〈なめくじ長屋捕物さわぎ〉

都筑道夫
『血みどろ砂絵』 『くらやみ砂絵』 『からくり砂絵』 『あやかし砂絵』 『きまぐれ砂絵』 『かげろう砂絵』
『まぼろし砂絵』 『おもしろ砂絵』 『ときめき砂絵』 『いなずま砂絵』 『さかしま砂絵』



シリーズ紹介
「おれたちは不浄役人でもなけりゃあ、まして神さま、仏さまでもねえ。政府{おかみ}を助けるためや、ひと助けのために、謎をといているのじゃあねえんだ。しくじったか、しくじらないかは、いくら儲かったかで、きまるのさ。(中略)見なよ、けっこう、ひと助けにもなっていらあな」
 (角川文庫『くらやみ砂絵』47頁〜48頁)

 〈なめくじ長屋捕物さわぎ〉は都筑道夫による捕物帳の連作で、江戸は神田橋本町の貧乏長屋――通称〈なめくじ長屋〉に住むものもらいや大道芸人たちが、数々の事件を解決していきます。岡っ引や同心などではなく“体制から締め出されているアウトローズ”*1が、主に礼金や口止め料を目当てに――時には強請も辞さず――事件を解決するという点で、捕物帳としてはかなり異色のシリーズといえます。

 もちろん作者のことですから、“単に捕物を扱ったというだけの時代劇”にとどまらず、(少なくともシリーズ中期あたりまでの)各篇ではしっかりした謎解きが展開されています。特に、“江戸末期を舞台にすれば、犯罪科学に邪魔されずに、論理のパズルを展開できる。それに、当時の人びとは怪力乱神を信じていたから、パズラーのなかの不可能犯罪ものが、楽に書ける。”*2というコンセプトに基づいて、江戸時代ならではのユニークな謎と解決が提示されているのが大きな魅力です。

 謎解き役をつとめているのは、神田筋違御門の八辻ヶ原にて様々な色に染めた砂で地面に絵を描いている砂絵師、通称センセーで、元は武士だったことが匂わされてはいるものの、過去も本名も一切不明の人物。剣の腕前も相当なものであることが随所にうかがえますが、特筆すべきはやはりその推理の才。誰もが頭を抱える奇天烈な謎を、時代にそぐわない(?)合理精神を武器に解き明かしていくスタイルは、作者の狙い通り*3の効果を上げており、一際印象深い探偵役となっています。

 一方、センセーの指揮の下に情報収集などをこなす実働部隊としては、センセーの助手(ワトスン役)的な立場をつとめている*4大道曲芸師のマメゾー、全身に鍋墨を塗りたくって河童に扮するカッパ、張りぼての墓石を抱えた“大仕掛けの幽霊”ことユータ、猿田彦の面をかぶり牛頭天王の札をまくテンノー、願人坊主(→「Yahoo!辞書」を参照)のガンニン、鍋墨を塗った体で熊をまねて四つんばいで歩くアラクマ、麦わら細工のかつらに酒ごもの衣装で一人芝居を演じるオヤマなど、個性的な面々が揃っています*5

 もう一人、シリーズで見逃せない(準)レギュラーが、岡っ引の下駄常こと神田白壁町の常五郎*6で、第1作「よろいの渡し」に岡っ引・富島町の房吉の子分として登場し、その後「天狗起し」『くらやみ砂絵』収録)以降は岡っ引としてほとんどの作品に登場しています。本人は事件解決にセンセーの知恵を安く借りているつもりでいて、その裏ではセンセーらが密かに礼金などをせしめていることがしばしばですが、いずれにしてもなめくじ長屋の面々が事件に関わるのをスムーズにする役割を果たしています。

(以下、後日追記予定)

*1: 中田雅久氏による角川文庫『血みどろ砂絵』解説より。
*2: 角川文庫『血みどろ砂絵』解説で引用されている、『推理小説の背景としての都市』より。
*3: “江戸時代ならだれでもふしぎがってくれるし、必然性もつけやすいから、そこへただひとりだけ、近代的な合理精神の持ちぬしを、放りこめばいいわけだ”(同じく『推理小説の背景としての都市』より)
*4: ただし、登場するのはシリーズ第2作の「ろくろっ首」『血みどろ砂絵』収録)からとなっています。
*5: 他にイブクロという芸人(?)が、「不動坊火焔」『くらやみ砂絵』収録)以降の一部の作品に登場しています。
*6: 下駄新道に住んでいることから“下駄常”と呼ばれています。



作品紹介

 短編76篇が『ちみどろ砂絵』から『さかしま砂絵』までの11冊にまとめられている――第5集の『きまぐれ砂絵』のみ6篇、他は7篇ずつを収録――ほか、『都筑道夫コレクション〈本格推理篇〉 七十五羽の烏』「百物語」「二百年の仇討」が収録されています。
 現在のところ、すべて光文社文庫版で入手可能となっています。


血みどろ砂絵  都筑道夫
 1969年発表 (角川文庫 緑425-22)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 記念すべきシリーズの第1作品集。光文社文庫版では『ちみどろ砂絵』と改題されています。
 個人的ベストは、「よろいの渡し」「本所七不思議」
 なお、本書に収録された作品の一部には内容につながりがあるので、必ず最初から順番にお読み下さい。

「よろいの渡し」
 盗みに入って殺しをはたらいた人魂の長次は、岡っ引に目をつけられたことに気づいて高飛びをはかる。かくして旅支度を調え、日本橋川のよろいの渡しの渡し舟に乗り込んだ長次だったが、両岸からしっかりと見張っていた岡っ引たちの目の前で、煙のように消え失せてしまったのだ……。
 衆人環視下の人間消失を扱った作品で、ハードルの高い状況だけにトリックが限定されてしまうのは否めませんが、トリックそのものはよくできています。そしてそれ以上に、消失という現象をうまく生かした後半の展開が見どころです。

「ろくろっ首」
 雪の上に晴着をまとった首なし死体が見つかってから数日後。土瓶とさしみ包丁を手玉に取っていた曲芸師マメゾーに向けて、見物の輪の中から風呂敷包みが投げつけられる。それを難なく受け止めて手玉に取り始めたマメゾーだったが、やがて風呂敷がほどけた中から男の首が……
 切られた首の派手な登場もさることながら、首と胴のちぐはぐな様相が猛烈な不条理感をもたらしています。あれよあれよという間に最終的な解決へと至る、読者を幻惑するプロットの魅力が光る作品です。

「春暁八幡鐘」
 町で得体の知れない男に声をかけられ、とある商家から風呂桶を盗み出すという奇妙な仕事を引き受けたアラクマ。家人には危害を加えず家にも傷をつけてはいけないという難しい注文を受けて、センセーが知恵を絞り、長屋の面々が総出で見事に風呂桶を盗み出したのだが、その後……。
 奇妙な盗みの依頼に始まり、その裏に隠された事情を探り出していくという、E.D.ホック〈怪盗ニック〉ばりの作品で、オーソドックスな捕物帳とは一線を画したキャラクター設定が生かされています*1。ある程度予想できる部分もあるものの、最終的な真相は意外というか何というか。

「三番倉」
 老舗の瀬戸物屋で起きた奇怪な事件。三番倉の中で、手代が刃物で番頭に切りつけるのを目にした小僧は、驚いて店の者を呼びに走り、駆けつけてきた一同の前で血まみれになった番頭が倉から出てきて倒れた。刃物を持った手代を閉じ込めようと、倉の扉に錠がかけられたのだが……。
 本筋である密室からの犯人消失とは別に、もう一つの凄惨なエピソードが組み合わされた異色の構成。ただし、そのまとめ方がかなり強引なものになっているのが難点。“なめくじ連”の境遇と事件に対するスタンスを明示するという意味で、重要な作品といえるのかもしれませんが……。

