時空旅行者の砂時計
[紹介]
病で死に瀕している妻を救うため、奇妙な砂時計に導かれて2018年から1960年にタイムトラベルした雑誌記者・加茂冬馬。妻の一族に降りかかった“竜泉家の呪い”の発端――妻の祖先・竜泉家の人々が相次いで殺害され、さらに土砂崩れで一族のほとんどが亡くなった“死野の惨劇”の真相を解明することが、妻の命を救うことにつながるという。だが、到着した過去ではすでに奇怪な殺人事件が発生していた。閉ざされた館の中で、土砂崩れがすべてを呑み込むまでの間に、加茂は事件の犯人を暴いて2018年に戻ることができるのか……?
[感想]
京都大学推理小説研究会出身の作者(*1)による、第29回鮎川哲也賞を受賞したデビュー作で、“タイムトラベル+館もの”という異色の作品です。巻頭には舞台となる竜泉家の別荘及び周辺の見取図、さらに一族の家系図が掲げられるなど、いかにも“館もの”らしい体裁を取っている一方で、愛する妻を救うために主人公・加茂冬馬が過去へ旅立つ発端は完全にタイムトラベルSFの趣ですが、過去に到着した「第二章」からはしっかり“館もの+未来人”(!)の物語が展開されていきます。
過去で最初に出会った人物が、タイムトラベルをすんなりと受け入れる“ファーストコンタクト”も興味深いものがありますが、加茂が竜泉家に迎えられる(*2)際に“名探偵”の役割を振られてしまうのが愉快。しかし、惨劇を止めるために過去へ戻ったはずが時すでに遅く、強固な不可能状況での凄惨な事件が発生しており、多少は過去の知識があるとはいえあまり役に立たない(*3)中、加茂は土砂崩れまでのタイムリミットも気にしながら事件の謎解きに挑む――という感じで物語は進んでいきます。
実のところ、事件の謎を解く目的で過去へタイムトラベルをするという作品は少ない(*4)のですが、私見ではタイムトラベルと謎解きの相性がよくないのが大きな理由で、大ざっぱにいえば、タイムトラベルの自由度が高いほど謎解きを成立させづらい(*5)反面、自由度が低ければわざわざタイムトラベルを導入した意味が薄くなる(*6)という具合に、色々と難しいところがあります。しかるに本書では、謎解きを意識した制約(*7)をタイムトラベルに加えることで、巧みにバランスを取ってタイムトラベルと謎解きを両立させてある(*8)のがうまいところです。
終盤には「読者への挑戦」が置かれていることからも明らかなように、タイムトラベルSFを物語の骨格としながらも核の部分はあくまでもミステリであり、なおかつ細かい部分までよく考えられて思いのほか(?)手堅い作りになっている(*9)のが目を引きます。結果としてわかりやすくなってしまっている部分もありますが、解き明かされる真相はいずれも非常によくできていますし、特殊設定ミステリ(SFミステリ)に付き物の“問題”が生じにくくなっているのも見逃せないところです。
事件の謎が解かれた後は、タイムトラベルSFの王道として物語の“枠”である現在に戻り、幕切れを迎えます。きれいにまとまった結末は、冷静に考えれば色々と丸く収まりすぎな気もしますが、しかしこれはやはりこうでなくては、といったところ。若干気になる部分もないではないものの、全体的にみてデビュー作らしからぬ細部までしっかりした、それでいて十分なインパクトも備えている快作です。
“令和のアルフレッド・ベスター”というキャッチコピーは、正直よくわかりません(一応、『分解された男』・『虎よ! 虎よ!』(作中で言及される
“The Stars My Destination”)・『コンピュータ・コネクション』は読んでいますが……)。
*2: 加茂が、すでに起きた事件の犯人ではあり得ないことが明らかにされるのが効果的です。
*3: 並外れた記憶力を持つという設定により、加茂は記録に残っている事件の情報を最大限利用することができますが、そもそも土砂崩れのせいで事件の詳細な状況は不明――という絶妙な状態です。
*4: 本人の意図しないタイムスリップの結果として過去の事件の謎解きをするものを別にすれば、すぐに思い出せるのはジョン・ディクスン・カー『ビロードの悪魔』くらいです(もちろん他にもあるのでしょうが)。
