どこの家にも怖いものはいる
[紹介]
作家・三津田信三は、熱心なファンだという新人編集者・三間坂秋蔵と意気投合するが、やがて三間坂が蒐集したという実話怪談に二人してのめり込むことに。“母親の日記”、“少年の語り”、“学生の体験”、“三女の原稿”、そして“老人の記録”……時代も場所も人物もばらばらなはずの五つの幽霊屋敷話は、しかしどこか妙に似たところがあった。二人は何かに取り憑かれたかのように五つの話の共通点を探り、そして……。
- 「向こうから来る 母親の日記」
- 新築の一戸建てに引っ越してきた家族だったが、ぱらぱらっと何かが降ったような物音が聞こえたり、幼い娘が暗がりに向かってひとり言をしゃべったりと、奇妙な出来事が起こり始めた。そしてある日、壁の向こうに友達がいると娘が言い出し……。
- 「異次元屋敷 少年の語り」
- 森で友達と隠れん坊をしていた少年は、いつの間にか一人ぼっちになった挙げ句、お婆に聞かされた化け物“割れ女”と出会ってしまった。“割れ女”に追われて懸命に近くの屋敷へと逃げ込んだ少年だったが、そこにはなぜか人の気配がなく……。
- 「幽霊物件 学生の体験」
- 地元を離れた大学に入学し、アパートで一人暮らしを始めた男子学生は、夜中に屋根の上から聞こえてくる気味悪い物音に悩まされるようになった。ある日、物音が始まった途端に外へ出て屋根の上を眺めてみると、そこには老婆のような影が……。
- 「光子の家を訪れる 三女の原稿」
- 家を出て教祖となった母親・光子。父親と二人の姉もそのとりことなり、幼い三女・沙緒梨は弟と暮らしていたが、その弟も連れ去られてしまう。沙緒梨は弟を取り戻そうと“光子の家”を訪れたが、そこでは壁に貼られた不気味な“御言葉”が現実に……。
- 「或る狂女のこと 老人の記録」
- 村で勢力を誇る某家の娘・世智は、幼い頃から恐ろしい予言を繰り返し、それを事業に役立てようとする某家の当主を除き、村人たちからは忌み嫌われるようになっていった。やがて当主も世智に手を焼くようになり、世智は座敷牢に押し込められ……。
[感想]
三津田信三の新作である本書は、『のぞきめ』と同じように(*1)作者・三津田信三を語り手とした“実話怪談風メタホラー”(?)で、三津田信三が編集者・三間坂秋蔵とともに、蒐集した実話怪談に秘められた謎を探るという物語になっています。語り手が三津田信三自身であるだけに、『幽女の如き怨むもの』執筆の裏話などが少し紹介されているのも興味深いところですが、実話怪談に対する“枠”にあたる部分が現実に近づけられることで、実話怪談そのものも実際に起きた出来事であるかのような、現実的な存在感が生じているのが秀逸です。
登場する実話怪談は、その時代や場所など内容もさることながら、主婦の日記、ネット上のテキスト、あるいは出版社への持ち込み原稿(*2)などと形態も(そして文体も)様々で、よりバラエティに富んだ印象を与えていますが、同時に(冒頭でも言及されているように)“どこか妙に似ている”
ために、怪異の遍在を感じさせる薄気味悪いものになっています。
最初の「向こうから来る」は、怪異に直に接しているらしい幼い娘の姿を目にする母親の、もどかしさを伴う不安がにじみ出る記述が印象的ですし、恐るべき変事の発生を経て、(一応伏せ字)何事もなかったかのように日常に回帰する(ここまで)結末が薄ら寒いものを感じさせます。
二つ目の「異次元屋敷」は、化け物“割れ女”に遭遇してしまった少年が語る、直接的な恐怖――とりわけ、隠れていた場所で“割れ女”に見つかりそうになる場面などは、凄まじいものがあります。語りの終わりもなかなか強烈。
続く「幽霊物件」は恐怖というよりも、エスカレートしていく怪奇現象と、その正体を探ろうとする奮闘する学生が不条理な事実に直面する結末が見どころでしょう。
「光子の家を訪れる」では、怪異に取り憑かれた人々の狂気、そしてそれゆえの何とも邪悪な雰囲気が漂う物語の中で、幼い少女が“あれ”に遭遇する場面の恐ろしさが際立っています。まさに悪夢のような結末も強く印象に残ります。
