キョウカンカク
[紹介]
地方都市・星守市で、女性を殺して死体を焼却するという猟奇犯罪が相次いで発生。マスコミが“フレイム”(炎)と名付けた連続殺人鬼に、幼なじみの神崎花恋の命を奪われた高校生・甘祢山紫郎は、花恋の後を追って自殺しようとするが、そこに現れた銀髪の美少女探偵・音宮美夜に制止される。山紫郎の声が“自殺の色”をしていたという美夜は、音を聴くと色や形が見える“共感覚”の持ち主だった。山紫郎は、“フレイム”を探し出すよう依頼を受けたという美夜に協力し、事件の捜査に乗り出す。やがて美夜はその“共感覚”で、ある人物を“フレイム”と断定するのだが、しかし……。
[感想]
第43回メフィスト賞を受賞した天祢涼のデビュー作にして、“音が見える”という“共感覚”の持ち主・音宮美夜を主役にしたシリーズの第一弾(*1)。特殊能力を持つ銀髪の美少女探偵が、女性を殺して焼却する猟奇殺人犯“フレイム”を追うシリアルキラーものの体裁を取った物語は、最後に示される真相の強烈なインパクトも含めて、一見するとかなり派手な印象ではありますが、その陰で丁寧に作りこまれた周到な企みが光る佳作といえるのではないでしょうか。
同じようにミステリ(風の物語)で共感覚を扱った井上夢人『オルファクトグラム』――ただしこちらは“匂いが見える”能力――でもそうでしたが、本書の“音が見える”能力も常人では感知し得ない情報を入手できる(*2)、つまりは手がかりの収集において最も威力を発揮するものであり、その意味で正体不明のシリアルキラーの追跡というのは、“音が見える”共感覚を効果的に活用できるシチュエーションだといえます。にもかかわらず、犯人につながる手がかり/証拠をひたすら探すという穏当な(?)展開から逸脱するのが本書のユニークなところ。
物語の中盤あたりで早々に、美夜がある人物を“フレイム”と断定してしまうのもさることながら、そこにある種の“不可能状況”が障害となって立ちはだかり、さらに猟奇的な犯行の理由に説明がつかないこともあって、フーダニット/ハウダニット/ホワイダニットが複雑に入り組んだ本格ミステリ的な謎が浮上してくるのが魅力です。またここに至って、美夜と助手の高校生・甘祢山紫郎、美夜の依頼人・矢萩からなる“捜査チーム”が一枚岩でないことが露骨に表面化し、一気に“推理合戦”の様相を呈するのも面白いと思います。
そもそも本書は、時おりカットバック的に挿入される美夜自身の過去など一部を除き、基本的には助手をつとめる山紫郎の視点で描かれており、(共感覚の持ち主の視点で記述された『オルファクトグラム』と違って(*3))捜査の過程で美夜が“見た”ものが読者に直接示されない形になっています。そのため、今ひとつ信の置けない……というのはいいすぎかもしれませんが、読者としては少々もどかしい思いを抱かされつつも、どこへどのように落ちるのか予断を許さない展開から目を離すことができません。
そしてクライマックスで明かされるのは、何とも凄まじい真相――とりわけその想像を絶する動機には、思わず唖然とさせられてしまいます(*4)。しかしその一方で、真相を巧みに隠蔽しながらも数々の伏線を全編に張りめぐらせ、とんでもない真相をしっかりと支えている作者の手腕を見逃すべきではないでしょう。事件の後には苦いものを残しつつ、鮮やかなコントラストをなす結末でそれをさらに強く印象づけるあたりもまたうまいところで、全体としてなかなかよくできた作品だと思います。
2011.06.06読了 [天祢 涼]
キマイラの新しい城
[紹介]
フランスにあった古城・シメール城を日本に運んで復元し、“剣と魔法のファンタジーランド”というコンセプトのテーマパークを設立した江里陸夫社長は、750年前に十字軍の遠征から帰還してシメール城を建てた城主、〈稲妻卿〉ことエドガー・ランペールの亡霊に取り憑かれてしまった。その〈稲妻卿〉は、密室状態となっていたシメール城の塔の中で、何者かに背後から剣でその身を貫かれ、命を落としたというのだ。自分の死の謎の解明を熱望する〈稲妻卿〉に対して、社長の奇矯な言動に困り果てた大海常務は、750年前の事件の解決を名探偵・石動戯作に依頼する。かくして、助手のアントニオとともにシメール城を訪れた石動だったが、そこで新たに殺人事件が発生して……。
[注意]
本書には、シリーズ前作『鏡の中は日曜日』の結末を前提とした内容が含まれていますので、必ず前作から順番通りにお読みください。また、巻末の福本直美氏による解説は、本編読了後にお読みになることをおすすめします。
[感想]
