ネタバレ感想 : 未読の方はお戻り下さい
黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.55 > 桃源郷の惨劇

桃源郷の惨劇/鳥飼否宇

2003年発表 祥伝社文庫 と11-1(祥伝社)

 カメラマンの死を“イエティ”の仕業に見せかける作者の企みは、まずまずの出来といっていいのではないでしょうか。ブロッケン現象による巨大な影も、また“巨大な足跡”も、ともに無理に登場させられているわけではなく、十分な説得力を持っていると思います。どちらの現象にも関わっている、気象条件という伏線が、“ミカヅキキジ”の出現からの流れでうまく処理されているところなどは秀逸です。
 ただ、そもそもの発端になった通訳のジヤエフによる(意図的な)誤訳は、かなり強引なものに感じられます。また、そのジヤエフがいかにも怪しげ、というより何かやらかしそうな人物として描かれているため、誤訳に基づくトリックも見当がつけやすいのではないでしょうか。

 最後の作中作は、トリックという制限があるにもかかわらず、イスラムの五行という題材のおかげもあって、それなりに面白いものに仕上がっていると思います。また、仕掛けられたトリック自体もなかなかよくできていると思います(さすがに、泡坂妻夫の例の作品にはかないませんが……)。ただ、そこに示された内容には不満があります。登場人物(針金)の意図的な行動であればともかく、いくら“死へ至る運命の悪戯”とはいえ、どこにも“悪意”があるわけではないので、さほどの衝撃はありません。結果的には、何となく物足りないラストになってしまっているのが残念です。

2003.02.18読了

黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.55 > 桃源郷の惨劇