「本所七不思議」
 本所の横十間川に漂う小舟の中に、縄で首を絞められた高利貸の死体が見つかるが、縄の一方の端にはなぜか子狸の死骸が。そして高利貸の屋敷には“足を洗え”という不気味な声が響き、近所の五本松の枝が“片葉の蘆”さながらに消え失せるなど、本所に伝わる七不思議が続き……。
 狸の仕業とされる“本所七不思議”になぞらえた見立て殺人で、怪しの存在が受け入れられる時代だけに見立ての効果は大きく、その動機にも説得力があります。真相は非常によくできていると同時に強く印象に残るもので、物語を締める最後の一行*2がまた何ともいえません。

「いのしし屋敷」
 博打の借財百両のかたに連れ去られた妾を、旗本屋敷から取り返してきてほしいという古着屋の主人。儲け話に乗ったなめくじ長屋の面々だったが、荒っぽい勝負で“いのしし屋敷”と異名を取るだけあって、妾をさらってくるのはなかなか難しい。そうこうしているうちに、話はおかしなことに……。
 同じ儲け話でも、「春暁八幡鐘」とは違って依頼人の狙いははっきりしているのですが、手ごわい相手に“なめくじ連”が苦戦している間に、何やらおかしな状況になっていくというプロットの妙。さりげない伏線をもとに示される真相は鮮やかで、そこから展開される結末の一幕も見事です。

「心中不忍池」
 上野は不忍池のほとり、男と女が束の間の逢瀬を楽しむ出合茶屋で、何とも不可思議な心中が起きた。茶屋に来た時には確かに品のいい年増盛りだったはずの女が、死んだ時には皺くちゃの老婆になっていたというのだ。一方、連れの男は変化こそしなかったものの……。
 “心中の片割れが老婆になった”という謎のインパクトがあまりにも強烈で、事件の不可能性*3がその陰に隠れて目立たないのが少々もったいないところ。とはいえ、解き明かされる真相は十分に面白いものになっていると思います。

*1: もっとも、このタイプの作品は他にほとんどなかったように記憶しています(本書収録の「いのしし屋敷」や、『きまぐれ砂絵』収録の「長屋の花見」などが似たような発端ですが、どちらも依頼の内容には謎はありません)。
*2: いわゆる“最後の一撃”というわけではありませんので、念のため。
*3: 痕跡を残さずに第三者が現場に侵入することが不可能な状況となっています。

2009.07.02再読了  [都筑道夫]

くらやみ砂絵  都筑道夫
 1970年発表 (角川文庫 緑425-23)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 「天狗起し」から岡っ引の下駄常がほぼレギュラーとして登場し、シリーズの基本パターンが固まった第2作品集で、ミステリとしての面白さはシリーズ中で一、二を争うものになっています。また、説明のために小さな図版を文中に挿入する*1という試みも目を引きます。
 個人的ベストは「地口行灯」、次いで「天狗起し」

「不動坊火焔」
 小間物問屋の一人息子が、博打でこしらえた借財の催促に耐えかねて、不動坊火焔という評判の祈祷師に父親の呪殺を頼む――その話をセンセーから聞かされた父親の方は、不動坊火焔のもとに乗り込んで息子の呪殺を頼む一方で、センセーには息子の命を守るよう依頼して……。
 ありきたりの殺人には見えない呪殺の謎解きが中心になるかと思いきや、いきなり金ずくで呪殺の依頼が引っくり返されるなど、序盤からひねりが加えられて先の読めないプロットが魅力です。謎解きがややあっさりしているのがもったいなく感じられますが、これは分量からして仕方ないところかもしれません。

「天狗起し」
 急死した呉服屋主人の通夜の席、近所の左官屋が故人に謝りたいと言い出し、死骸を納めた早桶のある隣の部屋に入っていくが、やがて早桶の中で刺し殺されているのが見つかる。そして主人の死骸は、言い伝え通り天狗に取り憑かれてしまったのか、どこかへ消え失せていた……。
 従弟が“出題”した謎に解決をつけたという作品*2で、奇天烈な謎だけに作者もかなり苦労したようですが、示される真相はまったく隙のない、実に見事なものとなっています。そしてまた、探偵役の特異性を生かしたシリーズ独特の展開/構成も興味深いもので、シリーズを代表する1篇といっていいのではないでしょうか。

「やれ突けそれ突け」
 東両国の見世物小屋、“やれ突けそれ突け”の真っ最中に、「きちさんしぬ」と不吉な文字が女太夫の内腿に浮かび上がる。たちまち大評判となるが、隣の小屋の曲芸一座は「きちさん」揃いで戦々恐々。そして蝶吉という名の女綱渡り師が、芸の途中に綱から落ちて死んでしまい……。
 一風変わった予告殺人もので、ものすごい場所(苦笑)に出現する予告と、被害者候補が多すぎるという状況がユニークです。事件の真相はまずまずといったところですが、センセーによる事件の幕引きはなかなか印象的です。

「南蛮大魔術」
 評判の女手妻師、天竺胡蝶斎を呼んで芸をさせるという大店の旦那衆の座興に、手妻のからくりを誰かに見破らせるという趣向が加わり、下駄常の紹介でセンセーが同席することに。そしていくつか手妻を演じた胡蝶斎に、お江戸を消すような大がかりな手妻を、という無茶な注文が……。
 まずは事前の面接(?)で、センセーがシャーロック・ホームズさながらの推理を披露するのが愉快。しかして本番では、どこに向かうのか見当もつかないミステリらしからぬ展開の果てに、かなり意表を突いた解決が待ち受けており、シリーズの定型から完全に逸脱した異色の作品といえるでしょう。

「雪もよい明神下」
 神田明神下の火の見櫓で、近火を知らせる半鐘が鳴り出した。しかし町内に火の手は見当たらない上に、半鐘を鳴らした男が火の見櫓の梯子から転落してきたのだ。そして、その背中には匕首が深々と刺さっていたにもかかわらず、下手人の姿はどこにも見当たらなかった……。
 密室に近い状況からの犯人消失もさることながら、“なぜ半鐘が鳴らされたのか?”という不可解な謎が魅力的。そして、あえてポイントを外したような真相が何ともいえません。

「春狂言役者づくし」
 人気役者を押絵でかたどった羽子板が盗まれ、役者の顔の部分を切り裂かれて捨てられているのが見つかり、さらに当の役者までが殺される――羽子板の前知らせを受けた役者殺しが相次ぐ中、下駄常の頼みを受けたなめくじ長屋の面々が、役者の住む猿若町に張り込んだのだが……。
 「やれ突けそれ突け」とはまた一味違った予告殺人もの*3。対象が具体的、しかも名のある役者であり、なおかつ連続殺人ということで、かなり派手な事件になっているのが目を引きますが、そこに仕掛けられた強烈なミスディレクションが光ります。下駄常がいつになく冴えているのも見逃せないところでしょう。

「地口行灯」
 工夫を凝らした地口行灯が立ち並ぶ初午の祭を前に、日比谷稲荷に設けられたお旅所で、前の夜に質屋に入った二人組の強盗が同士討ちで死んでいるのが見つかる。ところが、近所の者が早い時間に死体を見かけたと言い出して、死人が泥棒に入ったというおかしなことに……。
 上の内容紹介には一切表れていませんが、この作品の見どころは実に特異で巧妙な○○(字数は適当)で、私見ではそのテーマの“究極”といっても過言ではない傑作です。フェアな手がかりを示しにくいネタを逆手に取った構成も効果的で、“最後の一撃”が鮮やかに決まっています。

