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シェルター 終末の殺人/三津田信三

2004年発表 講談社文庫 み58-14(講談社)/(ミステリ・フロンティア(東京創元社))

 本書では、アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』風のプロット――〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉の形式に則って、登場人物たちが一人ずつ殺されていきます。

 一、事件の起こる舞台が完全に外界と隔絶されていること。
 二、登場人物が完全に限定されていること。
 三、事件の終結後には登場人物の全員が完全に死んでいること。
 四、犯人となるべき人物がいないこと。
  (文庫版429頁/単行本266頁)

 上に引用したのは〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉の条件ですが、本書はパソコンに記録された手記の形態であるため、その記述者が最後まで生き残っていなければならないのは明らかです。ところが、「六日目」で記述者が明日香聖子に交替するトリックによって、記述者=三津田信三が“殺される”という(ちょっとした)サプライズが用意されているのが面白いところです。もっとも、それが〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉の条件〈三〉に関する(ある種(一応伏せ字)オマージュ(ここまで)的な)仕掛けであることは、誰しも予想するところでしょう。

 明日香の死を受けて記述者を引き継いだ星影企画としても、条件〈一〉と条件〈二〉についてはほぼ確実――シェルター内に“七人目”(火照陽之助)が存在するというのは現実的でない*1――ということもあって、条件〈三〉を疑ってかかるのは当然といえますが、その後再登場した三津田が“最後の一人”となった際には、星影が死体を傷つけたことでもはや条件〈三〉にも疑念を生じる余地はありません。

 このように、“犯人となるべき人物がいない”という状況があまりにも強固なため、ある程度心の準備(苦笑)がしやすくなってはいるのですが、〈テン・リトル・インディアン型ミステリ〉のプロットを土台から崩壊させてしまう“他の登場人物が実在しない”という大ネタには、やはり脱力を伴う微妙な印象を禁じ得ないところです。

 いわゆる“夢オチ”とばっさり切り捨ててしまうのはいささか短絡的にすぎると思われるものの、「地吹雪日記 - 三津田信三『シェルター 終末の殺人』(東京創元社)」で指摘されているように“「妄想」は所詮妄想であり主人公がどういうルールで妄想を作り上げているかは想像するしかない”(注:引用元では伏せ字)というのが難しいところで、“信頼できない語り手”以外の人物が存在しないために、主観的な“妄想”と対置すべき客観的な“事実”が確認できず、釈然としない感覚が残るのは否めません。

 とはいえ、“探偵”が次から次へと列挙していく数々の手がかり*2、すなわち三津田自身の認識の中の互いに矛盾する事象は、“少なくとも「この部分」は事実ではあり得ない”ということを明確にすることで、ミステリとしては無茶な真相にそれなりの説得力を与えるものになっており、なかなかよく考えられていると思います。とりわけ、星影が「八日目」(の最後の部分)の記述者ではあり得ないこと(文庫版480頁/単行本297頁)、三津田がパソコンの『記録』を確認する前に星影を“記述者”(文庫版441頁/単行本274頁)と断じていること(文庫版481頁/単行本298頁)といった、テキストの成立に関わるメタフィクショナルな手がかりが秀逸です。

 ところで、“あなたよりも遥か以前に、この地に埋まった者――とでもしておきましょうか”(文庫版506頁/単行本312頁)という最後の台詞は、“探偵”が棺の中の(七番目の)被害者(文庫版40頁/単行本25頁)だというホラー的な“真相”を示唆するものですが、しかしシェルター内に三津田しかいないという合理的な(?)観点からは、“探偵”もまた“被害者”たちと同様に三津田の脳内の存在と考えるのが妥当でしょう*3。そうすると本書は、“三津田信三”が“記述者=犯人=被害者=探偵”という、単なる“妄想オチ”とはまた違った意味で無茶な真相を実現したものとみることもできますし、その三津田信三はもちろん本書――講談社及び東京創元社から刊行された『シェルター 終末の殺人』――の著者でもある*4わけで、非常にユニークな趣向といえるのではないでしょうか。

*1: 後に“探偵”が説明している非常用脱出口の問題もさることながら、見学者たちに気づかれることなく狭いシェルターの中に潜むことができるとは考えにくいものがあります。
*2: ベッドの上にあった人形についての、“実物を見ていないらしい星影が、素っ頓狂な声を上げた。面家と明日香も、怪訝な表情をしている。”(文庫版65頁/単行本40頁)という反応は、文庫版でのみ手がかりとして指摘されています(468頁)
*3: “探偵”が三津田と同じ〈三面怪人〉の仮面をかぶっていることも、三津田自身が作り出した存在であることを暗示しているといえるかもしれません。
*4: 実は、単行本(東京創元社ミステリ・フロンティア)ではさらにカバーデザインが“明日香聖子”名義で、“記述者=犯人=被害者=探偵=著者=装丁家”という凄まじいことになっています。

2010.02.08読了
2015.02.12文庫版読了 (2015.02.19若干改稿)