九孔の罠 死相学探偵7
[紹介]
超能力者を極秘で養成する〈ダークマター研究所〉では、経費削減のために、これ以上の成長が見込めない「年長組」の一部リストラが囁かれていた。そんな中、「年長組」の一人・沙紅螺{さくら}が帰宅中に、背後に現れた不気味な黒い影に追われる事件が発生する。そして死相学探偵・弦矢俊一郎が、事務所に依頼に訪れた沙紅螺の“死視”を行ってみると、目、耳、鼻、口から血が流れ出す、何とも凄絶な死相が表れたのだ。かくして黒捜課とともに研究所に乗り込む俊一郎だったが、なぜか新垣警部は不在。そして警備をあざ笑うかのように、第一の事件が……。
[感想]
〈死相学探偵シリーズ〉の第七弾となる本書では、“死相学探偵”弦矢俊一郎が〈ダークマター研究所〉なるうさんくさい名称の(苦笑)超能力研究施設での事件に挑むことになりますが、いよいよシリーズも大詰めに近づいてきたようで、恒例の呪術が絡んだ事件の解決に加えて、宿敵“黒術師”の右腕として暗躍してきた“黒衣の女”との対決が大きな見どころとして盛り込まれています。
舞台となる〈ダークマター研究所〉には(意外にも?)、“黒術師”の呪術に対抗できるほどではない(*1)とはいえ、予知や読心術など各種の能力を操る“本物”の超能力者が存在する様子で、それぞれにくせのある超能力者たちに加えて、俊一郎の祖母・愛染様をして“互角かもしれん”
と言わしめる“女傑”の会長まで登場するなど、事件関係者たちは多士済々。しかし“本物”であっても、成果が期待できなければリストラ候補になってしまうというのは、何とも世知辛いところではあります。
リストラの“ライバル”たちの皆殺しという事件にふさわしく、犯人が使う呪術〈九孔の穴〉は総勢九人もの標的を対象とするもの。暫定的に犯人自身を標的に含めて“数合わせ”ができる(*2)一方、殺害を遂げるには標的に二度近づく必要がある(*3)という微妙な仕様には、作者の都合――前者は“死視”で犯人が特定されるのを防ぎ、後者は“次の犠牲者”を早々に確定させることで、被害者に焦点を当てたホラー/サスペンス的な描写を充実させてあります(*4)――が透けてみえるのが若干気になりますが、これはやむを得ないところでしょうか。
さて、新垣警部の不在もあって黒捜課の警備も今ひとつ精彩を欠き(*5)、相次いで犠牲者が発生していく中、事件は急転直下の解決を迎えます。そこでまず明かされる真相だけをみると拍子抜けですが、そこから先が本書の真骨頂で、俊一郎による謎解きが進むにつれて明らかになっていく、作者の企みには脱帽せざるを得ません。とりわけ――いくつかある類似の前例との決定的な違いとして――ある意味で“ホラーミステリならでは”の仕掛けになっているのが非常に秀逸です。
最後には前述のように“黒衣の女”との対決が用意され、事態が大きく進展をみせるのはもちろんのこと、終盤には“ある人物”が思わぬ形で再登場してくるなど、シリーズとしての醍醐味も十分。他の作品よりもだいぶ短めですし、最終的には――前作『八獄の界』とはまた違った意味で――定型を外れた異色作となっているのですが、それでも期待に違わぬ充実の一冊といっていいでしょう。
2020.01.30読了 [三津田信三]