ミステリ&SF感想vol.199

20212.10.12

六花の勇者  山形石雄

ネタバレ感想 2011年発表 (スーパーダッシュ文庫 や1-11)

[紹介]
 闇の底から〈魔神〉が目覚める時、運命の神は六人の勇者を選び出し、世界を救う力を授ける――勝利のためにはあらゆる手段を駆使し、地上最強を自称する少年アドレットの右手に、六枚の花弁を持つ花の紋章が浮かび上がった。魔神を封じる六人の勇者――伝説の〈六花の勇者〉の一人に選ばれたのだ。だが……魔神復活を阻止するために約束の地に集まった勇者は、アドレット、〈刃〉の聖者ナッシェタニア、〈火薬〉の聖者フレミー、天才騎士ゴルドフ、〈沼〉の聖者チャモ、剣術使いハンス、そして〈山〉の聖者モーラと、なぜか七人。勇者たちの中に紛れ込んだ敵――偽者は誰なのか……?

[感想]
 いわゆる“剣と魔法”の世界を舞台に、〈魔神〉の復活を阻止すべく選ばれた勇者たちに焦点を当てた、異世界ファンタジー/ライトノベルのシリーズ第一作。しかし最も目を引くのは――なぜかどこにも“ミステリ”と謳われてはいない*1ものの――ファンタジー・ミステリ的な趣向で、ミステリのフーダニット――犯人探しに通じるところのある“偽者探し”が物語の中心となっています。

 主役となるのは、純粋な戦闘力はさほどでもないものの、相手の虚を突く仕掛けや戦法で勝利をもぎ取る、自称“地上最強”の少年アドレット。そのアドレットが武闘会に乱入する冒頭から、非常にテンポよく進んでいく物語の中で、同時に世界の設定が要領よく――アドレットの、この世界の“勇者”としては特異な造形にも絡めながら――説明されていくところがなかなかよくできています。

 しかして、〈魔神〉の配下である〈凶魔〉との戦闘も交えつつ、選ばれた〈六花の勇者〉が物語半ばで順調に一堂に会したかと思いきや、“一人多い”というシンプルにして強烈な謎が提示され、物語は勇者たちの中に紛れ込んだ“偽者探し”へ。一見すると疑わしい人物は見当たらず、何を糸口にしていいのかわからない状況ですが、さらに人知れず“密室”*2に進入して“結界”を作動させ、勇者たち一同を森に閉じ込めて足止めするという“不可能犯罪”までもが加わって、一気にミステリ色が強まります。

 その中で、いわば“第一発見者”として嫌疑がかかることになった主人公のアドレットが、命がけで勇者たちの追撃をかわしながら少しずつその信頼を勝ち取り、同時に推理の積み重ねによって真相に迫っていく過程が本書の大きな見どころ。そして、ぎりぎりのところで行われる“不可能犯罪”の謎解きが、設定を生かしつつ意表をついた真相といい、最後の決め手となる手がかりといい、秀逸なハウダニットになっているのが圧巻です。

 惜しむらくはその後の、肝心の最後の謎解きの手順がかなり見劣りする――ミステリとしてはいささか面白味を欠いたものになっている*3ところがあり、そのせいで少々印象が悪くなっているのが実にもったいなく感じられます。ハウダニットが非常によくできているだけに、こちらにもせめてもう一工夫あってくれれば、というのが正直なところですが……。それでも、最後に用意されている次巻への引きなどはお見事で、全体としてはなかなかの快作といっていいように思います。

*1: カバーのあらすじ、帯の紹介文、「あとがき」など、どこにも“ミステリ”とは書かれていません。
*2: この“密室”は作中からの引用で、ミステリを意識した作品であることがここにも表れているのですが……。
*3: 実際には、読み返してみるとそこまで悪くはないのですが、初読時には秀逸なハウダニットで期待させられた分、大きな肩透かし感が。

2012.07.13読了  [山形石雄]

