ミステリ&SF感想vol.5

2000.05.20
『喜劇悲奇劇』 『帽子から飛び出した死 』 『マイクロチップの魔術師』 『占星術殺人事件』


エンジェル・エコー  山田正紀
 1987年発表 (新潮文庫や30-1・入手困難

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喜劇悲奇劇  泡坂妻夫
 1982年発表 (創元推理文庫402-19/角川文庫 緑461-5・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 妻に去られた後、酒におぼれて落ちぶれてしまった奇術師・楓七郎は、久々の仕事の依頼を受けて、紹介された新しい助手・森真とともにショウボート〈ウコン号〉へと向かう。猛獣使い、アクロバット、危険術などの芸人たちが揃った〈ウコン号〉だが、出演予定だった奇術師がなぜか道具を残して姿を消してしまったというのだ。出演者の中にかつての妻・唄子の姿を見つけて心穏やかならぬ七郎だったが、何とかリハーサルも済ませていざ初日を迎えようとしたその矢先、道化師が何者かに殺害されてしまう。さらに出演者たちが次から次へと殺されていくが、被害者には“回文名”という奇妙な共通点が……。

[感想]
 泡坂妻夫の第6長編である本書は、題名はもちろんのこと、各章の章題や最初の一文と最後の一文、さらに多くの登場人物の名前に至るまで、様々な回文が盛り込まれた“回文づくし”の趣向がユニークで、第1長編『11枚のとらんぷ』以来久々に横溢する奇術趣味も併せて、実に泡坂妻夫らしい作品となっています。

 同じく回文が登場する作品としては「意外な遺骸」『亜愛一郎の転倒』収録)もありますが、そちらでは本書の“副産物”だという*1回文が単なる“装飾”にとどまるのに対して、本書では回文名の頻出にもそれなりの理由づけがなされ、さらに回文名の人物ばかりが次々に殺されていくという具合に、回文がプロットにしっかりと組み込まれており、まさに“回文殺人事件”といった趣です。

 舞台となるのは“動く演芸場”であるショウボート〈ウコン号〉で、奇術師である主人公・楓七郎の視点から舞台裏の事情が描かれているあたりは、『11枚のとらんぷ』にも通じるものがあります。しかし本書では、初日を前にした殺人事件の発生を受けて、ショウの準備よりも座長の指示で事件をもみ消す動きに焦点が移っていき、姿なき犯人との攻防の結果として、ある種愉快なドタバタ*2が展開されているのが大きな見どころといえるでしょう。

 一方で、出演者たちをあざ笑うかのように魔術的な手際――とりわけ死体の“早替わり”は見事――で矢継ぎ早に繰り返される犯行は、本来演じられるべきショウに取って代わる“もう一つのショウ”といっても過言ではなく、読者を引きつけるに足る不思議さと鮮やかさとを兼ね備えています。そして、それを演じる犯人の“超人”ぶりとその動機が次第にクローズアップされていく本書は、一種の“名犯人小説”としてとらえるべきなのかもしれません。

 それなりに工夫されてはいるものの、(一応伏せ字)その犯人が早い段階で見えてしまう(ここまで)点など、意外性にやや難があるのは否めませんが、そこにはあまり重きが置かれていない節もあり、さほどの瑕疵とはいえないように思います。それよりも、最後に用意されている回文にちなんだ結末に至るまで、全篇を通じて趣向に徹した姿勢をこそ評価すべきではないでしょうか。

*1: “前にも回文の題を付けた小説を書いたことがあった。(中略)「意外な遺骸」という。(中略)その当時から『喜劇悲奇劇』の粗筋ができていて、盛んに回文を作っていたので、前記の回文名はその副産物だったのである。”(文春文庫版『ミステリーでも奇術でも』201頁)
*2: 船上で繰り広げられるドタバタ劇という点では、J.D.カーの怪作『盲目の理髪師』に通じるところもあります。

2000.05.09再読了
2010.01.25再読了 (2010.02.15改稿)  [泡坂妻夫]