*5: タイムトラベル(と過去の改変)に何の制限もない場合、“犯人による犯行を確認した上でそれを未然に防ぐ”のがベストで、謎解きの必要性がなくなります(最終的には謎そのものがなくなることになる)。
*6: 極端な例として、過去の改変が不可能な場合には、タイムトラベラーは完全に“傍観者”にならざるを得ないので、物語上の存在意義がない――当時の人物だけで十分――ということになりかねません。
*7: さほど特殊なものではありませんが、SF的にみるとやや違和感のある、完全に謎解きを成立させるための制約もあります。
*8: 本書がオープンな舞台ではなく“館もの”となっているのも、一つには、作中の“第二の制約”とクローズドな館を組み合わせることで、タイムトラベルに制限をかける狙いがあるようにも思われます。
*9: 作中の年代(過去)のせいもあるでしょうが、犯人の動機まわりなどは“古風”――というか“横溝正史風”――といってもよさそうな印象です。
2019.11.06読了
九孔の罠 死相学探偵7
[紹介]
超能力者を極秘で養成する〈ダークマター研究所〉では、経費削減のために、これ以上の成長が見込めない「年長組」の一部リストラが囁かれていた。そんな中、「年長組」の一人・沙紅螺{さくら}が帰宅中に、背後に現れた不気味な黒い影に追われる事件が発生する。そして死相学探偵・弦矢俊一郎が、事務所に依頼に訪れた沙紅螺の“死視”を行ってみると、目、耳、鼻、口から血が流れ出す、何とも凄絶な死相が表れたのだ。かくして黒捜課とともに研究所に乗り込む俊一郎だったが、なぜか新垣警部は不在。そして警備をあざ笑うかのように、第一の事件が……。
[感想]
〈死相学探偵シリーズ〉の第七弾となる本書では、“死相学探偵”弦矢俊一郎が〈ダークマター研究所〉なるうさんくさい名称の(苦笑)超能力研究施設での事件に挑むことになりますが、いよいよシリーズも大詰めに近づいてきたようで、恒例の呪術が絡んだ事件の解決に加えて、宿敵“黒術師”の右腕として暗躍してきた“黒衣の女”との対決が大きな見どころとして盛り込まれています。
舞台となる〈ダークマター研究所〉には(意外にも?)、“黒術師”の呪術に対抗できるほどではない(*1)とはいえ、予知や読心術など各種の能力を操る“本物”の超能力者が存在する様子で、それぞれにくせのある超能力者たちに加えて、俊一郎の祖母・愛染様をして“互角かもしれん”
と言わしめる“女傑”の会長まで登場するなど、事件関係者たちは多士済々。しかし“本物”であっても、成果が期待できなければリストラ候補になってしまうというのは、何とも世知辛いところではあります。
リストラの“ライバル”たちの皆殺しという事件にふさわしく、犯人が使う呪術〈九孔の穴〉は総勢九人もの標的を対象とするもの。暫定的に犯人自身を標的に含めて“数合わせ”ができる(*2)一方、殺害を遂げるには標的に二度近づく必要がある(*3)という微妙な仕様には、作者の都合――前者は“死視”で犯人が特定されるのを防ぎ、後者は“次の犠牲者”を早々に確定させることで、被害者に焦点を当てたホラー/サスペンス的な描写を充実させてあります(*4)――が透けてみえるのが若干気になりますが、これはやむを得ないところでしょうか。
さて、新垣警部の不在もあって黒捜課の警備も今ひとつ精彩を欠き(*5)、相次いで犠牲者が発生していく中、事件は急転直下の解決を迎えます。そこでまず明かされる真相だけをみると拍子抜けですが、そこから先が本書の真骨頂で、俊一郎による謎解きが進むにつれて明らかになっていく、作者の企みには脱帽せざるを得ません。とりわけ――いくつかある類似の前例との決定的な違いとして――ある意味で“ホラーミステリならでは”の仕掛けになっているのが非常に秀逸です。
最後には前述のように“黒衣の女”との対決が用意され、事態が大きく進展をみせるのはもちろんのこと、終盤には“ある人物”が思わぬ形で再登場してくるなど、シリーズとしての醍醐味も十分。他の作品よりもだいぶ短めですし、最終的には――前作『八獄の界』とはまた違った意味で――定型を外れた異色作となっているのですが、それでも期待に違わぬ充実の一冊といっていいでしょう。
2020.01.30読了 [三津田信三]