ミステリ&SF感想vol.217

2015.05.23

オルゴーリェンヌ  北山猛邦

ネタバレ感想 2014年発表 (ミステリ・フロンティア)

[紹介]
 書物の所有が禁じられた世界で、独り旅を続ける英国人少年クリスは、検閲官に追われる少女ユユと出会い、懸命に彼女を救おうとするが、窮地に追い詰められたところで突如現れた少年検閲官エノと再会を果たした。ユユが追われる原因となった『ミステリ』の結晶――『ガジェット』をいち早く回収すべく、三人はユユが暮らしていた“海墟”の屋敷、カリヨン邸に向かう。だが、音楽を世に残すために職人たちがオルゴールを作り続けるそこで待ち受けていたのは、そのオルゴール職人たちを標的にした連続不可能殺人だった。先に到着していたもう一人の少年検閲官カルテの支配下に置かれた場所で、三人は『ガジェット』を見つけるために事件の解明に挑むが……。

[感想]
 刊行が予告されてから幾年か、これほど待たされるとは思いもよりませんでしたが、ついに刊行された『少年検閲官』の続編で、待たされただけのことはある堂々たる傑作といっていいでしょう。前作と同じく書物の存在が禁じられた世界を舞台とした物語で、主人公のクリスと少年検閲官エノが活躍するのも前作同様です*1が、『オルゴーリェンヌ』*2という題名でもおわかりのように、本書では書物や(前作にも登場した)『ガジェット』に加えて、オルゴールとそれに象徴される音楽――書物ほどではないにしてもこの世界で厳しく制限されている――が題材とされています。

 まず冒頭、二段組みで40頁ほどある「序奏 月光の渚で君を」出色の出来。物語本篇で事件の現場となる、孤島のような“海墟”のカリヨン邸での過去のエピソードですが、あるオルゴール職人と盲目の娘の恋を、月の光と音楽のイメージを添えて、北山猛邦らしいメルヘン風ともいえる筆致で描いてあるのが実に魅力的です。そしてその恋が最後には、半ば狂気の域に踏み込んでいるようにも思える美しくも残酷な結末を迎えるのも印象的で、続く物語本篇にも大きな期待を抱かずにはいられない見事な出来映えです。

 その本篇ではまず、主人公クリスが出会う少女ユユの造形が魅力的。言葉を話せないながらもすばらしい歌声の持ち主であるユユは、“オルゴーリェンヌ”と呼ばれるにふさわしく*3、本書の主役といえるでしょう。そして、懸命の逃避行もむなしく窮地に追い詰められた二人の前に現れるのは、少年検閲官エノ。自ら“心がない”というエノですが、検閲官としての立場と何とか折り合いをつけながら、クリスを救おうとするその姿は印象深いものがあります。さらに(前作にも登場した)恩師キリイ先生との再会を経た後、問題となる『氷』のガジェットを探すために、物語の舞台は海を渡った“海墟”のカリヨン邸へと移ります。

 カリヨン邸で待ち受ける少年検閲官カルテの、“果報は寝て待て”を地でいくようなエノとはまったく異なるスタイルも目を引きますが、クリスらのガジェット探しが実を結ばぬままオルゴール職人たちが殺され、ミステリでは定番の一つである“孤島の連続殺人もの”の様相を呈していくのがやはり大きな見どころ。いかにも作者らしい、独特に形作られた舞台をうまく使った奇怪な事件の状況もさることながら、破られた書物のページが犯行声明さながらに死体に添えられていくのが、書物が禁じられたこの世界にあっては何とも挑戦的で魅力です。

 物理トリックにこだわる作者だけに、ハウダニットに力が注がれているのはもちろんですが、本書では探偵役となるべき少年検閲官が二人いることで、多重解決の形になっていくところも見ごたえがあります。しかも、“解決”が探偵役の紡ぐ“物語”であることを改めて強く認識させられる*4こともあって、多重解決が単なるミステリとしての趣向にとどまらず、物語にしっかりした形で組み込まれているところが秀逸。かくして、多重解決の果てに示される真相――とりわけハウダニットの解明によって浮上してくる真相は、その効果的な見せ方も相まって実に鮮やか。切ない余韻を残す結末も見事で、すぐさま冒頭から読み返したくなる傑作です。

