ミステリ&SF感想vol.234

2019.12.09
『虚像のアラベスク』 『謎々 将棋・囲碁』 『語り屋カタリの推理講戯』 『友達以上探偵未満』 『アルテミス(上下)』



虚像のアラベスク Arabesque fantasmagorique  深水黎一郎
 2018年発表 (KADOKAWA)ネタバレ感想

[紹介]
 創立十五周年記念公演を目前に控えた名門バレエ団に、公演中止を要求する脅迫状が届く。折りしも、その公演を海外の要人が鑑賞を予定していることが判明し、海埜警部補が率いる面々が専従班として警護に当たることになった。バレエのことをよく知らない海埜は、甥の“芸術探偵”神泉寺瞬一郎とともにバレエ団の稽古を見学するが、演目の『ドン・キホーテ』には危険な場面も。万全の警備態勢の中、いよいよ本番の幕が上がり……「ドンキホーテ・アラベスク」
 このところ伸び悩んでいる踊り子・夕霧は、コーチに厳しく叱咤される日々が続いていた。そんな中、先輩の装身具が盗まれる不可解な事件に続いて、プロダクション社長の奇怪な圧死事件が発生し……「グラン・パ・ド・ドゥ」

[感想]
 芸術探偵・神泉寺瞬一郎と海埜警部補が活躍する〈芸術探偵シリーズ〉の最新作で、カバーのドガの絵*1でお分かりのように、今回はバレエが題材となっています。二つの中篇と、「読まない方が良いかも知れないエピローグ」という副題が付された後日談からなる作品集で、(好みが分かれるところはあるかもしれませんが)組み合わせの妙(?)が光る、作者の持ち味が存分に発揮された快作といっていいでしょう。

「ドンキホーテ・アラベスク」  Don Quichotte Arabesque
 序盤から見慣れないバレエ用語*2が連発されますが、瞬一郎の丁寧な解説がわかりやすく、本番が始まるまでには“予習”もばっちり。そして、脅迫状を送りつけた“犯人は誰なのか?”、さらには“何が起こるのか?”で読者の興味を引っ張っていくのはもちろんです。しかしてついに始まった公演本番では、まったく思いもよらない事態が発生するのが非常に秀逸。脅迫の意外な動機から、美しくまとまった結末もよくできています。

「グラン・パ・ド・ドゥ」 Grand Pas de Deux
 こちらは踊り子自身の一人称ということもあってか「ドンキホーテ・アラベスク」以上に、バレエ用語で説明される動作の一つ一つが芸術を支えていることが強調されている感があります。そこへ、不可解な事件の発生を受けて海埜警部補が捜査に乗り出すことになります……が、終盤になって明かされる破壊力抜群の真相には思わず唖然。いや、完全に思惑どおりとはいえ、ここでこのネタを持ってきた作者の度胸(?)には脱帽せざるを得ません。「それでいいのか」と心の中で突っ込みながらも、どこかしっくりくるような幕引きもお見事。

「史上最低のホワイダニット」 読まない方が良いかも知れないエピローグ
 「グラン・パ・ド・ドゥ」の衝撃に追い討ちをかける後日談。そちらの破壊力に比べると、さらりと書かれていることもあって“腑に落ちて”しまうところがあり、“史上最低”かどうかは見解が分かれそうではありますが、およそ例を見ない動機なのは確かではないでしょうか。

*1: 「エドガー・ドガ#『踊りの花形』 - Wikipedia」を参照。
*2: フランス語なので余計に見慣れない印象ですが、読み進めるにつれて違和感はなくなると思います。

2018.03.07読了  [深水黎一郎]
【関連】 〈芸術探偵シリーズ〉



語り屋カタリの推理講戯  円居 挽
 2018年発表 (講談社タイガ マB01)ネタバレ感想

[紹介]
 “WHO”、“HOW”、“WHY”、“WHERE”、“WHEN”、そして“WHAT”――六つの正解を揃えることができれば何でも望みが叶えられるという、命がけの推理ゲーム。難病の治療法を見つけるためにゲームに参加した少女ノゾムは、そこで奇妙な青年カタリと出会う。優秀なプレイヤーであるカタリは、ノゾムを相手に謎を解くためのレクチャーを始めるが、ゲームクリアへの道は険しく……。

[感想]
 いわゆる“リアル脱出ゲーム”(→Wikipedia)のような“推理ゲーム”――ただしゲーム内で殺人も起こり得る*1――を舞台として、ゲーム初心者の主人公・ノゾムに対して先輩プレイヤーのカタリが推理講義を行いながら、“5W1H”に分類された謎*2――フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット*3、ウェアダニット、ウェンダニット、そしてホワットダニットが順次解き明かされていく形式の、趣向を凝らした連作短編集です。

 詳細が説明されないままいきなりゲームが始まっている――最低限必要な情報が少しずつ明かされていく――など、物語はかなりあっさりした印象で、カタリとノゾムの師弟の交流、そしてその結果としてのノゾムの成長が、ほぼ唯一の“軸”となっています。ノゾムとカタリを除けば登場人物の描写も控えめで、あとはひたすらミステリ要素――カタリの講義を含めた謎と推理に筆が割かれているといっても過言ではありません。

