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推理作家(僕)が探偵と暮らすわけ/久住四季

2018年発表 メディアワークス文庫 く3-7(メディアワークス)
「ハートに火をつけて」
 犯人が三階の住人という結論自体にあまり驚きはありませんが、現場の“密室”に侵入する方法から出発し、犯人が被害者を待ち伏せていた場所を特定して、実験(?)で判明した時間*1も考慮して容疑者を絞り込む推理は、思いのほか地道でよくできています。
 また、殺害後に火をつけた理由(の一つ)として、死体に残った指輪の痕を隠すためという真相は、非常に面白いと思います。死体そのものを隠蔽するのが困難なのは当然として、例えば首を切断して持ち去る*2のは痕跡の小ささに比して手間がかかり過ぎ、さりとてそこだけを潰せば不自然に目立ってしまう――というのが絶妙です。
 偽装工作をほぼすべて共犯者に頼っているのが難といえば難かもしれませんが、十時三十分頃の声や物音は[アリバイ工作]+[侵入方法の隠蔽]、また現場への放火は[アリバイ工作]+[証拠の隠滅]という具合に、“二石三鳥”ともいうべき仕掛けがユニークです。

「折れ曲がった竹のごとく」
 外部犯が侵入したような現場の状況は、一見するとまったく不自然なところがないのですが、倒れた竹の苗がまっすぐ伸びていた*3という、“おかしなところがないことがおかしい”手がかりが実に巧妙*4。また、事件解決後の月瀬の心情を表している折れ曲がった竹のごとく」という題名が、伏線として機能している*5ことにうならされます。
 まっすぐ伸びた竹から偽装工作(のタイミング)が明らかになり、死亡推定時刻とのずれから死体の移動が明らかになり、そこから犯人と共犯者(松沢秘書)が明らかになり、偽装に必要な知識からもう一人の共犯者(伍代医師)が明らかになり、脅迫状に関する証言からさらなる共犯者(春恵夫人)が明らかになり――という具合に、一つの“気づき”から順序よく真相が明かされていく“解決ドミノ倒し”は、爽快ですらあります。
 そして、息子を後継者とするために松沢を“脱落”させようとした将竹議員の思惑まで明らかになる中で、将竹議員のスキャンダルを防ぐべく偽装工作に手を染めた松沢の、議員になりたかった(271頁)という真意が、何とも忘れがたい余韻を残します。

 ということで、二篇ともに“困難は分割せよ”ならぬ“困難は分担せよ”といった感じで共犯者が活用されていますが、決して安直な共犯者頼りではなく、“困難”のハードルを下げることでその分、凝った偽装工作を可能にして面白い謎に仕立ててある、といえるのではないでしょうか。

*1: 事件の際の描写(22頁)では、月瀬が階段を“走った”(87頁)かどうか判然としませんが、三階に“ケージはまだ到着していなかった”(22頁/87頁)という状況が同じなので、あまり問題はないでしょう。
*2: 頭部に残った凶器の痕跡などを隠すために死体の首を切るというのは、いわゆる“首切り講義”(例えば詠坂雄二『遠海事件』など)でも言及される“定番”です。
*3: 細かいことをいえば、“一夜の間に(中略)およそ二十センチ近くまで伸びた”(258頁)とすると、犯人が偽装を施してから死体発見までの二時間――偽装が“およそ午前十時”(265頁)で死体発見が“正午”(184頁)――の間に、竹の苗はすでに曲がり始めているのではないかと思われますが……。
*4: 個人的に、植物の“負の重力屈性”(257頁)のメカニズムはよく知っている――ついでにいえばオーキシンは学生時代に実験で使っていた――ので、まったく気づかなかったのが不覚です。
*5: 将竹大河のスローガンまっすぐな竹のごとく”(174頁)とは逆の姿勢を意味することは明らかですが、そのスローガンが前面に出されている中で、単なる否定ではなく“折れ曲がった竹”と具体的に表現されているということは、そのきっかけとして作中に“折れ曲がった竹”が出てくる蓋然性が高い、といっていいでしょう。

2018.12.28読了