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謎々 将棋・囲碁/新井素子・他

2018年発表 (角川春樹事務所)
「碁盤事件」 (新井 素子)
 “凶器”となった碁盤が自らの罪を主張しているということもありますが、裁判の当初、“晶子さんが粗忽”ということで一同が納得して*1、転倒した理由の方がなおざりにされているのが面白いというか何というか。そして夫婦座布団(赤)の綻びが転倒の原因と判明した後、綻びの原因を当人(?)が説明するのではなく、他の証人たちが――自身の被害も含めて――告発していく*2ことで、一気に猫を糾弾する空気が醸成されるのが巧妙です。

 裁判が結審した後に明かされる、ミーシャも読みきれなかった碁盤自身の動機は何とも切実ですが、単なる糾弾にとどまらず、(想像してみると「猿蟹合戦」めいた印象を受けるとはいえ)実力行使まで視野に入れている、不穏きわまりない結末がなかなか強烈です。

「三角文書」 (葉真中 顕)
 まず、“三角文書”を楽譜と解釈した“定説”が実に新鮮で秀逸。また、楽器の再現に端を発する将棋の再発見についても、弦楽器という推測は妥当に思えます*3し、弦に挟んだクリップの動きからゲームの駒を連想するというのも、実際にはかなりの飛躍が必要だと思います*4が、それなりには納得できるものになっています。

 将棋を再発見した後、どのように話の収拾をつけるのか――というところで、神の実在を信じるヒフミーンの姿勢と、棋譜の中に紛れている将棋AIとを、うまく絡ませて結末へ持っていく手際がお見事。

「十九路の地図」 (宮内 悠介)
 長く寝たきりが続いた後では、体を動かすことも(すぐには)ままならないはずなので、最後は祖父が“目覚める”ところまでかと予想していたのですが、いきなり囲碁部へ“乱入”してくるという“力技”には唖然*5。少々強引ではありますが、脳インタフェースなどの様子をみると、寝たきりでも筋肉が衰えないような新技術があっても不思議ではない……かもしれません。

「☗7五歩の悲願」 (深水黎一郎)
 将棋の駒を擬人化した前衛的な作品かと思いきや、実は“人間将棋”(→Wikipedia)だったという叙述トリックにはしてやられました。最後に“山形県T市の人間将棋”(154頁)とあるように山形県天童市が有名です*6が、作者が山形県出身ということは記憶にあったので、気づかなかったのが不覚です。

 〈と金〉にならなければならないという強迫観念が高じた末の、〈☗7四歩〉もとい〈匡也〉の行動は何とも凄絶ですが、それにしても〈☗7四歩成〉はやはり笑撃的です。

「黒いすずらん」 (千澤のり子)
  ある程度ミステリを読み慣れた方であれば、“あたし”が飲み物を配置する際の丁寧な描写から、定番の“取り違えによる毒殺”が起きることまで事前に予想できると思いますが、そこで“なぜ取り違えが起きたのか?”が強力な謎となっているのが秀逸。“あたし”はしっかり確認している様子で手順に怪しいところもなく、魔術のように鮮やかな現象がお見事です。

 火事で目が見えなくなったという重大な事実を言い落とす叙述トリックは何とも豪快ですが、注意深く読めば火事以降の視覚描写の欠如に気づくことも可能でしょうし、何より“石は突起がなくつるつるだった。ならばこっちが白石で”(170頁)と、石の色を触覚で判別している描写が決定的な手がかりとなっています。視覚障害者用の碁石を知らなくても、“突起のついた黒の石”(164頁)と合わせれば、そして普通の碁石に突起などついていないことさえ知っていれば、推理は可能でしょう。

「負ける」 (瀬名 秀明)
 “投了できる人工知能”を目指していたはずが、投了の機会がないまま終わってしまう――おそらくは今後も――という結末は皮肉ですが、にもかかわらず、一年前の対局と違って受け入れられているところをみると、必要とされていたのは勝敗の決着の判断だけではなく、それを“どのように表現するか”、すなわち対戦相手や観戦者に対するいわばユーザーインターフェイスの問題でもあった、という風にも受け取れます。

 作中にも“盤ゲームに身体性は必要か”(215頁)という言葉がありますが、SFなどでのAIと身体性というテーマが、多くは身体の有無がAIに与える影響に着目したものであるところ、AI自身ではなく周囲に与える影響に焦点を当ててあるのが新鮮です*7。そして、ソフトの開発者ではなくハードの側――ロボットアームの開発者を主人公に据えてあるのも納得。

*1: 夫婦座布団(赤)が“自白”した直後の一同の反応(42頁)にも苦笑を禁じ得ません。
*2: 冒頭、食器棚がなぜか“今バタバタできないし”(8頁)と嘆いていたことが、さりげない伏線となっています。
*3: 和音がない(単音しかない)という点では管楽器の方がふさわしいかもしれませんが、二人で交互に演奏するのは無理があります。また打楽器にしては、9×9はさすがに多すぎるのではないでしょうか。
*4: 例えば、▲2六歩→△8四歩→▲2五歩→△8五歩(互いに飛車先の歩を進める)であれば駒の動きらしく見えそうですが、▲7六歩→△3四歩→▲2二角成→△同銀(角交換)のような場合、角が斜めに動く――クリップには“動き”として反映されない――上に“同音連打”なので、駒の動きととらえるのは不可能でしょう。
*5: 愛衣も事情を知らなかった様子で、わざわざ伏せてあったとも考えにくいので、本当に突然の“復活”だったということになりそうですが……。
*6: カバーをかけた状態で読んでいたので気づきませんでしたが、帯の実在する楽しいはずの将棋のイベントという記述は、ネタバレ気味のような気が。
*7: このあたりは、未来ではなく(いまだAIの黎明期といってもいい)現代を舞台にしていること、そしてもちろん将棋の対局という特殊な用途であることによるものといえるでしょう。

20218.03.14読了