ミステリ&SF感想vol.55

2003.02.24
『探偵術教えます』 『魔境殺神事件』 『真実の問題』 『桃源郷の惨劇』 『マインド・イーター』


探偵術教えます P.MORAN, Operative  パーシヴァル・ワイルド
 1947年発表 (巴 妙子訳 晶文社ミステリ)

[紹介と感想]
 小さな町・サリーに住むピーター・モーラン。彼は、主人のマクレイ氏の屋敷で運転手をつとめるかたわら、通信教育の探偵講座を受講していた。講師である“主任警部”の注意も聞かず、学んだばかりの探偵術を早速役立てようと試みるモーランだが、彼の熱意は空回りを繰り返し、大騒動へと発展していく……。

 素人探偵の繰り広げるドタバタを描いた、ユーモア・ミステリの連作集です。主人公・モーランの勘違いや早とちりが原因で引き起こされる騒動と結果オーライの結末は、あまりにもユーモラスです。また、全編が往復書簡形式で書かれているところもよくできていて、完全にモーランの主観による事件の描写と受け手である“主任警部”の認識のずれや、タイムラグによるやり取りのすれ違いが笑いを誘います。

(2017.05.05追記)
 なお、本書には未収録のエピソード「P・モーランの観察術」が、『ミステリ・ウィークエンド』に収録されています。

「P・モーランの尾行術」 P.MORAN, Shadow
 尾行術を学んだモーランは、“主任警部”の例え話を真に受けて、イタリア人を尾行することにした。町でようやく見つけた“イタリア人”の後をつけたモーランだったが、尾行はあっさりばれてしまう。モーランはとっさに犯罪捜査官のふりをしてごまかすが、その“イタリア人”は……。
 モーランの手紙を受け取った“主任警部”はあっさりと“イタリア人”の正体を見抜くのですが、それがモーランにはうまく伝わらりません。しかしそれでも、まったく気づかないままに事件を解決してしまうモーランの“活躍”が印象的です。

「P・モーランの推理法」 P.MORAN, Deductor
 人間観察から職業を推理する方法を学んだモーランは、町で出会った見ず知らずの男を、“バイオリンを弾き、針仕事もこなす畜殺業者”と見抜いた。やがて、ダンス・パーティに演奏家が不在というトラブルが起こった時、モーランはその“バイオリン弾き”のことを思い出した……。
 モーランの豪快な“推理”が笑えます。事件を大きくしておいて、よくわからないままに解決してしまう“マッチポンプ”ぶりも痛快です。

「P・モーランと放火犯」 P.MORAN, Fire-fighter
 保険会社に勤める女性から、保険金目当ての放火を防ぐために空き家を見張ってほしいという依頼を受けたモーランは、早速“主任警部”に「放火」に関するテキストを送るよう頼んだ。だが、“主任警部”の心配通り、事態はおかしな方向へと進んでいく……。
 有名な古典作品のパターンですが、ラストが何ともいえません。

「P・モーランのホテル探偵」 P.MORAN, House Dick
 大富豪のハドスン夫妻が宿泊する間、ホテル〈サリー・イン〉のホテル探偵として雇われたモーラン。ところが、“主任警部”の再三の忠告に反する行動ばかりを繰り返した彼は、遂に通信教育学校から退学処分を受けることになってしまった……。
 退学処分を受けたモーランが、その不名誉をどうやって返上するかが見どころです。どことなくほのぼのとしたラストも印象的です。

「P・モーランと脅迫状」 P.MORAN, and the Poison Pen
 脅迫状を受け取った銀行の支配人から犯人探しを依頼されたモーランは、早速調査を開始したものの、なかなか真相はつかめない。そうこうするうちに、うっかりとんでもないミスを犯してしまう。そこへ、報酬の匂いを嗅ぎつけた“主任警部”が介入しようとするが……。
 モーランの犯したミスが好都合な結末につながっていくという、まさに結果オーライの作品です。また、この作品あたりから、事件解決の報酬をめぐるモーランと“主任警部”の攻防が激しくなっていくところにも注目です。