春期限定いちごタルト事件  米澤穂信

ネタバレ感想 2004年発表 (創元推理文庫451-01)

[紹介]
 中学の同級生だった小鳩常悟朗と小佐内ゆきは、高校入学を機に中学時代とは打って変わって、清く慎ましい小市民を目指すことに。その目的のためにお互いを利用する互恵関係を結び、目立たないように日々を過ごそうとする二人だったが、その行く手には次々と奇妙な謎が出現し、そのたびに小鳩くんは小市民への道を外れて探偵役をつとめる羽目に……。

「羊の着ぐるみ」
 小佐内さんと一緒に帰ろうとしていた小鳩くんは、小学校以来久々に同じ学校になった旧友・堂島健吾に頼まれて、女子生徒の盗まれたポシェットを探すのを手伝うことに。だが、校内のあちこちを探し回ってもポシェットは見つからず、ひとまず捜索は打ち切られる。と、そこで“あること”に気づいた小鳩くんは……。

「For your eyes only」
 すでに卒業した美術部の先輩が残した、不可解な二枚の絵。同じ田園風景を、先輩の普段の作風とはまったく似ても似つかないらしい、一見すると下手としかいいようのない塗り方で描いたそれは、先輩によると“世界で一番高尚な絵”だという。健吾から話を聞かされた小鳩くんは、小佐内さんの提案に乗って……。

「おいしいココアの作り方」
 小鳩くんは小佐内さんと一緒に健吾の家へ招かれた。ホットミルクココアを出してくれた健吾は、“おいしいココアの作り方”までレクチャーしてくれる。ところが、小鳩くんと小佐内さんは健吾の姉・知里とともに、牛乳を温める鍋や余分のカップを使わずに、健吾がどうやってココアを作ったのか推理することになり……。

「はらふくるるわざ」
 中間考査が終わった午後、帰宅して昼寝していた小鳩くんは電話で呼び出され、小佐内さんが自ら封印していた特別なケーキ店に付き合うことに。しかしどこかおかしな様子の小佐内さんは、テストの最中になぜか教室の後ろのロッカーから栄養ドリンクの瓶が落ちて割れたという、不可解な出来事を口にする……。

「狐狼の心」
 ずっと楽しみにしていた春期限定いちごタルトごと、“サカガミ”と呼ばれる柄のよくない男子生徒に目の前で盗まれてしまった小佐内さんの自転車。やがて、“サカガミ”がその自転車で突っ走っているのを目撃した翌日、捨てられた自転車が車に轢かれて壊れた状態で見つかる。“サカガミ”は一体何のために……?

[感想]
 デビュー作『氷菓』に始まる〈古典部シリーズ〉と並ぶ、作者のもう一つの学園ミステリシリーズである〈小市民シリーズ〉の第一作。主役たちが比較的穏当な〈古典部シリーズ〉に対して、こちらの主役である小鳩くんと小佐内さんは恋愛関係でもなく依存関係でもない互恵関係を密かに結び、ともに目立たない“小市民”を目指すというキャラクター設定がまずユニークです。

 「プロローグ」では小鳩くんが中学時代に、その探偵行為が原因で痛い目に遭ったことが示唆されています。そのために、“名探偵”をやめて小市民を志すようになった小鳩くんですが、それはいわゆる“後期クイーン問題(第二の問題)”*1による苦悩とは似て非なるもので、何かあるとつい積極的に推理をしそうになる小鳩くんに対して、それを抑えようとする“ストッパー”の役割を小佐内さんが担っているのが面白いところです。もっとも、本来の小鳩くんを知る旧友・堂島健吾が遠慮なく“謎”を持ち込んでくることもあって、小鳩くんは結局“消極的な名探偵”として謎を解くことになるのですが……。

