死者の靴/H.C.ベイリー
Dead Man's Shoes/H.C.Bailey
1942年発表 藤村裕美訳 創元推理文庫178-02(東京創元社)
本書には多彩な人物が登場していますが、物語が進むにつれて大半の人物像が反転していくという、何ともすさまじい状況になっています。例えば、冒頭の様子をみると市警側が善玉でユーヴデイル警部が悪人としか思えないのですが、最終的にはそれがまったく逆であったことがわかります。
また、アレックスが襲われた際にホプリーが一旦はランドルフに疑惑を向けているように、絶対的に信頼の置ける人物がほとんどいないため、つかみどころのない事件であることと合わせて、真相がかなり見えにくくなっている感があります。
事件の真相は最後まではっきりとは示されませんが、ランドルフがクランク氏に語った推理――ヒグモアが放火による保険金詐欺計画を知られたガセージ少年を殺し、アーデンがクラヴェルを殺し、キャロラインが亡夫の復讐のためにアーデンを殺した――がおそらく真相なのでしょう。そしてこの真相から浮かび上がってくるキャロラインの人物像が、作中では直接描かれることが少なかっただけに、強く印象に残ります。
もちろんクランク氏はその真相を見抜いた上で、アーデン殺しの証拠となり得るスカーフをキャロラインに届けたわけですが、それを考えると、ランドルフの推理に対して“キャロライン・アーデンの関与を裏付けられる証拠が何かあるでしょうか? 何もありません、形跡すら。わたしの刑事事件に関するささやかな経験から申しあげれば、この先、新たな証拠が見つかる可能性はほとんどないでしょう。”
(378頁)という台詞を口にする狸親父ぶりが何ともいえません。