帽子から飛び出した死 Death from a Top Hat  クレイトン・ロースン
 1938年発表 (中村能三訳 ハヤカワ文庫HM30-1)ネタバレ感想

[紹介]
 暗闇にロウソクが灯された密室の中、床に描かれた五芒星の中央に、神秘哲学者サバット博士の死体が横たわっていた。さらに、五芒星の周囲には悪魔を呼び出す呪文が書かれていた……。死体の発見者をはじめとして、事件の関係者は奇術師、霊感術師など、一筋縄ではいかない人物ばかり。さらに、警察の尾行をまいて行方をくらました容疑者が、死体となって発見された……。

[感想]
 魔術的なインパクトのある冒頭で読者の興味を強くひき、奇術師マーリニを探偵役としていることで、奇術の原理をうまく説明しながら納得のいく解決へと導いています。
 本来似て非なる奇術とミステリが見事に融合された作品で、自らも奇術師であるロースンの本領が発揮された奇術ミステリの傑作です。

2000.05.15再読了  [クレイトン・ロースン]



マイクロチップの魔術師 True Names  ヴァーナー・ヴィンジ
 1981年発表 (若島 正訳 新潮文庫ウ9-1・入手困難

[紹介]
 コンピュータ・ネットワークのデータ空間内に広がる〈別平面〉。怪物たちがはびこり、魔術師たちが呪文で戦う、ファンタジーのイメージで構築されたその世界の中に、有数の魔術師=凄腕のハッカーたちが集う〈魔窟〉があった……。
 〈魔窟〉のメンバーである“スリッパリー氏”は、ある日政府当局に“真の名前”を押さえられてしまい、心ならずも〈魔窟〉内で“郵便屋”と名乗る謎の人物の正体を探る任務につかされる。〈魔窟〉仲間の“エリスリナ”の助けを借り、ついに探り出したその恐るべき正体は……。

[感想]
 原題"True Names"もいい題名ですが、邦題もまた絶妙のネーミングです。
 〈サイバースペース〉というのは、現在ではほとんど説明の必要がない設定ですが、この作品が書かれた20年近く前には、一般の人にはなじみのないものだったのではないかと思います。その意味で、この作品は先駆的なものであるわけですが、この作品の魅力はそれだけではありません。“真の名前”=現実世界での正体というアナロジーから、サイバースペースとファンタジー世界を結合させた発想、そして実際に〈別平面〉へ入り込む際の具体的で細かい描写。あるいは、現実世界との関連を保ちつつ、生き生きと描かれている魔術師たち。単なる〈サイバースペース〉という、それこそ魔法のような設定ではなく、現実(近未来)のテクノロジーと強く結びつけられた、説得力のある世界となっています。
 現在読み返してみても、まったく色あせていない傑作です。

2000.05.16再読了  [ヴァーナー・ヴィンジ]



占星術殺人事件  島田荘司
 1981年発表 (講談社文庫 し26-1)ネタバレ感想

[紹介]
 昭和11年に発生した、梅沢家の大量殺人事件。密室状態のアトリエで画家・梅沢平吉が殺害されてから一ヵ月後、六人の娘たちが行方不明となり、やがて体の一部分ずつが切り取られたバラバラ死体が次々と発見されたのだ。それは、平吉が残していた“遺書”に記された奇怪な計画――六人の娘たちの体から各部分を寄せ集め、星座に合わせて新しい人体“アゾート”を作り上げるという、狂気の夢を連想させるものだった。だが、肝心の平吉がすでに殺されていたこともあって捜査は決め手を欠き、事件は迷宮入りしてしまった。それから40年以上の時を経て、いまだ解決されないままの“占星術殺人”の謎に、占星術師・御手洗潔が挑む……。

