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おもしろ砂絵/都筑道夫

1984年発表 角川文庫 緑425-36(角川書店)
「雪うさぎ」
 一応は“足跡のない殺人”を前面に出しておきながら、それが清右衛門の嘘の証言によるものだったというのは、やはり拍子抜け。しかも、清右衛門がわざわざそんな嘘をついた理由が今ひとつ見えにくい*1のが難点で、“足跡のない殺人”を演出するという作者の都合に従わされているかのような、釈然としない感覚が残ります。
 “足跡のない殺人”の陰に隠れた幽霊騒ぎの方がメインだという図式は面白いと思いますし、意外な浮気相手もまずまずではありますが、全体としては少々力不足。

「地口悪口あいた口」
 事件の真相は、『血みどろ砂絵』に収録された(以下伏せ字)「春暁八幡鐘」(ここまで)の裏返し(に近い)ともいえますが、そちらに比べて後味がいいのは好印象。ただし、巻き添えを食ったご隠居はいい面の皮ですが……。

「大目小目」
 富太郎の頭が剃られていた理由はさすがに想像を超えていますが、何となく納得させられてしまうのはこの時代ゆえでしょうか。
 死体にちぐはぐな偽装を施し、由良孫十郎の屋敷までたどり着くための手がかりとした挙げ句、由良の家をつぶしてしまおうという、佐久間鉄次郎の凄絶で破滅的な狙いが圧巻です。

「いもり酒」
 独特の味わいは印象的ではありますが、センセーによる謎解きがない上に儲け話もしくじるときては、このシリーズでなければならない必然性が見出せず、物足りなく感じられてしまうのは否めません。

「はてなの茶碗」
 盗まれた茶碗が住吉屋卯兵衛の枕元に現れることが明かされた時点で、茶碗を盗む動機が警告か注意喚起であることは明白になってしまいますが、これはタイミングの問題ではなく現象の問題*2なので致し方ないところでしょう。
 そこで卯兵衛が殺害されることで、茶碗が“警告”だったとミスリードされてしまうのが巧妙ですし、最後には茶碗泥棒と無関係な意外な犯人が示されているのが見事。とはいえ、その根拠がセンセーの推測する動機しかないのはいただけませんが……。

「けだもの横丁」
 “狐憑き”のお告げという形で、“共犯者”である上州屋惣兵衛への連絡が行われているのがユニーク。実のところ、事件の構図は“交換殺人”を変形させたような“代理殺人”といえますが、それによって多吉の動機と惣兵衛の動機を解き明かす二重のホワイダニットとなっているのが面白いところです。そしてまた、やや早い段階で一旦センセーの推理を披露しながら、それが誤りだとミスリードする演出が秀逸です。

「楽屋新道」
 河原崎権十郎の命が狙いで巳之助はそのおまけ――と見せかけて、実は巳之助が本命だという“主従の逆転”がポイントではありますが、権十郎は(間接的な)脅迫にとどまり巳之助は殺されるという被害の程度の差によって、権十郎の命が“主”だとするミスディレクションが力不足となっており*3、真相が明かされてもさほど鮮やかな逆転とはいえないのが残念なところです。

*1: “足跡のない殺人”とすることで容疑を免れることができそうではありますが、トリックとしてあまりに脆弱なのは否めず、さほど効果的には思えません。穿った見方をすれば、死体の発見者であるお弓――清右衛門にとっては“恋敵”――に罪をかぶせるという意図も想定できなくはありませんが、センセーの説明だけでは説得力が不足している感があります。
*2: 仮に茶碗の行方をもっと後まで引っ張ったとしても、やはり同じように“枕元に茶碗が現れる”ことを明かさざるを得ないので、そこで直ちに茶碗を盗む動機が見えてしまうのは変わりません。
*3: 例えば『くらやみ砂絵』収録の(以下伏せ字)「春狂言役者づくし」(ここまで)と比べてみると、似たような構図でありながらミスディレクションの強さの違いが歴然としています。
 もっとも、実在の人物である河原崎権十郎を死なせるわけにもいかないので、いかんともしがたいところではありますが。

2009.08.14再読了

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