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都知事探偵・漆原翔太郎/天祢 涼

2014年発表 (講談社)
「出馬」

 翔太郎には失礼ながら、雲井ならずとも正宗総理の真の動機が気になるのは自然なところですし、正宗総理が溝ノ口都知事と“密会”していた事実から、“溝ノ口都知事の四選を応援”という結論に至る雲井の推理も納得できるものです。が、“密会”の真相については、幸穂がアクセサリーを“今日は一つも身につけていない”(25頁)ことで、結婚指輪の不在を実にさりげなく示してあるのが巧妙です*1

 そして雲井の推理が、探偵役たる翔太郎が密かに知り得た事実によってひっくり返されてしまうのは、通常のミステリであればアンフェアにほかならないのですが、探偵役が半ば天然(?)なこのシリーズなら許せてしまうのが、うまいというか何というか(苦笑)。かくして、カツラの手がかり(?)をもとに取り出される、まったく予期せぬところに仕掛けられた真相――“遣い”が正宗総理本人だった――のインパクトは強烈です。

 と同時に、そのインパクトによって、雲井が疑っていた正宗総理の真の動機が一旦はうやむやにされてしまうのが、連作の仕掛けとしてよくできています。

「襲撃」

 龍造寺都議が怪しいのは雲井も疑っているとおりで、犯人はあまり意外とはいえませんが、襲撃の手段は秀逸。襲撃予告にある“鬼瓦にふさわしいアイス”(62頁)と、停電+アイスの組み合わせとから、“溶けたアイス”が導き出されるところにもうならされますが、龍造寺の前歴――プロレスラー時代の、日本刀に酒を噴きかける(いかにもな)パフォーマンスを、アイスを口に含んで*2議場に持ち込むトリックにうまくつなげてあるところが見事です。

 一方で、真相から目をそらすミスディレクションにも工夫が凝らされていて、元プロ野球投手・新谷のうまい使い方はもちろんのこと、翔太郎のメモが――意図的かどうかは不明ながら――雲井の(ひいては読者の)注意を「振られても甘いぞバニラアイス」へと、強力にミスリードすることになっているのが愉快です。

「馬鹿」

 外川を犯人とする雲井の推理は、その根拠がやや弱く、あまり説得力が感じられないのが難点ですが、“内田が犯人である”ことを示す手がかりもなかなか見当たらないのが難しいところ。そこで、“外川が犯人でない”ことを示す大胆な手がかり――“馬鹿”ではなくバカと書かれた外川のメール(107頁)が出てくるところがよくできています。

 どちらが犯人にしても、犯行の動機があるようには見えなかったのですが、様々な伏線――“内ちゃんも、こういう系統が好きだよね”(118頁)のような何気ない台詞まで――を張りつつ、デザインの盗作疑惑を仕込んであるところが周到です。それを受けての翔太郎の“裁き”もお見事。

 ところで一つ気になるのは、段ボール箱についた墨が“黒い縦線(131頁)とされている点で、乾ききっていない墨が段ボール箱でこすれたことによるものですから、〈ケンダマダー〉の頭部にかかれた“馬鹿”の文字の方も無事ではすまないのではないでしょうか*3

「外交」

 内側からチェーンがかけられた密室に対して、“いかにして外部から密室内にダイヤを入れるか”だけが問題とされているのが、一般的な密室ものとは一味違っている感があります。そして、“浅村儀典長犯人説”のハルバードを使ったトリックや、“レーンシャー公犯人説”のアーチェリーによるトリックもなかなかのものですが、やはり何といっても“体温で温めると形が元に戻るワイヤを組み込んだブラジャー”(163頁)を伏線にしたバカトリックが強烈です。

 問題のオブジェについても、“内部にダイヤを収納できるような空洞(中略)はなかった”(190頁)と“あらため”をしてあるのが周到で、まさか口の開閉とは考えにくいものがあります。もっとも、事件発生後の、“いまは大口を開けて私を嘲笑しているように”(186頁)に対して、前夜の“意志が強そうで、時代劇の武士のようなこの顔つき”(173頁)あたりで“口を閉じた状態”であることを匂わせるのは、いささか弱いような気がしないでもないですが。

「辞職」

 最初の「出馬」から物語に関わってくる正宗総理と、「襲撃」だけで終わらずに顔を出してくる鬼瓦社長と停電騒ぎが、最後の大仕掛けにつながること、ひいては停電が人為的なものであること、あたりまでは予想できるのですが、熱帯魚“オーロラ”の生存や、“世界で一番有名なネズミ”が描かれた醤油の瓶、果てはKYな人々じゃ(17頁)といった無茶な伏線を駆使して、そのとんでもない真相を支えてあるのに感服。さらに、まったく予想外の財政赤字隠蔽の問題まで飛び出してくるのが凄まじいところです。

*1: もっとも、“(指輪も含めて)一つも身につけていない”との認識に至るためには、指輪の不在にも気づいていなければならないので、それをわかっていてごまかす作者の立場での、三人称の記述ならばともかく、雲井視点の一人称ではいささか微妙です(指輪を意識せずに“一つも身につけていない”としたのであれば、雲井が“思い出す”まで指輪の有無は不明なのですから、少なくとも読者への手がかりとはなり得ないことになります)。
*2: いくつかの作品で使われた毒殺トリックを髣髴とさせますが、“おいしいから何度も飲み込みかけましたが、必死に我慢して……”(93頁)という龍造寺の台詞に脱力。
*3: 〈ケンダマダー〉の頭部は球体ではあるものの、人の頭がすっぽり入る大きさですから点接触になるにはほど遠く、ある程度の痕跡は残ると思われます。

2014.10.21読了