最後の「或る狂女のこと」は、時代が古いこともあって古風な怪異譚の趣。伝聞の記録であるため、恐怖はやや薄くなっているようにも思いますが、その内容は何とも異様なものですし、ここまで積み重ねられた四つの話との関連がおぼろげに見えることが効果をあげています。
これらの実話怪談の“ミッシングリンク”、すなわち“得体の知れない類似性は何なのか”を探り出すという趣向が、ミステリ風の作品としては独特で面白いところです。その三津田信三と三間坂秋蔵の試みは、二つの「幕間」を経て――怪異が二人に忍び寄る様子を見せながら――「終章」で結実しますが、最後に明らかになる“真相”、というよりもそれを導き出す三津田信三の(ある意味で)ホラーならではの推理(*3)が見事で、ニヤリとさせられます。ミステリファンはともかく、少なくとも三津田信三のファンならば必読といってもいいのではないでしょうか。
2014.09.22読了 [三津田信三]
大癋見{おおべしみ}警部の事件簿
[紹介と感想]
〈芸術探偵シリーズ〉の『エコール・ド・パリ殺人事件』や『トスカの接吻』などに登場し(*1)、傍若無人なトリックスターとして一部で(?)人気を博していた大癋見警部――現場でも居眠りを繰り返し、事件を解決する気はまったくないにもかかわらず、なぜか検挙率100%を誇る“警視庁最悪の警部”を主役に据えて、東野圭吾『名探偵の掟』ばりに(本格)ミステリのネタや“お約束”をいじり倒したミステリパロディ連作です。大癋見警部はもちろんのこと、本格ミステリマニアの江草刑事をはじめとする部下たちや“監察の神様”こと近藤監察医など、くせのあるキャラクターも相まって、肩の力を抜いて楽しめる愉快な怪作に仕上がっています。
人によってどのエピソードがツボにはまるか分かれそうですが、個人的に特に気に入ったのは「テトロドトキシン連続毒殺事件」。
- 「国連施設での殺人」 最初はやっぱりノックス先生
- 東京にある国連の関連施設で、日本人職員の佐藤という男が殺害された。容疑者は、アメリカ人のスミス、フランス人のマルタン、ドイツ人のシュミット、ロシア人のスミルノフ、ノルウェー人のニールセン、中国人のチャン、韓国人のキム、そして日本人の鈴木の八人だった……。
- 最初のエピソードでは〈ノックスの十戒〉(→Wikipedia)、しかも悪名高き(?)第五戒
“中国人を登場させてはいけない。”
(*2)がお題となっています。作中で披露される興味深い薀蓄が作者らしいところですが、最後はいきなりこれでいいのかと途方に暮れるというか何というか。
- 「耶蘇聖誕節{クリスマス}の殺人」 神が嘉し給うたアリバイ
- 被害者の死亡推定日時は12月25日、クリスマスの夜。動機などから一人の男が浮かび上がるが、容疑者は敬虔なクリスチャンで、クリスマス当日は朝から晩まで教会でミサなどの活動に従事していたと、教会の聖歌隊員が証言して、鉄壁のアリバイに捜査は難航する……。
- ある程度予想ができないこともないものの、よくいえばシンプルかつ大胆なアリバイトリックと、その真相があっさりと明かされる結末は、なかなか鮮やかな印象を残します。
- 「現場の見取り図」 そろそろここらへんで密室殺人
- マンションの一室で、男の刺殺死体が発見される。フロアの見取り図によれば、廊下の突き当たり奥から空室、被害者の松尾、公安警察、曽良、小松崎、という配置だったが、現場の隣室では公安警察が絶えず廊下を監視し、不審な人物は誰も通らなかったというのだ……。
- 冒頭に現場付近の見取図が掲げられ、厳重な監視による不可能状況が扱われた作品で、珍しく大癋見警部が次々と推理を繰り出すのがまず見どころ。そして豪快すぎるバカトリック(失礼)に唖然とさせられる一方、秀逸な伏線には完全にしてやられました。
- 「逃走経路の謎」 加えてさほど意味のない叙述トリック
- 常日頃、部下である大癋見警部の扱いに手を焼く警視庁の猪狩管理官だったが、目下の悩みの種は埼玉県警と千葉県警からの要請だった。目撃された指名手配犯などが、検問の網をすり抜けて県外に脱出する事態が相次いでいるというのだ。逃走経路は一体どこに……?