『美濃牛』・『黒い仏』・『鏡の中は日曜日』(及び『樒/榁』)に続く、名探偵・石動戯作を主役としたシリーズの現時点での最新作で、今回の“お題”は何と〈エルリック・サーガ〉をはじめとするマイクル・ムアコックのヒロイック・ファンタジー(*1)。中世の騎士の亡霊を主役に、奇妙な古城で750年の時を隔てて起きた二つの密室殺人と、意表を突いた痛快な“冒険”(苦笑)の顛末を描いた、楽しい作品に仕上がっています。
そして、ヒロイック・ファンタジーと密室殺人との間を取り持つ“サブテーマ”となっているのが、(ヒロイック・ファンタジーとはいかないまでも)、歴史冒険活劇に憧れていた“密室の巨匠”ジョン・ディクスン・カー。過去の人物の意識が現代人の肉体に入り込むという設定からして、巻末の「参考・引用文献」にも挙げられている(*2)カーの『ビロードの悪魔』を裏返したものですし、作者らしいひねくれた“密室講義”や思わぬ相手との“カー談義”など、カーのファンならば思わずニヤリとさせられるネタが盛り込まれています(無論、カーのファンでなければ楽しめないということはありませんが)。
現代のテーマパークと化した古城で始まる物語は、中世の騎士〈稲妻卿〉の視点と現代人の視点とが交互に繰り返される構成で、両者の間の埋めようのないギャップが生み出す、(現代日本文化への皮肉らしきものも若干混じった)何とも愉快なコメディが本書の見どころ。強引な“再現ドラマ”も笑えますが、現代でも密室殺人に巻き込まれる羽目になった〈稲妻卿〉が事情もわからぬまま逃亡し、その果てに“ロポンギルズ”で“悪役との大立ち回り”を繰り広げるくだりは、まさに圧巻といえるでしょう。
さらに、アントニイ・バークリーの創造したロジャー・シェリンガム(*3)を彷彿とさせる“希代のトリックスター”、名探偵・石動戯作がその中に放り込まれることで、ミステリとしてのプロットとコメディとがしっかりと結びつけられ、一流のユーモアミステリとなっているのが見事。とりわけ、謎解きの場面そのものが笑いを禁じ得ないものになっているのがものすごいところですし、二つの密室の謎解きも――少なくとも一方のミスディレクションはなかなか秀逸だと思うのですが――(いい意味で)脱力もので、人を喰った真相に唖然とさせられつつ苦笑せざるを得ません。
破壊力の点では『黒い仏』に譲るものの、シリーズを通じたテーマと思しき“名探偵のあり方”――名探偵に対する批評的アプローチという点では前作『鏡の中は日曜日』をも超えて、これ以上ないほど強烈な印象を残すものになっているのは確かです(*4)。そして、現代を舞台に“剣と魔法”ならぬ(*5)“剣と推理”の物語を構築してみせた豪腕にも脱帽です。シリーズ前作までを読んだ方にしかおすすめしにくいのが苦しいところですが、間違いなく一読の価値のある作品といえるでしょう。
*2: 作中にも、
“『ビロードの悪魔』は傑作だよ”(212頁)という台詞があります。
*3: いくつかの作品に登場していますが、〈石動戯作シリーズ〉と同じく発表順にお読みになることをおすすめします。
*4: その意味では、さらなる続編がいまだ発表されないのもやむを得ないところかもしれませんが……。
*5: 作中で〈稲妻卿〉は石動のことを“魔術師”とみなしているので、“剣と魔法”といっても問題はないかもしれませんが(苦笑)。
2011.06.19読了 [殊能将之]
闇ツキチルドレン
[紹介]
小さな地方都市・嵯峨沼市で発生した不気味な事件。犬や猫を次々と刃物で殺傷し、やがてその刃で人間をも傷つけるようになった正体不明の犯人は、犯行時に甲高い声で子供のように笑っていたことから“チャイルド”と命名された。その容疑者として捜査線上に浮かび上がってきたのは、何と県警本部長もつとめた元警察官僚・最上倉太郎。共感覚を持つ美少女探偵・音宮美夜は、ひょんなことで知り合った地元の高校生・城之内愛澄とともに捜査を開始するが、いきなり美夜の前に姿を現した最上は大胆にも「私は音宮くんを殺したい」と宣戦布告する。そんな中、ついに“チャイルド”による殺人事件が……。
[感想]
デビュー作『キョウカンカク』に続いて、“音が見える”共感覚を持つ美少女探偵・音宮美夜を主役としたシリーズ第二弾。前作は何といっても最後に明かされる空前絶後の動機が強烈でしたが、それに比べると(さすがに)本書はややおとなしめというか、シリーズとしての設定やスタイルを踏襲しつつその中でいかに変化をつけるか、というところに力が注がれている感があります(*1)。