*1: 前作『少年検閲官』の重大なネタバレはありませんが、できれば前作から順にお読みになることをおすすめします。
*2: 作中では、“少女自鳴琴”という漢字が当てられています。
*3: 実際にその言葉が登場するのは、少々先の話ですが。
*4: 作中にも、“彼の物語においては、犯人は○○しかいなかった。”(一部伏せ字;字数は適当)という表現があります。

2014.12.28読了  [北山猛邦]
【関連】 『少年検閲官』

死と砂時計  鳥飼否宇

ネタバレ感想 2015年発表 (創元クライム・クラブ)

[紹介と感想]
 世界各国から集められてきた死刑囚を収容し、首長の一存で刑の執行日が決められる、砂漠の国ジャリーミスタンの終末監獄。親殺しの罪で収監された青年アラン・イシダは、“監獄の牢名主”と呼ばれるトリスタン・シュルツ老人と出会う。明晰な頭脳を持つシュルツ老はアランを助手として、監獄内で起こる様々な事件の謎を解き明かしていくが……。

 死刑囚ばかりを収容する終末監獄を舞台にした、ユニークな連作短編集。まずはやはり独特の舞台設定が魅力で、すべての囚人たちが――刑の執行が決まった“確定囚”とそれ以外の違いはあるにせよ――“死”を身近に感じながら暮らす同じ立場である*1一方、世界中から死刑囚が集められていることで多様性があり、閉ざされた空間の中に世界の縮図が構築されているといってもいいでしょう。それだけに、外の世界と同じように色々な事件が起こるのも当然かも知れませんが、様々な制限が厳しく課された環境であるがゆえに、謎がより不可解な印象を与えるものになっているのが見どころです。
 存在感のある獄中の名探偵*2・シュルツ老の推理は鮮やかではあるものの、正直なところ、いくつかのエピソードでは真相の一部がやや見えやすくなっている感もあります。が、むしろそれをうまく謎に仕立てた上に、時にはワトソン役のアラン・イシダらが“誤った解決”を披露する余地まで与えてある、作者の巧みな手際に注目すべきではないでしょうか。いずれにしても、事件と謎解きを通じて、各エピソードの題名に挙げられた人々をはじめとする登場人物たちの姿が鮮やかに描き出されるところも、本書の大きな魅力であることは間違いないでしょう。
 個人的ベストは「墓守ラクパ・ギャルポの誉れ」

「魔王シャヴォ・ドルマヤンの密室」
 シャヴォ・ドルマヤンはかつて、“物質化の魔術”を使う“魔王”として人気を博していたが、とある罪で死刑囚として終末監獄に収監され、そしてついに死刑が執行されることになった。しかし死刑執行前夜に、シャヴォはもう一人の確定囚とともに、それぞれ密室状態の独房内で惨殺されてしまったのだ。一体誰が、なぜ……?
 法月綸太郎「死刑囚パズル」『法月綸太郎の冒険』収録)を思わせる、死刑執行直前の囚人が殺された不可解な事件を扱った作品で、密室のハウダニットが組み合わされているものの、眼目となるのはもちろんホワイダニット。わかりやすくなっている部分もありますが、シャヴォ・ドルマヤンの数奇な運命が強く印象に残ります。

「英雄チェン・ウェイツの失踪」
 チェン・ウェイツは、終末監獄の死刑囚たちの英雄だった。チェンは半年ほど前に、鉄壁を誇る終末監獄から見事に脱獄してのけたのだ。だが、よりによって明るい満月の夜に、屈強な監視員を殺して脱獄したその手口は不明なまま、脱獄した後の居場所も杳として知れない。その謎を解くことを命じられたシュルツ老は……。
 逆説という点では本書の中で随一といってもいい作品で、闇夜ではなく満月の夜、しかも最も屈強な監視員が当番の日を選んで脱獄したのはなぜか、という謎とその真相が魅力的です。ラストもなかなか強烈。