 〈古典部シリーズ〉では(おそらく)高校生の“日常”と謎解きを無理なく融合させるために、解決された後に“日常”へとスムーズに回帰しやすい、いわゆる“日常の謎”など事件性の薄い謎を扱うという制約が課されている節がある*2のに対して、本書ではそれにとどまらずより深刻な事件も扱われています。しかし本書では、“消極的な名探偵”たる小鳩くんが派手な解決を極力避けることで、巧妙に“日常”への回帰が図られている感があり、小市民という目標それ自体が(謎の解明ではなく)事件の解決を束縛しているとさえいえるかもしれません。

 とはいえ、少なくとも小佐内さんには小鳩くんの探偵活動が知られることになるわけですし、“小市民”と“名探偵”とを両立させるのが困難であることには違いなく、物語が進み小鳩くんが謎解きを重ねるにつれて、二人の関係にも微妙に影響が及んでいくのが一つの見どころでしょう。

 最初の「羊の着ぐるみ」では、ある人物の行動があからさまに怪しいにもかかわらず、小鳩くん以外がそれをほぼスルーしているのがご愛嬌。しかし、その行動の意味に小鳩くんが気づいたところから始まる推理はまずまずよくできていますし、皮肉な結末も印象的。

 「For your eyes only」は、二枚の不可解な絵に隠された意味を読み解くエピソードで、見方によっては暗号ミステリの一種ととらえることもできるように思います。手がかりはしっかりと配置されているのですが、それを隠蔽するミスディレクションが巧妙。そして、凄まじい結末が何ともいえない後味を残します。

 「おいしいココアの作り方」は、いわゆる“日常の謎”風の作品としてはかなり珍しく*3純粋なハウダニットとなっています。小鳩くんと小佐内さんだけでなく健吾の姉・知里も加わって、推理合戦が展開されているのが大きな見どころで、その果てに用意されている真相もなかなかのもの。ミステリとしては本書の中でベストでしょう。

 「はらふくるるわざ」では、やや軽めの謎が扱われており、真相を見抜くこともさほど難しくはないと思います。それよりも、(よく考えてみると)ミステリとしては実に奇妙な形になっているのが注目すべきところで、本書の特徴的な部分が強く表れたエピソードといえるのではないでしょうか。

 最後の「狐狼の心」では、独立した各エピソードと並行して少しずつ進んできた“春期限定いちごタルト事件”に、ついに決着がつけられることになります。決して派手ではない発端から、物語の幕を引くのにふさわしいところまで発展していく過程がよく考えられています。そしてその中で、“小佐内さんはなぜ小市民を目指すのか”が明らかにされるのも重要です。二人にとっての“小市民への道”の険しさがよく表れた結末もお見事。

 最後に余談ですが、本書の解説は……“ミステリ=人が死ぬもの”といわんばかりの決めつけ/事実誤認を抜きにすれば、ではありますが、ライトノベルの読者のみに向けた解説としてはまずまずといってもいいかもしれません。が、それ以外の読者――とりわけ創元推理文庫を最も多く手に取るはずのミステリ読者にとってはほとんど役に立たないのが問題で、仮に編集部がライトノベル読者層を主なターゲットと考えていたとしても、ミステリ読者層を切り捨てるかのような人選はいかがなものかと思います。

*1: “「作中で探偵が神であるかの様に振るまい、登場人物の運命を決定することについての是非」についてである。”「後期クイーン的問題 - Wikipedia」より)
*2: あくまでも第二作『愚者のエンドロール』までを読んだ限りでは、ですが。
*3: “日常の謎”では“犯人”がトリックを仕掛けるケースが少ない、というのも一因だと思われます。

2012.07.18読了  [米澤穂信]
【関連】 『夏期限定トロピカルパフェ事件』 『秋期限定栗きんとん事件(上下)』

漂う提督 The Floating Admiral  アガサ・クリスティー/他

ネタバレ感想 1932年発表 (中村保男訳 ハヤカワ文庫HM73-1)

