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セシューズ・ハイ/天祢 涼

2013年発表 (講談社)
「公園」

 序盤は今ひとつつかみどころがないものの、次第に“蜂須賀はなぜ公園をつぶそうとしているのか”という謎に収束していくのは妥当なところ。ここで、蜂須賀と四葉の会話を手がかりに雲井が飛びついた結論は、少々いかにもすぎてアレですが(苦笑)、そこからの反転――意味ありげな会話の真相は鮮やかです。

 それに対する翔太郎の推理は、これまた鮮やか。読者にとってアンフェア気味になっているところもある*1ものの、最後に雲井が推理しているように、少なくとも放置されていた公園の実態に思い至るだけの材料は用意されていますし、“ハルリン”の話(26頁~27頁)から変質者の存在に気づくことも不可能ではないでしょう。

 そして最後に、四葉が遭遇した痴漢が捕まるところまで行ってしまうのに脱帽。これも戸部の不自然な態度が手がかりとして配されており、よくできた解決だと思います。

「勲章」

 冴木が漏らした“だべべ”という方言はかなりあからさまで、東堂の叙勲取り消しの裏に個人的な動機があることまでは見え見えですし、それが東堂の移動図書館につながっていくのも十分に予想できるところ。しかしそこから先、翔太郎が完全に冴木の側に肩入れしてしまうことで、どうやって事態に収拾がつけられるのかまったく読めなくなるのが見どころです。

 はたして、一旦は完全に激怒した東堂が自ら勲章の辞退を申し出てくる逆転劇は、それ自体が不可解な謎となっています。読者がその真相に思い至るのは困難だと思われますが、よく読み返してみればあからさまに浮いている“ハナノケイジ”(55頁)という伏線を、漫画『花の慶次』を持ち出して移動図書館の話につなげることで、巧みに埋没させている作者の手際が見事です。

「選挙」

 録音されていたやわらかな“足音”はかなり目につきやすい手がかりですが、雲井による推理の中では、(実際には犯人は意図していなかった)運動靴をはいていた直也に疑いを向ける“偽の手がかり”として扱われているのがまず面白いところです。

 実際のところ、容疑者が三人に限定されているために、それぞれの容疑者の特徴が目立ちやすくなっている感があり、片手が使えない直也を排除する“しわ一つ寄っていなかった”(110頁)テープという手がかりどころか、元体操部の文子が犯人であることを示す逆立ちトリックまで*2、おおよそ見当がついてしまうきらいはあります。が、その逆立ちトリックを導き出すための、ドアが閉じられた音だけが録音されていたという手がかりが非常に秀逸で、これを見出すことができるか否かがミステリとしての最大のポイントといえるでしょう。

 謎解き後の、“心優しい君なら綺羅々君がスパイ扱いされることに耐えられず、自白してしまうと思ってね。”(133頁)という翔太郎の台詞は、文子に最終的な決断を促しているようでもあり、少々あざとい気がしないでもありませんが、結果オーライ……なのか。

「取材」

 自身が疑惑の対象となることで、翔太郎は自らの潔白を証明しなければならない立場となるわけですが、橘に追い詰められた*3翔太郎が示す〈真相〉――鉄壁のアリバイは、疑惑に完全に終止符を打ちはするものの、ミステリの“解決”としては脱力を禁じ得ません。

 しかしながら、この作品のミステリとしての見どころが、そこから先の雲井の推理にあることはもちろんでしょう。iPodやスピーカーといった手がかりもさることながら、これまでの三話のラストで雲井が展開してきた、翔太郎の真意を探る推理が伏線となって、翔太郎の役どころの変容――〈探偵〉から〈犯人〉へ――を納得しやすいものに仕立ててあるところが巧妙です。

「辞職」

 作中で指摘されている数々の伏線を生かして、雲井の〈推理〉を超えた――探偵役自身の父親である漆原善壱が不正の首謀者であり、また土地建物の入札ではなく“ゼータ銀行”の設立権が利益として供与されることになっていた、という二点で――大きな真相が暴露されているところがまずよくできています。

 そして、“敵を欺くにはまず味方から”を地で行く翔太郎の周到な企みもさることながら、語り手である雲井自身が自覚のないままその“切り札”になっていたという構図が秀逸で、語り手の行為を隠匿*4するトリックの面白い使い方といえるのではないでしょうか。

*1: マンション最上階の“ドーナッツ状のガラス”の意味は、読者には示されない蜂須賀の著作の内容が手がかりとなっていますし、それが明らかにされることで初めてマンションや駐車場の真相も見えてくるわけですから、読者がそこまで到達することは不可能でしょう。とはいえ、雲井を誤った真相にミスリードするためにはやむを得ないところかと思われます。
*2: もっとも、前例もないではないトリックですし、ここまで見抜かれることは作者としても想定の範囲内かと思われます。
*3: 余談ですが、ここに至って雲井が“なんだかやる気も感じられない……もしや、私が誤った推理を披露していないからか?”(174頁)と考えているあたりには苦笑を禁じ得ません。
*4: 指紋の検出こそ完全に伏せられているものの、ビーズがぎっしり貼り付けられた――宇治家好みの――ボールペンを持ち帰ったことは示されていますし、小型カメラについても“さすが〈宮門〉の総帥、鋭い。”(147頁)という独白で示唆されているのがうまいところ。

2013.03.05読了