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かげろう砂絵/都筑道夫

1981年発表 角川文庫 緑425-27(角川書店)
「酒中花」
 首をすり替えて死体の身元を偽るという定番のネタとは正反対の、体をすり替えるために首を切ったという真相がやはりよくできていますし、その理由にも説得力があります*1。そして、切った首を派手に登場させて脅迫(見せしめ)の意図を強調することで、逆説的に(?)首切りの重要性を隠蔽する――首切りが“目的”ではなく“手段”にすぎないと見せかける――トリックがお見事。

「ぎやまん燈籠」
 鏡の反射像によるトリックそのものにはさほど面白味はありません*2が、時代背景がうまく生かされているところは秀逸。まず、鏡となり得るような――ある程度の大きさがあって表面が平滑な――ガラスが一般的でなく、現象そのものがなかなか知られていなかったと考えられるので、作中で不可解な謎とされていることに説得力が生じています。また、ゆがみなくうつる和蘭陀かがみ”(83頁)が稀少品であり、解決場面のお梅や佐兵衛の反応に表れているように、“ぎやまん燈籠”に映っているのが自分自身の顔だと認識されにくいというこの時代ならではの事情が、鏡による現象であることを読者に対して多少なりとも隠蔽する効果を上げているのも見逃せないところです。
 もちろん、“ゆがみなくうつる和蘭陀かがみも見、ぎやまん、びいどろも見なれている”(83頁)はずの惣兵衛が、座敷に出現した“幽霊”の正体に気づかないのは不自然なのですが、それを逆手に取って“隠された事件”を掘り起こすという展開につなげてあるのが非常に巧妙です。
 さらに、土蔵破りというもう一つの事件を組み合わせつつ、そこから大工の喜三郎が見た女の幽霊や鬼火といった、鏡のトリックでは説明のつかない現象を生み出してミスディレクションに仕立ててあるところなど、実に周到といえるでしょう。

「秘剣かいやぐら」
 “誰を斬ったのか”を明言する必要があるという設定の“かいやぐらの太刀”は、“予言された殺人”の一種とみることができますが、“どうやって予言を成就させたか”に(ミステリ的な意味で)まったく重点が置かれていない――ハウダニットの要素がない――のが、このテーマとしてはかなり異色といえます。そして、いわば宣伝の段階にすぎないために、当初は真相が見えにくいというあたりが面白いところです。

「深川あぶら堀」
 いくら辻斬りの芝居を“かぶせた”とはいえ、本当に死人が出ている以上は疑念を拭い去ることができないとは思いますが、朽木家が大旗本の身分であることからすればそれなりに体裁が整えばいいわけで、多少ずさんなトリックでも十分といえます。
 面白いのは、謎を解くべき“なめくじ連”がトリックの片棒を担がされそうになっている点で、事件を外から見た場合と違って“芝居”も“本物”もあったということがはっきりした上で、“なぜ二重の辻斬りを仕掛けたのか?”という謎に仕立ててあるのが秀逸。しかも、“なめくじ連”が朽木家の企みに乗らなかったためにトリックが不発となり、そこから“何が起こるのか?”という興味が前面に出てくるところがよくできています。

「地獄ばやし」
 既読の方はおわかりかと思いますが、全体的に(一応伏せ字)「地口行灯」(『くらやみ砂絵』収録)(ここまで)とかなり似ているのが大いに気になるところで、面をかぶった死体(以下伏せ字)の入れ代わり(ここまで)や押し込み強盗などといった要素もさることながら、祭りのせいで下手人が盗んだ金をすぐに運び出すことができず、後で取りにきたところを捕らえるという結末まで同じなのはいただけません。
 被害者が面をかぶっていた理由などは面白いと思うのですが、他にあまり見るべきところはないといえます。

「ねぼけ先生」
 判じもの、すなわち暗号ミステリの体裁を取りながら、隠し言葉ではなく蜀山人その人を意味しているという“解決”、さらにすべてが玉島の清兵衛が仕掛けたレッドへリングだったという身も蓋もない真相が用意されているあたり、“アンチ暗号ミステリ”といっても過言ではありません。そして、謎解き役であるはずのセンセーが“騙し”に一役買っているのもユニークです。
 ちなみに、センセーが“隠居した盗っとにかかわったことがある”(224頁)というのは、おそらく(一応伏せ字)「野ざらし」(『きまぐれ砂絵』収録)(ここまで)の話でしょう。

「あばれ纏」
 “竜神様”の作り話が、お滝が火事で命拾いしたという状況と合致しているところは(「地獄ばやし」よりも)よくできているものの、自作自演であることは歴然としているため、ミステリとしての面白味はさほどでもありません。
 しかし、ちょうど火事が起きたために新助がお縄にされるのを先送りするという結末は味わい深いものがありますし、お滝が裸にならなければならなかった理由が最後に明かされるのも鮮やかです。

*1: 類似のネタとしては、後の泡坂妻夫(以下伏せ字)「ジグザグ」(『奇術探偵 曾我佳城全集』収録)(ここまで)があり、被害者の体を隠す(“すり替え”ではないものの)理由がさらに切実なものになっています(ただし、首を切った後の偽装工作にはやや難がありますが)。
*2: 加えて、ぎやまん燈籠」という題名そのものが、トリックをかなり見えやすくしている部分もあります。

2009.07.30再読了

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