[紹介]
 いつものようにホウィン川で釣りをしていたネディ・ウェア老人が出くわしたのは、満ち潮に乗って漂いながら川を遡ってきた一艘のボート。そこに乗っていたのは、海軍を退役して数ヶ月前からこの土地に住んでいたペニストーン提督の刺殺死体だった。提督を殺害して死体をボートに乗せたのは一体誰なのか? そしてなぜ? 事件の捜査を担当するラッジ警部は懸命に手がかりを追い求めるが、次々と怪しい人物が登場して事態は混迷を極めていく……。

[感想]
 本書は、1930年頃に英国で設立された探偵小説作家たちの親睦団体〈ディテクション・クラブ〉*1の有志が、クラブハウスの調達資金を捻出するために協力して書いたという*2、異色の長編リレー・ミステリです。目次をみただけでも、黄金期の探偵小説作家たちが名を連ねた豪華な執筆陣に心躍ります。というわけで、その執筆陣は以下の通り(言わずもがなの紹介ですが……)。

  • 「プロローグ」 G・K・チェスタートン ……ブラウン神父ものなど。
  • 「第一章 おおい、死体だ」 C・V・L・ホワイトチャーチ ……「ギルバート・マレル卿の絵」など。
  • 「第二章 訃報を伝える」 G・D・H&M・コール ……『百万長者の死』(未読)など。
  • 「第三章 潮に関する名推理」 ヘンリイ・ウェイド ……『警察官よ汝を守れ』など。
  • 「第四章 お喋りがはずむ」 アガサ・クリスティー ……エルキュール・ポワロもの、ミス・マープルもの、『そして誰もいなくなった』など。
  • 「第五章 ラッジ警部、仮説を組立てる」 ジョン・ロード ……『プレード街の殺人』など。カーター・ディクスンとの合作『エレヴェーター殺人事件』も。
  • 「第六章 ラッジ警部、考え直す」 ミルワード・ケネディ ……『救いの死』など。
  • 「第七章 警部のショック」 ドロシイ・L・セイヤーズ ……「序文」も担当。『誰の死体?』に始まるピーター・ウィムジイ卿もの。
  • 「第八章 39の疑問点」 ロナルド・A・ノックス ……『陸橋殺人事件』など。“探偵小説十戒”でも知られる。
  • 「第九章 夜の来訪者」 F・W・クロフツ ……『樽』など。
  • 「第十章 浴室の洗面台」 エドガー・ジェプスン ……ロバート・ユーステスとの合作「茶の葉」など。
  • 「第十一章 牧師館にて」 クレメンス・デーン……リレー小説『ザ・スクープ』(未読)など。
  • 「第十二章 混乱収拾篇」 アントニイ・バークリイ ……『毒入りチョコレート事件』など。フランシス・アイルズ名義も。

 まず、最後に書かれたというG・K・チェスタートンの「プロローグ」では、事件の背景となる過去の出来事が“三つの光景”として描かれています。短いながらも雰囲気がある上に、それ自体に十分謎めいたところがあり、興味を引かれずにはいられない見事なオープニングです。

 続く物語本篇は、古き良き英国探偵小説の趣といったところか、印象的な“漂う提督”の発見からゆったりと進んでいきます。登場人物が多いこともあり、状況はかなり錯綜していますが、事前に設定されたルール*3のおかげで各章でのポイントとなる出来事は比較的はっきりしている感があります。とはいえ、ジョン・ロードの「第五章」とミルワード・ケネディの「第六章」との間で(章題にも)端的に表れている“迷走”などは、むしろリレー・ミステリならではの面白さといえるかもしれません。

 担当作家ごとにみてみると、ヘンリイ・ウェイドの「第三章」での潮の流れに関する推理が印象的ですし、「第七章」で解決篇を除いて最も多くの分量を書いているドロシイ・L・セイヤーズの奮闘*4も目を引きます。一方、「第八章」ではロナルド・A・ノックスが、それまでの問題点を整理するようでいてその実は、39個もの疑問を並べ立てて事態をややこしくしているのに苦笑を禁じ得ません*5。その後を受けた「第九章」のF・W・クロフツから「第十一章」のクレメンス・デーンは、なかなか巧みに収束を図っています。

