ミステリ&SF感想vol.174

2009.11.10
『幽霊の2/3』 『花窗玻璃 シャガールの黙示』 『赫眼』 『ハイペリオン(上下)』 『四神金赤館銀青館不可能殺人』



幽霊の2/3 Two-Thirds of a Ghost  ヘレン・マクロイ
 1956年発表 (駒月雅子訳 創元推理文庫168-05)ネタバレ感想

[紹介]
 人気作家エイモス・コットルのもとに、別居中の妻で女優のヴィーラ・ヴェインが戻ってくる――知らせを聞いた関係者の脳裏を不安がよぎった。アルコール依存症を克服して作家になったエイモスだったが、ヴィーラと暮らしていた3ヶ月間は再び酒におぼれ、まったく小説を書くことができなかったのだ。はたして、出版社社長トニー・ケインの邸宅で開かれたパーティーに招かれたエイモスは、ヴィーラを伴い酔っぱらって現れた。そして余興として行われたゲーム“幽霊の2/3”の最中、早々とゲームに負けて独り酔いつぶれたはずのエイモスは、いつの間にか毒殺されていたのだった……。

[感想]

 かつて創元推理文庫で刊行されながらその後長年にわたって絶版状態が続き、並外れた入手難度の高さで“名のみ語り継がれてきた傑作”*1となっていた作品ですが、新訳で復刊されて手に取りやすくなったのは喜ばしい限り。内容の方も、“傑作”というにはいささか難もあるものの、一読の価値があることは間違いないでしょう。

 ベストセラー作家エイモス・コットルと蜜月関係にある出版関係者にとって、エイモスの妻ヴェインはトラブルメーカーに他ならず、物語は冒頭から不穏な空気を漂わせます。そしてエイモスを招いたパーティーの席上、本書の題名になっている“幽霊の2/3”というゲーム*2の最中に、当のエイモスが毒殺されてしまうという事件が発生しますが、その場にいた誰もが犯行の機会と動機を持たなかったというのが大きな謎。特に、“金の卵を産む鵞鳥”であるエイモスの死で得をする人物が見当たらない点が目を引きます。

 招待客の一人でもあったシリーズ探偵の精神科医ベイジル・ウィリング博士は主に、犯行の動機につながると目される被害者エイモスの身辺事情を探っていくことになりますが、周辺に出版社社長、作家のエージェント、文芸批評家など出版関係者が配されることで出版業界の内幕が、出版契約や業界の慣習など事務的側面から作品と批評との関係といった文学的側面に至るまで、シニカルなユーモアに包んで徹底的に描き出されているのが本書の大きな見どころといえます。

 とりわけ、出版社社長トニー・ケインが(他ならぬ)ミステリに関する暴論を口にするくだり(201頁)や、エイモスのデビュー作をめぐるエージェントと批評家の食い違い(「第九章」)など、小説に対する批評についてのいわば“メタ批評”をブラックなジョークに仕立てた箇所は必見。さらにいえば、後の長編『読後焼却のこと』――辛辣な書評で作家の恨みを買った匿名書評家の命が狙われる――との関係(あるのかないのかわかりませんが)も興味深いところではありますが……閑話休題。

 物語が進むにつれて予想外の謎が掘り起こされていくとともに、単なるゲームの名前にすぎなかった“幽霊の2/3”という言葉がたびたび浮かび上がってくるという構成が実に見事。そして、クライマックスでウィリング博士が落とす“爆弾”――意外な真相(の一部)はなかなか強烈なインパクトを備えていますし、それを支える数多い伏線の巧みな配置には圧倒されます。

 一つ残念なのが解決の手際の悪さで、毒殺トリックが唐突に明かされるのは(一応伏せ字)そこに重きが置かれていない(ここまで)と考えればいいのかもしれませんが、それ以外にも全般的にやたらと駆け足になっている上に、プレゼンテーションの手順がちぐはぐ*3で演出効果を損ねている面もあり、最後にきて“ぐだぐだ感”が残ってしまうのは否めません。とはいえ、やはりおおむねよくできた作品であるのは確かだと思います。