- 大癋見警部本人は登場せず、その上司・猪狩管理官が主役となった番外編。そのせいもあって本書の中ではやや地味な印象ではありますが、そこには作者の罠があるようなないような……。
- 「名もなき登場人物たち」 完全無欠のレッド・へリング
- 奥多摩の観光ホテルで起きた殺人事件。ホテルの支配人である被害者の死体には、奇怪な〈見立て〉が施されていた。ホテル内部にいた従業員と宿泊客にひとまず疑いがかかったが、揃いの奇妙な柄のTシャツを着た三人の宿泊客はそれぞれ「A」、「B」、「C」と名乗り……。
- お題となっているレッド・ヘリング(→「燻製ニシンの虚偽 - Wikipedia」)がまず無茶、トリックも〈見立て〉も無茶、そして(さらりと書かれているものの)捜査手法もかなり無茶、といった具合に、いい意味で色々とひどい作品で、もう笑うしかありません。……いや、“無茶”とは書きましたが、レッド・ヘリングの扱い方はなかなか面白いと思います。
- 「図像学と変形ダイイング・メッセージ」 ヴァン・ダインの二十則も忘れない
- 自宅のコレクション・ルームで撲殺された被害者は、その右手に陶器製の小さな牡牛の人形を握りしめていた。このところ被害者と不仲で動機があるという、被害者の三人の娘たちに疑いがかかったが、ダイイング・メッセージである牡牛の人形が指し示すのは誰なのか……?
- 〈ヴァン・ダインの二十則〉(→Wikipedia)がお題ですが、(個人的には)エラリイ・クイーンの一部の短編を思い起こす、ダイイング・メッセージの多様な解釈をめぐる一篇。実にエレガントな解釈と、結末の徹底ぶりが魅力です。唐突な大癋見警部による“注”にもニヤリ。
- 「テトロドトキシン連続毒殺事件」 後期クイーン問題に対して、登場人物たちが取るべき正しい態度
- 都内で相次いで発生している、フグ毒――テトロドトキシンによる毒殺事件。犯人が結晶化させたテトロドトキシンを用いていたため、フグを入手可能で化学的専門知識を持つ人物という見込みのもと、フグ料理店でアルバイトする理系の大学生などが捜査対象とされたが……。
- この作品のお題は、麻耶雄嵩『隻眼の少女』などでも扱われておなじみの、いわゆる〈後期クイーン(的)問題〉(→「後期クイーン的問題#第一の問題 - Wikipedia」)。しかし、それらの作品とは一線を画した本書ならではの扱い方により、実にユニークな状況が作り出されているのがお見事。
- 「監察の神様かく語りき」 正確な死因
- 長年にわたって事件の解決に貢献し、“監察の神様”と讃えられる近藤監察医が、捜査会議の席で立ち上がって発言する。司法解剖の結果判明した、被害者の正確な死因が発表されるのだ。しかしその本当の死因は、思いもよらぬものだった……。
- “ENTR'ACTE”(幕間)と銘打たれた掌編で、ある意味強烈な“真相”もさることながら、その後の展開に脱力を禁じ得ません。
- 「この中の一人が」 お茶会で特定の人物だけを毒殺する方法
- 小さな会社での三時のお茶の時間に、経理課長の水口が毒を飲んで急死してしまった。だが、水口を含めて六人の社員全員が、同じティーポットから注いだ紅茶を飲んだ上に、水口が使ったカップはその場でのジャンケンで選ばれたものだというのだ。一体どうやって……?