「P・モーランと消えたダイヤモンド」 P.MORAN, Diamond-Hunter
 フィンドレイ邸で開かれた収集家の集まりの席上、出席者が持参した11個のダイヤモンドが消え失せてしまった。捜索の依頼を受けたものの、ダイヤを発見できないモーランは、ガールフレンドのマリリンの助言を受けて過去のミステリにヒントを求めるが……。
 アーサー・コナン・ドイル「六つのナポレオン」など、過去のミステリのパロディ仕立てとなっている作品です。様々な可能性が否定されていった後に残った真相は、非常によくできていると思います。ミステリとしては、本書の中でベストの作品でしょう。

「P・モーラン、指紋の専門家」 P.MORAN, Fingerprint Expert
 郵便強盗を発見して賞金を手に入れるために、指紋検出セットを取り寄せたモーランは、早速人々の指紋を集めて回るが、なかなか賞金には結びつかない。そんな中、〈サリー・イン〉で不審な新入りのウェイターを発見したモーランは……。
 最後に明らかになる真相は、ある意味で実に意外なもので、強く印象に残ります。しっかりした伏線もお見事。

2003.02.12読了  [パーシヴァル・ワイルド]



魔境殺神事件  半村 良
 1981年発表 (祥伝社文庫 は1-22)ネタバレ感想

[紹介]
 アフガニスタン、パキスタン、インド、中国、ソ連――各国の国境が接近する“世界の火薬庫”にして魔境・ジャンミスタン。ここには、八つの部族それぞれを代表する“神”を筆頭に、多数の超能力者が暮らしていた。だが、その“神”の一人が何者かに殺害されるという事件が起きる。しかも、その死体は高さ80メートルほどの何もない空中に浮かんでいたのだ。日本人の超能力者・松田は、インド軍に強制連行され、この“殺神事件”の解明を迫られたが……。

[感想]
 探偵・被害者・容疑者のいずれもが超能力者というSFミステリです。“殺神事件”の謎が中心となっているのはもちろんですが、物語は本格ミステリというよりは国際謀略/伝奇小説の雰囲気で進行していきます。ソ連によるアフガニスタン侵攻よりも前に連載が始まったというのは、さすがというべきでしょうか。舞台となる“ジャンミスタン”に暮らす人々は、周囲を取り巻く各国の思惑とはまったく無縁の生活を送っているようですが、物語の背景にはやはり国際状況が影を落としてくることになります。

 “殺神事件”は、死体が何もない空中に浮かんでいるという、これ以上ないほどの奇抜な状況から始まっていますが、“殺神”自体の真相はややアンフェアに感じられる部分もあり、竜頭蛇尾という印象がぬぐえません。しかし、それを補うかのように、事件の周辺部分の真相は秀逸です。特に、特殊な舞台設定が巧妙に生かされていると思います。

 結果的に、本格ミステリとしては今ひとつ物足りなくなっているものの、伝奇小説風のSFミステリとしてはなかなかよくできた作品といえるのではないでしょうか。

2003.02.14読了  [半村 良]



真実の問題 Beyond a Reasonable Doubt  C.W.グラフトン
 1950年発表 (高田 朔訳 国書刊行会 世界探偵小説全集33)ネタバレ感想

[紹介]
 姉夫婦の家で開かれたパーティの夜。青年弁護士ジェス・ロンドンは、事務所の上司でもあった義兄が、自分を卑劣な罠にかけた上に姉をも裏切っていたことを知り、怒りにかられて義兄を殺してしまった。翌朝、姉にかけられた嫌疑を晴らすために自白したジェスだったが、姉への嫌疑が晴れると一転して罪を否認する。しかし、当初は自白を信用しなかった警察も、やがて数々の証拠を揃えてジェスを逮捕した。かくして被告となったジェスは、裁判で自ら弁護に立ち、証拠を覆して無罪を勝ち取ろうとするが……。

[感想]
 殺人犯人が、裁判で無罪を勝ち取るために自らの弁護をするという、倒叙ミステリの要素も備えた異色の法廷ミステリです。現場付近での目撃者や凶器に付着した指紋など、有力な証拠が揃った厳しい状況の中で、主人公のジェスが偽証と詭弁を駆使し、告発に対する“合理的な疑い”を投げかけていく過程が見どころです。

 犯人であるジェスがかなりの好人物として描かれているため、感情移入は非常に容易です。被害者が卑劣な人物だということもあって、読者は完全にジェスの立場で物語を体験することになります。しかし、ジェスを取り巻く状況は非常に厳しく、裁判はまさに綱渡りの連続です。そして、ようやく裁判が幕切れを迎えた後に待ち受けている衝撃的なラストが、その綱渡りを一層際立たせています。全体的にみて、分量の割にはかなり読みやすく、また鮮やかな印象を残す作品です。

