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闇ツキチルドレン/天祢 涼

2010年発表 講談社ノベルス(講談社)

 以下の感想では、シリーズ前作『キョウカンカク』の真相に触れている箇所がありますので、ご注意ください。

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 最上倉太郎の態度や津希子が見る夢の内容などから、“チャイルド”の正体が津希子であることはかなり見え見えになっていますが、その犯行の理由がさっぱりわからないのが悩ましいところ。手がかりとなりそうな、津希子が三吉にナイフで切りつける夢(31頁〜32頁)にしても、切られた三吉が“幸福そうに”礼を言い、津希子も“私こそありがとう。嬉しいわ。”(いずれも32頁)と返す異様な内容で、容易には見当がつきません。

 もう一つ、前作『キョウカンカク』の途方もない真相から、どうしても事件と共感覚との関係を予測(期待?)してしまうわけですが、当の津希子には共感覚が備わっている風でもないどころか、“私も共感覚者だったら良かったのに”(139頁)という羨望をのぞかせる始末で、表に現れた部分と伏せられた部分との組み合わせによって、読者がとらえる事件の様相が何ともちぐはぐなものになってしまうのがなかなか巧妙といえるのではないでしょうか。

 暗示で共感覚を封印できるというのは、少々釈然としないものもないではないですが、かの有名な“目に入ったものが見えなかった”作品*1のことを考えれば問題はないでしょう。それよりも、題名の『闇ツキチルドレン』で示唆され、前述の津希子の夢の中でも“凶悪に円形な月”(31頁)などと強調されているにもかかわらず、事件の原因としては作中でばっさり切り捨ててある月/満月を、暗示が解除される引き金として事件に組み込んであるのがうまいところです。

 そして明らかになる津希子の動機は、突き抜け具合ではさすがに前作には及ばないものの、なかなかにユニーク。“痛みが、何か美しいものに見える。”という共感覚を前提としているだけでも事前には想定しがたいものがありますが、“それを他人にも見せてあげたい。”“愛情から相手を斬った”(いずれも202頁)あたりの、(客観的にみれば)倒錯した感覚が何ともいえません。

 いうまでもないかもしれませんが、津希子にも他人の痛みまでが見えるわけではないため、前述の夢(31頁〜32頁)の中でも視覚的に描写されるのは血の赤い色のみ。夢の中の三吉の“ああ、きれいだ”(32頁)という台詞が、その血の色を指したものであるように読めるところがよくできていて、真相を巧みに隠蔽するミスディレクションとなっています。

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 事件が決着したかと思わせておいて、不意討ちのように襲いくるどんでん返しもなかなか強烈。振り返ってみれば、“チャイルド”が複数犯であることは、『闇ツキチルドレンという題名に堂々と示されているのですが、前作『キョウカンカク』の結末、すなわちワトスン役の高校生が美夜との共同捜査を通じて苦しみを乗り越え、前進する――さらにいえば、それとの対比により美夜自身の悲哀が際立つ――という構図が、シリーズの定型として繰り返されるのではないかという思い込みが、“ワトスン役=犯人”という真相から読者の目をそらすのに一役買っている感があります。

 美夜が真相を見抜く決め手となったレインコートの音が読者に対して完全に伏せられ、アンフェア気味になっているのは否めませんが、“美夜が見た音を読者に直接示さない”というのは、前作『キョウカンカク』同様に美夜の(ひいては作者の)手の内を読者に容易に見せないための“お約束”ととらえるべきでしょう。その上で、美夜が見た音や気づいたことを間接的に読者に示す(前作ではみられた)“メタ的”な手がかりについてはどうでしょうか。

 問題の箇所――“美夜が顔を上げる。黒真珠の瞳が、睨むようにこちらに向けられている。”(64頁)という描写から、“あれは、睨んでいたわけではなかった。リュックの中にレインコートの音を見たが故の奇異。音が見える美夜だからこその気づき。”(233頁)ということまで見抜くのは困難かもしれませんが、美夜とは初対面に近い愛澄ならばいざ知らず、前作で美夜の人となりをそれなりに把握している読者であれば、美夜が“何か”に不審を抱いたことに気づくのも決して不可能ではないかもしれません*2。そして作者としては、これ以上の手がかりを示して真犯人である愛澄に美夜の“気づき”を気取られるわけにはいかないのですから、これは“ワトスン役=犯人”という趣向ゆえの限界といえるのではないでしょうか。

 事件が本当に決着した後の「終章」で、大きな文字で丸ごと1頁を使って愛澄の最後の言葉を明かす趣向は、その台詞そのものの毒々しさと、愛澄を死に追いやらざるを得なかった*3美夜の心境も相まって、凄まじく苦い後味を残しています。前作『キョウカンカク』の“派手な一発”とはまた一味違った、インパクトのある結末といえるでしょう。

*1: いうまでもないと思いますが、(作家名)京極夏彦(ここまで)の長編(作家名)『姑獲鳥の夏』(ここまで)。もちろんこの作品もアリだと思います。
*2: 当然ながら、私自身はまったく気づきませんでしたが(苦笑)。
*3: 美夜が“狂感覚”を使ったかどうか定かではありませんが、少なくとも美夜が愛澄に告げた言葉が“崩壊”を引き起こしたのは間違いないのですから、どちらにしても美夜が愛澄を死に追いやったことになるでしょう。

2011.06.20読了

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