- 毒殺ミステリの定番ともいえる、狙った人物ただ一人に毒を飲ませる“不可能な毒殺”がお題ですが、大癋見警部の独特の捜査手法もまた大きな見どころで、ある意味目が離せません。ここでしか使えないトリックの扱い方も巧妙です。
- 「宇宙航空研究開発機構(JAXA)での殺人」 二十一世紀本格
- 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の実験棟で、研究開発本部長が不審死体となって発見された。だが、コンクリート打ちっ放しの壁に窓一つない現場は、もちろん屋根が外れることもなく、唯一の出入り口であるドアに内側から鍵と閂がかかった、完全な密室だったのだ……。
- 島田荘司がアンソロジー『21世紀本格』で提唱した〈21世紀本格〉(*3)をお題にした作品。必ずしもフェアとはいえない部分もありますが、本書の中ではオーソドックスなミステリに最も近く、多くの方が受け入れやすいのではないでしょうか(とはいえ、最初にこの作品から読もうとするのは絶対におやめください)。
- 「薔薇は語る」 〈見立て〉の真相
- 匿名での通報を受けて発見された、何とも異様な姿の死体。その男は全裸の体を荒縄でぐるぐる巻きにされた上に、眼窩、鼻孔、耳、口、尿道、そして肛門と、全身の穴に真紅の薔薇の花が挿してあったのだ。あまりに猟奇的な〈見立て〉に、捜査員たちは圧倒されるが……。
- 凄絶な〈見立て〉に始まり、江草刑事らの興味深い〈見立て〉談義……あたりまではいいとして、そこからどんどんおかしな方向へ展開していった挙げ句に、最後にはとんでもない結末に至る、何とも凄まじい作品。そのインパクトの陰に隠れている間もありますが、真相の隠し方もなかなか巧妙です。
- 「青森キリストの墓殺人事件」 バールストン先攻法にリドル・ストーリー、警察小説、歴史ミステリーおよびトラベルミステリー、さらには多重解決
- 青森で起きた殺人事件ながら、なぜか管轄外の大癋見警部ら一同が捜査に臨むことに。死体が発見されたのは旧・戸来村(*4)の“キリストの墓”で、被害者は日頃からキリスト渡来伝説など嘘だと強く主張し、村人の反発を招いていたという。だが、死体のポーズは……。
- 副題でも明らかなように、最後のエピソードだけに様々なネタが詰め込まれて大盤振る舞いとなっている一篇で、最初から最後まで見どころ満載ですが、やはり力ずくの多重解決(?)による凝った結末が愉快。
*2: 法月綸太郎「ノックス・マシン」(『ノックス・マシン』収録)でもおなじみでしょう。
*3: リンクした『21世紀本格』の感想に、少しだけ引用してありますが……。
*4: 現在の地名は新郷村大字戸来。
2014.09.27読了 [深水黎一郎]
三本の緑の小壜 Three Green Bottles
[紹介]
英国の町チャルフォードで起きた事件。夕方、友人たちと泳ぎに出かけた十三歳の少女ジャニス・アレンは、一人で歩いて帰る途中に行方不明となり、ゴルフ場で全裸死体となって発見された。事件の際に近くにいたと思われる、町の診療所に勤務するテリー・ケンダル医師が有力な容疑者として浮上するが、捜査は決め手を欠いたまま、テリーは深夜に崖から転落死を遂げてしまう。犯行を苦にしての自殺と噂される中、葬儀のためにチャルフォードへやってきたテリーの弟・マークは、診療所に勤めながら兄の死の真相を探り始めるが、やがて再び少女が殺害されて……。
[感想]
探偵小説研究会・編著「2012本格ミステリ・ベスト10」(原書房)の海外本格ミステリ・ランキングで第1位に輝いた、ディヴァイン後期の長編(*1)です。題名の『三本の緑の小壜』はそれだけ見ると意味がわかりにくいですが、本書の終盤にさしかかるところで言及されている(*2)ように、英国で有名な数え歌(→「Ten Green Bottles - Wikipedia」を参照)からとられているようです。
