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不可能楽園〈蒼色館〉/倉阪鬼一郎

2012年発表 講談社ノベルス(講談社)
[最初の謎解き]

 まず最初の謎解きは、〈蒼色館〉が東北にあると見せかけて、実は東京にあったというもの。「プロローグ〈蒼色館〉」の時点で、冒頭の“〈蒼色館〉は葬祭場だった。館の正体は、初めからわかっていた。”(7頁)に始まり、思いのほか細かいところまで説明することで、“〈蒼色館〉そのものには何も仕掛けがない”と思わせておいて、(今では定番の一つともいえる)所在地を誤認させるトリックを仕掛ける手際が巧妙です。

 もっとも、これは残念ながら不発気味というか、関係者のアリバイが取り沙汰される時点で〈蒼色館〉と現場である美里織絵の屋敷が近くにないことは予想できるので、真相が明かされてもさほど驚きはありません。また、私自身はカバーをかけた状態で読んでいたせいで気づかなかったのですが、帯の紹介文に東京←→東北に張り巡らされた超絶の罠”とはっきり謳われているのはいかがなものかと思います*1

[謎解き]

 犯人が逮捕されて事件も決着したこの章では、一つ一つはさほどの大ネタとまではいえないものの、脱力トリックが惜しげもなく次々と明かされる贅沢な(?)謎解きが展開されています。

 まず最初に明かされるのは、アリバイトリックの要――〈蒼色館〉の非常階段から新幹線の屋根に飛び下りるという豪快なバカトリック。〈蒼色館〉と東北新幹線の位置関係を示す伏線もありますし、実行犯であるトム美里がスタントマン(15頁)だということも明言されていますが、高速をものともせず屋根に貼りついたまま東北まで移動する“超人トリック”*2には苦笑を禁じ得ません。しかし、葬儀に白い服で出席するという失笑エピソードが、実はトリックの一環だったというところには脱帽です。

 続いて明かされるのは、誘拐された“孫の美咲”が人間ではなくオウムだったという叙述トリック。人間以外の動物を“人間”だと誤認させる叙述トリックにはもちろん前例がありますが、オウムの場合には多少なりとも言葉がしゃべれるのが大きな特徴で、誘拐事件では定番の“人質”の安否確認の中にうまく組み込まれ、トリックを成立させるのに貢献しています。また、殺害事件ではなく誘拐事件であるために、人間の場合と比べた犯行の容易性が地味に効果を上げているのも見逃せません。

 そしてもう一つ、“見習いの執事・鈴木”が伝書バトだったという叙述トリックもここで明かされます。名前や立場はともかく、車の運転を任せられた佐藤青年との混同を狙った叙述や、“鈴木”が運ぶ“光堂”のサイズや重量を誤認させる叙述など、(かなり怪しげではあるものの)よく考えられたトリックではあると思います。

[変容]

 ここでは、各頁に“オウム”の文字が埋め込まれていたという、恒例の手間のかかった〈伏線〉が明かされます。オウムの羽ばたきに見立ててV字形に配置されることで、その所在を隠蔽しようという狙いもあるように思われますが、いかんせんカタカナでは――例えばフランス人の助手ウージェーヌ・ムラマサ・ヴュータンを登場させてみたり、“ウェイン”や“トム”といった芸名を多用したりと、工夫されてはいるものの――不自然に外来語を多用せざるを得ないために、かなり目立っているのは否めません。

 というわけで、私自身は「I 葬儀」の途中*3“オウム”の文字に気づいてしまったのですが……まだ事件も発生していない段階では“オウム”何を示す〈伏線〉なのかさっぱり見当がつかず、途方に暮れるばかり。そしていざ事件が発生すると、そちらがどのように展開するかに気を取られて、完全にしてやられてしまったのが不覚です(苦笑)

[悪夢]

 暗号を解く“鍵”が、“妙な足音”とともに“世界の〈外〉から現れた者”(166頁)のゼッケン――著者近影に示されているのにニヤリ。とはいえ、それによって明らかにされる“伝書バト”の文字の〈伏線〉は、“オウム”と同じくカタカナが含まれているために目につきやすく、こちらも事前に見抜くことができました*4……が、その意味がわからなかったのも同様です。

 “伝書バト”に気づいた時点で、対称的なレイアウトを想定して“左から2行目、上から2文字目”にも注目したのですが、“上小野田警部は死んでいる”という長い文章が逆向きに埋め込まれていたのには気づくことができず。しかし、上小野田警部がいつの間にか*5死んでいたという凄まじい真相が明かされると同時に、随所に配されていた思わせぶりな記述が(本来の意味の)伏線として浮かび上がってくるところがよくできています。また、“階段”を示唆する伏線も巧妙です。

 さらに、“物語の本文ではない箇所でも、すでにさりげなく言及されていた。仕掛けはそこからもう始まっていたのだ。”(185頁)というのもすごいところ。わかる人にはすぐにわかると思います――わからない人はとりあえずわからない方がいいと思うので伏せ字にします――が、これはもちろん(一応伏せ字)カバー見返しの「著者のことば」(ここまで)を指しています。すなわち、(以下伏せ字)“小生が翻訳を手がけたストリブリングのポジオリ教授”(ここまで)というのが伏線で、(以下伏せ字)ポジオリ教授ものの代表作である――作中でも言及されている(43頁)――「ベナレスへの道」の結末(ここまで)が真相を暗示しています。(以下伏せ字)作者自身の訳書(ここまで)が伏線になっているという、前代未聞の仕掛けには思わず唖然。

 実際のところ、“最後の事件”という副題を考えれば、上小野田警部の死は予想できなくもないかもしれませんが、私の場合は前述の(以下伏せ字)「ベナレスへの道」の結末(ここまで)を知っていたために、逆にあえてそれを持ってくるとは思いもしなかったのが敗因です。

[エピローグ]

 “上小野田警部が死んでいた”から先の顛末は、若干の伏線もないではないとはいえ、もはや完全にホラーの領域。しかしここでもオウムであることがうまく生かされ、上小野田警部を象徴する“美しい犯罪”という言葉で幕が引かれているのがお見事です。

*1: 一応、〈蒼色館〉にいなかった(マラソンに参加していた)ウェイン譲治のアリバイを検討するところでも、東京←→東北の往復が問題になってはいるのですが……。
*2: 作中で言及されている“伝説の作品”(132頁)はちょっと思い出せないのですが、さすがに新幹線の速度とは比べものにならないのではないかと。
*3: 確か18頁あたりだったと思います。
*4: 具体的には、“トランプ仲間”(50頁)という不自然な語句がきっかけでした。
*5: “不可能楽園”たる〈蒼色館〉のせいか、上小野田警部がいつ死んだのか今ひとつはっきりしませんが、そこはそれ。

2012.09.14読了