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時空旅行者の砂時計/方丈貴恵

2019年発表 (東京創元社)/(創元推理文庫499-21(東京創元社))

 なぜか(?)単行本が見つからないので、引用箇所は創元推理文庫版を示しています。


 物語後半、ホラの正体とその“特別な任務”(220頁)――“書き換えられた過去を修正する”という目的が明かされたことで、土砂崩れを免れた荒神の社で『キマイラ』の絵が発見されたこと*1と合わせて、もう一人のタイムトラベラー(正確には“もう一つのタイムトラベル装置”であるダーク・カシオペイア*2)の存在が導き出されるところがよくできています。

 特殊設定ミステリ(SFミステリ)の場合、導入された特殊設定がトリックに使われる可能性を誰しも考えるでしょうが、本書では、タイムトラベルの手段であるホラが犯人の側ではなく“探偵”の側にあるため、ダーク・カシオペイアの存在が発覚するまでは*3、タイムトラベルによるトリックを安易に想定しづらくなっているのがうまいところです。そして犯人側のタイムトラベルを想定すると、今度は“(ほぼ)すべてがタイムトラベルによるトリックではないか”とミスリードされてしまう――第二の事件(太賀殺し)についての文香の推理のように――ところがあるかと思います。

 特殊設定ミステリにおけるハウダニットについては、[1]トリックの手段/所在がわかりやすくなる、[2]結果としてそこから先の真相のカタルシスが薄くなる*4、という問題が生じやすい傾向があると考えているのですが、本書では期せずして(?)そのような問題が生じにくくなっているのが、個人的には見逃せないところです。

*1: “娯楽室に一晩中人がいたという突発的な事態”の利用については、単純に犯人の対応能力が高かったとも考えられますし、“裏をかくように犯行の順番を変更した”(いずれも222頁)ことについては、“加茂が未来の知識を持っている”ことを前提にすれば(加茂が未来から来たことがバレていた(217頁)ことに注意)、(犯人自身に未来の知識がなくとも)予定していた犯行の順番を変更して加茂の裏をかくことは可能なので、どちらもも根拠とはいえないのではないでしょうか。
*2: “カシオペイア”はともかく、“ダーク”をつけるネーミングは少々薄っぺらく感じられますし、ついでにいえば“Alice”“Malice”(いずれも225頁)“The Queen of Impossible Crimes(不可能犯罪の女王)”“「宇宙船時刻表アリバイトリック」や「銀河千人同時密室殺人トリック」”(いずれも232頁)あたりも、個人的にちょっとどうかと思います。
*3: “タイムトラベルがトリックに使われた”という仮定から逆算して、“犯人側のタイムトラベル装置”の存在を予想することも可能かもしれませんが……。
*4: トリックの手段/所在まで判明してしまうと、あとは具体的な“使い方”だけの問題になるので、読者の予想を超えるのが難しくなると思います。

*

 “解決篇”は、“名探偵”の役割を振られた加茂を差し置いて(?)、まず文香が推理を披露する“多重解決”となっています。

[文香の推理]

・第一の事件

 切断された究一の頭部と光奇の胴体が別荘の外で発見されたにもかかわらず、別荘から持ち出せなかった――人がいた娯楽室を通ることはできず、窓の格子を通すこともできない――という不可能状況に対して、別荘の外で切断した腕と足を、格子の隙間から別荘内に持ち込んだという逆転の真相が鮮やかです。

 それを支えるのが“現場の偽装+身元の偽装”のトリックで、外で殺害した究一の死体のうち、外に残した胴体と大浴場に持ち込んだ手足を“大浴場で殺された光奇の死体”に見せかけるとともに、申の間(究一の部屋)で殺害した光奇の首を切断し、首から下を“申の間で殺された究一の死体”に見せかけるというもの。“顔のない死体”×2を、不可能状況の演出のために使ったところが非常に面白いと思います*5し、ヌエの見立てが切断の目的を隠蔽しているのみならず、死体の身元の偽装にも一役買っているところがよくできています。

 入れ替えを隠すためにズタズタにされた首の切断面(95頁・96頁)や、光奇の煙草の匂いを消すためのシャンプー、衣服の偽装(を可能にするための、同じ服ばかり着る究一の癖(107頁))といった、細かいところも抜かりなく考えられています。

・第四の事件

 キャンピングトレーラーの面々に気づかれずに表玄関の扉を破壊することが、誰にも不可能だったという状況に対して、トレーラーごと一同を未来にタイムトラベルさせることで時間を稼いで、犯行の機会を作り出したという解答は、やはりよくできているのは確かです……が、かなりわかりやすくなっているのは否めません。三メートルほどトレーラーの位置が動いていた(264頁)というのが露骨すぎる手がかりで、タイムトラベル〈第三の制約〉の誤差の問題(51頁)を念頭に置けば明らかです*6し、〈第四の制約〉を考え合わせれば未来へのタイムトラベルしかないことも確かです。