さて、本書でまず目を引くのはそのユニークな構成で、最後の「第五部」を除いて各部への「プロローグ」が用意されており、殺害される直前の少女ジャニスの視点で描かれた「第一部へのプロローグ」を皮切りに、登場人物に思いもよらぬ危険が忍び寄る不穏な一幕を配置することで、サスペンスを高めてあるのが非常に効果的です。と同時に、最初の事件が起きてからも狙われる人物たちにはあまり思い当たる節がなく、ただ漠然とした不安だけを抱いていくところが、読者の不安をも煽っている感があります。
各「プロローグ」に続く物語本編は、事件の容疑者となったテリー・ケンダル医師が暮らしていたアーミテイジ家の長女マンディ、テリーの後にアーミテイジ家に住み込んだ弟のマーク、そしてマンディの異母妹で十三歳のシーリアと、三人の人物の一人称で綴られていきます。他人に対して壁を作り消極的に生きるマンディ、兄テリーと対照的に有能ながら堅物のマーク、周囲が手を焼く問題児シーリア――それぞれの心理が、そうなるに至った経緯まで含めてしっかり描かれることで、深みのある物語になっているのが作者の真骨頂といえるでしょう。
事件の様相を一見すると、“少女を殺す”という行為自体を目的とした、どこの誰とも知れないシリアルキラーの犯行のようでもありますが、三人の語り手の配置でもおわかりのように、アーミテイジ家の周辺というごく限られた範囲に焦点を当てた、きわめてディヴァインらしい形で物語は進んでいきます。そのせいもあってか、事件の真相や犯人の正体などに見えやすい部分があるのは否めませんが、そうであってもあの手この手で読者を騙そうとしてくる作者の企みは、十分に楽しめるものになっていると思います。
語り手の交代をうまく利用して“両側”から描いたクライマックスの演出も見事ですし、真相が解き明かされてみるとそれまでも克明な描写によって大いに説得力が感じられるのも、さすがといっていいのではないでしょうか。事件が決着した“その後”の顛末も含めて、決して派手ではないながらも、読み終えて大きな満足感の残る作品です。
“執筆順では十三作中の十一作目とされる本作”(401頁)とありますが、“発表順”もしくは“十二作目”の誤りではないかと思われます(『ウォリス家の殺人』を参照)。
*2:
“一列に並んだ、三本の緑のガラス壜。あの有名な数え歌のように”(271頁)。
2014.10.01読了 [D.M.ディヴァイン]
黒龍荘の惨劇
[紹介]
維新の元勲・山縣有朋の影の側近とも呼ばれた漆原安之丞の邸・黒龍荘に、恨みを晴らすという脅迫状が届いて数日後、漆原は邸で首を切られた死体となって発見された。調査依頼を受けた月輪萬相談所の探偵・月輪龍太郎は、かつて伊藤博文邸でともに書生をつとめた杉山潤之助を連れて黒龍荘に乗り込む。広大な邸には、漆原の四人の妾をはじめ総勢七人の住人が暮らしていたが、警察と月輪らの監視をあざ笑うかのごとく、住人たちは奇怪なわらべ唄そのままに、次々と凄惨な死を遂げていくのだった……。
[感想]
伊藤博文の書生・月輪龍太郎を探偵役とした『伊藤博文邸の怪事件』(未読)に続いて、明治時代を舞台とした本格ミステリのシリーズ第二弾。山縣有朋や伊藤博文が存在感をもって登場してくる(*1)あたりは、歴史小説を本領とする作者らしいところかもしれませんが、内容には史実と絡めた歴史ミステリ的な要素があるわけではなく、わらべ唄をもとにした見立て殺人や次々に登場する首なし死体など、横溝正史作品を思い起こさせる本格ミステリとなっています。
