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トリックスターズ/久住四季

2005年発表 メディアワークス文庫 く3-1(KADOKAWA)/(電撃文庫 く6-1(メディアワークス))

 まず、〈魔術師アレイスター・クロウリー〉を名乗る殺人予告の、“生贄として選ばれた憐れな子羊が誰であるのか、推理せよ”(76頁)*1に関する佐杏先生の推理がユニーク。犯行予告に対してはそれを止めるべく“誰が狙われるのか”を探るのが一般的と思われるところ、事件発生後に被害者が誰だかわからない状態――“顔のない死体”の出現を予告しているという解釈が面白いと思います。また、“ゲーム”であることが宣言されているにもかかわらず手がかりがない、ということ自体が手がかりとなっているのもニヤリとさせられます。

 「第六講」のラストでは、思わぬ“語り手=犯人”ネタに一瞬驚かされますが、壁のパイプを上り下りしたという密室トリックは、さすがに真相としては脱力ものにすぎますし、後に佐杏先生自身が指摘している(326頁)ように、現場に犯人の血痕が残っていなかった*2ことは推理と矛盾します。何より、巻頭の「予習{プレ}講義」が事件の“後日談”であることから、天乃原周が犯人でないことは明らかでしょう。アレイスター・クロウリー三世が周になりすましている可能性もないではないですが、それが指摘されないまま「第六講」が終わっているので、芝居であることは見当がつくと思います。

 佐杏先生による“解決”が、事件に“表向きの決着”をつけるものになっていないところは気になりますが、少なくとも“真の被害者”を明かすことができない事件の性質上、これは致し方ないところでしょう。

*

 以下、〈七つの欺計〉について。

〈一番目の欺計〉
 屋上密室のトリックについては、前述の佐杏先生による“解決”の他に、扇谷いみなの“解決”――犯人と三嘉村凛々子の入れ替わりによる“被害者=犯人”トリックも提示されています。実のところ、ここまでくれば“犯人が自分の顔を切り刻んだ”よりも安全な(?)、“偽装”の魔術に思い至ってもよさそうではあるのですが、その後“顔のない死体”が出現することで、“入れ替わり説”自体が自然消滅することになるのがうまいところです。

 犯人が密室に入ることなく、離れたところから魔術で凛々子の顔に傷の“偽装”を施したという真相は、驚きはそれほどでもないかもしれませんが、なかなかよくできていると思います。実現の障害になりそうな施術の距離については、“どうやら離れた場所の対象にも、目視で施術することができるらしい。”(121頁)*3と、また医師の治療についても(少々強引ではありますが)“『偽装』は触られても科学的に調べられてもまずバレやしない”(121頁)と、手がかり/伏線が用意されているのが周到。そして、屋上での犯行が中途半端に終わっている不可解な謎が、すっきりと説明されるのが秀逸です。

〈二番目の欺計〉と〈四番目の欺計〉
 〈二番目の欺計〉である薬歌理事長への変装トリックは、殺人予告の“我が一体誰であるのか、推理せよ”(76頁)という問いからすれば想定の範囲内といえるかもしれませんが、手がかりが少ないのが苦しいところでしょうか。ゼミの名簿の誤字(85頁〜87頁)では大学側の関係者くらいまで絞り込めるにとどまり、あとは〈四番目の欺計〉を解き明かすしかありません。

 裏を返せば、その〈四番目〉――名前のアナグラムは単なるミステリでの定番ネタではなく、〈二番目の欺計〉を見抜くための手がかりとして不可欠ということになるかと思います。漢字の読み方を変える必要があるので、アナグラムに気づきにくいきらいはありますが、“いいお名前ですね”(266頁)という意味ありげな言葉がヒントになり得るのは確かですし、そのままの読み方でも“アレイス○ー・クロ○○ー”までは埋まる*4ので、何とかなるかもしれません。

 いくらアレイスター・クロウリー三世が日本語に精通していても、本来はアルファベット表記の名前を、実際の発音とは異なる*5仮名文字表記に置き換えるとは考えにくいのではないか……とも思ったのですが、そこは祖父の代からの有名人のことですから、その名前の日本語での仮名文字表記を目にする機会も十分にありそうです。

〈三番目の欺計〉
 〈三番目の欺計〉である凛々子への変装トリックは、扇谷いみなの“解決”で既出である――加えて薬歌理事長への変装もある――ために、まさかの“天丼”(?)が盲点になる……ところもある反面、やはりそのせいでインパクトに欠けるのは否めません。

 もっとも、“多少の誤差”(336頁)という扱いや、決定的な情報――“なんで、あたしがシュガースティック二本だって知ってるの?”(368頁)――が持ち出されるのが事件解決後であるところなどからみて、謎解きとしてはおまけのようなものということかもしれませんし、アレイスター・クロウリー三世の周への興味を強く印象づけるものであることは確かでしょう。

