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スパイダーZ/霞 流一

2011年発表 講談社ノベルス(講談社)

 というわけで、霞流一作品では恒例の“動物テーマ”、今回のお題はもちろん“蜘蛛”ですが、蜘蛛に関する薀蓄を多量に盛り込む代わりに、某作品*1を念頭に置いたと思しき“操り”の構図によって“蜘蛛”が表現されています。しかもその“操り”の中心に位置するのが、事件を捜査する側の人間である主人公・唐雲蓮斗だというのが斬新です。

 かくして唐雲は、捜査を狙い通りに誘導する“操査”を行いますが、その一方で独自に院長殺しの犯人を突き止める――探偵役として振舞っているのが面白いところ。また、現場の照明に関するロジックはなかなかよくできていると思いますが、その出発点が(唐雲自身による“操査”とは裏腹に)“見立て”の要素を完全に排した現場の様相の解釈だというのが、何とも皮肉に感じられます。

 唐雲が院長殺しの犯人である牟田の“刑殺”を行ったことで、完全に“探偵=犯人”かつ倒叙ミステリ風の展開へとシフトするのが非常にユニーク。本来は“意外な犯人”の一環である“探偵=犯人”と、犯人を明らかにしてその犯行を描いていく倒叙形式とは、普通に考えればあり得ないはずの組み合わせですが、本書での“探偵=犯人”は意外性を狙ったものではなく、“偽の解決をどのように作り出すか”をしっかりと描き出すことを目的として、倒叙形式と組み合わされているのです。それが最も顕著に表れているのが長塚殺しの密室トリックで、“本当の真相”(カーリング密室)をもとにして唐雲が実際に密室を作りながら、最後の謎解きで披露するための“偽の解決”*2につながる“偽の手がかり”を、丹念に準備していく様子が描かれているあたりは、倒叙形式ならではの見どころといえるでしょう。

 ちなみに、この長塚殺しの密室については、作中でも言及されている*3ように五通りもの解決が用意されているわけですが、最初の“カーリング密室”などは“思いついても使えない”類のトリックで、作中でも唐雲が“バカトリック論”を展開しつつ否定しています。しかし実のところは、その“バカトリック論”の中で(前略)事実として認めざるをえない。発見者や目撃者がいて、リアルに展開されたのですから。”(280頁~281頁)とされているケースそのままで、倒叙形式で犯人自身に――ひいては読者にも事実として“目撃”させることによって、“使えないトリック”が“認めざるを得ない真相”に昇格(?)していることになります。このあたりは、例えば歌野晶午『密室殺人ゲーム王手飛車取り』などとはまた違った形の“実用性に欠けるトリックの活用法”として、非常に興味深いものがあります。

 また、この密室トリックに限らず、事件の真相が読者に明かされている倒叙形式でありながら、謎解きの興味が多く残されている(どころではない)のが本書のものすごいところ。つまり実際の真相とは別に、“唐雲がどのような“解決”を作り出すのか”がいわば“仮想の真相”として最後まで伏せられている――“真の解決”と“偽の解決”の逆転といえるかもしれません――わけで、ここでも“探偵=犯人”という構図がうまく利用されているといえるでしょう。

 実際、唐雲が誰を犯人と指摘するのか――“偽フーダニット”は、非常に面白いと思います。既存の手がかりと、自身で用意した偽の手がかり*4とを巧みに併用して標的以外の容疑者をロジカルに排除していく消去法がよくできているのはもちろんですが、唐雲自身が(“便乗犯”の定番ではありますが)院長殺しの際の警察が保証するアリバイによってぬけぬけと容疑を免れているのが巧妙。そして何より、ボウガンの矢が盗まれた時間帯にアリバイがないという理由で吉沢係長が“犯人”と指摘される展開には、思わず呆然とさせられます。

 ここで、唐雲がボウガンの矢を盗んだ際のアリバイ工作が、自身のアリバイではなく“犯人”のアリバイを確保するためだったという逆説的な反転、さらにはそれが“犯人”を思い通りに誘導するためだけに用意された罠だったという企みが秀逸。ここまでくるともはや、前代未聞の謎解きといっても過言ではないのではないでしょうか。

 唐雲のアリバイが保証されることになった事件、どころか、これまで現場を“見学”してきた事件がすべて唐雲自身の“刑殺”だったというとんでもない真相からにじみ出る狂気には圧倒されますし、唐雲の(表面的な)理解者になるかとも思われた沙波までが“刑殺”されてしまうという結末も強烈です。と同時に、事情聴取の中で沙波がノートに書いた文章(96頁)が、最後の伏線として見事に回収されているところに脱帽。

*1: (作者名)京極夏彦(ここまで)(作品名)『絡新婦の理』(ここまで)
*2: 唐雲が実際に使った密室トリックよりも、見立てとしっかり結びついてそれを補強するという点で、こちらの“解決”を披露することに意味があります。
*3: “今までに、実際に現場で起きたカーリング密室、唐雲が作った密室、沙波が提案したガラス窓の鍵、空気砲の密室、四通りの解答が出現している。/これから行われる絵解きが五通り目に相当する。”(315頁)
*4: 最後の田那辺渉殺しにおいて、沙波の容疑を晴らすための偽の手がかり(添え木)がしっかり用意されているところが周到です。

2011.10.26読了