ミステリ&SF感想vol.207

2013.09.15
『昨日まで不思議の校舎』 『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』 『憑き物』 『冬の子供たち』 『天啓の殺意』



昨日まで不思議の校舎  似鳥 鶏
 2013年発表 (創元推理文庫473-06)ネタバレ感想

[紹介]
 超自然現象研究会が配布した会誌〈エリア51〉の「市立七不思議」特集が原因なのか、某市立高校では「七不思議」にまつわる悪戯が次々と起こり始めた。休み時間には「カシマレイコさん」が校内放送で呼び出され、放課後には「口裂け女」を模した不気味な悪戯が、演劇部・推理小説研究会・吹奏楽部・美術部の四ヶ所で見つかる。さらに翌日には、「一階トイレの花子さん」が用務員室に出現することに。いずれの悪戯にも不可能犯罪めいたところがあり、成り行きで調査をすることになった葉山君は頭を抱えるが……。

[感想]
 某市立高校美術部の葉山君を中心とした“高校生(+α)探偵団”が活躍する、学園ミステリのシリーズ第5弾。ややホラー風味の「プロローグ」から始まる本書では、学園ものの定番といってもよさそうな学校の“七不思議”が扱われています。もっとも、そのうち四つまではこれまでの作品ですでに登場済み*1だということもあって、本書では残りの三つの不思議に焦点が当てられることになっています。

 物語の冒頭では何となく暇をもてあましていた葉山君ですが、それを見計らったかのように事態が動き出し、一転して昼食を取る暇もなく空腹を抱えることになってしまうのが、“事件男”*2たる葉山君の面目躍如というべきか(苦笑)。というわけで、本書では三つの不思議にちなんだ三つの“事件”が組み合わされていますが、相次いで発生したそれらを並行して調査していくという構成は、連作というよりもモジュラー形式に近いところがあるように思います。

 三つの“事件”はいずれも小粒ではありますが、それぞれにちょっとした不可能状況が用意されています。前述のように並行して進められる調査の過程がやや煩雑ではあるものの、例えば「カシマレイコ」の事件が〈放送室の鍵の問題〉に集約されるなど、ポイントがある程度整理されてわかりやすくなっている感はあります。ただし、能力的にも性格的にも長編に向かない探偵役・伊神さんの登場が思いのほか早く*3、読者が立ち止まって考える余裕があまりないのが少々もったいないところです。

 しかして、立て続けに行われる三つの“事件”の謎解きは、それぞれ解決の手順や見せ方に変化をつけるなど、工夫がされているのがまず効果的。解明されるトリックの出来は、正直なところ玉石混交といったところがないでもないですが、一見すると単なる愉快犯でしかない“悪戯”という手段の裏に見出される、意外にして明確な動機――ホワイダニットの部分と合わせて、いずれもなかなか興味深く、また印象に残るものになっています。

 そしてその後に待ち受けているのは、ある意味で一風変わった趣向というか、がらりと雰囲気を変えながら、当初からは思いもよらぬ方向に、あるいは思いもよらぬところまで進んでいく展開が圧巻です。人によって好みが分かれるところもあるかもしれません*4が、これはもう“こういう作品”ととらえて楽しむのが吉かと。いずれにしても、印象的な幕切れまで含めてよくできた作品だと思いますし、葉山君目線の読者にとっても感慨深い一作といえるでしょう。

*1: ちなみに、「フルートを吹く幽霊」と「壁男」が『理由あって冬に出る』、「立ち女」が『さよならの次にくる〈卒業式編〉/〈新学期編〉』、そして「〈天使〉の貼り紙」が『いわゆる天使の文化祭』に、それぞれ登場しています。
 本書の中でもその内容に若干言及されていますので、シリーズ第一作『理由あって冬に出る』から順番に読むことをおすすめします。
*2: “僕はさしずめ「事件男」ということになるそうだ。つまり「いるだけで事件が寄ってくる男」である。”『まもなく電車が出現します』11頁)
*3: 伊神さんを召喚するための一幕でワンクッション置いてはあるのですが、これがまたある種の読者サービスというか何というか(苦笑)。
*4: 例えば、前作『いわゆる天使の文化祭』とは明らかに方向性が違っているので、そちらの路線を期待すると肩すかし……かもしれません。

