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幽霊の2/3/H.マクロイ

Two-Thirds of a Ghost/H.McCloy

1956年発表 駒月雅子訳 創元推理文庫168-05(東京創元社)

 “幽霊の三分の二”というゲームの最中、三回答えられず“幽霊の三分の三”になっている間に毒殺された*1エイモス・コットルが、記憶を喪失していた――過去を持たない“幽霊”だったというのがまずよくできています。題名との関連もさることながら、“エイモス・コットル”の正体についての興味、さらにはその失われた過去に犯行の動機が存在する可能性が浮上してくるところが秀逸です。

 そしてそれ以上によくできているのが、“人気作家エイモス・コットル”そのものが“幽霊”――ゴーストライターであり、ガス、トニー、レッピー(レプトン)の三人*2がそれぞれ“幽霊の三分の一”ずつを担当していたという、十分な意外性を備えるとともに題名と巧みに絡んだ真相で、何ともエレガントなものに感じられます。

 ただし、この真相――加えてもちろん、犯人がその中の一人(三分の一)であること――からすれば、『幽霊の2/3』よりも『幽霊の1/3の方が題名として適切であることは明らかでしょう。にもかかわらず本書が『幽霊の2/3』という題名になっているのは、作中の“幽霊の2/3”というゲームが実在したものだからではないでしょうか。

 かくして、エイモスの死で損害を受ける者ばかりだったはずが、ゴーストライターをつとめる三人については“エイモスが死んでもかまわない”*3という立場の反転が生じ、一気に容疑が濃厚となる展開もまた鮮やか。そして、ゴーストライターの真相がヴィーラを通じて暴露される危険性が、エイモスを殺害する積極的な動機につながっているのも巧妙なところです。

 ここで、レプトンが口にした(240頁~241頁)“批評家の病的心理”をもとに、ベイジルが“殺人犯は(中略)批評家でなければなりません”(302頁)と結論づけているのはいささか観念的にすぎる感があります。むしろ、三人の中でレプトンだけが“エイモス・コットルの印税が頼みの綱”(301頁)という事実に重きを置く方が、推理の説得力が高まったのではないでしょうか。

 最後に唐突に明かされる氷のカプセルを使った毒殺トリックは、前例がある*4こともあって面白味を欠いているのは否めませんが、犯人であるレプトン自身があえて“溶けるカプセル”(122頁)に言及した上で、“犯人はそれ(注:水に溶けるカプセル)がアルコールにも溶けるとどうやって確信したんだろう。”(123頁)と撹乱を図っているあたりは面白いと思います。

 終盤のヴィーラ殺害はとってつけたように感じられるところもありますが、犯行の動機が“エイモス・コットルの正体”とはまったく無関係だというのはなかなか皮肉で気が利いているように思われます。

*

 解決の直前には、ベイジルとアレックによって以下のような手がかりが示されています。

  1. エイモス・コットルという名前
  2. “幽霊の三分の二”のゲームで、コットルが最初の質問に答えられなかったこと
  3. 『情熱的な巡礼者』の腕が折れるシーン
  4. トニーのコットル宛の最初の手紙から『退却』刊行までの三ヶ月という期間
  5. トニーのりんご売り婆さんの話
  6. ガスの従軍体験
  7. レプトンが解剖学に不案内であること
  8. ヴィーラと暮らしていたあいだコットルは執筆しなかったこと
  9. エイヴァリーによれば、コットルの小説は過去三十年間の流行小説の寄せ集め
  10. レッピーは意地悪ないたずらが大好き
  11. レプトンの父親は製本屋だった
    (277頁~278頁より)

 作者がこれらの手がかりをわざわざ提示したのは、フェアプレイを意識しただけでなく、解決場面が煩雑なものになるのを避けるためもあるのではないかと思われます。が、物語の中に埋め込まれた状態であればいざ知らず、手がかり(伏線)として取り出されてみると真相――ゴーストライターと毒殺犯の双方――を露骨に暗示しすぎ*5で、かなり見え見えになってしまうのが残念。

 また、ゴーストライターと毒殺犯の正体という二つの真相を、場を改めた“二段構え”で明かすという構成のせいもあってか、特に後半のフーダニットが窮屈なものとなっているのは否めません。

*1: 事件が発覚した際の、“彼を幽霊だと言ったわね(中略)彼は死んだと言ったわね。本当に――死んでるわ”(101頁)というヴィーラの台詞もうまいところです。
*2: 恥ずかしながら世界史には疎いので、アウグストゥス、アントニウス、レピドゥスによる“三頭政治”という伏線が今ひとつピンとこなかったのが残念。
*3: エイモスの死を受けたヴィーラが、“あたしたちも誰かを雇って、エイモス・コットル名義の小説を書かせてみたらどうかしら”(201頁)とトニーに提案しているあたりが何とも皮肉です。
*4: 少なくともジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)の長編(以下伏せ字)『五つの箱の死』(ここまで)で同様のトリックが使われています。
*5: とりわけ、7.、10.、11.の三点がレプトンに関するものであるために疑惑が向きやすくなっている(もちろん、7.と10.は毒殺犯につながる手がかりではありませんが)部分がありますし、11.については明らかに他の手がかりとは異質なもの――エイモス・コットルの小説とは無関係――であるため、それが青酸化合物の入手経路を意味することまではわからなくとも、毒殺犯の見当がついてしまうきらいがあります。

2009.09.05読了