ミステリ&SF感想vol.108

2005.07.18
『海のオベリスト』 『トリックスターズ』 『空洞地球』 『密林』 『ハイヒールの死』



海のオベリスト Obelists at Sea  C・デイリー・キング
 1932年発表 (横山啓明訳 原書房)ネタバレ感想

[紹介]
 海上を進む豪華客船〈メガノート〉号、満員になったそのサロンで行われる恒例のオークション。大富豪のスミス氏は、対抗するド・ブラストに次々と競り勝ち、今また最高値で落札しようとしていた。と、急に起きた停電で会場が暗くなったその時、闇の中で銃声が響き渡り、スミス氏は胸を血に染めて倒れた。銃を手にしていたド・ブラストはすぐさま船員に拘束されたのだが……次第に不可解な様相を呈する事件に途方に暮れる船長は、たまたま乗り合わせた4人の心理学者に真相解明への協力を求めた……。

[感想]
 『鉄路のオベリスト』(カッパ・ノベルス;入手困難)・『空のオベリスト』へと続く〈オベリスト三部作〉の第1弾です。この〈オベリスト〉とは“疑問を抱く人”を意味する作者の造語で、本書では題名の通り海上の豪華客船が舞台となり、〈オベリスト〉たちが様々な推理を繰り広げます。

 船上での殺人を扱ったミステリは多々ありますが、停電のせいで衆人環視の下とはいかないまでも、これほど多くの人間が集まった中で事件が起きるというのはなかなか新鮮です。ただ、不可解な事件の様相は興味深くはあるのですが、やや作りすぎで必要以上に複雑になっているのは否めませんし、カバー見返しのあらすじが先を明かしすぎている(できれば本文より先に読まない方がいいと思います)せいで、序盤がじれったく感じられてしまうのがもったいないところです。

 この〈オベリスト三部作〉の大きな特徴は、アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』などに通じる多重解決形式と、巻末に付された手がかり索引という趣向なのですが、本書はシリーズ第1作ということもあってか、どちらも今ひとつ洗練されていない感があります。
 本書の〈オベリスト〉たる4人の心理学者たちは、前述の『毒入りチョコレート事件』(あるいはレオ・ブルース『三人の名探偵のための事件』など)ばりの推理合戦を展開していますが、学問的な立場の異なる心理学者たちがそれぞれ異なるアプローチで解決を試みるあたりや、嘘発見器や自由連想法といった心理学者ならではの検証手段など、なかなか面白いところもあるとはいえ、残念ながら前述の作品に比べると明らかに構成や手法に難があり、しかも示される解決そのものも(真相も含めて)さほど魅力的なものではありません。
 また巻末の手がかり索引についても、列挙されているものの大半は手がかりというには力不足で、あまり効果的とはいえないでしょう。

 本書の見どころはむしろ、終盤に明らかになるある趣向(ただしこれは、『空のオベリスト』を先に読んでいるとある程度見当がついてしまうのですが)も含め、これでもかといわんばかりにひたすら転がり続けるプロットにあるのではないかと思います。多重解決ミステリとしての難点と強く結びついていることもあり、またさすがにやりすぎではないかと思える部分もあるので、手放しでほめるわけにはいきませんが、次に何が起こるかわからないという魅力があるのは確かです。傑作とはいえませんが、まずまずの作品といっていいのではないでしょうか。

2005.06.22読了  [C・デイリー・キング]
【関連】 『空のオベリスト』



トリックスターズ  久住四季
 2005年発表 (メディアワークス文庫 く3-1/電撃文庫 く6-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 国内唯一の魔学研究機関である城翠大学魔学部。そこに集まった天乃原周{あまのはら・あまね}ら新入生に向けて放送されたのは、〈魔術師アレイスター・クロウリー〉を名乗る人物による奇怪な殺人ゲームの予告だった。新たに魔学部の客員教授に就任した、世界で六人しかいない魔術師の一人・佐杏冴奈{さきょう・しいな}は、酔狂からそのゲームを受けて立つことを宣言、佐杏のゼミに配属された周も巻き込まれることに。だが、やがて犯行予告のとおり、魔学部新入生の一人が密室状況の屋上で奇禍に遭ってしまう。犯人は一体誰なのか……?