*1: 例えば「やれ突けそれ突け」では、見世物で使われる特殊な形の槍などがわかりやすく図版で示されています。
*2: “「天狗起し」と「小梅富士」(注:『からくり砂絵』収録)は、推理小説マニアの従弟とのゲームから、生まれた作品である。従弟が解決のことなぞ、まったく考えずに――つまり、解決不可能なようなシテュエーションを考える。それに、私が理屈をつけて、論理でとくパズル小説に書く、というゲームで、二篇とも必然性を見いだすのに、かなり苦労したおぼえがある。”(「「なめくじ長屋捕物さわぎ」について1」(『都筑道夫コレクション〈本格推理篇〉 七十五羽の烏』収録)より)
*3: 作中でも、“センセーは腕を組んだ。いつぞやの『やれ突けそれ突け』事件を、思いだしたのだ。あのときとは違って、こんどの場合は(後略)(237頁)と、少し前の事件と対比されているのが面白いところです。

2009.07.03再読了  [都筑道夫]

からくり砂絵  都筑道夫
 1972年発表 (角川文庫 緑425-24)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 落語を捕物帳に仕立てた作品や佐々木味津三『右門捕物帖』のパロディなど、趣向の凝らされた作品が並んだ第3作品集です。
 個人的ベストは「小梅富士」、次いで「らくだの馬」

「花見の仇討」
 人々が花見に興じる向島。二人連れの巡礼が、父を殺した浪人と出会い、仇討ちの幕が開く――それは、大店の道楽息子たちが仕組んだ茶番のはずだった。ところが、酔った侍が助太刀に加わり、趣向と勘違いした浪人役の若旦那が刀を振るうと、いきなり血しぶきが上がって……。
 茶番の仇討ちを真に受けた侍が乱入するという落語、「花見の仇討」を下敷きにした作品。元の落語ですでに“虚構の現実化”が扱われているため、ミステリに仕立てるならこの形しか考えられないかもしれません*1が、真相は巧妙にひねりを加えたものになっています。

「首つり五人男」
 神田川縁に生えた松の大木に五人の首つりがぶら下がるという、前代未聞の出来事。その内訳は、大店の若旦那らしき二人に遊び人風が二人、そして役者風の男というばらばらな有様。さらにその首つりは、一昨日の晩に現れて一度消えたものが、再び現れたというのだ……。
 右門捕物帖の1篇、「首つり五人男」*2のパロディで、“五人の首つりが二度にわたってぶら下がった”という奇天烈な謎に、元ネタよりも遥かに合理的な解決がつけられているのが見事です。

「小梅富士」
 足腰が立たなくなり向島小梅の寮に隠居していた海産物問屋の先代主人が、何とも奇怪な死を遂げた。富士山を熱心に拝んでいた隠居が、気に入って庭に置かせたという富士山の形の大きな庭石。隠居は座敷に寝ていたところを、その大きな庭石に押しつぶされて死んでいた……。
 「天狗起し」『くらやみ砂絵』収録)と同様に、従弟の出題に答える形で書かれた作品(こちらを参照)。これ以上ないほど奇怪な状況、そして“なぜそんなことをしなければならないのか”という強烈な謎に対して、用意された解答はほとんど非の打ち所がありません。傑作です。

「血しぶき人形」
 “人形がひとを殺すなんてえことが、この世のなかにあるもんですかね”――箒で座敷を掃除して回るというからくり人形が、なぜか箒を脇差に持ち替えて、持ち主である質屋の主人を無残に斬り殺したという。しかもべっとりと血にまみれたその脇差は、紛うことなき竹光だったのだ……。
 からくり人形による殺人という謎がまず魅力的。偽装であるのはもちろんですが、“なぜそのように偽装しなければならなかったのか”が面白いところです。そして、真相を巧みに隠蔽するミスディレクションが光っています。

「水幽霊」
 とある商家の娘が寝ている間に、布団まで水浸しになる怪事が二日続けて起きる。庭の水神様の社を荒れ放題にしていたせいかと、慌てて大工に手入れをさせたところ、今度はその大工が自分の長屋で水幽霊に襲われたのか、水浸しになった夜具の上で死んでいるのが見つかり……。
 右門捕物帖の「幽霊水」*3のパロディ。寝ている間に水浸しになるという奇妙な事件の真相は、なかなかユニークなものだと思います。ただ、すべての真相が明らかにされてみると、ややとってつけたように感じられる部分があるのが残念。

「粗忽長屋」
 センセーが死んだ――行き倒れになった死骸が見つかったという知らせは、下駄常からなめくじ長屋の面々へ、そして当のセンセー自身にももたらされる。番屋に担ぎ込まれた死骸を抱えながら、センセーが一言、“死んでいるのは、たしかにおれだが、抱いているおれはだれだろう?”
 有名な落語「粗忽長屋」*4をもとにした作品で、上に紹介した発端部分にオチまで見事に取り込まれています。もちろんなめくじ長屋の面々が単なる粗忽者であるはずはなく、“なぜセンセーが死んだことにしなければならないのか?”という謎が興味の中心となっていきます。特に後半はシリーズの定型から外れていますが、印象深い作品となっています。

「らくだの馬」
 豆腐長屋の鼻つまみ者、“らくだ”というあだ名の馬太郎が、河豚にあたって急死した。そこへ現れたのがらくだの兄貴分、手斧目の半次というやくざ者で、気の弱い屑屋を脅して手伝わせ、死んだらくだにかんかんのうを踊らせてあちこちから香典や酒などをせしめた。ところが……。
 落語「らくだ」*5の筋をうまく取り込みつつ、ひねりにひねったプロットで読ませる作品。“かんかんのうを踊る死人”というシュールなイメージがブラックな笑いをもたらしますが、その陰に隠された真相は非常に秀逸で、オチも鮮やかに決まっています。

*1: 巻末には“「花見の仇討」は、野村胡堂氏も『銭形平次捕物控』で、材料にしておられます。”(278頁)とあり、また角川文庫版の阿部主計氏による解説でも“事件化、捕物化には持ってこいの趣向なので、度々用いられている。”(285頁)とのことで、どのように扱われているのかが気になるところですが……。
*2: 「青空文庫」「佐々木味津三 右門捕物帖 首つり五人男」で読むことができます。
*3: 「青空文庫」「佐々木味津三 右門捕物帖 幽霊水」で読むことができます。
*4: 「粗忽長屋 - Wikipedia」を参照。
*5: 「らくだ (落語) - Wikipedia」を参照。

2009.07.16再読了  [都筑道夫]

あやかし砂絵  都筑道夫
 1976年発表 (角川文庫 緑425-25)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 残虐な手口や血まみれの現場など、比較的凄惨な事件が目につく*1ものの、ミステリとしてはやや薄味の第4作品集。
 個人的ベストは「人食い屏風」、次いで「あぶな絵もどき」

「張形心中」
 判じものの引札など奇抜な考案で知られる菓子屋の隠居。その別宅に囲われていた若い妾が、近所の遊び人と心中してしまう。ところが、妾が死に際にわざわざ箪笥から張形を取り出すなど、心中にしてはおかしなところがあり、その夜床下に潜り込んだアラクマが捕らえられて……。
 冒頭に示される判じものの引札(広告)がよくできていますし、アラクマが容疑者として捕らえられてしまう経緯も印象的ですが、最終的な真相は(ミステリとしては)今ひとつ外している感がなきにしもあらず。

「夜鷹ころし」
 本所は吉田町界隈で相次ぐ夜鷹殺し。手口はいずれも、手ぬぐいで首を絞めてから、刃物で顔を傷つけた上に丸裸にするというもの。なめくじ連が見張りに繰り出す中、またも事件が起こる。夜鷹は死に際に「ゆうれい」という言葉を残し、下手人はそれこそ幽霊のように消え失せた……。
 夜鷹(街娼)が相次いで残虐な手口で殺されるという、切り裂きジャックさながらの事件が興味深い1篇。犯人の消失を含めてトリックはさほどでもないのですが、凄絶な結末が何ともいえない余韻を残します。