「監察官ジェマイヤ・カーレッドの韜晦」
 終末監獄で獄卒の不法行為を取り締まる監察官ジェマイヤ・カーレッドは、定年まであと数日となっても変わらず熱心に職務に励んでいたが、深夜に監察官控室で殺害されてしまう。事件の直前に現場に入っていくのを目撃された獄卒ムバラクが、囚人いびりを監察官にとがめられたことを恨んで犯行に及んだのか……?
 これも比較的見当はつけやすいようにも思いますが、それでも“なぜ?”(の半分くらい)が強力な謎として残るのがうまいところですし、謎解きを支える手がかりがよくできていると思います。

「墓守ラクパ・ギャルポの誉れ」
 ラクパ・ギャルポは、監獄の公用語であるジャリーミスタン語を覚えようともせず、常に砂時計を持ち歩き、誰もやりたがらない墓掘りの仕事をこなす変わり者だった。だが、そんなギャルポが墓を暴いて死体を掘り返し、その肉を食べているという疑いがかかる。そしてついに、死体損壊の現行犯で取り押さえられることに……。
 題名から明らかなように、G.K.チェスタトン「イズレイル・ガウの誉れ」『ブラウン神父の童心』収録)へのオマージュ――といえばおおよその方向性は見えてしまうでしょうか。それでも、“もう一つの謎”をうまく絡めてあるのが見逃せないところですし、奇想天外な真相と鮮やかな反転はこれ以上ないほど見事に決まっています。

「女囚マリア・スコフィールドの懐胎」
 終末監獄の女囚居住区で、前代未聞の事態が発生した。女囚の一人マリア・スコフィールドが、監獄内で妊娠したというのだ。男性との性交渉の機会などまったくないはずだが、監獄の女医は想像妊娠ではないという。そしてシュルツ老に謎解きを託されたアランは、女医とともに女囚居住区に足を踏み入れたのだが……。
 男女が厳重に隔離されている監獄ならではの奇妙な謎というべきか。真相そのものはさほどでもない――むしろ脱力ものといえるかもしれませんが、全体の見せ方が実に巧妙で、うならされます。何ともいえない読後感を残すラストも印象的。

「確定囚アラン・イシダの真実」
 アラン・イシダが犯した親殺しの罪――その発端となったのは、一通の手紙だった。シングルマザーとしてアランを産んだ母親は、アランに父親が誰なのか決して告げることはなく、その後結婚した男がアランの養父となった。そんなある日、母親の元に届いた署名のない手紙には、恐るべき事実が記されていたのだ……。
 最後は本書でも最長のエピソードで、語り手のアラン自身の事件が中心となっています。砂時計が小道具として効果的に使われた独白と、シュルツ老に語られる過去の回想とが交互に繰り返される中、事件の背景となる謎が浮かび上がるとともに物語は思わぬ方向へ転じ、最後はスリリングな結末へとなだれ込んでいきます。本書の序盤からすると予想もつかない幕切れは、やや好みの分かれるところかもしれませんが、連作の最後を締めるにふさわしいインパクトを備えているのは確かでしょう。

*1: といいつつ、思いのほか(?)囚人以外の――監獄側の人物にも焦点が当てられています。
*2: かなり設定は違いますが、柳広司『百万のマルコ』を思い起こさせるところがあります。

2015.01.21読了  [鳥飼否宇]

そして医師も死す Doctors Also Die  D.M.ディヴァイン

ネタバレ感想 1962年発表 (山田 蘭訳 創元推理文庫240-10)