[感想]
 2005年に電撃文庫で刊行され、2016年に改稿の上復刊された*1久住四季のデビュー作。ランドル・ギャレット(及びマイケル・クーランド)〈ダーシー卿シリーズ〉を思い起こさせる、魔術及び魔術師が存在するパラレルワールド的な世界――魔術を実演できる魔術師の数が著しく少ないこともあって、日常生活などはかなり現実に近いですが――を舞台に、魔学部の教授である魔術師・佐杏冴奈*2と新入生・天乃原周の師弟コンビが事件の謎に挑むファンタジー・ミステリです。

 魔術が存在する世界とはいえ、“何でもあり”になってしまってはミステリとして成立させる上で困るわけですが、「予習{プレ}講義」から「補習{ポスト}講義」まで、物語全体が講義になぞらえられた体裁そのままに、謎解きにおいて考慮すべき魔術の“ルール”が、物語の中で要領よく説明されていくところがよくできています。とりわけ、“魔学は現実的{リアル}かつ論理的{ロジカル}というキーワードのもと、主に魔術師・佐杏冴奈によって、“魔術で何ができるか”以上に“魔術で何ができないか”がしっかりと示されていくのが興味深いところです。

 もう一つ目を引くのが、メタレベルに近い枠組みが用意されている点で、まず冒頭*3には(“読者への挑戦状”ならぬ)「魔術師からの挑戦状」が掲げられ、物語に〈七つの欺計{トリック}が盛り込まれていることが明言されています。さらに作中の殺人予告でも、(“ゲーム”であることが宣言されるとともに)“何を解き明かすべきか”が明示されることで、それ自体が読者にも向けた“挑戦状”となっています。そして魔術師・佐杏冴奈は、一段上の視点から俯瞰するかのようにいち早く真相に迫りつつ、周に(ひいては読者に)対して推理可能であることを保証しているようなスタンスをとっているのが面白いと思います。

 さて、予告通りに(そして佐杏冴奈の推測通りに)発生した*4事件は、現場となった屋上への犯人の出入りが防犯カメラに映っていない“監視による密室”での犯罪。“密室”とはいえ監視のみで現場そのものは開けている状況が絶妙で、いかにも盲点がありそうな上に魔術の可能性もあることで、佐杏ゼミのメンバーたちが様々に推理を繰り広げるのが一つの見どころです。が、前述のように魔術の“ルール”――“限界”が厳然と存在するため、“飛行”などの大技(?)の可能性が早々に否定されるのをはじめ、きっちりと魔術でも不可能な犯罪の様相を呈しているのがお見事です。

 終盤に待ち受けているショッキングな展開を経て、いよいよ始まる“解決篇”は圧巻。周到に配置された手がかりや伏線を生かした事件の真相、そして〈七つの欺計〉は、なかなかよくできていると思います。〈七つの欺計〉の中にはいささか苦しい(?)ものもありますし、必ずしもすべてがトリックとして効果的とはいえないかもしれませんが、企みに満ちた作品であることは間違いないでしょう。実のところ、初読時には(まずまず面白かったとはいえ)少々読みどころを誤っていたようで、今回再読してみると新たな発見もあって非常に面白く感じられました。おすすめです。


*1: 2016年1月に本書と『トリックスターズL』が刊行され、2月に『トリックスターズD』『トリックスターズM』が、そして3月に『トリックスターズC PART1/PART2』が刊行される予定となっています。
*2: 電撃文庫版では女性だったのが、メディアワークス文庫版では男性に変更されています。読み比べてみると、どちらかといえば男性の方がしっくりくるような気もします。
*3: 正確には、プロローグにあたる「予習{プレ}講義」の後。
*4: ……ともいいがたい部分もあり、それがまた不可解な謎となっているのが巧妙です。

2005.06.27 電撃文庫版読了
2016.01.29 メディアワークス文庫版読了 (2016.02.10改稿)  [久住四季]
【関連】 『トリックスターズL』 『トリックスターズD』 『トリックスターズM』 『トリックスターズC PART1/PART2』



