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憑き物/鳥飼否宇

2013年発表 講談社ノベルス(講談社)
「幽き声」
 “滝上沙智代が息子の市朗を殺害して逃亡した”という、表面的な事件の様相を引っくり返す*1とすれば、想定できる可能性は限られてくるので、沙智代がすでに死んでいたことまで含めて、事件の真相はさほど意外なものとはいえないでしょう。しかし、それを導き出す推理が“白イヅナ”の正体から始まるのがこのシリーズらしいところです。

 その正体――オヒキコウモリの鳴き声が可聴音の範囲ぎりぎりであることから、すでに年配の沙智代には聞こえなくなっていたとする推理は、モスキート音の例が引き合いに出されていることもあって、説得力があります。そこから、沙姫が代わりにお告げを聞いていたことにとどまらず、沙智代の不在という結論にまで至っているのは飛躍気味ではありますが、なかなか面白いと思います。

 鳶山が推理する沙智代殺しの動機――お告げを聞くことができなくなった“イヅナサマ”は必要ない*2――も暗澹たるものですが、さらに推理を推し進めた“操り”の構図には何とも空恐ろしいものがあります。

「呻き淵」
 オオサンショウウオが赤ん坊にも見えるという話はどこかで目にしたことがあるので、“のっぺらぼうの乳呑み児”の正体には思い至ってもよさそうなものでしたが、まったく気づかなかったのが残念(苦笑)

 土師神集落の豊かさを支えていたのがオオサンショウウオの密猟だったという事実と、本田山(畠田)亀生一家に対する冷たい仕打ちとが相まって、一見するとのどかな集落に潜むムラ社会の“闇”を浮かび上がらせていくのが印象的。そして、殺された岩男の死体の行方が引き起こす結末の一幕は、“共犯者”たる人々に対する痛烈な“しっぺ返し”というよりほかありません。

「冥き森」
 喜界島の飛蝗と奄美大島の“カシナガ”――二つの虫害を発端として、ユタの祈祷ではリュウキュウアサギマダラ、マダラシバンムシ、ハマキガ(メキシコトビマメ)、イエカミキリ(+オーストンオオアカゲラ)、クワガタ、ユスリカ(+発光バクテリア)が活躍し、殺人にはダニ(+野兎病菌)が使われるといった具合に、犯人たちのトリックが“虫づくし”の趣向になっているのが面白いところ。のみならず、犯人の正体が露見するきっかけが二つの虫害にあり、コブスジコガネが死体発見の手がかりとなるなど、“虫づくし”が徹底されているのがお見事です。

 身内を欺く人物入れ替わりという大胆すぎるトリックが、予言やポルターガイストといった派手な現象の陰に隠されているのもうまいところですが、“米麹のような体臭”を利用した“化学擬態”が非常に巧妙です。

 鳶山によるトリック再現のどこかのんびりした雰囲気を一変させる、“真のユタ”こと樹によるラストシーンも印象的で、物語が一気にオカルト方向へ引き戻されています。惜しむらくは、“なん……つ……か……れ……ちゅう……ど……”(176頁)という言葉の意味がわかりづらく、漠然とした不気味さにとどまっている感はありますが……*3

「憑き物」
 コウモリからの感染については若干の知識があったので、「幽き声」で鳶山がオヒキコウモリにかまれた場面(42頁)で「危ないな」と思ってはいたのですが、狂犬病ウイルスという“憑き物”はあまりに剣呑。そしてそれが、沙姫を豹変させた“憑き物”――HIVにも通じるものになっているとともに、沙智代と市朗の死の裏に隠された真の動機につながっていくのがうまいところです。

 一見すると自暴自棄とも思える沙姫の行動は、“HIVをばらまくため”といわれれば理解はできますが、それをさらに裏返してあるのがものすごいところ。理解できなくはないものの共感はしがたい“狂気の論理”に、鳶山が“共鳴”している節があるところもまた、一種異様な雰囲気を高めているように感じられる、強烈なインパクトを残す結末といえるでしょう。

*1: 犯人と被害者はそのままで、意外な“真の動機”が用意されている可能性もないではないですが……。
*2: ところでよくよく考えてみると、“イヅナサマ”を引退した沙和子が生きていることから、この動機に関する鳶山の推理が誤りであることは明らかで、最後の「憑き物」につながる伏線になっているともいえます。
*3: 連作が掲載されていた雑誌「メフィスト」で読んでいた方は、なおさらもどかしい思いを抱えることになったのではないでしょうか。

2013.06.05読了

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