死美女の誘惑/丸山天寿
- 「死美女の誘惑」
発見された死体の
“腹は食らいつくされ”
(8頁)といった描写、とりわけ男性の死体も“腹が食われていた”
(23頁)ことがミスリードになっていますが、子供用の枕と産着の手がかりを考慮すれば、赤子が事件の原因となっていることは予想できるのではないかと思います。もっとも、“鬼娘”は真相を伝えようとして佳人に手がかり(*1)を与えたわけで、ある程度わかりやすいのも道理でしょう。あまりに残虐な犯行ゆえに、(時代や文化の問題もあるとはいえ)跡継ぎとなる赤子を手に入れるためにそこまでするか、という疑問も浮かびますが、本家への対抗意識に端を発する当主の母親の狂気と、手段を選ばず早急に赤子を手に入れなければならなかった事情がしっかりと説明され、真相が補強されているところがよくできています。
- 「夢美女の呼び声」
伝奇ミステリということが頭にあったため、本当に夢の中に入るのかと思っていましたが、むしろ夢が現実を浸食するような展開に仰天。最初に素裸で見つかった少女の存在が伏線ではあるのですが、夏が夢の中で見た若い娘とは明らかに別人であるため、どう結びつくのか見当もつきませんでした。
逃亡を防ぐために娘が裸にされたという真相は、某国内ミステリ短編(*2)を思い起こさせるものですが、夏の見た夢が娘の見た未来の夢でもあったという幻想的な真相がよくできています。そして、未来の夢だったがために何とか間に合った結末がお見事。
- 「狐美女の決意」
狐の水飲み場で、死んだ湯狐の相手をしていた(と目された)妻の姜と成の二人が容疑者となっているものの、“水狐”の正体が瑣であることは――“水狐”が
“白く小さいもの”
(105頁)とされていることからも――ある程度予想できるのではないかと思いますが、若い成よりもさらに年若い少女だけに、あまり考えたくないところではあります。しかし、湯狐に続いて開方までもが殺されてしまったことで、開方と瑣の忌まわしい関係が(佳人が蓮に語る前に)浮かび上がってくるのが何ともいえないところ。溺死とされた死の真相にはなるほどと思わされますが、それが“謎解き”ではない――実行犯の陰に隠れた“探偵=黒幕”による“操り”の構図が圧巻。と同時に、何があろうと女性の味方を貫く佳人の姿勢が最も強烈な形で表れているのが凄まじいところです。そして瑣の行く末を考えれば、この時代ゆえに“水狐”の演出が通用するのが幸いといえるでしょう。
- 「飛美女の執念」
松の木の天辺に刺さった楊の死体が、上から落ちてきたものであることはほぼ明らかですから、林直将軍の目の前に落とされた牛の件とあわせて“精衛”の仕業と考えるのが(作中の人物にとっては)自然なはずですが、小翠の死体に縄で縛られた跡が残っていたことで別の犯人の存在が浮上し、“精衛”が悪役でなくなっているのが巧妙。実際には小翠は縛られたために死んだわけではなかった(*3)のですが、結果的に真相に近づくことになっているのも面白いところです。
犯人に手出しがしづらい状況を逆手に取って、楊(と小翠)が空を飛んだトリックの実演を盛り込んであるのもうまいところで、豪快すぎるトリックが(ある程度)受け入れやすいものになっています。そしてもちろん、手出しのできない犯人をさらって海に落とす決着は痛快ですし、柴の陰に隠れていた真犯人・丞が登場するひねりもよくできています。
- 「蛇美女の嫁入り」
“蛇の化身”という印象を与える百花の謎が、次々と解き明かされていくのが見どころで、足の“鱗”が火傷の痕だったというのはまだしも、“呑み込まれた”使用人たちの消失の真相、ひいては花嫁を隠れ蓑にした盗賊という正体が大胆です。一方、
“生臭い匂い”
(223頁)や部屋に落ちていた“大きな鱗”
(216頁)が、病を治すための鯉の生き血につながるのも鮮やか。結末では、琅邪から姿を消した佳人の目的と正体が示唆されていますが、連作の共通項と一体に結びついている目的もさることながら、“現実”と“怪奇”が同居するこの作品世界ならではの正体が秀逸。何より、ここまでの作品で“怪異”を前面に出しつつ(おおむね)“人為”に着地させておきながら、最後にぬけぬけと“怪異”を持ち出してくる作者の趣向に脱帽です。
*2: (作家名)北村薫(ここまで)の(作家名)「冬のオペラ」(『冬のオペラ』収録)(ここまで)。
*3: しかも、小翠を縛った柴は犯人ではなかったというあたりは、怪我の功名というか何というか。
2013.09.21読了