「不動の滝」
 王子にある不動の滝に打たれにきた酒屋の女房が、滝壷から消えてしまった。出入りできる唯一の道には女中が待っていたおり、その目を盗んで抜け出すのは難しい。何より、滝に打たれて白い浴衣がずぶ濡れの、裸同然の姿ではどこへも行けるはずがなく、神隠しかと思われたが……。
 “神隠し”と見まがう密室状況からの不可思議な消失が扱われていますが、これも消失トリックは他愛もないもの。見どころはむしろ、どんどん意外な方向へ転がっていくプロットでしょう。

「首提灯」
 ろくな死に方をしないといわれていた嫌われ者のごろつきが、とんでもない最期を遂げた。切られた首が白旗稲荷の境内で、刺青のある胴体はだいぶ離れた雲母橋で見つかったのだ。しかもどうやら、白旗稲荷で殺されて首を切られた後、なぜか胴体だけが雲母橋まで運ばれたらしい……。
 題名は作中でも言及されている落語「首提灯」*2から。真相には面白い部分もありますが、奇抜な状況に比べると力不足の感は否めません。

「人食い屏風」
 絵に描いた虎が絵から抜け出して、絵師を喰い殺した――腕はいいが偏屈で知られる絵師が、渾身の虎の絵を描き上げた後に、喉笛を噛み裂かれたようにずたずたにされて死んでいた。そして描かれた虎の口元は、べっとりと血に濡れていたのだ。さらに、もう一人の絵師が……。
 “なぜ絵に描いた虎に殺されたように見せかけたか”という謎と真相が非常に秀逸な、ホワイダニットの傑作。砂絵師であるセンセーが、絵についての見識を語っているのも大きな見どころです。

「寝小便小町」
 屋形舟の中で常磐津の女師匠としっぽり過ごしていたはずが、不意に首を絞められて気を失った若旦那。気がついてみると、女師匠が無残に殺されていたのだが、近くにいた船頭たちによれば舟に近づいた者は誰もいないという。船頭たちを丸め込んで死骸は川に流したものの……。
 見方によってはC.ディクスン『ユダの窓』にも通じる発端の作品。ある意味で意外な真相ではありますが、そこに浮かび上がってくる悲哀が何よりも印象に残ります。

「あぶな絵もどき」
 水茶屋の娘、商家の後家、遊芸の女師匠――女たちの秘めた色事を面白おかしく綴った落し文が、両国界隈のあちらこちらに投げ込まれて大評判となる。そんな中、勘当されて舟宿に居候していた老舗の道楽息子が殺されるが、その部屋から落し文の下書きが見つかったことから……。
 色々なスタイルで書かれた“落し文”が愉快で、欲をいえばもう少し分量がほしかったところ。少しひねった真相は、まずまずといっていいでしょう。

*1: 内容からすれば、血みどろ砂絵』という題名は本書にこそふさわしかったといえるかもしれません。
*2: 「首提灯 - Wikipedia」を参照。

2009.07.18再読了  [都筑道夫]

きまぐれ砂絵  都筑道夫
 1980年発表 (角川文庫 緑425-26)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 全篇が落語を下敷きにした第5作品集で、初刊本(角川書店)では“なめくじ長屋捕物さわぎ”ではなく“なめくじ長屋とりもの落語”と題されていました。シリーズ中で本書のみ7篇ではなく6篇が収録されているのも異色ですが、角川文庫版の大野桂氏による解説では“全六席の並べ方たるや、春、夏、お盆、秋、師走、冬――と江戸の四季、行事の移ろいにぴたりと合せてあり”とのことで、これも趣向の一環のようです。
 個人的ベストは「夢金」、次いで「野ざらし」

「長屋の花見」
 飛鳥山へ貧乏花見に繰り出したなめくじ長屋の面々。水で薄めた酒も底を尽いた頃、花見の趣向でとある一家の酒樽の中身をこっそり水に変えるという、願ってもない儲け話が持ち込まれる。センセーが一計を案じてすり替えはうまくいったのだが、酒樽の水を飲んだ一家が毒死して……。
 落語「長屋の花見」(上方では「貧乏花見」)*1を発端に、酒を水に変える儲け話、センセーが披露する“かわらけ投げ”*2の妙技、そしてなめくじ長屋の面々が下手人にされかける騒動と、見どころの多い作品です。ミステリとしては真相がやや見えやすくなっていますが、これは致し方ないところでしょうか。

「舟徳」
 勘当されて舟宿で船頭の修行をしている若旦那が、悪戯心でおかみさんに麦藁の蛇を差し出したところ、大の蛇嫌いだったおかみさんは驚いて堀に転げ落ち、熱を出して寝込んだ挙げ句に死んでしまう。しかしその死に様が、蝮の毒にやられたものにそっくりだったことから……。
 お題の落語*3と事件との関連が薄く、“とりもの落語”としては面白味を欠いている感がありますが、その一方でミステリ部分が比較的オーソドックスなものとなっており、好みの分かれる作品といえるかもしれません。海外の古典に前例のあるトリックが使われていますが、巧妙なアレンジを加えることでより不可思議な状況を作り出しているのが見事です。

「高田の馬場」
 姉と弟の蝦蟇の油売りに、背中の古傷を見せた老侍。実はその老侍、姉弟が探し求める親のかたきだったことから、翌日高田の馬場で仇討ちが行われることに。ところが、見物人で大賑わいの高田の馬場にはどちらも現れず――そして老侍は別の場所で殺されていたのだった……。
 「舟徳」とは逆に元ネタの落語*4に寄りかかりすぎて、ミステリとして少々物足りないものになっているのが残念なところ。もう一つの落語が巧みに組み込まれているあたりはよくできていると思うのですが……。

「野ざらし」
 向島の川岸で、魚釣りならぬ骨釣り――野ざらしになった人骨を釣ると騒いでいた男。何でも、うまく若い女の骨を釣り上げて供養をしてやれば、生前の姿で長屋を訪れて礼をしてくれるという話らしい。ところが男はその夜、長屋で女物の扱帯で首を絞められて殺されてしまったのだ……。
 落語「野ざらし」(上方では「骨釣り」)*5を取り込み、“長屋を訪ねてきた女の幽霊に殺された”という奇抜な状況を作り出したのみならず、元ネタの中の矛盾*6をも手がかりとして、最終的に“なぜ殺されたのか?”という謎に収束させていく、作者の手腕に脱帽です。

「擬宝珠」
 あちらこちらの擬宝珠を舐めるという、妙な道楽を持つ若旦那。しまいには浅草寺の五重塔の擬宝珠を舐めたくてたまらなくなり、二百両もの金をかけて五重塔の天辺まで足場を組ませ、願いをかなえたのだが――その若旦那が、橋の上で商売物の鍋をかぶった奇妙な死体となって……
 落語「擬宝珠」*7はかなりマイナーな演目のようですが、“大金をかけて五重塔の擬宝珠を舐める”というナンセンスきわまりない“道楽”が目を引くところで、それをユニークなホワイダニットに仕立ててあるのが見事です。

「夢金」
 雪の中を一人でふらふら歩いていた娘を、家まで送り届けたアラクマ。ところがその娘は、川の中洲で背中を刺されて殺された浪人者とかかわりがあるらしい。寝込んだ娘からは話が聞けない中、浪人を中洲に置き去りにして娘を家まで送り届け、礼金百両をもらったと話す船頭が……。
 元ネタの落語「夢金」*8の筋に足し算をしていくことで、実に読み応えのあるひねくれたプロットになっているのが秀逸です。何ともいえない余韻の残る結末も印象的。