・第二の事件

 加茂と文香の監視の目をかいくぐって、太賀が辰の間から姿を消したという不可能状況に対して、太賀を直近の過去にタイムトラベルさせることで、タイムトラベル〈第四の制約〉によるタイムパラドックスで消失させた*7――文字どおりの“消失トリック”(!)――という推理がユニーク。タイムトラベル自体が行われなかったことになるため、〈第二の制約〉で辰の間に残ったはずの痕跡まで消滅してしまう、というのもうまくできています。

 ただしそこから先が苦しいところで、ピザ窯で焼かれたのは誰だかわからない別人の死体*8、そして“切断された足”は森の獣の餌食になったという説明は、さすがに強引。後者は後に“腐敗臭は感じられなかった。”(199頁)ことで否定されますが、それを待つまでもなく誤った推理であることは明らかでしょう。

〈犯人〉

 第一の事件で犯行の機会があったのは、別荘の外に出た月恵、雨宮、幻二の三人(短時間だった刀根川は除く)であり、第四の事件では一人でトレーラーの外に出た幻二と雨宮の二人(第一の事件が不可能だった加茂は除く)。そして、第二の事件については、辰の間に入らなかった雨宮には、仕掛けられたD・カシオペイアを回収する機会がなかったということで、〈幻二が犯人〉とされています。

 文香はさらに、太賀が毎日夕食後にネジを巻いていたはずの懐中時計が、八時三十分前後ではなく“六時四十六分”(156頁)で止まっていたことから、懐中時計の入れ替え――雨宮には不可能――によってD・カシオペイアが辰の間に仕掛けられたと推理していますが、懐中時計の時刻という手がかりの解釈がよくできていますし、“太賀が八時三十分ごろにネジを巻いていた”というダメ押しの手がかり*9が示されているのも面白いところです。

*5: やや似たところのあるトリックの例としては、新本格の長編((作家名)二階堂黎人(ここまで)(作品名)『人狼城の恐怖』(ここまで))くらいしか思い当たりません。
*6: 加茂は“強風にあおられて、動いてしまったのかも知れないな”(264頁)としていますが、五人が乗り込んだトレーラーが風で三メートルも動かされたとすれば、それこそ内部の人間が気づかないはずはないでしょう。誤差は“±五メートル以内(51頁)とされているのですから、気づかない程度のずれとしておいてもアンフェアではなかったと思うのですが……。
*7: これについてはホラが説明している(54頁)ので、(謎解きのために必要な)“作中のルール”として受け入れざるを得ませんが、加茂が言及している“親殺しのパラドックス”が因果関係に直接影響するのに対して、“同じ時間に同一人物が二人以上存在すること”(52頁)はパラドックスとはいえないように思います。実際、時間SFでこれに関してすぐに思い出せるのは、アイザック・アシモフ『永遠の終り』で一種の怪談として忌避されているくらいですし、そもそも“同一人物”を誰がどのように判定するのか――双子やクローン人間とはどのように区別されるのか――がよくわかりません。
*8: “私たちは変更する前の計画を知ることは出来ないから、遺体を準備した理由も知りようがないもの”(315頁)という豪快な“投げっぱなし”には、さすがに苦笑を禁じ得ません。
*9: あくまでも傍証にとどまりますし、“読者への挑戦”(292頁)より後なので、“ダメ押し”というべきでしょう。

*

 一方の加茂は推理を披露する前に、“ランタンに当たった時には熱を感じなかった”(261頁)*10ことを手がかりに、隠されたD・カシオペイアを密かに確保し*11、犯人に罠を仕掛けているのが周到です。

[加茂の推理]

・第二の事件

 文香の推理は、夕食後に太賀が辰の間に戻ったことを前提としていますが、まず六時四十六分で止まった懐中時計についての、“太賀が習慣を破って夕食前にネジを巻いた”という新たな解釈が実に鮮やかです。また、辰の間の車椅子を開いただけでネクタイピンが見つかった(194頁)ことから、それが予備の車椅子だったとする推理も妥当。そして、“辰の間の鍵”が現場で見つかったことについては、辰の間と卯の間の扉が外されたことを利用して扉を入れ替えたトリックがよくできていますし、鍵を曲げておいて時間を稼いだというのも巧妙です。