〈五番目の欺計〉
 〈五番目〉は佐杏先生の名前のアナグラムですが、これは〈四番目〉よりもさらに難しいものになっています(恥ずかしながら、“冴”の音読みは本書で初めて知りました(苦笑))。〈四番目〉と違って、“ゴール”となるべき名前が見当たらないのも難しいところです。

 これについては〈欺計〉そのものよりも、それが指し示すもの――佐杏先生の役柄が“作者のポジション”であることこそが重要でしょう。後述する周の“お転婆”(253頁)という言葉など、いつ知る機会があったのかわからないことまで知っていることも、メタレベルに近い位置づけの役柄ゆえと考えれば、受け入れやすいと思います。

〈六番目の欺計〉
 〈六番目の欺計〉による、周が七人目の魔術師だったという真相はなかなか強烈。時おり挿入されている、頁の下に寄せられたテキストが“未来視”の描写になっているのですが、周が遭遇した過去の事件での“未来視”が混在していることで、全体として過去の回想であるかのように思わされるのが巧妙です。

 作中で手がかりとされている“アレイスター・クロウリーはとんだお転婆ですよね”(253頁)という言葉は、確かに露骨に浮いていて目につきやすくはあるのですが、むしろアレイスター・クロウリー本人が周になりすましているとミスリードされるように思いますし、佐杏先生が指摘する“見る”と“知る”の違いも(たとえ気づいたとしても)同様です。それよりも、過去の事件で“それで犯人たちもすごく動揺してた。”(279頁)ことと整合しない“過去と未来が交錯する。――高らかに哄笑する犯人(179頁)の方が、まだしもわかりやすいかもしれません。さらにいえば、事件の“後日談”である「予習{プレ}講義」での、魔術師が“世界にたった七人しかいない”(10頁)という周の台詞で、“ヘキサエメロン”に含まれない魔術師の存在が示唆されています。

〈七番目の欺計〉
 最後に明かされるのは、周の性別誤認トリック――叙述トリックです。これだけみれば、うまくミスディレクションを仕掛けてある――とりわけ、手鞠坂幸二の態度が地味に強力な気が――とはいえ、ややありがちなネタといえるかもしれませんし、周が女性であることを積極的に示唆する手がかり/伏線が見当たらないのも少々残念ではあります。が、本書ではそれが非常に面白い扱いになっているところを見逃すべきではないでしょう。

 まず、叙述トリックであるにもかかわらず、作中の登場人物による“解明”が行われているのが異色。叙述トリックは読者に向けた叙述(語り)に仕掛けられるトリックであるため、語られる対象である登場人物は本来トリックを認識できないのですが、本書では“周の一人称による語り”を想定することによって、そこに(作中の登場人物にとっては)“仮想の叙述トリック”を見出す形で“解明”が行われています。実をいえば、この手法には少なくとも一つ前例がある*6のですが、本書では佐杏先生が“作者のポジション”であるため、その前例よりも“解明”に説得力が備わっている――なおかつ相互に補強し合っている――感があります。

 そしてもう一つ――叙述トリックに途中で気づいた場合、まずそれが〈七つの欺計〉の一つであることは確実です。そして、前述のように周が犯人でないことが明らかである以上、叙述トリックを事件と直接結びつけられる余地はないので、事件が解決された後に明かされる“最後のオチ”だと考えるのが妥当。つまり、叙述トリックが〈七番目の欺計〉であることまで、予想することも不可能ではないと思われます。そうすると、「魔術師からの挑戦状」七番目の欺計をこの手に握り、扉の奥にて諸君を待つ。”(17頁)と宣言している“魔術師”とは、叙述トリックの主体(?)である一人称の語り手、すなわち周に他ならない*7ということになるでしょう。というわけで、この叙述トリックは、〈六番目の欺計〉を見抜くための、読者に向けたヒントにもなっていると考えていいのではないでしょうか。

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*1: 以下、頁番号はメディアワークス文庫版の方で。
*2: やや弱いかもしれませんが、“現場からは犯人のものとおぼしき指紋、毛髪などは一切見つかっていません”(219頁)とのことなので、想定される逃走経路にも不審な血痕はなかったということでしょう。
*3: メディアワークス文庫版のこの部分(二行)は、電撃文庫版の該当箇所(136頁)にはなかった記述です。
*4: 犯人が明らかであるため、“アレイスター・クロウリー(三世)”という“ゴール”が見えているのがポイントでしょう。
*5: 「アレイスター・クロウリー - Wikipedia」経由で発音を聞いてみると、“アーレスタ・クロウリ”に近いような気が……。
*6: 2000年前後に発表された国内ミステリ長編です(→(作家名)芦辺拓(ここまで)(作品名)『不思議の国のアリバイ』(ここまで))。
*7: 佐杏先生の“六つがすでに暴かれていて、残る欺計を握っているのはお前だけだ。”(381頁)という台詞で、この“魔術師”が周であることは裏付けられているといっていいでしょう。

2005.06.27 電撃文庫版読了
2016.01.29 メディアワークス文庫版読了 (2016.02.10改稿)

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