[感想]
 もはや説明不要といってもよさそうな、島田荘司(そして“名探偵・御手洗潔”)のデビュー作。奇想天外なトリックを中心に据えて、発端の奇怪な謎と解決のサプライズで読者を魅了する、実に島田荘司らしい作品です。トリックの核心部分が漫画「金田一少年の事件簿 異人館村殺人事件」(原作:天樹征丸・金成陽三郎/作画:さとうふみや)に流用され*1、そちらを先に読んだ“被害者”が続出しているという残念な事態でも知られており、未読の方は何をおいても読むことをおすすめします。

 まず冒頭には、占星術と錬金術に取り憑かれた画家・梅沢平吉の“遺書”が配され、のっけから異様な雰囲気。少々読みづらいのは否めませんが、六人の若い娘たち――しかも実の娘を含む肉親――の体を切断して各部分を寄せ集め、理想の女性“アゾート”を作り上げるという狂気に満ちた凄惨な儀式*2の計画、そして作製した“アゾート”を日本の中心に設置して“大日本帝国”を救うという妄想など、インパクトは強烈です。

 続いて物語は現在に移り、事件を知らない御手洗に対する友人・石岡和己のレクチャーを通じてその全容が読者にも紹介されますが、六人分のバラバラ死体が飛び出す猟奇性もさることながら、当の梅沢平吉が真っ先に殺されているのをはじめとして、犯人の“不在”が強調されているのが印象的。特に、御手洗と石岡の議論も交えながら、およそありとあらゆる可能性が検討し尽くされ、すでに封じられていることが示されていくのが秀逸で、事件から40年以上という長い時間の経過、そしてそれをものともしない謎の強固さを強く感じさせられます。

 御手洗が謎解きに挑むきっかけとなった“もう一つの手記”も、興味深い内容ではあるものの数々の疑問を解消するには(直接は)役立たないまま、解決の期限を切られた御手洗と石岡は実地の(?)調査に乗り出すことになります……が、正直なところこのあたりの迷走と停滞の雰囲気はただごとではありません(苦笑)。しかしそれがあることで、終盤になってついに決定的なひらめきを得た御手洗の、それまでとは打って変わった尋常ではない狂騒それ自体が一つのカタルシスとなり、さらに続く解決場面への期待がより一層高まるように思います。

 しかして、二度にわたる“読者への挑戦状”を経て解き明かされるのは、期待にたがわぬ凄まじい真相。その中核を担っているのは、前にも後にもほとんど類例の見当たらない*3、唯一無二といっても過言ではなさそうな特異性の高いトリック*4で、それだけでも本書の価値は測り知れないものがあると思います。が、そのメイントリックを成立させるために、細部に至るまで綿密な工夫が凝らされているのも見逃せないところです。

 “現在”から40年以上前、昭和11年という時代設定もまたトリックの要請によるところが大きいと考えられますが、それだけの長い年月を経た後の解決は読者にも強い感慨をもたらします。そしてまた、最後に用意されている結末で浮かび上がってくる“思い”は強く印象に残りますし、そこから、二つの“読者への挑戦状”に挟まれて異彩を放っていた“ある一場面”に再び思いを馳せずにはいられません。優れたトリックと心を揺さぶるストーリーが結びついた、必読の傑作です。

*1: 作中ではサブトリックの扱いながらほとんど本書そのまま、どころか明らかな“改悪”といわざるを得ない部分もあります。
*2: ちなみに、同様の儀式を扱った三津田信三『六蠱の躯』によれば、本書よりも前にホラー映画で題材にされているとのことです(同書58頁)
*3: 数少ないバリエーションとして、蘇部健一「六枚のとんかつ」及び「五枚のとんかつ」(いずれも『六枚のとんかつ』収録(ただし後者は文庫版のみ))が挙げられます。
*4: 本書と「金田一少年の事件簿 異人館村殺人事件」に関する、twitter上での議論の中で思いついたもの。興味のある方は、「Togetter - まとめ「占星術&異人館村に関するやりとり(暫定版)」」をご参照下さい。

2000.05.18再読了
2010.06.05再読了 (2010.09.02改稿)  [島田荘司]


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