まず目につくのは事件の“弱さ”で、“チャイルド”の犯行は陰湿で薄気味の悪い印象を与えるとはいえ、前作のシリアルキラー“フレイム”よりもスケールダウンしているのは否めません。しかしながら、本書では前作での設定(→(一応伏せ字)依頼人である矢萩の特殊な立場(ここまで))から半ば必然的に生じる警察内部の権力争いを事件に絡めてあり、そこに巻き込まれた美夜の身にかかる重圧もひとしお――とりわけ、“目に見えない敵”ではなく堂々と登場する敵役との直接対決が大きな見どころとなっています(*2)。
キャラの立った(ある種)魅力的なパーソナリティの陰で、隠退してもなお警察組織への絶大な影響力を保持する敵役・最上倉太郎に対するのは、美夜と依頼人・矢萩、そして高校生助手の城之内愛澄。前作の高校生助手・甘祢山紫郎とは逆に、美夜との出会いをきっかけとして事件の捜査に飛び込んでいく愛澄ですが、知人が事件に関わっているというだけでなく、事件を通じて――とりわけ“ある人間関係”との対比によって、愛澄自身の抱える苦悩が切実に浮かび上がってくるのが、もう一つの見どころといえるでしょう。
事件の方はといえば、ある程度の部分は見え見え……かと思いきや、全体を眺めてみるとどうしてもちぐはぐなところばかりが目についてしまうという有様で、物語が進んでも真相に近づいているような感覚はなかなか得られず、どうにももどかしい思いを抱かされるのが何ともいえません。その一方で、強大な敵役に抗して捜査を続ける美夜にかかる圧力は高まっていき、ついには思わぬ四面楚歌の状況で捜査にタイムリミットを設けられるという窮地に追い込まれることになります。
その中で最後の手がかりをつかんだ美夜が解き明かす真相は、前作のような“派手な一発”でこそないものの実にトリッキーで、前作とはやや違った形ながら同じく周到な企みにうならされます。さらに、予期せぬ趣向が用意された結末もまた印象的。全体として、凄まじいインパクトのあった第一作を受けて色々な工夫が凝らされており、シリーズ第二作としては申し分のない出来といえるのではないでしょうか。シリーズ次作ではどのような趣向を見せてくれるのか、大いに楽しみです。
2011.06.20読了 [天祢 涼]
暗い鏡の中に Through a Glass, Darkly
[紹介]
名門校・ブレアトン女子学院の女性教師フォスティーナ・クレイルは、勤務わずか五週間にして突然、理由も告げられずに解雇される。どれほど理由を尋ねてみても、校長のミセス・ライトフットは断固として口を閉ざしたままだった。仕方なくフォスティーナは学院を去っていったが、理不尽な仕打ちに憤慨した彼女の同僚ギゼラは、恋人の精神科医ベイジル・ウィリング博士に相談を持ちかける。かくして調査に乗り出したウィリング博士は、ミセス・ライトフットがためらいながら口にした想像を絶する“原因”に困惑を覚えるが、事態は収まらず、やがて学院では不可解な状況で死者が出てしまった……。
[感想]
『幽霊の2/3』や『殺す者と殺される者』と同様に、入手困難な時期が長く続いたこともあって“幻の傑作”とされてきた作品。その間に、もとになった短編(*1)「鏡もて見るごとく」を収録した短編集『歌うダイアモンド』が刊行され、作品の大筋には触れることができるようになっていましたが、長編化の際に新たな趣向が付け加えられたことで、短編版を先に読んでいても十分に楽しめるものになっています(*2)。
物語は、主人公フォスティーナが解雇を告げられる場面で幕を開けますが、まったくとりつく島もない様子の校長にとどまらず、生徒や同僚、さらにはメイドまでもがフォスティーナに対して不自然な態度をとり、自身では理由もよくわからないまま学院全体から疎外されてしまう、フォスティーナの孤立した姿が強調されています。その一方で、フォスティーナの身辺で相次いで起こる奇妙な出来事を間接的に――それに遭遇した人々の反応に焦点を当てて――描くことで、謎めいた解雇の“原因”を匂わせてサスペンスを高めていく手法が巧妙です。
やがてシリーズ探偵のウィリング博士が学院に乗り込み(*3)、フォスティーナを取り巻く変事が読者に示されることになるわけですが、序盤で描かれた人々の反応が伏線となって“腑に落ちる感覚”を生じているのがうまいところ。そして超現実的な色合いを帯びたその現象は、数々の証言によって強固に裏づけられていき、(シンプルといえばシンプルながら)不可解かつ魅力的な謎として読者の興味を引きつけ、さらに学院で事件が起こって不安は最高潮に達します。このあたりはマクロイ一流の手腕というべきではないでしょうか。