2013.05.15読了  [似鳥 鶏]
【関連】 『理由あって冬に出る』 『さよならの次にくる〈卒業式編〉/〈新学期編〉』 『まもなく電車が出現します』 『いわゆる天使の文化祭』 『家庭用事件』



わたしたちが少女と呼ばれていた頃  石持浅海
 2013年発表 (ノン・ノベル)ネタバレ感想

[紹介]
 横浜にある女子高の特進クラスに進学した上杉小春は、外部の中学から入学してきた碓氷優佳という美少女に出会う。やがて二人は親友になって……。
 受験が近づいた生徒が、学校近くで赤信号に引っかかると、不合格になってしまう――小春が、同じ高校を卒業した姉から聞いた、ちょっとした言い伝えだったが……「赤信号」
 二学期の中間試験で、東海林奈美絵が成績を急上昇させた。どうやら、夏休み中に彼氏ができたおかげらしいのだが、男女交際禁止の校則を心配する小春は……「夏休み」
 クラスでトップの成績を誇る、学級委員長の岬ひなの。しかし、夜通し本を読みながらの深酒が趣味だという彼女は、しばしば朝から二日酔いに苦しんでいた……「彼女の朝」
 いつも仲むつまじそうに手を握り合っている平塚真菜と堀口久美。他人を寄せ付けない雰囲気さえ漂わせる二人を見て、“百合”を疑う同級生たちだったが……「握られた手」
 密かに漫画家を目指す柿本千早は、楽に合格できそうな大学を志望していたが、級友に諭されて志望校を変更し、受験勉強に打ち込むことに。しかし……「夢に向かって」
 センター試験の直前、階段から落ちて利き手を骨折した佐々温子は、誰もが心配するほど動揺していた。しかし数日後、なぜか急に落ち着いた様子で……「災い転じて」
 ついに三年間通った高校からの卒業の日。卒業式を終えた後、クラスでも仲のいい面々が集まった“慰労会”で、みんなの話題に上ったのは……「優佳と、わたしの未来」

[感想]
 傑作『扉は閉ざされたまま』に始まる倒叙ミステリ三部作で、その卓越した推理能力をもって探偵役をつとめた碓氷優佳――本書は、そんな彼女の高校生時代を描いた連作短編集です。が、以下に長めに引用するカバー折り返しの〈著者のことば〉にもあるように、三部作を先に読んでいないと楽しめないということはなく、本書から先に読んでもかまわないと思います*1

「あの」碓氷優佳が、どのような学生生活を送っていたのか。どんな友だちがいたのか。すでに彼女を知っている方は、そのようなことを気にしながら読んでいただければ幸いです。まだ知らない方は、ごく普通の学園日常の謎ミステリですので、安心してお読みください。
  (〈著者のことば〉より)
 というわけで、殺人事件を主題とした倒叙ミステリだった三部作とは打って変わって、高校生らしく(?)“日常の謎”風の作品集となっています。一見するとややありきたりとも思える体裁ではありますが、色々な意味で興味深い趣向が凝らされており、シリーズ既読の方も初読の方も十分に満足のいく内容であることは確かでしょう。

 まず、最初のエピソード「赤信号」がかなり強烈。どこにでもありそうな言い伝えにまつわる話の中に、さりげなく潜まされたささやかな“謎”――それが見出されるや否や、そこを足がかりに思わぬ推理が次々と繰り出され、ついには唖然とさせられる結論に行き着いてしまうのが見どころで、印象に残る結末も含めて傑作といっていいのではないでしょうか。

 続く「夏休み」から「災い転じて」までは一転して、クラス内での謎を題材としたややおとなしめの内容で、個々の“謎”そのものはたわいもなくわかりやすいところもないではないですが、それを筋道立てて解き明かす優佳の推理はなかなかのもの。そして、“謎”として扱われるのが級友たちの言動であり、いわば“謎”が“人物”に直結しているところが目を引きます*2

 “謎”の主体となる人物がはっきりしているにもかかわらず、その当人に気軽に真意を尋ねるわけにはいかない状況――つまりは、少々微妙でデリケートな要素をはらんだ、ちょっとした個人的な“秘密”が“謎”となっているために、優佳による事態の“解決”(謎解きではなく)もその当人にだけ意味の伝わる形を取ることが多く、結果としてその“解決”自体もまた一種の“謎”となるのが面白いところです。