[紹介]
 医師アラン・ターナーは、スコットランドの小都市シルブリッジで診療所を営んでいたが、ある夜、共同経営者のヘンダーソン医師が不慮の死を遂げる。陪審は事故死という評決を出したが、それから二ヶ月がたった頃、診療所を訪れた市長ハケットが状況の不自然さを指摘したことで、アランはヘンダーソンの死が計画殺人だったのではないかと疑念を抱くようになる。だが、犯行の機会の面で最有力の容疑者となるのは、密通の疑いまでかけられたヘンダーソンの妻エリザベスとアラン自身だった。自らとエリザベスにかかった疑いを晴らすために、アランは独自に事件を洗い直し始めるが……。

[感想]
 デビュー作『兄の殺人者』に続くD.M.ディヴァインの第二作で、他の初期作に比べると邦訳がずいぶん遅くなったとはいえ、もちろん出来が悪いなどということはなく、やはり期待に違わぬ秀作です。大矢博子氏の解説でも指摘されているように、舞台となる小都市シルブリッジや事件の捜査を担当するマンロー警部補*1など、先に邦訳された後期の作品『跡形なく沈む』と関連しそうなところが目を引くものの、特に話のつながりや登場人物の重複はなく、あくまでも独立した作品となっています*2

 二ヶ月前に起きたヘンダーソン医師の“事故死”に新たな光が当てられるところから始まる物語は、“スリーピング・マーダー”というには期間が短すぎるかもしれませんが、“殺人であってほしくない”という語り手アラン・ターナーの心理が冒頭からはっきり描かれているため、“寝た子を起こす”ことで生じるであろう“災い”の気配が強く伝わってくるのがうまいところ。はたして、殺人の疑惑が持ち出された途端にアランとエリザベスただ二人だけに容疑が向けられ、いきなり四面楚歌の苦境に陥ってしまうアランの姿に、読者は引き込まれずにはいられないでしょう。

 ディヴァインお得意の人物描写が功を奏しているのももちろんで、婚約者がありながらも密通を疑われるほどエリザベスに肩入れし、市長や婚約者の父親と正面から衝突するなど、ある意味不器用で融通の利かないアランの人物像も印象的ですが、共同経営者のアランも知らなかった素顔が次々と明かされていく被害者ヘンダーソンをはじめ、他の登場人物たちもまたそれぞれにキャラが立っている上に、揃いも揃ってどこかうさんくさいところがあり、怪しい関係者ばかりという点ではディヴァイン作品の中でも随一といっていいかもしれません*3

 そのせいもあって、どう着地するのか予断を許さないまま物語は進んでいきますが、終盤のある場面まできたところで、実にさりげない一言をきっかけとして光明が――といいつつ、さりげなさすぎてどの言葉が重要なのか読者には判然としないのが絶妙。そしてそこから急転直下の解決へ突入すると、(それ自体は既視感があるものの)想定していなかった真相に驚かされると同時に、読者の目の前に大胆な手がかりが配置されていたことが明かされ、巧みに騙されていたことをしっかりと思い知らされるのが、さすがディヴァインといったところでしょうか。

 かくして事件はついに決着を迎えますが、その渦中で様々に翻弄され続け、色々なことに気づかされた主人公アランが最後に一つの決断を下す、ほろ苦い結末がまたお見事。ディヴァインのファンはもちろんのこと、広くミステリファンにおすすめしたい一冊です。

*1: 解説ではなぜか(ゲラの段階で本文に誤りがあったのか?)“警部補ハリー・マンロー”(331頁)と、『跡形なく沈む』のハリー・マンロー部長刑事と同名であるように記されていますが、本書に登場するのはゴードン・マンロー警部補です。
*2: このあたり、作者にどのような意図があったのか気になるところですが、本書も『跡形なく沈む』も地方政治に関わるエピソードがあるという共通点が……と考えていると、『こわされた少年』もシルブリッジが舞台だったようで(本が発掘できず未確認)、よくわかりません。
*3: これについては、被害者の家族もしくは職場関係といったごく狭い範囲に焦点を当てた作品が多いディヴァインにしては珍しく、本書では関係者/容疑者の範囲を広げてあることが一因であるようにも思われます(シルブリッジが舞台とされているのもこちらが理由でしょうか)。

2015.02.02読了  [D.M.ディヴァイン]