*1: 「貧乏花見 - Wikipedia」を参照。
*2: 「かわらけ投げ - Wikipedia」を参照。
*3: 「船徳 - Wikipedia」を参照。
*4: 「落語の舞台を歩く」内の「第53話「高田の馬場」」を参照。
*5: 「野ざらし - Wikipedia」を参照。
*6: 角川文庫版の大野桂氏による解説で指摘されている、“四方の山山、雪とけて(中略)風がくると、枯芦がさあっと寝て”という箇所。
*7: 「落語の舞台を歩く」内の「第146話「擬宝珠」(ぎぼし)」を参照。
*8: 「夢金 - Wikipedia」を参照。

2009.07.27再読了  [都筑道夫]

かげろう砂絵  都筑道夫
 1981年発表 (角川文庫 緑425-27)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 この第6作品集では、プロットも含めたネタ作りに少々行き詰まりが見受けられる*1のが残念ですが、それでも全体としてはまずまずといったところではないでしょうか。
 個人的ベストは、「酒中花」「ぎやまん燈籠」

「酒中花」
 大店の娘が風呂場に入ったまま、姿を消してしまった。折から持ち上がっていた縁談を嫌って、好きな男と駆け落ちしたのではないかと思われたのだが、切り取られた髪の毛とともに脅しの手紙が店に舞い込んで大事になる。やがて、天水桶の中から娘の切られた首が見つかって……。
 下駄常から金を引き出すため*2に、センセーが駆け落ち話を大げさにしようとする序盤には苦笑させられますが、その後の“瓢箪から駒”どころではない派手な展開、そして巧妙に隠された意外性のある真相は実に見事です。

「ぎやまん燈籠」
 老舗の呉服屋で起きた幽霊騒ぎ。夜中に裏口で女の幽霊を見たという大工に始まり、座敷に入ろうとした女中が障子を開けた途端に若死にした先代のおかみを、さらに主人がこれも若死にした先代の主人を見たという。成仏しきれない先代夫婦が、今の主人を迎えにきたと噂になるが……。
 かなり早い段階でネタの一部が見えてしまうきらいがあり、またそのネタにさほど面白味がないのが難ではありますが、その周辺の処理が非常によく考えられていて、全体としてはなかなか見事な作品に仕上がっているように思います。

「秘剣かいやぐら」
 辻斬りに遭った下駄常だったが、相手は“お前を斬ったのではない。米沢町の日向屋半兵衛を斬ったのだ”と言い残したという。センセーと下駄常が日向屋に駆けつけてみると、半兵衛は座敷で斬り捨てられていた。その辻斬り――貝塚小十郎が振るう秘剣“かいやぐらの太刀”の秘密は……?
 本当の相手を念じながら斬るまねをすることで、遠くにいる相手を斬ることができるという、奇抜な秘剣“かいやぐら”(蜃気楼の意)の魅力に対して、ある意味意表を突いた部分はまずまず面白くはあるものの、最終的な解決はやや力不足の感が否めないところです。

「深川あぶら堀」
 得体の知れない侍に声をかけられ、辻斬りに斬られる芝居をするという仕事を引き受けたマメゾー。打ち合わせた通りにカッパと二人で歩いていると、いきなり現れた侍が斬りかかってきたが、二人は斬られたふりをして油堀に飛び込んだ。ところが翌日、油堀には本当に斬られた死体が……。
 2篇続けて辻斬り絡みの話というのはいかがなものかと思います*3が、この作品は話と謎の作り方がシリーズ中でもかなり異色なものになっており、定型から外れた面白さがあります。トリックが少々ずさんではあるものの、謎解きの後に“これからどうなるのか?”という興味で読ませる終盤もまずまず。

「地獄ばやし」
 神田明神大祭の宵宮、大工の鉄次がひょっとこの面をかぶって殺されているのを見つけた同じ長屋の男が、あわてて人を呼んでくると、死体は男から女に変わっていたのだ。そして当の鉄次は、誰かに殺されたところを、お地蔵様に三途の川で追い返されて生き返ったと、不思議な話を……。
 メインのネタなど一部を除いてシリーズ中のある先行作品とかなり似ている上に、そちらと違って今ひとつミステリとしての面白味に欠けるという、何とも困った作品。単独で読めばそれなりに楽しめるものではあるのですが、シリーズ中にあってはあまり見るべきところがないといえるでしょう。

「ねぼけ先生」
 センセーがいつも砂絵を描いている八辻ヶ原に、女砂絵師が現れた。センセーは気にも留めないものの、収まらないのがなめくじ長屋の面々で、商売敵を長屋にさらって縛り上げてしまう。縄をほどきながら謝るセンセーに、女砂絵師は判じものを解いてほしいと持ちかけてきたのだが……。
 センセーの商売敵が登場する興味深い発端、暗号ミステリに転じる展開、そして様々な可能性を想定するセンセーの(推理というよりも)読みの深さが見どころ。しかし、クライマックスに至って明かされる意表を突いた真相の、(一応伏せ字)身も蓋もなさ(ここまで)が何ともいえません。

「あばれ纏」
 大火事で全焼した染物屋の焼け跡から、焼け死んだと思われた娘が無傷で見つかった。丸裸で眠っていた娘は、竜神様が火事から守ってくれたのだという。焼け跡からはさらに、火元となった油屋の次男が匕首で腹を刺して死んでいるのが見つかり、つけ火の末の自害とみられたが……。
 神(仏)様に助けられたという話が前面に出されている点が「地獄ばやし」とかぶっているものの、“神秘体験”としては明らかにこちらの方がよくできています。とはいえ、やはり真相がかなり見えやすくなっているのは否めないところですが、印象深い結末は見事。

*1: 個々の作品の感想でも書いているように、他の作品との類似がかなり目につきます。
*2: 雨が続いてなめくじ長屋の面々が稼ぎに出られない、という事情によるものです。
*3: たまたま続けてアイデアを思いついたということかもしれませんが、それにしてももう少しやりようがある気が……。

2009.07.30再読了  [都筑道夫]

まぼろし砂絵  都筑道夫
 1982年発表 (角川文庫 緑425-28)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 特に最初の3篇で、目先を変えようと試行錯誤の跡がうかがえる第7作品集。ただしそのために、少々まとまりを欠いているように感じられるのも確かです。
 個人的ベストは「人ごろし豆蔵」、次いで「坊主めくり」

「熊坂長範」
 神田明神の祭礼を前にして、何やら下駄常の様子がおかしい。町ごとに出される祭の山車――その連雀町の山車に使われる、大泥棒熊坂長範の人形が盗まれてしまい、下駄常はどうやらセンセーを疑っているらしいのだ。センセーは早速、人形を保管していた大店を訪ねてみたが……。
 このシリーズらしからぬ異色作。というのは、謎解きがほとんどなく(一応伏せ字)オカルト要素がメインに据えられている(ここまで)からで、物語後半の“対決”には見ごたえがあるものの、本来の面白さからはまったく外れたものになっているのが難点です。

「人ごろし豆蔵」
 大店で行われた芸くらべ。上方の芸人・阿保久斎とマメゾーとがそれぞれに曲芸を披露した後、今度は縄抜けの勝負となり、二人は縛られて土蔵に閉じ込められる。だが、しばらくして蔵を開けてみると、マメゾーは縄で縛られたまま気を失い、阿保久斎は喉を切られて死んでいたのだ……。
 題名からも明らかなようにマメゾーが主役となった1篇。物語前半の曲芸勝負から、後半のC.ディクスン『ユダの窓』を思わせる*1密室殺人、そしてこのシリーズならではのユニークな解決と見どころが満載ですが、最後の一言が何ともいえない余韻をもたらしています。

「ばけもの寺」
 寺に夜な夜な化け物が現れるようになって困っているという住職に頼まれ、なめくじ長屋の面々が本堂で一晩を過ごすことに。用意された酒や肴を遠慮なく楽しんでいた一同だったが、そこへ不意に転がり込んできたのは、住職の話に出てきた女の生首ではなく、当の住職の首だった……。
 これもかなりの異色作ですが、ミステリとして手順に難があるのはさておき、どこかとぼけた味わいのある面白い物語に仕上がっています。ぬけぬけとした結末もまた愉快。

