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双頭の悪魔/有栖川有栖

1992年発表 創元推理文庫414-03(東京創元社)

 本書には三度にわたる“読者への挑戦”が盛り込まれていますが、「読者への第一の挑戦」“誰が小野博樹を殺したか?”(442頁)と、また「読者への第二の挑戦」では“誰が相原直樹を殺したか?”(482頁)と、それぞれ限定された設問の内容から、少なくともその時点で二つの事件の犯人が別人であることは予想できるところでしょう。

 とはいえ、そもそも木更村と夏森村が分断されている*1ことを考えればそれは明らかなわけですし、むしろ二つの事件の(表面的な)独立性を強調することで事件全体の構図を見えにくくする効果を狙ったものともいえます。その点については、視点が切り替わる構成を生かして二つの“読者への挑戦”を立て続けに示す手順にも、同様の意図が込められているように思われます。

 「読者への第一の挑戦」――小野博樹殺しについてみてみると、死体に施された数々の“装飾”――岩棚の上に運ばれて逆立ちをさせられた上に、右耳を切り取られて香水を振りかけられる――によって、香水の意味を隠蔽するトリックがよくできています。しかも、死体を岩棚の上に運んだことと右耳を切り取ったことについては、別の目的で行われたものが結果的に“装飾”の一環になっているのがうまいところ。

 ただし香水の意味については、類似のネタを扱った前例*2を知っていれば比較的わかりやすいと思いますし、ほぼ間違いなくその前例を読んでいるはずの江神部長とマリアがなかなか真相に思い至らないのは、少々不自然にも感じられるところではあります*3。とはいえ、被害者が無臭覚症であることを導き出す手がかりが実にさりげなく配されているのは巧妙ですし、香水を振りかける対象と機会から犯人を特定するロジックは見事です。

 一方、「読者への第二の挑戦」――相原直樹殺しについては、まず望月のいうところの“見落とし”――被害者が右肩を痛めていたことから、呼び出しのメモが犯人によって残されたものだという結論を導くロジックが鮮やかですし、そこからメモの改ざんによるアリバイ工作に至る推理にも(飛躍もあるとはいえそれなりの)説得力があり、よくできていると思います。そして、アリスが気づいたもう一つの“見落とし”――被害者のメモが犯人の手に渡った経路をポイントとして、不可解な謎となっていた“配達されなかった手紙”を組み合わせることで犯人の特定に至る推理は秀逸。

 これら二つの事件についてはいずれも、犯人が被害者に対して動機を持たないと思われる人物であることが真相の隠蔽に一役買っていますが、双方の事件が解決された時点では逆に“動機の不在”が交換殺人の図式を暗示するものとなっているようにも思われます。が、木更村と夏森村が分断された状態であることが強固な障害となっていますし、何より(『双頭の悪魔』という題名に暗示されているとはいえ)交換殺人の仲介者が存在したという真相はなかなか想定しがたいもので、やはり見抜くのはかなり困難ではないでしょうか。

 最後の八木沢満殺しについては、マリアが不審な物音を耳にしなかったという手がかりが非常に秀逸で、積極的な描写を要しない、いわば“ネガティヴ”な手がかりであるために、それに気づくのは容易ではありません。そして一方で、ドアが開かれた音楽室でのピアノの音によって引き起こされた騒動が、これまた周到な伏線として配されているのが見事。
 そして、「ミツル」の瓶が目立つ外観だったというさりげなく示された事実が、決定的な手がかりとなっているのが鮮やかです。

*1: 橋が流されたのは小野博樹が殺された後ですが、夏森村側からの木更村への出入りが制限されていることもあり、単独の犯人が夏森村から木更村へ侵入して小野博樹を殺し、次いで(橋が流される前に夏森村に戻って)相原直樹を殺したという可能性は、考えにくいものがあります。
*2: 国内作家(作家名)泡坂妻夫(ここまで)の長編(作品名)『11枚のとらんぷ』(ここまで)
*3: もっとも、作中で解明のきっかけとしてその作品を挙げるわけにもいかない(当然ながらネタバレとなります)ので、ほとんど言いがかりに近いのは間違いありません(苦笑)。

2010.02.20再読了