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星読島に星は流れた/久住四季

2015年発表 ミステリ・フロンティア(東京創元社)

 孤島ものを含むクローズドサークルものでは、容疑者が限定された中でのフーダニットが主題となる場合が大半ですが、本書では第一の事件(マッカーシー殺し)の時点ではともかく、第二の事件(美宙の拉致)が起きたところで実質的に犯人が明らかになる――少なくとも、美宙の“サレナさんが、犯人だったのね”(239頁)という言葉で、美宙を拉致したのがサレナだったことが確定する――ところが異色です。

 その代わりに本書では、誰が隕石をもらうのかまだわからない――犯人にもチャンスがある(と思われた)――タイミングで犯行に及んだ謎をはじめ、(当初考えられた)船着場が犯行現場となった謎、そして加藤の実験を経て浮かび上がってきた、サレナがマッカーシーの遺体を崖の上まで運ぶことができないという不可能状況と、そもそもなぜ遺体を崖の上まで運んで海に投げ込んだのかという謎……といった具合に、ハウダニットやホワイダニットが複合した“何が起こったのか?”という謎――ホワットダニットとなっているのが面白いところです。

 そしてそれらの謎がすべて、大胆に目の前に配置されていた隕石の手がかりをもとにして、一気に解き明かされるのが秀逸。90キロもある隕石本体は無理でも、割れた破片が見つかれば事件の原因になり得る、というのももちろんですが、マッカーシーが自発的に島を歩き回る理由が生じているのが見事で、崖の上まで“マッカーシー自身に歩かせたんだ”(278頁)という衝撃的な言葉を皮切りに“真の犯行現場”を解き明かす、発想の転換が実に鮮やかです。

 実際のところ、隕石が発見された際に“表面は黒く(中略)一部分だけが白かった”(149頁)と、さらにその後には“白い断面(155頁)と、隕石が割れていたことがはっきり示されていて、それに気づいたにもかかわらず、そこから真相につながる解釈を引き出せなかったのは我ながらアレですが、そうなった原因の一つは、登場人物たちの誰もそれを指摘しなかったことにあります。というわけで、そのあたりの時点で少なくともサラ博士への疑念が生じてしまい、早い段階で“操り”の図式が見えやすくなるきらいがあるのは否めません。

 とはいえ、サラ博士が自身では直接マッカーシーを殺すことができないために、いわゆる“プロバビリティの殺人”よろしく、事件が起きる機会を十年もの間用意し続けたという真相には圧倒されるものがありますし、真相にたどり着いた加藤が描き出す、フォーラムとサラ博士を“小惑星帯と木星”になぞらえた構図*1が実に美しく、印象に残ります。また、その動機の背景にあった隕石落下の捏造という事実は、“星読島”の幻想を一旦は打ち砕いてしまいますが、その“現実的”な可能性を強力に否定する材料となっていたマッカーシーの言葉(125頁)が、実体験――たった一度の奇跡に基づくものだったところが何ともいえません。

 “プロバビリティの殺人”としては、第二の事件――サレナの転落死について加藤が、“あの真っ暗な森の中を運ばせれば、まず間違いなく岸壁から転落するはず。博士はそう計算していたのだろう。”(307頁)としているものの、それほど可能性が高いとは思えず、少々うまくいきすぎの感があります。もっとも、“何度も試すうちにいつか成功する”ことを期待できたマッカーシー殺しと違って、こちらは一度しか機会がないことを考えれば、サラ博士もあまり期待してはいなかったのではないでしょうか。何より、マッカーシーを殺すことに成功したサラ博士は、すでに“地球最後の日”を終えた*2わけですから、うまくいかなければそれでもかまわない、といった心境であるようにも思われます*3

 サラ博士が“地球最後の日”を迎えた事件をきっかけとして、それまで“地球最後の日”を過ごしていたかのような加藤がそこから脱することになった、鮮やかなコントラストをなす結末も見事。サラ博士にとっては大いなる皮肉かもしれませんが、強く印象に残るよくできた幕切れだと思います。

*1: ちなみに、今回はサレナが実行犯として選ばれましたが、“借金が三十万ドルほどある”(38頁)ことを踏まえれば、加藤も実行犯候補の一人としてリストアップされた可能性が大きいのではないでしょうか。
*2: “地球最後の日には、父を殺した人を殺します”(312頁)というのはあくまでも加藤による推測ですが、島を離れたサラ博士の“わたしにとって、もう地球は存在しないんです。”(313頁)という言葉で裏付けられているといえます。
*3: 最後に加藤が考えている(313頁)ように、隠蔽工作が十分とはいえないところもありますし。

2015.03.22読了