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死と砂時計/鳥飼否宇

2015年発表 創元クライム・クラブ(東京創元社)
「魔王シャヴォ・ドルマヤンの密室」
 現場の密室状況、とりわけ凶器の不在という謎ゆえに、シャヴォ・ドルマヤンの“物質化の魔術”がクローズアップされるのは致し方ないところで、“シャヴォがスグル・ナンジョウを殺して自殺した”という構図まで見え見えになってしまうのは否めません。また、シャヴォの身体的特徴――人工股関節で大腿骨を自在に着脱できることを考えれば、凶器の隠し場所もかなりわかりやすいと思います*1
 それでも、“誤った解決”であるとはいえ、アランの謎解きもそれなりに筋が通っているのがうまいところで、特に“高価なマイクロチップを奪うため”というユニークな動機によって、シャヴォの体だけが切り刻まれていたことがうまく説明されているのが面白いと思います。
 シャヴォの動機は、法月綸太郎「死刑囚パズル」『法月綸太郎の冒険』収録)に比べるとかなり“普通”ではありますが、死刑執行の直前になって仇敵との遭遇を果たしたシャヴォの数奇な運命はやはり印象的。ジャリーミスタンの立地を生かしてさりげなく示された夜明け前の礼拝(ファジル)によって、シャヴォの仇敵がムスリム兵ではなく傭兵である*2ことを示唆してあるところもよくできています。

「英雄チェン・ウェイツの失踪」
 まず、マイクロチップの場所を探るために囚人の遺体を使うというアイデアが秀逸。ラテックス手袋を使うことで、失神を回避しつつ遺体が電気ショックを受けたかどうかを確認するところもよくできています。しかし、自分で眼球を摘出するというのは何とも凄まじいものが……。
 そして、明るい満月の夜、屈強な監視員がいる日を選んで脱獄した、逆説的な謎の真相が魅力的。投げ縄には苦笑を禁じ得ないところもありますが、監視員の体重を利用して脱出するために、弱々しい監視員ではだめだったというのがよくできています。
 せっかく脱獄を果たしたにもかかわらず、外の世界が“地獄”のような状況で、終末監獄での生活こそが甘美なものだったという最後の逆説がまた、何とも強烈です。

「監察官ジェマイヤ・カーレッドの韜晦」
 ジェマイヤ・カーレッドの人物像に着目すれば、ムバラクを罠にかけたことはわかりやすいようにも思いますし、ムバラクが“振り向いた瞬間、脳天に強烈な衝撃を受けた”(124頁)というのも、カーレッドの犯行と考えるのが自然なように思えますが、当のムバラク以外にもラシードやアイマンといった容疑者候補が用意されているのがうまいところです。
 そしてカーレッドの自殺に思い至ったとしても、“なぜそこまでするのか?”という謎が浮かび上がってくるのが見どころ。退官後の生活についてのカーレッドの“贅沢な悩み”(103頁)である程度は予想できるものの、スキンヘッドという手がかりから抗がん剤の副作用が導き出されるあたりは脱帽です。また、カーレッドがムバラクに告げた処分が嘘だったことを示す、辞令の手がかりもよくできています。

「墓守ラクパ・ギャルポの誉れ」
 ラクパ・ギャルポが“なぜ遺体を損壊したのか?”がメインの謎となっているのはもちろんですが、ロドリゴ・ソトホールが持っていたはずの金の十字架がどこへ消えたのか、というもう一つの謎が組み合わされているのが秀逸で、そこからオリベイラによる“誤った解決”――ソトホールが呑み込んだ十字架を奪うために遺体の腹をさばいたという、これもユニークな“解決”が導き出されているのが面白いところです。
 しかして、チベット仏教ならではの鳥葬という真相が実に見事。序盤、ギャルポを紹介するあたりでも“チベット人らしい”(138頁)と書いてはありますが、損壊の目的が“食べやすくするため”というのはやはり強烈です*3
 砂時計の中の、砂に見せかけた火薬を使って、五体投地しながら爆死したギャルポの死に様も壮絶ですが、よく考えてみると、オリベイラたちが現場を清掃してしまったのはギャルポにとって不本意だったのでは……?

「女囚マリア・スコフィールドの懐胎」
 どう考えてもマリアが妊娠する機会がないことから、(想像妊娠も含めて)妊娠が事実ではない可能性が有力になるものの、監獄の女医ライラが事実だと断定しているのもさることながら、冒頭で“女囚が突如身ごもり、男児を出産したのだ。”(173頁)と明言してあるのがくせもの。これはアランの視点での回想という形で時制を曖昧にした、ちょっとした叙述トリックの一種で、なかなかうまい見せ方だと思います。
 同じようなトリックがもう一度使われているのがこの作品の面白いところで、アランが殴り倒されたところではさすがにマリアの狙いは見え見え……のはずが、アランが意識を取り戻した時にはすでにマリアが子供を産んでいるために、一瞬困惑させられてしまうのが巧妙。しかも、アランが意識を失っていたのが七ヶ月ということで、妊娠三ヶ月というマリアの主張と計算が合っているように思えてしまうのが周到です。
 その辻褄を合わせる、マリアの死刑執行により出産が早まったという結末は、何とも複雑な後味を残します。

「確定囚アラン・イシダの真実」
 親殺しの顛末はアラン・イシダの口からすべて語られ、事件そのものには謎がないのはやや意外ですが、代わりに実の父親の正体に焦点が当てられるのが見ごたえ十分。その正体は、話の流れからある程度予想できなくもありませんが、爆破事故による“癒えることのない障害”(236頁)がうまいミスディレクションになっていますし、シュルツ老の耳が聞こえないことを示す手がかりもよくできています。
 そこから先は、いわゆる本格ミステリからはやや逸脱した展開ですが、死刑がショーとして金持ちの顧客に提供されていたり、首長自ら死刑執行人をつとめていたりと、なかなか異様な真相が用意されている上に、父親・シュルツ老が息子・アランを救う“いい話”かと思わせておいて、最後にシュルツ老が救った“子どもたち”がTSウイルスだったことを示して読者を突き落とす、とんでもない結末が圧倒的です。

*1: 体内と外部が連通していることになるので、実際には感染症で大変なことになると思われますが。
*2: 公開告解で示された情報だけでは、ナンジョウがその傭兵だとまではわかりませんが、ナンジョウと向かい合った独房に収容されたシャヴォには、それを確認する機会があったということでしょう(公開告解では日本語をしゃべっていますが、傭兵である以上は、ナンジョウが日本語しか話せないということはないはずです)。
*3: 真相が明かされたところで、某国内作品((作家名)三津田信三(ここまで)の長編(作家名)『凶鳥の如き忌むもの』(ここまで))を思い出した方も多いのではないでしょうか。

2015.01.21読了