股旅探偵 上州呪い村  幡 大介

ネタバレ感想 2014年発表 (講談社文庫 は102-2)

[紹介]
 中仙道の倉賀野宿で渡世人の三次郎に看取られながら、奇病にかかった若者が命を落とした。死に際に、上州の山奥にある故郷・火嘗村に訪れる災いと、名主屋敷に住む三姉妹の死を予言して……。その遺言を伝えるべく火嘗村に足を踏み入れた三次郎だったが、やがて起きる奇怪な事件に巻き込まれることに。滝壺に逆さ吊りになった女の死体が発見され、棺の中から消え失せた死者は“モウリョウ”となって現れ……そしてついに、名主の長女が大岩に潰されて命を落とす。名状しがたいものに満ちた火嘗村の恐るべき事件を、三度笠の探偵・三次郎は止めることができるのか……?

[感想]
 「2013本格ミステリ・ベスト10」で第14位にランクインを果たした怪作『猫間地獄のわらべ歌』に続く、“時代小説+(メタ)ミステリ”の第二弾。といっても、シリーズではなく完全に独立した作品で、猫間藩の御使番を主人公とした『猫間地獄のわらべ歌』から一転*1、笹沢左保の『木枯し紋次郎』よろしく三度笠の渡世人を主役に据えた“股旅ものミステリ”(?)となっています。“あっしには関わりのねえことでござんす”とお決まりの台詞を口にしながらも、事件に巻き込まれていく“股旅探偵”・三次郎の姿は、なかなかに印象的で目を引きます。

 まず冒頭、宿場での一幕では不可解な“密室殺人”が発生しますが、三次郎がジョン・ディクスン・カー『三つの棺』のように“密室講義”を始めようとして、一同に止められるあたりはさすがに苦笑*2。それでも、現場の状況を巧みに利用したトリックを、三次郎が鮮やかに解明して名探偵ぶりを読者に印象づけ、そこから横溝正史『獄門島』の発端を下敷きにした不吉な遺言へとつながっていく展開は――時おりメタなミステリ談義が入るのはお約束として――見ごたえがあります。そしてこの宿場での顛末も、一筋縄ではいかないものになっているところが油断なりません。

 続いてメインの舞台となる火嘗村は、いかにもいわくありげな雰囲気の漂う山村で、自身には無縁の因習に支配された村人を眺める探偵役の構図*3など、(前述の『獄門島』パロディのみならず)全体的に横溝正史テイストになっているのが、本書の見どころの一つ。逆さ吊りになった女の死体は『獄門島』を思い起こさせますし、『犬神家の一族』を思わせる“アレ”や『八つ墓村』を髣髴とさせる“アレ”といった具合に盛りだくさんで、“金田一耕助”たるべき三次郎がなかなか事件を止めることができない*4ところも、見方によってはパロディといえるのかもしれません。

 一方で、火嘗村に点在する“焼け野”の異様な風景描写に始まり、棺から消え失せた死体の“モウリョウ様”としての復活が噂され、さらには村人が“別人”にすり替わっているようだったりと、やけに怪奇色が濃厚なのも本書の大きな特徴です。特に、終盤の「名状しがたい股旅物のようなもの」(!)という章題でおわかりの方はおわかりのように、その筋では有名な“アレ”系の要素まで盛り込んであるのがすごいところで、終盤になって物語は“股旅ものミステリ”どころか怪奇冒険小説ともいうべき方向に舵を切っていき、どのように決着するのかまったく予断を許さない状態。

 そしてクライマックスにはある意味で驚愕の展開が用意されており、読者としては思わず途方に暮れるよりほかないというか何というか(苦笑)。しかして、最後に明かされる真相は……『猫間地獄のわらべ歌』があまりにもぶっ飛んでいただけに、そちらに比べると(これでも)ややおとなしめに感じられてしまうのは否めませんが、それでもしっかりと作者の術中にはまって“してやられた感”は十分。心の広い方であれば、というよりもむしろ『猫間地獄のわらべ歌』よりミステリファンにも受け入れられやすい、楽しく読める一冊といえるのではないでしょうか。