怪奇小説さながらともいえる謎は、終盤に至りウィリング博士によって解き明かされますが、その真相だけを取り出してみると――発表年代を考慮に入れても――やや拍子抜けの感があるのは否めません。もっとも、すべての謎にすっきりとした説明がつけられる解決が実に鮮やかな印象を与えるのは確かですし、ある手がかりの扱いなどはなかなか面白いと思います。が、いずれにしても本書の真価が謎解きのさらに先、長編化にあたって盛り込まれた“趣向”にあるのは間違いないでしょう。
しかしてその“趣向”は、(一応伏せ字)超有名な先行作品と方向性を同じくする(ここまで)ということを抜きにしても、さほど驚きを生じるような性格のものではないのが残念といえば残念ですが、その結果としての緊張感に満ちた結末、さらに幕切れの後に残る何ともいえない余韻は、まさに特筆もの。前述のやや拍子抜けの真相も含めて“竜頭蛇尾”と受け取られかねないところもあり、好みの分かれる作品であるかもしれませんが、全編を包む美しく幻想的な雰囲気が大きな魅力となっている佳作です。
2011.06.27読了 [ヘレン・マクロイ]
天獄と地国
[紹介]
足下に広がる星空〈天獄〉へ落ちていく危険におびえながら、頭上の地面に築かれた村でわずかな資源を分け合いながら暮らす人々。村にも住めなくなった者たちは、〈飛び地〉を本拠とする“空賊”{パイレーツ}の仲間に入って村から略奪するか、あるいは放浪しながら“空賊”のおこぼれを狙う“落穂拾い”になるしかない。その“落穂拾い”を続ける四人組の中の一人・カリテイは、ゆえあって“落穂拾い”のかたわら古代史を研究し続け、伝説の〈地国〉を探し求めていた。リーダーのカムロギをはじめ仲間たちは、揃って〈地国〉の存在を一笑に付していたのだが、やがて……。
[感想]
短編集『海を見る人』に収録されていた短編「天獄と地国」を長編化したもので、主人公・カムロギが自分たちの住んでいる世界の“真の姿”に気づき、伝説の〈地国〉の存在を確信するまでを描いた、いかにもハードSFといった趣の短編版をプロローグとして、その後にカムロギらがいよいよ〈地国〉を目指す冒険譚――様々な方向の“小林泰三らしさ”が発揮された――が書き足されています。
まず注目すべきはやはり、“頭上に地面、足下に星空”という凄まじい舞台。読んでいる途中でもうっかりすると上下を逆にとらえそうになってしまいますが、“どこまで行っても壁や床が存在しない天井だけの世界”――手を離せばどこまでも落ちていく――と考えればイメージしやすいかもしれません(*1)。その“天井”に貼りつくようにして暮らしていたカムロギが、ついに世界の“真の姿”を認識する際の、文字通り世界が反転する感覚は、ハードSFならではのスケールの大きなカタルシスといえるでしょう。
そこまでの短編版から一転して、物語が巨大ロボット/怪獣バトルへと舵を切っていくのが本書のすごいところですが、この世界では徒手空拳に近いカムロギらが〈地国〉を目指す上で、何らかの強力な武器が不可欠となるのは当然でしょうし、それを手に入れたことで世界のパワーバランスが崩れるというのも妥当でしょう。そして、派手にドカンドカンやるだけではなく、未知の敵についての推測と論理的な戦術/戦略の構築に重点が置かれた戦闘場面は、お得意のグロ描写や無慈悲なまでに冷静な現状分析(*2)も含めて、実に作者らしい味わいに満ちた魅力的なものになっています。
また、〈地国〉を目指す旅と戦闘を通じて、世界に生きる人々のありよう――“本来の場所”ではない、あまりにも劣悪かつ過酷な環境の中でいかにして生き延びるかを模索した結果としての、様々な社会システムが描き出されているのも興味深いところ。とりわけ、物語終盤にカムロギらが訪れた“ある場所”が驚くほどの繁栄をみせていることが、環境によって約束された滅びの運命から逃れることのできない人々の暗澹たる未来を、逆説的に浮かび上がらせているのが何ともいえません。
その滅びの運命に抗って〈地国〉を目指すカムロギらの冒険の果ては、感動的な幕切れになるかと思いきや、そこは“邪悪”で知られる一筋縄ではいかない作者のこと、ある意味で微妙な結末が用意されているのがさすがです。個人的にはこれも一つのオチとして十分に“あり”だと思いますし、短編版では直接明示されなかった想像を絶するスケールの世界が描かれているのも満足。とはいえ、「あとがき」によればさらなる物語が予定されている(*3)ようなので、そちらも楽しみです。
2011.07.06読了 [小林泰三]