 そして太賀の密室状況からの脱出は、“一一〇センチ×七〇センチ×二七センチくらいの空間”(160頁)しかない小荷物用リフトを使ったトリックで、“義肢を外した太賀さんの身長なら、一一〇センチしかない場所にも入れた”(338頁)*12というもの。よく考えられているのは確かですが、糖尿病(182頁)による足の切断は予想できます*13し、焼却炉で死体とともに発見された“ニスの塗られた木材”(199頁)もわかりやすい手がかりとなっているので、あまり驚きがないのが残念ではあります。とはいえ、これもヌエの見立てが利用できるのはうまいところです。

・第四の事件

 文香の推理では、午後九時から午前〇時にタイムトラベルしたとされています(309頁)が、三時間のタイムトラベルでは最大二時間となる誤差の影響が大きいのはそのとおり。そこで、丸一日のタイムトラベルによって誤差を吸収するところもよくできていますが、到着するのが土砂崩れ当日となり、犯行の時間を稼ぐだけでなく一族抹殺という犯人の目的と結びついたトリックになっているのが秀逸です。

 手がかりとなるのはまず被害者の髭で、月彦の“少し髭の伸びた顎”(206頁)“髭が剃られた口元”(267頁)に変わり、漱次朗もいつの間にか“口髭も手入れしてそれほど間がないように見える”(277頁)状態、しかも月彦は髪の毛や額が汚れたままとくれば、伸びすぎた髭*14を犯人が処理したことになります。また追加の睡眠薬(276頁)も、二人を殺害するまでにかなりの時間がかかったことを示唆しています。

〈犯人〉

 太賀の身の回りの世話をしていたことで、足の切断も知っていたはずの人物、そして幻二の“伸びた髭”(270頁)や加茂の“伸びて来てしまった髭”(278頁)“髭が伸びてしまった顎”(289頁)に対して、(数時間前の描写ではあるものの)“髭もほとんど見えない”(260頁)人物――〈雨宮が犯人〉というのは納得です。

*10: その前に“雨宮が(中略)ランタンを触っていた。”(209頁)としっかり書かれているのは、律儀というか何というか。
*11: 「第七章」冒頭で加茂はすでにワインボトルを手にし、その前の行動の描写が省略されていますが、その直前――「第六章」の最後にある“やるべきことをやる”(291頁)という記述は、海外の有名な長編((作家名)アガサ・クリスティ(ここまで)(作品名)『アクロイド殺し』(ここまで)――“なすべきことをした”(大意)というアレ)を下敷きにした、(作者からの)“犯行声明”でしょうか。
*12: 続いて、“自分で小荷物用リフトに入ることも可能だったはずだ”(338頁)ともされていますが、高さ二七センチでは腕を使うのが難しい(肘を水平方向にしか曲げられない)ので、自力ではかなり厳しいのではないでしょうか。
*13: 太賀の“足の状態”が取り沙汰された直後の、、“命が危ぶまれるほどの重症”“糖尿病”(いずれも182頁)というのはあからさまにすぎるので、タイミングをずらしてあればまだ気づきにくかったかもしれません。
*14: このあたり、某国内短編((作家名)泡坂妻夫(ここまで)(作品名)「砂蛾家の消失」(『亜愛一郎の転倒』収録)(ここまで))を思い起こさせます。

*

 “マリス”が加茂の子孫だったことについては、加茂がD・カシオペイアに命を狙われないために必要な設定ではあるのですが、その加茂がよりによって竜泉家の一族である伶奈と結婚しているので、どうにもご都合主義に感じられてしまうのが難点。ついでにいえば、ホラが丸一日のタイムトラベルに気づかなかったことや、“マリス=D・カシオペイア”が共犯者を一人に限るという設定も、作者の都合という印象が強くなっています。また、“マリス”が生まれなかった場合でも“自浄作用”で“誰かがマリスの役割を果たし”(362頁)というのであれば、“竜泉家皆殺し”が行われても“自浄作用”でユージンに相当する人物が生まれてくるのではないか、とも思えるのですが……。

 結末については、過去がホラのアーカイブのとおりに“修正”されたのではなく、新たに書き換えられたことを考えれば当然で、(ホラの説明(361頁)によれば)加茂自身はどこまで覚えていられるのかわからないとしても、生き残った文香・幻二・月恵は“書き換えられた過去”を生きていくわけですから、加茂のことを忘れるはずはないわけで、伶奈に加茂のことを伝えるのは当然でしょう。伶奈が改変前の過去と同じ医療センターに入院していたのは、さすがにできすぎといわざるを得ないところですが、そうでもしなければ幕引きが非常に難しい*5ので、これはこれでよしとすべきでしょう。

*15: 戻ってきた場所に加茂の車がなかった場合、“改変された現在”の手がかりが何もない上に、加茂は財布すらない(!)状態で、どこへ、どうやって行けばよかったのか――と考えると恐ろしいものがあります(苦笑)。

2019.11.06読了