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騙し絵の檻/J.マゴーン

The Stalking Horse/J.McGown

1987年発表 中村有希訳 創元推理文庫112-04(東京創元社)

 本書のミステリとしてのポイントは、いわば“事件の主副の逆転”です。アリソンとの間に接点が見つからず、彼女を殺す動機もないと判断された犯人は、アリソン殺しがメインの事件と思われている限りは安全なのです。これは、例えばA.クリスティの有名な作品((以下伏せ字)『ABC殺人事件』(ここまで))のような、“動機の不在”という状況によって真相を隠蔽するものに通じるところがありますが、本書では“主副の逆転”によって偽の動機(偽の解決)が生み出されているところがユニークです。

 非常にシンプルなネタであるにもかかわらず、真相が見えにくくなっているのには、いくつかの理由が考えられます。
 まず一つには、視点の問題が挙げられます。物語全編が、アリソンと親しかったホルトの視点から描かれているために、読者もホルトの思考に引きずられ、アリソン殺しがメインだという先入観から逃れがたくなっています。
 また、被害者の立場も重要でしょう。オールソップがアリソンの身辺を探っていた私立探偵であり、しかも(中盤で明らかになっているように)恐喝者でもあったことで、アリソンの死に関する何かを知ったオールソップが口封じのために殺されたという図式が浮かんでくるのは自然なことです。
 そして何より見逃せないのが、事件の順序です。これは前述の口封じの図式にも絡んできますが、アリソン→オールソップの順序で殺されたために、後に起きたオールソップ殺しの方がメインだとは考えにくくなっているのです。

 このように、口封じがメインの殺人よりも先に行われるのはかなり異例ですが(解説で法月綸太郎氏が“それはちょっと無理筋ではないか”(311頁)と表現しているのは、この点を指しているのではないでしょうか)、本書ではそのあたりがうまく工夫されています。犯人にとって、何も知らない行きずりの目撃者だったはずのアリソンが、面識のあるホルトと親しい関係にあることが明らかになったわけですから、犯人としては何よりも先に、一刻も早くアリソンの口を封じざるを得なかった、というのは十分に納得できるところです。

2005.06.09読了

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