序盤から立て続けに事件が発生し、物語はスピーディに、かつ淡々と進んでいく印象で、どれもこれも派手な事件の割に扱いがあっさりしすぎている感があるのは、やや好みの分かれるところではないかと思われます。が、相次ぐ事件のそれぞれについて少しずつ様相を違えてあるところはよくできていますし、そのせいもあって次から次へと謎が積み重なっていくのはやはり大きな魅力で、終盤には――例えば三津田信三〈刀城言耶シリーズ〉など(*2)のように――“十六の謎”が列挙されることになります。
それらの謎が一つも解けないままぎりぎりまで引っ張られた後、実に残り30頁を切ったところでの急転を経て、一気に解き明かされる解決篇はまさに圧巻。そこで示される事件の真相そのものも、非常に大胆かつ強烈なもので、最後の「悪の華」という章題に象徴される凄まじい犯人像とその悪魔的な企みも相まって、細かいところが気にならなくなるほどのインパクトを残します……多分――というのは途中で真相に気づきさえしなければ、の話。あいにくなことに、解決篇より前に真相が予想できてしまったために、衝撃が薄かったのが大いに残念なところです。
私見ですが、本書はネタの性質上、ミスディレクションがさほど効果的とはいえないこともあって、作者が大筋で何を狙っているのか直感的に見えやすくなっているところがあると思います。また一つには、探偵役ですらほとんど“推理”してはいない(*3)ほど手がかりが乏しすぎるために、自ずと考える糸口が限られてしまい、結果として真相にたどり着きやすくなっている感もあります。そして、大ネタ一発で勝負する作品なので仕方ないのかもしれませんが、肝心のサプライズが不発に終わってしまうと、もう他にはあまり面白味が残されていないのがつらいところではあります。
加えて、これは読者によって意見が分かれるかと思われますが、前述の“悪魔的な企み”の核心部分、かつ仕掛けの中で最も苦しい部分に関して、(お読みになった方はお分かりかと思いますが)“(一応伏せ字)近年の現実の事件(ここまで)”を下敷きにした節があるのが、個人的には微妙な印象。説得力が出ているといえばそうなのですが、そこを“それ”に負わせるのはいささか釈然としないものがありますし、そのせいで余計に後味が悪くなっているのは否めません。
……と、個人的にあまり面白く読むことができなかったので色々書きはしましたが、楽しめる人は間違いなく楽しめるでしょうし、力作であることは確かなので、一読の価値はあるのではないかと思います。
2014.10.10読了 [岡田秀文]
都知事探偵・漆原翔太郎 セシューズ・ハイ
[紹介]
弁舌爽やかながら天然で軽はずみな言動が目立つ世襲政治家・漆原翔太郎が、東京都知事選挙に立候補すると言い出して、真面目で融通が利かない秘書・雲井進は再び苦労することに。思わぬ障害を乗り越えて無事に当選を果たし、晴れて都知事となった翔太郎だが、その行く手には次々と難事件が……。
- 「第一話 出馬」
- 都知事選が間近に迫り、いよいよ出馬表明をしようかという翔太郎のもとに、何と総理大臣からの遣いが訪ねてくる。なぜか翔太郎に期待しているという総理大臣・正宗謙吾は、海外留学の費用と引き替えに、都知事選への出馬中止を求めてきた……。
- 「第二話 襲撃」
- 都知事の座に着いた翔太郎だったが、頻発する停電を解消できずにいる電力会社社長の参考人招致を控えた都議会に、テロ組織〈アイスクリーム党〉から、参考人招致の最中に電力会社社長の顔にアイスをぶつけるという襲撃予告が送られて……。
- 「第三話 馬鹿」
- 東京都内のB級グルメのイベントに、大人気の東京都のゆるキャラ〈ケンダマダー〉も出演することに。ところが、会場に搬入された〈ケンダマダー〉が、いつの間にか頭部に“馬鹿”と落書きされていたのだ。〈ケンダマダー〉を“殺した”犯人は誰なのか……?
