服用禁止/A.バークリー
Not to Be Taken/A.Berkeley
フランシスが懸念するグレンの調合ミスに始まり、シリルがあからさまにほのめかすアンジェラ犯人説、ナチス絡みのミッツィー犯人説、保険金目当ての自殺説など、事件をめぐる様々な仮説が示される中、検死審問では何と死者からの手紙が届き、ジョン自身の過失による事故死という“真相”が示されるのが愉快。
検死審問が“事故死”で決着した後、秘密の戸棚からフランシスの手紙が発見されているあたり、フランシスにまで疑いを向けようという目論見かと思われます(*1)が、それも含めて容疑者/仮説も一通り出尽くしたかというところで、最終章ではさらなる“多重解決”風の趣向が展開されているのが秀逸で、さすがはバークリーといった感があります。
しかして最終章で最初に示される“解決”は、ジョンの愛人リリーの恋人バートを犯人とするものですが、“彼が具合を悪くする前、まる一週間会えなかった”
(247頁)というリリーの台詞などから、当日に届いた小包がリリーの送ったキャラメルだったと推測することは不可能ではないとしても、ジョンが口にした(可能性のある)ものが一つ増えたにすぎませんし、それを否定する根拠――“それをジョンが(中略)使用人のひとりにやった”
(271頁)という情報が、(ダグラスは“すでにわかっている”
と言っているものの)読者には示されていない(*2)のが不可解。
と、ここで考慮すべきだと思われるのが、“読者への挑戦状”の“四 この作品には、決定的な手がかりがあると思うか? あるとすれば何か?”
(265頁)という、一風変わった一文で、これは“問い”の形をとりながらもその実は“決定的な手がかりを探せ”という指示に他ならず、ひいては“この作品には決定的な手がかりがある”ことを示唆するものととらえることができます。つまりは、(バート犯人説も含めて)決定的な手がかりのない仮説は真相ではない、と同時に消去法で真相に到達すべきものでもない――したがって、他の仮説を否定する根拠は“後出し”でもかまわない、ということではないでしょうか。
ついでにいえば、本書は“わたし”ことダグラス・シーウェルの手記という体裁をとり、その中でダグラス自身が“この記録を探偵小説と考えるなら、わたしの書き方はまったく間違っている”
(117頁)と宣言しているのですが、ダグラスではなく作者=バークリーによる――“これらの問いは、本作が連載されたときの読者に向けたものである。”
(265頁)との記述から――“読者への挑戦状”が挿入されることで、改めて本書が(単純な手記ではなく)“探偵小説である”と明示されている、ともいえるでしょう。
さて、その“決定的な手がかり”、すなわちローナが用いた“酸化マグネシウム、水酸化鉄といった薬剤”
(18頁)が砒素中毒の解毒剤であることは、作中で明示されてはいないのですが、そこまで明かしてしまうとさすがに見え見えになってしまうので、致し方ないところでしょう(*3)。ダグラスが“啓示”を得る前に、(再度)医学書を読んで砒素中毒の治療法に目を通している(260頁)ことが一応のヒントといえるようにも思いますし、ミステリにおいて砒素による毒殺がポピュラーだった時代には、読者にとってある程度一般的な知識だったという可能性もあるかもしれません(*4)。
ローナにはジョンを殺す動機がないため、真相が見えにくくなっているのもうまいところで、“狙われたのはアンジェラだった”と事件の構図を反転させることでしっくりくるのが鮮やか。そして、“ジョンとの共謀”という“解決”を示すことでローナを自白に追い込む、ダグラスの手際も見事です。普段の人物像から“わたしはきみの不愉快な薬は飲まない。”
(46頁)というジョンの言葉を過信したがゆえの失敗は皮肉ですし、真相が明らかになってみると“ローナはジョンが死んだのを自分のせいだと思っているみたい”
(54頁)というフランシスの洞察が印象的です。
しかして、一旦は自ら罪を認めた犯人ローナが最終的に開き直ってしまう結末は、やはり強烈。最後に“だが、何をすればよいのだろう?”
(292頁)と途方に暮れる探偵役・ダグラスの姿は、同じバークリーの某作品の結末――“「いったい、これはどうしたものかな」”
――を彷彿とさせるもので、バークリーらしい結末に思わずニヤリとさせられます。
ところで、“重炭酸塩”は一般的に“bicarbonate”なので、謎解き場面の“それに加えて“重炭酸”は重いということを意味し”
(281頁)という箇所は原文ではどうなっているのか、少々気になります(*5)。
*2: かなり気をつけて探してみましたが、もし見落としていたらお恥ずかしい限りです。
*3: 専門家が同席する検死審問の場においても、ローナの治療内容について、もっともな理由をつけてうまく隠してある(158頁)のが周到です。
*4: この手がかりが持ち出されたところで、エラリイ・クイーンの某作品((一応伏せ字)『災厄の町』(ここまで))で、この種の解毒剤が使われていたことを思い出しました。
*5: 重炭酸マグネシウム(Mg(HCO3)2)が炭酸マグネシウム(MgCO3)より“重い”のは確かですが。
2014.04.17読了