「両国八景」
 ある夜、両国橋の上で身投げをしようとした男。西の橋番が慌てて止めに入ったものの、しばらくもみ合った末に男がぐったりと倒れ込んだ。その首にはいつの間にか手ぬぐいが巻きつき、男は絞め殺されていたのだ。だが駆けつけた東の橋番は、他に誰もその場にいなかったという……。
 発端の強烈な不可能状況が目を引きますが、重点が置かれているのはハウダニットではなく、作中でセンセーが指摘しているように“なぜそんなところで、むずかしい殺しかたを”する必要があったのかというホワイダニット。とはいえ、そちらも少々強引な印象ではありますが……。

「坊主めくり」
 天王まつりが終わった朝、名物となっている中通りの大行燈の枠の上に、生首が乗っているのが見つかる。目鼻立ちの整った美しい顔に、青々と剃り上げた坊主頭が異様な眺めだった。続いて翌日には、首と手足のない胴体が楓川の土手で見つかり、下駄常は事件の目星をつけるが……。
 早い段階から下駄常が鋭いところを見せながら、なぜかあやふやに……なったかと思えば、急転直下の意表を突いた解決。やや唐突に感じられるきらいもありますが、まずまずといっていいのではないでしょうか。

「かっちんどん」
 “四まん六せんにち*2、ゐづつのおきんをころす。見てゐるがよい。”――奥山で評判の矢場女を殺すという脅しの手紙が、ひいきの客たちのもとに届けられて大騒ぎに。その一人、大店の若旦那に何とかしてくれと頼み込まれた下駄常は、センセーを用心棒に駆り出して矢場へと……。
 事件の謎解きはさほどでもなく、センセー(とマメゾー)の芸達者ぶりと、ある意味で印象に残る結末が見どころでしょう。

「菊人形の首」
 団子坂の植木屋による菊人形の見世物。その中でひときわ評判となっていた、宮芝居の人気役者の顔をかたどった忠臣蔵の菊人形が、一夜のうちにすべて盗み出されてしまったのだ。やがて、額に傷をつけられた上に血のように朱を塗られた人形の首が、役者のところに投げ込まれ……。
 一見すると派手に感じられる事件の割には、やけにあっさりした印象の残る作品。推理の余地があまりないところも一因かとは思われますが、ホワイダニットとしてはまずまずです。

*1: 意識を失った容疑者が被害者とともに密室内に閉じ込められているという点で。
*2: “この日に、観音さまに参詣すると、四万六千日、おまいりしたことになるという七月九日”(211頁)のこと。

2009.08.08再読了  [都筑道夫]

おもしろ砂絵  都筑道夫
 1984年発表 (角川文庫 緑425-36)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 おおむねミステリの体裁を取ってはいるものの、どちらかといえば人情や情緒といったあたりに重点が置かれるようになり、総じて謎解きとしては物足りなく感じられる第8作品集。センセーが八辻ヶ原に腰を落ち着けて砂絵を描く場面が一冊を通してまったくないところにも、初期に比べて小粒になった謎解き中心では間が持たなくなり、当初の役割分担――情報収集はなめくじ連に任せてセンセーは推理に専念する――を捨てて早くからセンセーを動かさざるを得なくなった、という事情が透けて見える感があります。
 個人的ベストは「けだもの横丁」、次いで「はてなの茶碗」

「雪うさぎ」
 とある呉服屋での幽霊騒ぎ。夜ごと寝間に現れる、女にしか見えない幽霊に悩まされて、おかみさんは一人離れで休んでいるという。そして雪の降り積もった朝、離れでおかみさんが殺されているのが見つかるが、下手人が出入りした足跡は雪の上に残されていなかったのだ……。
 幽霊騒ぎから“足跡のない殺人”といかにもな展開ですが、用意されているのはポイントを外したような解決。それなりの面白さもあるとはいえ、やはり少々微妙なものに感じられるのは否めません。

「地ぐち悪口あいた口」
 初午の祭りに呉服屋の若旦那が趣向を凝らした地口行灯が、何者かに掛けかえられてしまう。それは、若旦那の妹が父の知れない子を孕んでいるだの、隠居が若い妾を囲っているだの、根も葉もない悪口を下手な地口に仕立てたものだったが、絵は素人のものではなく……。
 中心となる事件と解決がたわいもないもので、どうかすると途中の“回り道”*1の方が面白く思えてしまう――ミステリ的な意味ではなく――のが何とも。

「大目小目」
 大川で引き上げられた女の死体。ところがそれは、剃り上げた頭に島田のかつらをかぶり、若い女の衣裳を着た男の死体だったのだ。胸を刃物で一突きされていた男の身元は、身に着けていた守り袋ですぐに知れたが、手間をかけた割にちぐはぐな下手人の狙いは一体……?
 作中で説明される、“大目小目”という耳慣れない(一応伏せ字)博打(ここまで)の様子が興味深いところ。そして、ちぐはぐな偽装の裏に隠された犯人の狙いがなかなか強烈な印象を与えます。

「いもり酒」
 紙問屋の庭先で、番頭がにかまれて死んでしまう。店の若旦那は、近頃父親をたぶらかしている女――見世物小屋で卑猥な芸をみせていた蛇つかいの太夫の仕業に違いないと憤り、下手人を突き止めるか、父親とその女を別れさせるようセンセーに頼み込んだのだが……。
 蛇つかいの太夫だったお新が本篇の主役で、その独特の人物像もあって一風変わった味わいのエピソードとなっています。しかしその一方で、センセーの(一応伏せ字)役どころが“謎解き”ではなく“もめごと解決”にとどまっている(ここまで)のは、個人的には残念な限り。

「はてなの茶碗」
 麦湯の屋台から、毎晩一つずつ茶碗が盗まれる。値打ちのあるわけでもない安茶碗で、誰が何のために持ち去るのか見当もつかないだけに気味の悪い話で、屋台の娘の身を案じるカッパをはじめ長屋総出で様子を見に行くことになったのだが、そこへ下駄常が顔を出し……。
 不可解で魅力的な謎が提示されながら、盗まれた茶碗の行方が早い段階で明かされてしまうのがもったいなく感じられますが、これは致し方ないところでしょう。そこから先の展開にはひねりが加えられており、全体としてはまずまずの出来といっていいように思います。

「けだもの横丁」
 本所の横網、人呼んでけだもの横丁に住んでいる稲荷ずし売りが、狐に憑かれて妙なことを口走るようになった。それがぴたりと当たると評判になるが、やがてその狐憑きが大店の主人を刺し殺してしまう。お縄になった狐憑きは、稲荷大明神のお告げに従ったというのだが……。
 まずは、狐に憑かれた稲荷ずし売りによる“電波系”の語り*2が見どころで、センセーとのやり取りにも苦笑を禁じ得ません。そして、事件の状況から完全にホワイダニットのみに絞られた謎に対して、演出にも一工夫が施されて見ごたえのある解決が用意されているのが秀逸です。

「楽屋新道」
 “河原崎権十郎の命が狙われている。助けたかったら三両出せ”――猿若町の役者の命をかたに金をゆすり取ろうとするおどしの手紙が、方々のひいき筋に次々と送りつけられる。言いなりに金を払う者も出る中、おどしが本気だと示すように、権十郎の男衆が殺されて……。
 発端の事件はユニークだと思いますが、その後の展開には今ひとつ物足りないところもあり、解決場面でセンセーがほめているほどよくできた企みとは感じられないのが残念。

*1: 例えば、「人食い屏風」『あやかし砂絵』収録)に登場した戯作者・唐亭須磨人とセンセーとの再会など。
*2: I.アシモフ「ヒルダぬきでマーズポートに」『アシモフのミステリ世界』収録)を思い出しました。

