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ときめき砂絵/都筑道夫

1986年発表 光文社文庫 つ4-5(光文社)
「羽ごろもの松」
 松の枝に鶴の羽が残され、また“天女(天人)の羽衣”が鶴の羽で作られることから、“庭に天女が舞いおりる”(8頁)という弥兵衛の言葉が、鶴を天女(天人)になぞらえたものだと推理するところまではわかりますが、鶴の肉を“羽衣”と言い換えるのはいかがなものか。そしてそれ以上に問題なのが、ご禁制の鶴の肉をこっそり食べようという弥兵衛としては、わざわざ使用人に“天女”だの“羽衣”だのと言いふらす必要がまったくない点で、発端の謎を作り出すために不自然な行動をとらされているのがいただけません。

「本所へび寺」
 特になし。

「待乳山怪談」
 某有名な海外古典*1を下敷きにしたような関係者全員が共犯というですが、芝居と本物の二つの“殺人”が同時に行われるという仕掛けがそこに組み合わされているのが面白いところです。ただし、庭で“倒れた男は、俯伏せになって、もがいている。抜けおちた匕首が、どす黒く刃を染めて、ころがっていた。”(111頁)というのは、センセーが解き明かした真相と矛盾するのではないでしょうか。
 そしてまた、センセーの推理が裏付けを欠いているように感じられるのも残念なところ。読み返してみると、“庭へ飛びだしてきた野郎だそうだが、いまになっても、つらも思い出せねえ。(中略)ろくすっぽ見てもいねえんだもの”(129頁)というユータの言葉が真相解明のきっかけとなっているようですが、これだけで“被害者”のすり替わりから“全員が共犯”まで持っていくには、いささか力不足の感があります。

「子をとろ子とろ」
 “心太の曲突”という伏線があまりに露骨で、下手人が見え見えになっていますが、短編というボリュームのせいもあって仕方のないところかもしれません。
 何度も子供をさらっては無事に帰すという一見意味不明な人さらいの真の狙いは、なかなか意外で面白いと思います。

「二十六夜待」
 雪隠からの消失の真相は他愛もないものですが、窓の外から雪隠越しに返事をするトリックはC.ディクスン(以下伏せ字)『赤後家の殺人』(ここまで)を髣髴とさせるもので、人間消失にうまく応用されているといえます*2
 しかしこの作品の最大の見どころはやはり、壺屋の主人に注意を引きつけておいて別のところから意外な被害者を取り出してみせる手際。さらに当の壺屋の主人の死が“おまけ”として加わることで、事件の構図がとらえにくくなっているのが秀逸です。

「水見舞」
 “双子の妹”が登場した時点で、人物入れ替わり、ひいては死体の髪が切り取られていた理由まで見えてしまうのが残念ではありますが、三味線の撥だこを隠すために右手を傷つけまでするという、小芳の切実な心境が印象的。

「雪達磨おとし」
 事件/下手人の“二重構造”が、結果として「子をとろ子とろ」と似たパターンになってしまっているのが残念。そして“雪達磨おとし”の真の狙いも今ひとつ面白味を欠いています。

*1: いうまでもありませんが、(作家名)A.クリスティ(ここまで)の“アレ”です。
*2: シリーズ中の別の作品((以下伏せ字)『きまぐれ砂絵』収録の「舟徳」(ここまで))でも、このディクスン作品(の別のトリック)が下敷きにされているのが興味深いところです。

2009.08.25再読了

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