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占星術殺人事件/島田荘司

1981年発表 講談社文庫 し26-1(講談社)

 事件後に生き残った関係者の中に、犯人らしき人物がどうにも見当たらないこともあって、犯人がすでに死んだように見せかけられている、いわゆる“バールストン先攻法”の可能性に思い至ることは不可能ではないでしょうが、そこから先を見通すのは相当に困難です。というのは、バールストン先攻法を成立させるには“確認された死体の数+1人”が必要になるからです。

 バールストン先攻法とは、犯人が死んでいないにもかかわらず“犯人を含めてn人が死んだ”という現象を演出するトリックであるわけで、その手法は、
  (1) n-1個の死体+犯人の代わりの死体を用意する(n+1人→n個の死体)
  (2) 死体なしで犯人が死んだように偽装する(n人→n-1個の死体)
の二つに大別されることになり、いずれにしても“確認された死体の数+1人”の存在下で成立するトリックといえます。

 本書の場合、梅沢平吉、一枝、そして六人の娘たち(知子・秋子・雪子・時子・礼子・信代)の、都合八つの死体が“確認”された一方で、死体なしで死んだように偽装された人物、あるいは犯人の代わりに死体となるべき人物――“+1人”は、“犯人らしき人物”と同様に関係者の中には見当たりません。そのため、一見するとバールストン先攻法が成立しない状況となっているのです。

 しかして本書のトリックは、“確認された死体の数”を錯誤させるというもので、上に示した(2)の例にさらに“n-1個の死体をn個に偽装する”トリックが組み合わされることによって、バールストン先攻法であることが巧妙に隠蔽されています。そしてもちろん、その“n-1個の死体をn個に偽装する”トリック――作中でも紹介されている一万円札を使った詐欺の原理を応用したトリックが非常に秀逸です。

 このトリックを成立させる上では、まず五人分の死体を組み換えて作り出した“六組の死体”を、一組ずつ遠く離れた場所に分散させることで、各組がそれぞれ一人分の死体だと見せかけてあるのがうまいところ。そしてもちろん、梅沢平吉の“遺書”に記されたアゾート幻想が、紙幣の欠損部分を補う不透明なテープの代わりに、各組の死体をつなぎ合わせる“強力な接着剤(395頁)として機能しているのが実に見事です。“複数の死体からパーツを寄せ集めて一人の人間を作る”という“幻想”を利用している点だけみれば、かろうじて某フランスミステリ*1のトリックに通じるところがあるようにも思われますが、その使い方がまったく違っているのは確かで、やはり前例のないトリックというべきでしょう。

 ちなみに、本書のトリックを流用した「金田一少年の事件簿 異人館村殺人事件」(原作:天樹征丸・金成陽三郎/作画:さとうふみや)では、切断されたすべての死体が一箇所に集まっている上に、本書のアゾート幻想のような“強力な接着剤”も用意されていないため、(作中ではごまかしてあるものの)本来であればミスリードが本書ほど強力ではないはず*2で、改悪されているといわざるを得ません。

 それぞれの死体を埋める深さなど、さらに細かい工夫がなされているのも見事なところで、ほとんど綱渡りに近いトリックを鮮やかに成功させてみせた、まさに“占星術のマジック”といえるのではないでしょうか。

*1: (作家名)ボアロー/ナルスジャック(ここまで)の長編(作品名)『私のすべては一人の男』(ここまで)
*2: (以下、「金田一少年の事件簿 異人館村殺人事件」の内容に触れるので一部伏せ字) 被害者たちに脱出の機会がなかった(ように見える)ことが、“全員が死んだ”という錯誤を補強しているともいえますが、しかし“死体の一部が欠けていた”という事実を、““悪魔”が持ち去った”(講談社漫画文庫版117頁)などではなく現実的に考えれば、合計でちょうど一人分の“パーツ”が現場から持ち出されたことになるわけですから、あまり効果的とはいえないでしょう(ここまで)

2000.05.18再読了
2010.06.05再読了 (2010.09.02改稿)

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