2009.08.14再読了  [都筑道夫]

ときめき砂絵  都筑道夫
 1986年発表 (光文社文庫 つ4-5)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 この第9作品集ではやや毛色の変わった作品が目につきますが、その大半で謎解きに今ひとつ不満が残るのは前作『おもしろ砂絵』と同様。その一方で、シリーズ途中から顕著になっていた、“なめくじ連”の中でマメゾーにのみ光が当てられるというバランスの悪さが、ある程度解消されているのは好印象です。
 個人的ベストは「二十六夜待」、次いで「水見舞」

「羽ごろもの松」
 風邪をこじらせて根岸の寮で静養していた呉服屋の主人が、庭の松の木で首を吊ったという。その少し前から、“天女の羽衣を譲ってもらう”などとおかしなことを言っていたらしく、羽衣を売りにきた者に殺されたに違いないという若旦那に頼まれ、下駄常とセンセーが乗り出すが……。
 解き明かされた真相を踏まえてみると、発端の謎の色々な不自然さが目についてしまうのが大きな難点。最後に語られる登場人物の心情は印象的ではありますが、あまり出来のよくない作品といわざるを得ないでしょう。

「本所へび寺」
 左手で逆立ちして右手で二丁の出刃庖丁を手玉にとる芸を見せていたマメゾーだったが、その途中でいきなり一丁の出刃が消え失せ、見物衆を飛び越えて近くに居合わせた大店の主人の背に突き立った。その場でお縄にされてしまったマメゾーを救うべく、なめくじ連が奔走し……。
 ハウダニットかと思いきや、ある特殊技能による犯行であることが早々に示唆されるなど、謎解きの面白味はほとんどなく、派手な立ち回りの方に重点が置かれた作品。なめくじ連の活躍には見るべきものがありますが、このシリーズとしてはやはり不満が残ります。

「待乳山怪談」
 向島の大家の寮で夜桜を眺めながら百物語をするという、大店の道楽息子たちの趣向。その最後に、幽霊と河童に扮して皆を驚かすという仕事を引き受けたユータとカッパだったが、最後の灯が消されたその時に一座の一人が殺され、ユータとカッパが下手人にされてしまう……。
 儲け話が事件につながるこのシリーズならではのパターンながら、処理がストレートでやや物足りなく感じられます。事件の真相そのものはまずまずといってもいいように思われますが、センセーの推理の筋道が今ひとつはっきりしない*のはいかがなものか。

「子をとろ子とろ」
 「子をとろ子とろ」の唄が聞こえると、女の子がいなくなる――外神田の明神下から湯島にかけて相次ぐ、奇妙な人さらい。消えた子供たちは数日で無事に戻ってくるとはいえ、それぞれ得体の知れない下手人に怖い思いをさせられているようで、薄気味悪いことこの上なく……。
 江戸の子供たちの様々な遊びが丁寧に紹介されているのが興味深く感じられる一方、事件の真相の一部が見え見えなのはいただけませんが、これは致し方ないところでしょうか。残りの部分はそれなりに面白いと思えるのですが……。

「二十六夜待」
 二十六夜待――七月二十六日の月見の宴。四代前の主人が月見の晩に行方知れずになり、先代の主人がやはり月見の宴の最中に姿を消し、翌朝死んでいるのが見つかったという、いわくのある菓子屋の当代の主人が、周囲の心配もむなしく雪隠から消え失せてしまった……。
 先祖から続く因縁話に彩られた人間消失ものですが、そこに思わぬひねりが加えられているのが見どころで、何が起こっているのかよくわからない感覚が何ともいえません。そして、真相の解明とともに浮かび上がる強烈な皮肉が見事です。

「水見舞」
 嵐で川が氾濫して水浸しになった向島まで、親戚の様子を見舞いに来た下駄常は、そこで事件に出くわす。名高い料理屋の庭で、売れっ子の芸者が殺されているのが見つかったというのだ。死体は着物を持ち去られた素っ裸で、自慢の黒髪までざっくりと切り取られていた……。
 物語の大半が下駄常の視点で進む異色の作品で、センセーが現場に出向くことなく“安楽椅子探偵”をつとめているのもこの時期としては珍しいところです。謎解きとしては物足りないところがありますが、解決場面はなかなか印象深いものになっています。

「雪達磨おとし」
 子供たちの作った雪達磨が首を落とされ、切り口には糊紅の血が塗られていた。しかもそれが一つではなく、あちらこちらの大店の前で、同じように雪達磨の首が落とされていたのだ。人の首が落ちる前知らせではないかと大店の娘が怯える中、おどしの手紙が投げ込まれ……。
 真相がある意味で(一応伏せ字)本書に収録された別の作品と似た印象を与える(ここまで)のはどうかと思いますが、終盤から結末に至る部分、センセーの人情あふれる“解決”が爽やかな余韻を残します。

*: もちろん、“ユータとカッパが無実”という前提に立てば、(一応伏せ字)可能性がある程度限定される(ここまで)のは確かですが。

2009.08.25再読了  [都筑道夫]

いなずま砂絵  都筑道夫
 1987年発表 (光文社文庫 つ4-6)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 この第10作品集では、個人的には残念なことにシリーズ初期の本格ミステリ色がすっかり影を潜め*1、人情や情緒といったところに重点が置かれています。
 ミステリとしてのベストではなく、最も印象深い作品という意味では、「めんくらい凧」がベストでしょうか。

「鶴かめ鶴かめ」
 紙問屋の棟上式が終わり、魔よけの鶴と亀の飾り物を先頭に、大工の棟梁を家まで送っていく棟梁おくりの儀式も済んだ。ところがその夜、どこかへ出かけた棟梁が何者かに刺され、最後の力を振り絞って家にたどり着き、飾り物の鶴と亀をもぎ取ったところで息絶えてしまった……。
 発端はダイイング・メッセージものを思わせますが、それがあっさりと否定されてしまうのが作者らしいところではあります。人物に重きを置いて解き明かされていく事件の様相は、印象深いものであるのは確かですが、どうしても後味の悪さが残ってしまうのが難点。

「幽霊床」
 センセーが描いた、鬼に裾をまくられて恥ずかしがる女の幽霊の障子絵が目印の、幽霊床という名の髪結床。そこで、客の一人が剃刀で喉を切り裂かれて殺される事件が起きる。その場に居合わせた客たちの話もはっきりしないまま、髪結の親方に疑いがかかってしまい……。
 不可能犯罪めいた状況の割に、ハウダニットがまったくといっていいほど問題にされないのが、シリーズ初期の作品と一線を画している感があります。事情はわからなくもないのですが、何とももどかしく感じられてしまうのは否めません。

「入道雲」
 突然降り出した激しい夕立の中、長屋から飛び出してきた女が木戸の方へ走っていった。だが、後を追いかけてきた男が木戸口で出くわした職人たちは、木戸から出てきた女などいないと言う。そして消えた女はいつの間にか、自分の長屋の隣の空き家で首をくくっていた……。
 人間消失の謎が扱われていますが、トリックがさほどでもないのはご愛嬌としても、“消失”の効果が今ひとつはっきりしないところが少々残念。一方で、ある意味ハードな決着を予感させる結末は、アウトローを探偵役としたこのシリーズならではといえるかもしれません。

「与助とんび」
 神田明神祭の最中、明神下のお神酒所を追い払われたカッパが、お囃子に使うを盗んだと疑われて袋叩きに遭ってしまう。ところが翌朝、笛が盗まれたと言い出した職人が、お囃子ので頭を叩き割られて死んでいるのが見つかり、これもカッパの仕業にされそうになって……。
 題名の“与助”は鉦、“とんび”は笛の俗称。発端の笛泥棒から意外なところへ話が展開していくのはまずまず楽しめますが、それは謎解きの面白さとは別物。やや脱力気味の結末も、味わい深いといえば味わい深いのですが……。