 最後の「第十二章」を担当したアントニイ・バークリイは、“混乱収拾篇”という章題の通りにしっかりと解決篇をまとめ上げた上に、実に鮮やかな印象を残す皮肉な結末で見事に物語の幕を引いています。さらに巻末には、「第三章」のヘンリイ・ウェイドから「第十一章」のクレメンス・デーンまでの各執筆者*6による「予想解決篇」が用意されており、どこまで本気なのかよくわからないものもあるにせよ(苦笑)それぞれの意図――担当の章を書く上で何を狙っていたのか――がはっきり示されているのが非常に興味深いところです。

 リレー・ミステリはあまり読んだことがなかった*7のですが、錚々たる面々が力を注いだ作品だけあって、作品自体もなかなか面白い上にリレーならではの趣向も存分に楽しめる、リレー・ミステリとしては随一の作品といえるのではないでしょうか。

*1: 「ディテクションクラブ - Wikipedia」を参照。
*2: 「訳者あとがき」で紹介されている、原書復刻版のクリスチアナ・ブランドの「序文」による。
*3: 「序文」で紹介されている二つのルールのうちの一つ、“各担当者は、はっきりした解決法を考え出した上で、自分の担当する部分をその線に沿って構成しなくてはならない。”(11頁)
*4: さらに前述のように「序文」も担当している上に、後述の「予想解決篇」でも最長――実に24頁にわたる力の入った“解決”を披露しています。
*5: しかも、ぬけぬけと“三十九というのは、ほかでもない、英国教会の教理の箇条数なのである。”(191頁)という一文を入れてあるあたりにまた苦笑(ノックス自身がカトリックの大司教をつとめた聖職者です)。
*6: 実際に解決篇を担当したアントニイ・バークリイと完結後に「プロローグ」を書いたG・K・チェスタートンはもちろん除外されています。また、「第二章」までを担当したC・V・L・ホワイトチャーチとG・D・H&M・コールは、まだ登場人物が出揃ってもいない段階で解決を予想するのはさすがに無理だったのでしょう。
*7: ジョン・ディクスン・カー他『殺意の海辺』「殺意の海辺」「弔花はご辞退」を収録)の他に、エアミス研同人誌『Airmys 非実在探偵小説研究会 1号』収録の「君が処女じゃなくても平気」と同じく『3号』収録の「羊毛邸の殺人」くらいです(エアミス研同人誌については、「エアミス研同人誌広報 @ wiki - 通販案内」をご覧下さい)。

2012.07.30読了

六色金神{りくしきこんじん}殺人事件  藤岡 真

ネタバレ感想 2000年発表 (徳間文庫 ふ21-1)

[紹介]
 保険調査員の江面直美は、青森に出張した帰りに突然の吹雪で遭難しかけた末に、津本町という小さな町に迷い込む。そこでは、地元の旧家・東元家に伝わる古文書をもとにした“六色金神祭”が行われようとしていた。吹雪のせいで電話も通じず、道路も封鎖されて陸の孤島と化した町で、直美は宿を確保するために祭に参加することに。だが、謎の老人・栗栖の“雨浮船が六色金神の末裔を殺戮しにきた”という言葉が的中したのか、雪の中から身元不明のミイラ化した死体が。さらに、古文書の解釈をめぐるシンポジウムの最中に一人の学者が突然宙に浮かび、空中を飛び回った挙げ句、停電とともにその体が壁に打ち込まれて死んだのだ……。

[感想]
 長編第一作『ゲッベルスの贈り物』*1からブランクを経て発表され、作者の名を広く知らしめることになった本書は、異色伝奇ミステリーという惹句からして何やら怪しげですし、古文書と“雨浮船”をめぐる戦前の一幕が描かれた「プロローグ」もその印象を強めていますが、最後まで読んでみると――さらに再読してみると――なかなかよく考えられた作品だと思います。しかしそれでも、生真面目な方にはいささかおすすめしづらいところのある、相当な怪作なのは間違いないでしょう。