*1: 巻末の末國善己氏による解説で、(校條剛『ザ・流行作家』を引用しながら)“「定住者」を探偵役にした『猫間地獄のわらべ歌』”“「住所不定者」を探偵役にした『股旅探偵 上州呪い村』”のように対比してあるのが面白いと思います。
 ところで、その『ザ・流行作家』について、“捕物帳の人気は衰えないのに、股旅ものが低迷しているのは、「日本の読者の警察好きにあるのではないだろうか」としている”とありますが、ここで対視野に入れられている時代小説ファンはさておき、いわゆる本格ミステリの読者に限ってみるとむしろ逆の傾向があるように思われますし、解説で言及されている金田一耕助以外にも“放浪探偵”がしばしば登場する――すぐ思いついたところでは古い順に、山田正紀の呪師霊太郎(『人喰いの時代』など)、歌野晶午の信濃譲二(『放浪探偵と七つの殺人』など)、三津田信三の刀城言耶(『厭魅の如き憑くもの』など)などがいます――ことを踏まえると、“股旅ものミステリ”がミステリファンに受ける余地はある……のかもしれません。
*2: 野次馬に“フェル博士かよ”と突っ込まれているのがまた何とも。
*3: もっとも、江戸時代であることを考えれば因習があるのが当然であって、探偵役・三次郎こそがその時代にあっては例外的な存在である点は、金田一耕助ものとの違いとして興味深いものがあります。
*4: それどころか、ミステリマニアの登場人物に“君がこの屋敷に張りついていたら、次の殺人を起こすことができないから”(263頁)と、肝心な時に追い払われたりしている始末です。

2015.02.25読了  [幡 大介]
【関連】 『猫間地獄のわらべ歌』

スノーホワイト  森川智喜

ネタバレ感想 2013年発表 (講談社文庫 も52-2)

[紹介]
 “真実を映し出す鏡”を持つ中学生の少女・襟音ママエは、小人のグランピー・イングラムを助手として、探偵事務所を営んでいた。“鏡”の能力で事件の真相を当てることはできるものの、依頼人を納得させる推理をひねり出すのにいつも苦労するママエ。やがて、ある事件で極悪探偵・三途川理と顔を合わせたママエは、なりゆきから三途川と“対決”する羽目になってしまう。もう一人の探偵・緋山燃の助け船もあって窮地を脱したママエだったが、逆襲の機会をうかがっていた三途川が“鏡”を手にして、ママエの命を狙う計画を……。

[感想]
 『キャットフード』でデビューした京大ミステリ研出身の作者・森川智喜の第二作にして、第14回本格ミステリ大賞に輝いた作品*1です。グリム童話「白雪姫」を下敷きに、“何でも知ることのできる鏡”という反則気味の小道具を特殊設定として導入したミステリですが、前半の「第一部 襟音ママエの事件簿」本格ミステリ・パロディ風の連作、それを受けた後半の「第二部 リンゴをどうぞ」では鏡を使ったコン・ゲーム的な攻防戦が展開される、といった具合に、オーソドックスな形式のミステリとは一味違った構成になっています。

 まず「第一部」の最初の二篇「ハンケチと白雪姫」「糸と白雪姫」は、ささやかな事件を題材にして鏡の使い方を示す、“ゲームのインストラクション”の趣となっています。鏡のおかげですぐに〈真相〉がわかる一方で、依頼人を納得させるべく逆説的に〈推理〉が重要になってくるのが興味深い……とはいえ、やや似たところのある前例である麻耶雄嵩の〈神様シリーズ〉『神様ゲーム』『さよなら神様』*2)と比べると、物足りなく感じられるのは否めません。というのも、〈犯人〉だけが先に明かされる――“どうしてその人物が犯人なのか”を解明する推理が必要となる〈神様シリーズ〉に対して、本書では鏡が何でも教えてくれるため、ここでの〈推理〉とは要するに“解明”ではなく“説明”にすぎないからです*3