「半鐘どろぼう」
 神田鍛冶町の番屋で、屋根の火の見梯子から半鐘が盗まれる。かさばって重いだけで、盗んでも何の役にも立たないものを、誰が、一体何のために? ひょんなことからアラクマに疑いがかかってしまい、センセーは下駄常の目論見どおりただ働きに乗り出すことになり……。
 他の作品より若干分量が少なめなのは、話を膨らましきれなかったせいか。結果として、何もかもが見え見えで謎解きの面白味は皆無に等しくなっていますし、人情話としてもどうも今ひとつ。2篇続けてなめくじ連が疑われるというのもいかがなものか。

「根元あわ餅」
 曲芸を披露していたマメゾーが、そして屋台で人気のあわ餅の曲投げが、いずれもつぶてを打たれて邪魔される――つぶての主は小動門之助という浪人で、とりあえずはちょっとした悪戯で収まったものの、今度は綱渡りを演じていた娘軽業師が綱から落ちて死んでしまった……。
 浪人・小動門之助がクローズアップされた異色の1篇。発端の悪戯から事件の発生、そして門之助の心理の裏に隠された事情へと、物語にはつぎはぎ細工のような印象を受ける部分もないではないのですが、門之助が終始中心に据えられることでまとまりを見せています。珍しく謎解きのおまけではないセンセーの剣術も見どころ。

「めんくらい凧」
 八辻ヶ原でガンニンを呼び止めた小動門之助は、センセーへの言伝を頼む。占いをしてみたところ、知り合いで武士らしくない武士、絵心のある人がこの月のうちに死ぬ、という卦が出たとのことで、センセーの命が狙われているのではないかというのだ。言伝を聞いたセンセーは……。
 「根元あわ餅」の続編で、前作以上にシリーズとして異色の作品となっています。ミステリらしい事件を思い切って削ぎ落として小動門之助の生き様に焦点を当てるとともに、センセーの秘められた*2熱い一面をうかがわせる物語は、シリーズ当初のコンセプトからは完全に逸脱しているものの、それはそれで魅力ではあります。

*1: 一応はそれらしい謎も散見されるものの、その扱いは明らかに軽いものになっています(特に「幽霊床」で顕著)。
*2: らしからぬ、ともいえるように思いますが。

2009.09.01再読了  [都筑道夫]

さかしま砂絵  都筑道夫
 1997年発表 (光文社文庫 つ4-27)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 まとまった作品集としては最後となるシリーズ第11弾。全7篇が収録されていますが、そのうち「がらがら煎餅」「蚊帳ひとはり」の2篇は〈新顎十郎捕物帳〉*を書き直したもので、最後の「びいどろ障子」は単行本化のために書き下ろされたものです。
 個人的ベストは、「はて恐しき」

「白魚なべ」
 両国橋の上、言い争う男女の声を耳にした橋番が番小屋から駆けつけてみると、女の姿はなく、大川に向かって手を合わせていた男が慌てて逃げ出したのだ。橋番は舟を出して女を探すが、結局見つからないまま。ところが丸一日過ぎてから、胸を刺された大店の娘の死体が上がり……。
 E.D.ホック「長い墜落」『サム・ホーソーンの事件簿 I』など収録)を思わせる“遅れてきた死体”の謎の処理は、まずまず面白いものになっていると思います。が、解決のために不可欠なのは理解できるものの、“ある部分”があまりにわざとらしすぎるのが難点。

「おいてけ堀」
 道具屋の主人が掘り出し物の茶碗を手に入れた帰り、沼のほとりで切れた下駄の鼻緒をすげていると、どこからともなく「おいてけえ」と不気味な声が聞こえてきて、いつの間にかお供の養子が茶碗ごと姿を消してしまったのだ。これこそ本所七不思議の一つ、“置いてけ堀”なのか……?
 「本所七不思議」『血みどろ砂絵』収録)で扱われた“置いてけ堀”が単独で再登場。「おいてけえ」という声の真相と事件の真相との落差が、少々微妙に感じられてしまうのは否めません。

「はて恐しき」
 寄席で起きた怪事件。師匠の怪談ばなしに合わせて客を驚かすため、暗い客席にこっそり潜んでいた幽霊役の弟子が、何者かに刺し殺されてしまったのだ。だが、近くにいたのは常連客ばかりで、そんなことをするはずがない。下手人はなぜ、そんなところで殺しに及んだのか……?
 “舞台上の殺人”ならぬ“客席での殺人”で、逃げ道のなさそうな場所、特殊すぎる状況でなぜ殺人を犯したのかが眼目。事件の真相もさることながら、このシリーズならではの“二重解決”にひねりが加えられているのが面白いところで、結末も印象的です。

「六根清浄」
 お富士さま名物の六尺もある麦藁の大蛇が人を食い殺した――大店の主人が夜更けに書き物をしているところを、買ってきたばかりの麦藁の大蛇を絡ませた棒に結わえられた匕首で、何度も刺されて殺されたのだ。人に恨まれる覚えはなく、怪しい者の出入りもなかったというのだが……。
 「舟徳」『きまぐれ砂絵』収録)にも出てきた麦藁の蛇が、再び見立てめいた小道具として扱われています。事件の真相はそれなりに面白い部分もあると思うのですが、肝心の奇妙な凶器の真相が弱いのが残念なところです。

「がらがら煎餅」
 瓦せんべいの生地を三角に折りたたみ、その中に小さな玩具を入れた駄菓子、がらがら煎餅。その中から、切られた女の小指が出てきて大騒ぎに。それを売った駄菓子屋へ赴いたセンセーは、売り物の中にもう一つ怪しい音のする煎餅を見つける。その中から今度は、切られた薬指が……。
 冒頭でも説明されているように、“がらがら煎餅”とはフォーチュン・クッキー(→「フォーチュン・クッキー - Wikipedia」を参照)に似たもののようですが、玩具の代わりに切られた女の指が出てくるという事件の猟奇性が目を引きます。が、謎解きとしては面白味に欠けており、人情の方に重きが置かれた一篇となっています。

「蚊帳ひとはり」
 寮を訪ねた紙問屋の主人は迎えの船頭とともに、妾が浪人風の男に刀で刺されるところを目にする。妾は蚊帳の中で血まみれになって事切れていたが、蚊帳越しに妾の命を奪ったはずの刀は、なぜか蚊帳に穴も血の跡も残さなかったのだ。センセーはすぐに下手人に目星をつけるが……。
 安楽椅子探偵そのままに、下駄常の話を聞いただけで謎を解いてしまうセンセーの推理は鮮やかですが、やけにあっさりしすぎ……と思っていると、センセーも予期せぬ第二幕が開くという構成。とはいえ、発端の謎が拍子抜けなのをカバーしきれていない感はありますが……。

「びいどろ障子」
 何もかもお見通しの眼力で“浄玻璃進藤”と呼ばれる筆頭与力・進藤源三郎が、評判を聞きつけてセンセーとマメゾーを今戸の寮に招く。贅沢なびいどろ障子のある座敷で進藤源三郎は、離魂病を苦にした女中が首を吊ってから現れるようになったという幽霊の話を切り出して……。
 「あとがき」によれば“これまでに、書いたことのないような話を工夫して”書いたとのことですが、正直なところそのあたりは微妙。やや珍しいパターンではあるものの、まったくないわけではないので……。とはいえ、何ともいえない結末は印象に残るものではあります。

*: 久生十蘭〈顎十郎捕物帳〉の贋作シリーズで、単行本としては『新顎十郎捕物帳』『新顎十郎捕物帳2』の2冊が刊行されていますが、本書の「あとがき」によれば、さらに「がらがら煎餅」「蚊帳ひとはり」の2篇が雑誌に発表されたところでシリーズが中断されたとのことです。

2009.11.12再読了  [都筑道夫]

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