 そして最後に、語り手の上杉小春に対して、二つの“謎”――級友たちの言動と優佳の“解決”の意味――が解き明かされることによって、それまで小春の目にも見えていなかった級友たちの新たな一面があらわになり、その人物像がよりしっかりと印象づけられるのがうまいところで、謎と解明そのものが同時に級友たちのポートレイトになっていくという趣向がユニークです*3

 そして最後の「優佳と、わたしの未来」は、三年間の高校生活の幕を閉じるにふさわしいというか何というか、なかなか面白い謎と推理の果てに、(ある意味でものすごい結末が用意されています。伏線はきっちりと張られていますし、ある程度は予想できないこともないのですが、ここで“これ”を持ってくる仕掛けには、(個人的に半ば苦笑しつつも)脱帽せざるを得ません*4。それを受けての、一見さらっとしたようでいながらも、深い意味が込められているようにも思える最後の一行が、強く印象に残ります。

*1: 実際のところ“とある理由”で、予備知識なしに本書を読んだ方の感想が気になるところではあります。
*2: “日常の謎”はもともと、“誰なのか”が謎として扱われにくい(フーダニットの要素が薄い)傾向があるのは確かですが、ここまで“犯人”が明示されたエピソードばかりなのは、あまり例がないのではないでしょうか。
*3: ……と書いてみて思い出しましたが、七河迦南『七つの海を照らす星』に通じるところがあるように思われます。
*4: このあたり、未読の方の興を削がないよう少々歯切れが悪くなっていますが、ご了承くださいませ。

2013.05.25読了  [石持浅海]
【関連】 『扉は閉ざされたまま』 『君の望む死に方』 『彼女が追ってくる』 『賛美せよ、と成功は言った』



憑き物  鳥飼否宇
 2013年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 “並外れた生き物オタク”である〈観察者〉鳶山久志と植物写真家・猫田夏海のコンビが登場するシリーズ最新作*1は、前作『物の怪』に引き続いてオカルト寄りの味付けが施された作品集です。
 前作に比べると民俗学的な要素がやや薄れた一方で、生物学の知識により重きが置かれているのが目を引くところで、怪現象の謎解きはまさに〈観察者〉の面目躍如。裏を返せば、一般的な読者にとっては解き明かすのが難しい謎になっているきらいもありますが、まあそこはそれ*2。“謎/解決がどのように組み立てられているか”――得体の知れない“もの”を材料に作り上げられた“怪しの世界”は、本書の大きな魅力といえるでしょう。
 “最後の真相”の後味の悪さは前作同様で、特に本書では掉尾を飾る表題作「憑き物」が強烈な印象を残します。

「幽{かそけ}き声」
 岩手県の山深い集落・尾津馬を訪れた際に、思わぬ事件に巻き込まれた猫田。霊能力で“イヅナ”を操り託宣を下す“イヅナサマ”を代々つとめるという滝上家で、奇妙な書き置きとともに刺殺死体が発見されたのだ。犯人の行方は杳として知れないまま、猫田から話を聞いて“イヅナ”に興味を持った鳶山は……。
 憑き物として知られる“イヅナ”*3を題材としつつ、それを操るという“イヅナサマ”の一家で起きた悲劇の顛末を描いた作品。真相にはある程度予想しやすいところもありますが、解明の手順がなかなか面白いと思います。

「呻き淵」
 鳥取県の山間にある土師神集落、竜神伝説の残る梅木淵で、奇怪な呻き声を耳にした猫田。気になって翌日再び淵を訪れてみると、突然降り出した大雨の中、のっぺらぼうの乳呑み児を抱えて水面に立つ女の幽霊を目撃することに。確かに撮影したはずのカメラには幽霊の写真はなく、おびえる猫田だったが……。
 冒頭ののどかな集落の風景に怪現象が影を落とし、次第に暗転するかのように雰囲気が変わっていくのが印象的。怪現象の正体は比較的シンプルですが、そこから派生する真相には見ごたえがあり、最後に待ち受ける痛烈な“しっぺ返し”もまた見事です。

「冥{くら}き森」
 猫田の友人が嫁いだ奄美大島の焼酎の蔵元で、ユタの祈祷が行われることになった。隣の喜界島で猛威を振るう飛蝗を予言していたというユタに、鳶山も興味津々だったが、祈祷の最中にはポルターガイスト現象が相次いで発生し、ついには蔵元の敷地内にある神木の林をめぐる不可解な託宣が下されて……。
 予言やポルターガイストといった派手めの現象に大胆なトリックが組み合わされているのが秀逸で、徹底した“○○づくし”*4の趣向も面白いところです。そして謎が解き明かされた後、ラストシーンでの“急変”が実にスリリング。