2003.02.17読了  [C.W.グラフトン]



桃源郷の惨劇  鳥飼否宇
 2003年発表 (祥伝社文庫 と11-1)ネタバレ感想

[紹介]
 ヒマラヤの奥地、タジキスタンのトクル村――そこはまさに現代の桃源郷だった。ここに生息する新種の鳥をカメラに収めようと、日本のテレビ番組制作スタッフたちが村を訪れたが、村の首長は“神の領域を侵してはならない”と告げた。その“神”とは、どうも“イエティ”(雪男)のことらしい。果たして、スタッフが森の中で撮影を開始した途端、カメラマンが何者かに惨殺され、現場から離れていく巨人の影が目撃されたのだ。そして、そこには巨大な足跡が残されていた……。

[感想]
 いわゆる“400円文庫”の1冊、長めの中編といった感じの作品です。短いながらもいくつかの謎や多重解決が盛り込まれ、さらに作中作まで登場するという凝った作風で、ある程度の真相は読めたとはいえ、なかなかよくできていると思います。が、相変わらず地味なのが弱点というべきでしょうか。

 地味な印象を受ける理由の一つとしては、ネタと分量のバランスの悪さが挙げられるのではないでしょうか。『中空』『非在』についてもいえることですが、せっかく盛り込まれた多数の謎や多重解決の一つ一つが、随分さらっと流されてしまっているように感じられてしまうのが難点です。また、同じく分量との関係によるものかもしれませんが、謎解き役がほとんど頭を悩ますことなく、非常にあっさりと真相を見抜いているところも、それぞれの謎や解決のインパクトを弱めてしまっている原因の一つでしょう。個人的には期待している作家の一人であるだけに、このあたりがもったいなく感じられるところです。

2003.02.18読了  [鳥飼否宇]
【関連】 〈観察者シリーズ〉



マインド・イーター  水見 稜
 1984年発表 (ハヤカワ文庫JA194・入手困難

[紹介]
 宇宙へと進出した人類を待っていたのは、果てしない“憎悪”だった。彗星として知られていた天体の多くは、人間の精神を食いちぎり、肉体を結晶の塊に変えてしまう怪物〈マインド・イーター〉(M・E)だったのだ。人類はハンターと呼ばれるエリートたちを養成し、〈マインド・イーター〉の破壊につとめるのだが……。
 初めての出撃を間近に控えた若いハンターが、かつてM・Eとの戦いに命を落とした父親の最期の様子を探る「野生の夢」“M・E症”を発症して不気味な変貌を遂げた軍人を通じて、M・Eの秘密を探ろうとする研究者を描いた「おまえのしるし」、外惑星帯にとどまって独自の研究を続ける老科学者が発見した謎の存在“エストラーディ”を主役とした「緑の記憶」、世界中の古い遺跡をめぐり、地上に残されたはずの憎悪の痕跡を探し求める少年と、その父親との関係を描いた「憎悪の谷」、漂流中の宇宙船で発見され、誰ともコミュニケーションをとろうとしない“星間症”の子供たちが中心となる「リトル・ジニー」、護送される途中でM・Eに遭遇してしまった犯罪者を待ち受ける運命を描いた「迷宮」の6篇を収録。

[感想]
 〈マインド・イーター〉(M・E)という怪物と人類との戦いを通して、生きることの意味や人と人とのつながりの重要性を描き出した連作短編集です。特に前半の3篇は、M・Eの影響を受けて変貌した“M・E症”患者の姿を介して、人間の精神を食い尽くす強烈な憎悪の塊〈マインド・イーター〉と人間とを対比することで、人間性というものを浮き彫りにしようとする意図があるように思えます。逆に後半の3篇では、M・Eそのものはやや背景へと押しやられながら、人間自身の内に秘められた何かに焦点が当てられているようです。

 シリーズ全体の設定が要領よく説明されると同時に、随所で強烈なイメージを与えてくれる「野生の夢」がベストですが、奇妙に爽やかな後味を残す「憎悪の谷」、悪夢のような「迷宮」など、いずれも捨てがたい佳作が揃った作品集です。

2003.02.21再読了  [水見 稜]


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