 物語の中心に据えられているのは、吹雪で陸の孤島と化した小さな町・津本町を舞台に行われる、宇宙開闢から大和朝廷の成立までの歴史を綴ったという古文書をもとにした“六色金神祭”――と書いてみると、あたかも“因習の村に古くから伝わる秘祭”のように思われる向きもあるかもしれませんが、リゾートホテルでシンポジウムが行われたり、東京からタレントが呼ばれていたりと、イベント企画会社が関わる町興し的なもので、古文書の壮大さとのギャップがそこはかとない“B級感”をかもし出しています。

 しかしその中で、相次いで起こる不可解な殺人事件はひたすら壮絶。雪の中でミイラ化した死体に始まり、目に見えない何かに振り回されて壁に打ち込まれたり、はるか空中で炎に包まれながら墜落したり……と、その死に様はいずれも只事ではありません。しかもそれは、「プロローグ」に登場する“六色金神歌”の内容そのままの“見立て”になっており、謎の老人が冒頭で口にする“予言”のとおり、“六色金神”と呼ばれる六柱の神々の末裔が次々に殺戮されていくかのような展開は、やりすぎとも思えるほどの凄まじさです。

 思わぬ事件に巻き込まれることになった主人公・江面直美は、保険調査員としての経験も生かして(?)懸命に真相を突き止めようとしますが、怪しい人物が次々と登場するものの解明の糸口すら見つからないまま、ついには直美自身にも危機が……というところで「第一部」が終了。続く「第二部」は一転してまさに怒涛の解決篇で、本書の白眉といえるでしょう。場面転換やカットバックを駆使して*2周到に構成され、一つずつ段階を踏んで核心に迫っていく過程は、実に見ごたえがあります。

 一部のネタは間違いなく好みの分かれるところですが、十分すぎるほどのインパクトを備えているのは確かですし、それをしっかりと支えるミスディレクションと伏線はさりげなくよくできていると思います。謎が解かれるのと軌を一にした豪快なクライマックス(?)の果てに、ある種のハッピーエンドといえなくもない結末が用意されているという強引な展開も、本書全体のトーンに合致しているといえるでしょう。ぜひとも広い心で楽しんでいただきたい作品です。

*1: 1993年に角川書店から刊行された後、2001年に創元推理文庫で復刊されました。
*2: もっとも、そのために若干全体像を把握しづらくなっているきらいがないでもないですが……。

2012.08.02読了

パラダイス・クローズド THANATOS  汀こるもの

ネタバレ感想 2008年発表 (講談社文庫 み61-1)

[紹介]
 物心ついた時から周囲の人間の不審な死に遭い続けてきた“死神体質”の兄・立花美樹と、発生した事件を解決し続けてきた“探偵体質”の弟・立花真樹。双子の美少年の評判は世間に知れ渡り、捜査一課の刑事・高槻義彦が“死神体質”に内心おびえながらも護衛につくことに。そんな三人は、ミステリ作家・大倉阿鈴に招かれて小笠原の孤島にあるその邸宅・水鱗館を訪れる。同じく招待された他のミステリ作家たちも集う中、大の魚マニアである美樹は水鱗館に設置された大がかりなモナコ水槽にご満悦だったが、これも“死神体質”の宿命なのか、不可解な密室殺人が起きて……。

[感想]
 本書は第37回メフィスト賞を受賞した作者のデビュー作で、双子の美少年・美樹と真樹、そして護衛の刑事・高槻を主役に、現在第七作『立花美樹の反逆』まで刊行されている〈THANATOSシリーズ〉の第一作です。双子のやや過剰とも思えるキャラクター設定や、これでもかと繰り出されるアクアリウムを中心とした生物に関する薀蓄に彩られた、何ともいえずメフィスト賞らしい型破りなミステリとなっています。