「憑き物」
 ――内容紹介は割愛します――
 本書の刊行に際して書き下ろされた、連作の幕を閉じるエピソード。“憑き物”に憑かれて豹変した登場人物の、奇矯な行動の裏に隠された“狂気の論理”が凄絶です。

*1: このシリーズは(少なくとも現時点では)どこから読んでもかまわないのでご安心を。
*2: 解決に特殊な知識を要するミステリはアンフェアとされることが多いかと思いますが、個人的な考えとしては、そのような作品についてはそもそもフェア/アンフェアを取り沙汰することにあまり意味がないのではないか、と。
*3: 「管狐 - Wikipedia」を参照。
*4: 例によって文字数は適当です。

2013.06.05読了  [鳥飼否宇]
【関連】 『物の怪』 『生け贄』 / その他〈観察者シリーズ〉



冬の子供たち Winter's Children  マイクル・コニイ
 1974年発表 (関口幸男訳 サンリオSF文庫45-C・入手困難

[紹介]
 地軸の傾きが変動したことで氷河期に突入し、深い雪と止まない嵐に閉ざされて文明が崩壊した世界――雪野原から上部だけがぽつんと突き出た教会の塔で、リーダーのジャッコに率いられて暮らす数人の男女。獲物にしてきた巨大な白い獣〈四つ肢〉は、一種の知性を備え始めて逆襲してくるようになり、もっぱら雪の下に埋もれた建物から缶詰を探し出して食いつなぐ日々が続く。しかも、肩に翼のような帆をつけてスキーを履いた肉の狩り手たちが、彼らの棲家に気づいて襲撃を仕掛けてきたのだ。塔の守りを固めるのか、それとも塔を捨てて南の土地を目指すのか、ジャッコの決断は……?

[感想]
 マイクル・コニイ(コーニイ)の長編は現時点で4作が邦訳されていますが、その中にあって本書はやや毛色の変わった作品といえるように思います。まず物語の舞台からして、他の三作でいずれも重要な役割を果たしている“海”が登場せず*1、代わりに深い雪に埋もれた世界――しかも文明の崩壊もあって、ごく狭い範囲で非生産的な(?)生活を送ることを余儀なくされている、少人数のコミュニティに焦点が当てられているのが本書の特徴です。

 文明崩壊後の地球を舞台に少人数の冒険を描いたSFという点では、(環境は大きく異なるものの)ブライアン・W・オールディス『地球の長い午後』を思わせるところもあるのですが、肉の狩り手たちとの度重なる戦闘に代表される本書での“冒険”は、あくまでも生き延びるため――コミュニティの維持を目的としたもので、だいぶ趣が違っています。それだけ生き抜くのが厳しい環境ということの表れでもあるかもしれませんが、物語は全体的に“内向き”の印象が強いものになっています。

 すなわち、本書で力点が置かれているのは、閉塞感に満ちた生活を送らざるを得ないコミュニティ内部の人間模様で、単にそれぞれが個性豊かに描かれているというだけでなく、あまり協調性のない面々*2がそれぞれにめぐらせる思惑、そして様々な出来事が起こるたびに揺れ動く心理、さらには、生き延びるためにばらばらなメンバーたちをまとめていかなければならないジャッコの、リーダーとしての責任と苦悩など、実に見ごたえがあります*3

 その反面、登場人物たちがあまり主体的に動くことなく、それを動かすために次々とイベントが用意されている、という印象は拭えないところで、随所にややご都合主義めいた部分が目についてしまうのは否めません。例えば、中盤あたりから浮かび上がってくる“あるSF設定”にしても、非常に効果的に使われているのは確かですが、あまりにも都合のよすぎるタイミングで登場してくるところなど、取ってつけたように感じられるのも事実です。

 それでも、最後の頁をめくったところで一瞬目を疑い、次いで思わずニヤリとさせられる、ラストの鮮やかなオチは非常に秀逸。“驚天動地の結末”というほど強烈なものではないながらも、ある意味では“ちゃぶ台返し”にも等しい*4オチではあるのですが、それが大きなカタルシスを伴っているのがうまいところですし、最後の台詞の何ともとぼけた味わいも絶妙。結局のところ、この結末をやりたいがための物語だったといっても過言ではないのですが、その目論見は見事に成功しているといっていいのではないでしょうか。