、題名が(“ミステリ講戯”ではなく)“推理講戯”となっているように、カタリが語るのはあくまでも謎解きのための講義であり、各エピソードも“推理ゲーム”という設定を巧みに利用しながら、真相そのものだけではなく謎の解き方まで含めての面白さを狙ったようなところがあります。フーダニットやハウダニットなどの講義と実践を組み合わせた構成は、一種の“ミステリ入門書”ととらえることもできそうですが、必ずしも“ミステリ初心者向け”ともいいがたい、鯨統一郎『ミステリアス学園』にも通じる“ミステリ入門風メタミステリ”*4といったところではないでしょうか。

 最初の「フーダニット・クインテット」は、五人のプレイヤーのうち一人が殺されているのを発見したカタリが、初めてゲームに参加して戸惑っている(らしい)ノゾムと出会って、“謎のお裾分け”をする*5ところから始まるエピソード。
 基本を押さえたフーダニット講義を受けて、初心者ながら謎解きに挑むノゾムからは目が離せません。真相が明かされてみると前例のあるトリックではありますが、本書ならではの設定を生かした扱い方がお見事です。

 「ハウダニット・プリンシプル」は、ゲームならではの特殊なフィールド――広大な半球密室(!)――から、“どうやって脱出するか?”がお題……かと思いきや、脱出を試みて死んだと思しきプレイヤーが“どうやって死んだのか?”*6をめぐって、作者お得意の推理対決が始まります。
 人工的な舞台/設定を最大限に利用した、呆れるほど豪快な真相もさることながら、正解に至る作者らしい“勝ち筋”が示されているのが非常に面白いところです。

 「ワイダニット・カルテット」では、プレイヤーの一人が殺された上に死体が焼かれる事件が発生しますが、動機――被害者を殺すメリットも、死体を焼く理由も何ら見当たらない、というのがメインの謎となります。また、カタリと因縁のある運営側の人物が介入してくるのも見どころです。
 カタリのヒントがかなり親切なので、真相がわかりやすくなっているきらいがある――むしろその手前の“誤った解答”の方が面白く感じられてしまうのはご愛嬌。しかし、犯人を追い詰める“最後の決め手”はまったく予想外でしてやられました。

 「ウェアダニット・マリオネット」は、まず何といっても水が満たされた直方体の内部という奇天烈な舞台が目を引きますが、(実質的にはその舞台が)“どこなのか?”というつかみどころのない謎を前に、複数のプレイヤーが協力する“チーム戦”となっている*7のも注目すべきところで、少しずつ真相に迫っていくプレイヤーと運営側の攻防はなかなか見ごたえがあります。
 やむを得ない事情で*8講義は最も面白味に欠けますが、その分(?)奇想天外なトリックが仕掛けられているのが秀逸で、真相だけを比べれば本書の中で最も面白いエピソードといえるでしょう。

 「ウェンダニット・レクイエム」では、何とノゾム自身が“殺人犯”と告発されてしまい、指定されたタイムリミットまでに、カタリの講義を頼りに自らの潔白を証明することになります。
 実のところ、真相はすぐに見当がついてしまうと思いますが、重要なのはそこではなく解明の手順、とりわけ“どうやってウェンダニットへ持っていくか”でしょう。また、“最後の真相”まで含めて、物語としても特に印象深い一篇となっているのが見逃せないところではないでしょうか。

 最後の「ワットダニット・デッドエンド」は思いのほか短く、これまでとはかなり毛色の違うエピソードとなっています。
 真相だけをみると、ミステリとしてさほど面白いとはいえないのですが、注目すべきはその手前にある“ホワットダニットとは何か?”という問題。島田荘司氏がいうところのホワットダニット*9――“フーダニット・ハウダニット・ホワイダニットが未分化の/複合した謎”とは異なるアプローチで、しかもそれ自体が(ここでの)真相と表裏一体になっているのが非常に面白いところです。
 ノゾムとカタリの師弟関係の結末は、好みの分かれるところもあるかもしれませんが、個人的にはここで終わるのがベストではないかと思います。

*1: カバーのあらすじに“デスゲーム”とあるのもあながち間違いではないかもしれませんが、帯の“生存確率1%の推理ゲーム”という惹句は少々大げさな気が。
*2: “5W1H”の謎を扱ったミステリとしては、岡嶋二人『解決まではあと6人 5W1H殺人事件』もありますが、そちらは“〜ダニット”とは少し違った形になっています。
*3: 本書では“ワイダニット”とされていますが、個人的にこちらの表記の方がなじみ深いので、各篇の題名以外はこのように表記します(ワットダニット/ホワットダニットについても同様)。
*4: “ミステリ自体をテーマとしたミステリ”という意味で。
*5: カタリ自身はすでに“WHO”を獲得している、という事情もあります。
*6: プレイヤーが明らかに脱出途上で死んでいるため、当初の“どうやって脱出するか?”を包含した謎となっているところもよくできています。
*7: “WHERE”の獲得者が少ないという理由で、今回に限り、五人のプレイヤーのうち誰か一人でも正解すれば、(それまでに間違えて退場となったプレイヤーも含めて)全員がポイントを獲得できることになっています。
*8: まず作中でも説明されているウェアダニットの特殊な性質がありますし、この作品での謎がウェアダニットとしても特殊だということもあります。さらに、初出を考えれば主に前者の事情によると思われますが、ノゾムへのウェアダニット講義はすでに「ワイダニット・カルテット」の中で済んだことになっている、ということもあります。
*9: 詳しくは、「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音楽 » Blog Archive » 島田荘司講演会『本格ミステリーの定義と迷走について』@台湾・金車文藝中心 (2)」などを参照。

2018.03.20読了  [円居 挽]


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