然、“偽者”をほぼ直接指し示す手がかりが(しかも比較的簡単に)出てくるというのは、謎解きの面白味も何もあったものではありません。もちろん、早い段階で出すわけにはいかない手がかりだというのは理解できますが、もう少し何とか工夫できなかったものか、と思います。
“そして、地面からゆっくりと霧が立ち上ってきた。(中略)アドレットは神殿の中に入った。”(103頁)。
*2: お湯を沸かしている最中にコンロの火を止めても、すぐには水に戻らないのと同じように。
2012.07.13読了