*1: それでも雪原を進む“船”が使われるあたりは、作者らしいというべきかもしれません。
*2: これは必ずしも個人個人の性格というだけではなく、文明の崩壊――教育の欠如もあって精神的に成熟していないようなところが見受けられます。題名の“子供たち”は、そのような意味とも考えられるでしょう。
*3: このあたりを十分に描くために、本書では多視点による描写が採用されていますが、これも他の三作と異なる特徴です。
*4: (以下伏せ字)ジャッコが目的としていた“コミュニティの維持”が、あっさりと“台無し”にされている(ここまで)、という意味で。

2013.06.14読了  [マイクル・コニイ]



天啓の殺意  中町 信
 1982年/2005年発表 (創元推理文庫449-02)ネタバレ感想

[紹介]
 推理作家・柳生照彦が、雑誌「推理世界」の編集者・花積明日子のもとに持ち込んできたのは、犯人当てリレー小説の企画だった。すでに問題編を書き上げてきたという柳生は、自身の解決編を掲載する前に、タレント作家として有名な尾道由起子に解決編を書いてもらい、作家同士の知恵比べをしようというのだ。だが、その後温泉宿で解決編を執筆するはずだった柳生は、遺書めいた文書を残して消息を絶ってしまう。そして柳生が預けていった問題編の原稿とは、半年前に実際に起きた事件――いまだ解決をみない殺人事件の経緯を、克明に綴ったものだった……。

[感想]
 本書は、中町信が1982年に発表した第六長編『散歩する死者』を、大幅に改稿を加えた上、(先に同様の経緯をたどって創元推理文庫で刊行され、好評を博した『模倣の殺意』*1に合わせるように)改題したものです。元は30年前の作品ということもあって、少々古びて感じられる部分がないでもないですが、凝ったプロットは現在の読者をも引き込む力を備えていますし、よく考えられたトリックも鮮やか。ただし、作者の作風についての予備知識があると、真相をある程度見通しやすくなるところがありますので、ご注意ください。

 物語は、いわば“外枠”にあたる短い「プロローグ」に続いて早速“問題編”に突入しますが、そこで描かれている事件は、工場経営者の妻が旅先で遭った強盗殺人という様相を呈し、関係者のアリバイが焦点になってくるという、いかにも“現実的”なもの。これは個人的な好みの問題になりますが、“実際に起きた事件そのまま”という趣向のせいもあるとはいえ、“謎”が(ある種の)“幻想”*2を伴ったものであってほしいという立場からすれば、この部分がいささか魅力に欠けているのは否めないところ。

 このあたりは、作者自身の志向もあるのでしょうが、本書が最初に発表された時代――“新本格ミステリ”勃興の数年前――の趨勢、すなわちリアリズム重視の風潮が高じて“絵空事”が厳しく“制限”されることになったのか*3、一部の例外を除いて“幻想”を欠いた“謎”が大勢を占めていたような状況――個人的な印象ですが――を踏まえれば、致し方ないところかもしれません。

 ……閑話休題。“問題編”の中で、犯人当てにしてはあからさまにすぎるヒントが示されたあたりから、物語がおかしな方向へ進み始めるのが本書の大きな見どころで、“虚構”の代わりに“現実”を綴った作者・柳生照彦の真意はつかめないまま、“犯人当て小説”から“現実の犯人探し”に転じるのがユニーク。さらに、そこから先にもなかなか一筋縄ではいかない展開が用意されており、二転三転する物語はまったく目が離せないものになっています。

 そして、意表を突いた趣向も盛り込まれた“解決編”はやはり圧巻。前述の理由で、作者の手の内が読めてしまう部分もないではないですが、それを差し引いても、細部まで考え抜かれた企みは非常によくできていると思いますし、幕切れもまた実に印象的です。欲をいえば初刊当時に読みたかったという思いもありますが、現在でも十分に通用する作品なのは間違いないところでしょう。おすすめです。

*1: 『新人賞殺人事件』『新人文学賞殺人事件』を改題。
*2: あるいは、綾辻行人いうところの“雰囲気”(講談社ノベルス版『水車館の殺人』の「あとがき」より)に近いかもしれません。
*3: 例えば「巽昌章氏によるミステリー「本格冬の時代」考」を参照。

2013.06.21読了  [中町 信]


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