- 「第四話 外交」
- アール王国のコンスタンス王女が、東京都の賓客として来日した。王女に招かれて、大使公邸に宿泊した翔太郎と雲井だったが、王女のダイヤが盗まれる事件が発生し、雲井がその容疑者となってしまう。無事にその疑いを晴らすことができるのか……?
- 「第五話 辞職」
- ――内容紹介は割愛します――
[感想]
若き世襲政治家・漆原翔太郎を探偵役に据えた、異色の“政治本格ミステリ”、『セシューズ・ハイ』の続編で、国会議員から東京都知事に転身した翔太郎と秘書の雲井が、再び様々な難事件に遭遇する連作です。前作同様にユーモラスな雰囲気の中、雲井と翔太郎による“二重解決”の構図も健在ながら、“〈業界〉日常の謎”ともいうべき内容の前作に比べて個々のエピソードの事件性が強まっており、政治を題材にしつつもオーソドックスなミステリにやや近づいたという印象があります。
まず第一話の「出馬」では、いきなり総理大臣の遣いが訪ねてくるという事態が目を引きますが、総理の真の動機を疑う雲井に対して、翔太郎の方は“動機のミステリなんて流行らない”
(18頁)と言い放ち(*1)、“期待している”という言葉を素直に受け取るのに苦笑。はたして、意表を突いた真相はなかなか面白いと思います。
第二話の「襲撃」では、アイスクリームを顔にぶつけるという、このシリーズらしくのどかな(?)襲撃予告が愉快ですが、都知事たる翔太郎と秘書の雲井にとってはもちろん一大事。襲撃を防ぐために奮闘する雲井に対して、天然なのか計算なのかよくわからない翔太郎の言動が絶妙です。そして、さりげなく配置された手がかりが巧みに組み合わされた真相が秀逸。
第三話の「馬鹿」は、地方自治体らしく(?)ゆるキャラが題材となったエピソードで、ゆるキャラ“殺害”事件の犯人探しがメインの謎になっています。実質的に容疑者は二人しかいないので、雲井が推理を披露した時点で真犯人が明らかになってしまう(失礼)のがアレですが、“型”からはずれた謎解きも含めて、そこから先も見どころ十分です。
第四話の「外交」は一転して外交の話……ですが、雲井の大いなる受難と、その窮地から雲井を救い出す翔太郎の活躍という、ある意味異色のシチュエーションです。ダイヤ盗難事件が、見取図も掲載された密室もの――しかも一風変わった――の様相を呈しているのも面白いところですが、用意されたバカトリックが楽しい一篇です。
そして第五話の「辞職」(*2)では、連作の最終話ということで大仕掛けが用意されていることも、そしてある程度の方向性も予想はできるのですが、とんでもない伏線まで駆使して、“そこまでやってしまうのか”と思わされる徹底的な“解決”に圧倒されます。と同時に、前作同様に“翔太郎が何を考えているのか”を雲井(及び読者)にとっての大きな“謎”とすることで、政治家としての資質について考えさせられるようになっているのがうまいところ。前作を楽しんだ方には間違いなくおすすめです。
2014.10.21読了 [天祢 涼]
【関連】 『セシューズ・ハイ』