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血みどろ砂絵/都筑道夫

1969年発表 角川文庫 緑425-22(角川書店)
「よろいの渡し」
 衆人環視下の人間消失は不可能性が高く、この作品のようにこっそりと“脱出”できる死角が存在しないような状況では、人物入れ代わり以外のトリックは想定しがたいところがあります*1。それでも、裸になって川に飛び込むことで監視の目をくらますとともに、首の“疵あと”を洗い落として衣裳を変えるという一石二鳥のトリックは秀逸。また、“小網町がわに舟がついてみると、男の客のかずが減っていた。”(8頁)という、地の文の絶妙な記述も見逃せません。
 そして、人間消失(神隠し)という現象が受け入れられる時代ならではの、“人魂は消えた――消えたものは探せねえ、と思いこませた”(37頁)企みはよくできていますし、岡っ引である富島町の房吉自身が黒幕となっていたことで、結末がより痛快な印象を与えているのも見事です。

「ろくろっ首」
 死体の身元を隠すというのは首切りの理由としてオーソドックスなものですが、それ自体が不気味な“装飾”となることで、“晴着を着た男の死体”の不自然さをカバーする効果が生じているのが秀逸。また、時太郎が死んだことは遅かれ早かれ公にする必要があるわけで、“装飾”ついでに生首の派手な登場を演出するというのも説得力が感じられます。
 一方、生首の額に書かれた文字を“でたらめ”だと看破したセンセーが、先にでたらめな“絵とき”をして事件を動かしていくという、逆転したプロットが面白いところで、ぎりぎりまで引っ張った解決も一層効果的なものになっています。

「春暁八幡鐘」
 風呂桶が必要なのではなく邪魔だということから、家人、とりわけ“逢坂小町”と名高い妹娘を湯屋に行かせることが目的、というところまでは推測できるでしょうが、単純なのぞきではなく絵師に似せ絵を描かせるという企みがなかなか巧妙です。そして、似せ絵を描かせた梅太郎のあまりにも卑小な、しかしそれだけ切実ともいえる心根によって、何ともいえない味わいとなっている結末が印象的です。

「三番倉」
 “逃げるんだ、早く! おれにまかして……”(123頁)という言葉の(作者の)トリックはよくできていると思いますが、センセーが話を聞いただけで真相を解き明かしていることからも明らかなように、消失トリックそのものの弱さはやはりいかんともしがたいところです。その弱さを補うためにもう一つのエピソードが組み合わされたと考えるのは少々うがち過ぎかもしれませんが、最終的なまとめ方が強引かつ迂遠に過ぎるために、そのような印象が強くなっているのが残念。
 ところで、ゆうべのうちに”、すなわち房吉から話を聞く前に“犬の血をつけた匕首を埋めておいた”(159頁)というのは、いくら何でも手回しがよすぎるといわざるを得ません*2

「本所七不思議」
 時代が時代だけに、狸のたたりに見せかけるために“本所七不思議”に見立てるという動機は、十分に納得できるものです。しかし当初から意図された見立てかと思いきや、もともと殺害手段を隠蔽するための偽装工作だったのが見立てに転じたというあたり、時代ものであることを逆手にとった巧みなひねりといえるように思います。
 子供の非力さを克服する殺害トリックはよくできていると思いますが、子供であるがゆえの無意味な殺人という悲劇が何ともいえません。そして、鍋底長屋の面々を救うために七不思議を演じながらも、一人お鶴の心中を思いやるセンセーの姿が印象的です。

「いのしし屋敷」
 「春暁八幡鐘」と違って依頼の内容には謎はないものの、依頼そのものがトリックだったというのが面白いところ。そして、いのしし屋敷の主・夏目半九郎の見事な敵役ぶりが、トリックを成立させるのに大きく貢献しているところも見逃すべきではないでしょう。
 蓋の割れた鏡台、そして“長いあいだ矩形のものがおいてあったらしい跡”(215頁)という伏線をもとに示される真相により、夏目半九郎と越前屋孝助の人物像が鮮やかに反転するところがよくできていますし、最後の立ち回りも強く印象に残ります。

「心中不忍池」
 「よろいの渡し」の結末を踏まえれば、同心の小柴仙四郎が下手人であることは予想できますが、“老婆との心中”という状況はちぐはぐな印象を与えますし、死体をすり替えるにしても現場への侵入が不可能という障害が残ります。しかしその不可能状況が、無理心中の失敗という真相を前提とした、房吉自身の協力というトリックによって克服されているところが秀逸。そして“老婆との心中”という苦し紛れのトリックが、“妙てけれんでも、いちおう筋のとおったことは、なにも苦労して掘っくらけえすこたあねえ。”(279頁〜280頁)というおおらかな(?)時代ゆえにほとんど通用しかけているのが、非常に面白く感じられます。

*1: すぐに思い出せたのはC.ディクスン(以下伏せ字)『墓場貸します』(ここまで)くらいですが。
*2: ただし、センセーが“こっちでも、あらかたは聞きこんで、見当はついてるんだが”(152頁)と言っていることから、絶対に不可能ともいいきれないのですが……。

2009.07.02再読了

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