 まず目を引くのはやはり、双子の美少年といういかにもな造形に“死神体質”“探偵体質”という無茶な(?)特殊設定を組み合わせた、美樹と真樹のキャラクター設定ですが、後者については「『パラダイス・クローズド THANATOS』(汀こるもの/講談社ノベルス) - 三軒茶屋 別館」でも指摘されている*1ように、いわばミステリのシリーズ探偵ものの“お約束”を可視化したものでもあるわけで、なかなか興味深いものがあります。また、当の美樹は相次ぐ事件のトラウマで引きこもり、事件を“片付ける”ために真樹が探偵をつとめるという“役割分担”も、ある意味では現実に沿って*2よく考えられていると思います。

 そんな双子の護衛についた語り手・高槻は、前任者も巻き込まれた美樹の“死神体質”に戦々恐々としながら、招待主のミステリ作家が住む小笠原の孤島まで同行する羽目に。しかし、小笠原の海に触れた美樹が途端に元気になり、お目当てのモナコ水槽*3を前にアクアリウム蘊蓄を延々と披露したりするのも束の間、孤島の館、しかも綾辻行人『迷路館の殺人』を髣髴とさせるミステリ作家揃い*4という恰好の道具立てを前に“死神体質”が黙っているはずはなく(?)、(時系列を並べ替えて物語冒頭に配置してある)密室殺人がついに発生します。が……。

 ノベルス版の有栖川有栖による推薦文*5で、“黒光りする拳銃を片手に、本格ミステリを打ち倒そうとする生意気な新人が現れた。”と謳われているだけあって、なかなか一筋縄ではいきません。今どき“ノックスの十戒”が序盤から引き合いに出されるあたりをみても、例えば米澤穂信『インシテミル』などに通じるミステリへの批評/パロディ的スタンスはうかがえますが、本書ではミステリマニアである作家たちとミステリマニアでない主役たちの対比によって、それが一層強調されています。そして、中盤あたりまではさほど顕著ではないものの、“解決篇”に至っての凄まじい形式の破壊ぶりは圧巻です。

 あまりの事態に苦笑と脱力がこみ上げてくる部分もないではないですが、それでも、先の推薦文で有栖川有栖も“だが、しかし――その拳銃にこめられているのは、本格ミステリという弾丸だった。”と続けているように、決して非ミステリ/アンチミステリというわけではなく、“やや形の違った”ミステリであることは間違いないのではないでしょうか。そして、一貫して物語の背後に横たわっていた“最後の密室”が浮かび上がる結末も印象的。ストレートなミステリを好む方には少々おすすめしづらいところがありますが、なかなかユニークな作品ではあると思います。

*1: “シリーズものの探偵漫画・小説において、主人公たちの周囲では殺人事件がかなりの高確率で発生します。その不自然さはそうした漫画のファンの間からもときにジョークの対象になります。いっそのこと警察が最初からそいつをマークしてればいいんじゃね? と思われる方も多いのではないでしょうか。それを実際にやっちゃったのが本書です。”「『パラダイス・クローズド THANATOS』(汀こるもの/講談社ノベルス) - 三軒茶屋 別館」より)
*2: あくまでも、“死神体質”の人物が実在した場合にどうなるか、という意味で。警察による“護衛/マーク”がつけられるところもそうでしょう。
*3: 水換えを必要としない高度な閉鎖系水槽(という理解でいいのか……)。詳しくは「モナコ式 - Wikipedia」をご参照ください。
*4: “孤島の館”まで含めれば、マイケル・スレイド『髑髏島の惨劇』(の後半)の方が近いかもしれませんが……。
*5: ノベルス版は持っていないので、「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音樂 » パラダイス・クローズド THANATOS / 汀 こるもの」から引用させていただきました。

2012.08.15読了