空洞地球 The Hollow Earth  ルーディ・ラッカー
 1990年発表 (黒丸 尚訳 ハヤカワ文庫SF942・入手困難

[紹介]
 南北戦争前のアメリカ、ヴァージニア州に住むメイスン少年は、とあるいざこざがもとで人を殺してしまい、逃亡する羽目になった。途方に暮れるメイスンが出会ったのは、何と敬愛する作家エドガー・アラン・ポウ。このエキセントリックな天才のもとで暮らし始めたメイスンは、その友人らとともに南極への旅に出ることになった。極地に開いた巨大な穴から、地球内部に広がる空洞世界へと向かうのだ。やがてたどり着いたそこには、想像を越える奇怪な存在が待ち受けていた……。

[感想]
 19世紀アメリカを発端とする地球内部の空洞への旅を描いたトンデモ冒険SFで、どことなくスチームパンク(マッド・ヴィクトリアン・ファンタジー)に通じる雰囲気があります。もちろん“ヴィクトリアン”ではありませんし、“スチーム”もないのですが、作者がルーディ・ラッカーだけに“パンク”で“マッド”な要素は十分です。

 本書は、主人公メイスン・アルジャーズ・レナルズの残した手稿をラッカーが入手して編纂したという、メタフィクション的な体裁になっていますが、それはもちろんエドガー・アラン・ポウという実在した人物を登場させたことと無縁ではないでしょう。トンデモ冒険SFというだけでなく、本書はまたエドガー・アラン・ポウという奇矯な天才に焦点を当てた物語でもあるのです。

 作中でのポウは、ひたすらエキセントリックで不安定な性格の持ち主として描かれています。ポウについてはあまりよく知らないのですが、その人となりは様々な言動によりしっかりと伝わってきます。また、ポウの作品にちなんだ様々なネタも仕掛けられているようです(木戸英判さんによるこちらのページを参照)。ポウの人生の一部をそのまま切り取り、あり得たかもしれない別の人生に放り込んだ、(架空の)伝記といっても過言ではないのかもしれません。

 一方、空洞世界の内部の様子については、ラッカーらしい奔放なアイデアが詰め込まれた魅力的なものになっています。特に、空洞世界の中心にある“もの”によって、ポウの人生が大きな影響を受けるところなどは見事です。そして、その果てに待ち受ける結末には、何ともいえない感慨のようなものが残ります。ポウの作品をきちんと読んでいないこともあって、本書の真価を十分に理解できたとはいえないのですが、それでもやはり非常によくできた作品だと思います。

 なお、冒頭の内容に意味不明なところ((一応伏せ字)“ぼくらは文なしで自由のみのボルティモア黒人{ニグロ}として暮らしており”及び“ぼくは白人であり、ヴァージニアの紳士{ジェントルマン}だ”(ここまで))があったのですが、その意味が明らかになった時には驚かされました。

2005.07.03読了  [ルーディ・ラッカー]



密林  鳥飼否宇
 2003年発表 (角川文庫 と11-1)ネタバレ感想

[紹介]
 季節外れの台風に襲われた沖縄・やんばるの森。昆虫採集家の松崎と柳澤は、オキナワマルバネクワガタの幼虫を求めて、米軍演習地の敷地内にまで足を踏み入れていた。そこで二人は、そこで軍から脱走したらしい黒人兵・トムに出会い、米兵に追われてともに逃走する羽目になった。トムは、この森の中に財宝が隠されていることを二人に告げ、回収に協力してほしいという。だが、逃走の途中で出会った地元のハンター・渡久地もまた、財宝を狙っていたのだ。暗号で宝の地図を書いたトムは、渡久地に猟銃で射殺されてしまう。そして……。

[感想]
 沖縄の森を舞台にした、ミステリ風冒険小説といったところでしょうか。ミステリ的な興味は薄く、宝探しを目的とした密林の中でのサバイバルレースが中心です。

 冒頭で説明される昆虫採集家の異様な情熱や、迫力ある密林の描写、そしてその中での過酷なサバイバルなどは、作者の持ち味が存分に発揮されたものとなっており、これだけでも読み応えは十分です。また、沖縄という舞台特有の複雑な事情(と表現するのはおこがましいかもしれませんが)も、物語にうまく取り込まれていると思います。