 実のところ、どちらのエピソードでも手がかりらしきものはないでもないのですが、そこから真相を解明できるかといえば、「ハンケチと白雪姫」ではかなり微妙ですし、「糸と白雪姫」ではまず不可能。ということで、どちらの“説明”も〈真相〉を先に知った上でそれに当てはまる“伏線”*4を拾うような形になっているのですが、これはミステリで時おりみられる“真相から逆算”したとしか思えない超絶的(?)な推理のパロディととらえることもできるのではないでしょうか。これが三篇目の「毒と白雪姫」になると、犯行予告から犯行直前までの段階だということもあって、納得できるように〈真相〉を説明できる材料は皆無に近く、ママエが〈推理〉を示すのに四苦八苦する様子は完全にパロディ/ギャグの味わいです。

 その「毒と白雪姫」に登場した三途川理が続く「第二部」の主役で、物語は一転して(大場つぐみ・小畑健『DEATH NOTE』風の)コン・ゲームに突入します。ほぼ三途川だけが知恵を絞っているので頭脳という印象は薄いものの、“鏡で何ができるか”をとことんまで突き詰めた思考実験のような内容は、なかなかの見ごたえがあります……が、“鏡に何ができる/できないのか”が事前にあまり明確にされていない上に、結果的には鏡が万能すぎる状態になっているため、示された使い方を「ああそうですか(棒読み)」と受け取ることしかできなくなっていくのが残念。鏡への質問が途中から“指令”になっているような雑さや、一部のご都合主義的な展開なども気になるところです。

 特に終盤のアレとアレはあまりにも荒唐無稽にすぎて、読者が推理することはまず不可能だと思われますし、成立していないようにも思われます。とりわけ最後のアレなどは、(文章を読むだけの読者はともかく)作中では並外れてお人よしの登場人物ばかりでなければ通用しないはずなのですが、そのあたりは本書があくまでも(ミステリに求められる合理性を一部緩和した)ミステリ風味の“メルヘン”だという作者の意思表示なのかもしれません。また、悪徳探偵・三途川がものすごく頭が切れるようでいて肝心なところで驚くほど抜けているのも、『白雪姫』を下敷きにした物語で“狂言回し”の役割を果たすため、と考えることもできなくはないでしょう。

 いずれにしても、世評をみるとそのあたりを気にしている方はあまり見当たらないようです*5し、作者の書いていることに疑問を抱くことなくそのまま受け入れて、いちいち考えずにさらりと読めば楽しめる作品だと思いますし、『白雪姫』を下敷きにしていることもあって“現代のメルヘン”としては面白いものになっていると思います。また、小人の助手・グランピーを主役とした冒険ものとして読むのもいいかもしれません。

*1: 受賞時の『スノーホワイト 名探偵三途川理と少女の鏡は千の目を持つ』(講談社BOX)を、文庫化にあたり改題したもの。
*2: 各篇の一行目で犯人が明かされる趣向の『さよなら神様』は、本書の初刊(2013年)の後に刊行されたものですが、少なくともその最初のエピソード「少年探偵団と神様」は本書より前(2010年)に発表されています。
*3: 実際には、「ハンケチと白雪姫」では助手のグランピーによる読者への“説明”があるものの、ママエの依頼人への“説明”はごまかされた格好になっています。
*4: 本来、伏線とは〈作者―読者〉レベルのものであって、作中の人物がそれを“拾う”のはおかしいのですが、ここでは“真相を補強し得るものの、その解明には寄与しない(手がかりたり得ない)という点で、読者からすると伏線のように見える情報”を指しています。
*5: 具体的な描写や説明を極力控えることで成立しているように見せる、前年の本格ミステリ大賞受賞作同様のトレンディ(?)なテクニックが功を奏しているのか、はたまた“メルヘン設定ゆえに多少の不合理は仕方ない”という奇妙な寛容さが発揮されているのか、よくわかりませんが……。

2015.03.05読了  [森川智喜]