 松崎と柳澤、渡久地、そして米兵という三つ巴の宝探しレースには、さらに暗号解読という興味が加わってきます。この暗号がなかなかよくできていて、二重三重の企みが楽しませてくれますし、最後に明らかになるその真相にはかなり意表を突かれました。ミスディレクションも伏線も、見事なものだと思います。

 ただ、中盤以降に登場する不可能状況は、どうとらえていいのか悩むところです。本筋とはそれほど関係ないところですし、今時このネタで読者が騙されるとは考えにくいので、おまけ的な捨てネタかとも思えるのですが、あるいは何らかの意図があるのかもしれません。

2005.07.04読了  [鳥飼否宇]
【関連】 〈観察者シリーズ〉



ハイヒールの死 Death in High Heels  クリスチアナ・ブランド
 1941年発表 (恩地三保子訳 ハヤカワ文庫HM57-4)ネタバレ感想

[紹介]
 クリストフ衣裳店に勤める女たちの目下の関心事は、新たにフランスに開かれる支店を任されるのは誰なのか、ということだった。筆頭候補と目されていたのは有能な仕入部主任のミス・ドゥーンだったが、オーナーのベヴァン氏は秘書のミス・グレゴリイを支店長に任命する。ちょうど帽子の手入れのために猛毒の蓚酸を買ってきた店員たちが、それでミス・グレゴリイを毒殺しようか、とやっかみ混じりの冗談を飛ばしていた最中に、本当に毒殺事件が起きてしまった。しかも被害者は、恨まれるはずのないミス・ドゥーンだったのだ……。

[感想]
 クリスチアナ・ブランドのデビュー長編ですが、『ジェゼベルの死』『はなれわざ』『招かれざる客たちのビュッフェ』といった代表作と比べるとやや落ちる印象です。福井健太氏による解説には“謎解きモノとしての内容もしっかりと備わっている。(中略)そこにユーモアを織り混ぜた本作は、著者の長篇ミステリの中では(中略)最もユーザーフレンドリーなものといえるだろう”と書かれていますが、これはどうでしょうか。今までに何冊か読んだブランド作品の中では、最も読みにくく感じられました。

 本書では衣裳店が舞台になっていますが、オーナーとデザイナーを除く従業員9名が女性で、彼女たちの交わす様々な会話が大部分を占めています。華やかではあるものの時に身も蓋もない、気のおけない仲間たちの会話は、確かにユーモラスといえばユーモラスです。が、人数が多いこともあって、どうしても姦しさの方が強く感じられてしまい、辟易とさせられます。また、会話の中で名前で呼ばれたり名字で呼ばれたりするために、誰が誰だかわかりにくく、何度も登場人物表を確認させられる羽目になりました。事件の捜査にあたるチャールズワース警部がかなり惚れっぽい人物で、女性たちの中に放り込まれて悪戦苦闘するあたりは十分面白く感じられるのですが……。

 事件の部分だけを取り出せば、(1箇所だけどうかと思うところがあるものの)まずまずといっていいかと思います。チャールズワースの捜査は動機手段(毒薬入手)・機会(毒薬投与)の3点に着目したオーソドックスなものですが、この3点を兼ね備えた人物はなかなか見当たりません。当然ながら、どこかに錯誤があるわけですが、この真相の隠し方、そして最後の見せ方などは、なかなかよくできているのではないでしょうか。

 ただしそれが前述の読みにくさと組み合わさると、何とも微妙なものになってしまいます。手段や機会を検討する上では人数の多さと動きの複雑さがネックになりますし、誰が誰だか把握しがたい状況では動機もどうでもいいものに思えてしまいます(ある程度はそういう狙いもあるのかもしれませんが)。人によって大きく印象が変わるかとは思いますが、個人的には今ひとつ面白く感じられなかったのが残念です。

2005.07.08読了  [クリスチアナ・ブランド]


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