*1: 本書カバーの紹介文より。復刊してくれたのはありがたいのですが、“名のみ語り継がれ”ることを余儀なくされた理由を考えると、今ひとつ釈然としない表現ではあります。
*2: “親になった者が各プレイヤーに順番にクイズを出題する。それに答えられなければ、一回目は幽霊の三分の一、二回目は幽霊の三分の二になる。三回答えられないと、幽霊の三分の三、つまり完全な幽霊になる。要するに死ぬわけで――ゲームから脱落する。”(98頁)というもの。現実に行われていたゲームなのか、作者が考案した架空のものなのか定かではありませんが、“ある理由”から実在のゲームではないかと思われます。
*3: これにはある程度仕方のないところがあるようにも思われますが。

2009.09.05読了  [ヘレン・マクロイ]



花窗玻璃{はなまどはり}  シャガールの黙示  深水黎一郎
 2009年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 かつてヨーロッパに渡って六年もの間音信不通だった神泉寺瞬一郎は、“空白の六年間”のことを尋ねる伯父の海埜警部補に、説明の代わりに「花窗玻璃」と題された手記を読ませる。それは、瞬一郎がフランスの都市ランスで遭遇した事件の顛末を綴ったものだった……。
 ……ランス大聖堂の南塔屋上から転落死した男。現場への出入りは限られており、他に誰かがいた様子もないことから、警察は自殺と断定する。その半年後、浮浪者が大聖堂で原因不明の死を遂げているのが発見される。そして二人はともに、死の直前に大聖堂の小礼拝堂でシャガールのステンドグラスを見ていたというのだ……。

[感想]

 ユニークな美術ミステリの『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』、オペラを題材とした『トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ』に続く、“芸術探偵”神泉寺瞬一郎と伯父のコンビを主役としたシリーズの第三弾となる本書では、建築物――フランスのランス大聖堂とそのステンドグラスを中心とする装飾が題材とされ、前2作同様に作中で詳しく丁寧に説明されています*1

 本書では、題材が題材だけに現地での物語とする必要がある一方、海埜警部補を海外に出張させるのは現実的でないという理由もあってか、事件の顛末が瞬一郎の手記――作中作として提示され、海埜警部補は捜査陣の一人ではなく読者として事件に臨むという形になっていますが、これまでの作品からみてテキストと読者との関係を強く意識している節のある*2作者のこと、作中作という形式を有効に利用しようという意図もうかがえます。

 その一つが、手記の中で明治大正期文学の表記を生かしてランス大聖堂の壮麗さを表現するという手法で、例えば“花窗玻璃”“ステンドグラス”とルビが振られるなど、通常はカタカナで表記される語句が地名や人名に至るまですべて漢字+ルビで表記されており、その狙いが筆者(瞬一郎)によって作中(の外枠部分)でわかりやすく説明されている点も含めて、作中作ならではの試みといえます。そしてその結果、多少読みづらく感じられる部分もないではない*3とはいえ、独特の雰囲気に包まれた印象的な物語に仕上がっています。

 その手記の中に登場する事件は、自殺として処理された転落死と原因のわからない不審死という今ひとつとらえどころのないもので、そのせいもあってか、まず目を引くのは(ある意味では本題ともいえる)ランス大聖堂の微に入り細にわたる描写や現地の様々な人々との交流など、事件の真相解明とはあまり関係がなさそうに思える部分ですが、そこで芸術と人々の関わりをしっかりと描きながら伏線を配していく作者の手腕はなかなか巧妙。

 しかしながら、幕間として挟み込まれる瞬一郎と海埜警部補の愉快な(?)やり取り、作中作という形式を生かしたともいえる一風変わった解決の手並み、現実にはとても実行できなさそうな豪快なトリックのインパクト、そして思わず胸打たれる事件の背景の事情と、見どころは十分に揃っているといっても過言ではないものの、正直なところ作者にしてはやや物足りなさが残るのは否めない――という感想を抱いていたのですが……しかし

 「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音樂」での秀逸な解題*4をみてようやく気づかされた、本書に盛り込まれている作者の密やかな企みには完全に脱帽。と同時に、それを暗示するヒントが周到かつ大胆に配置されているのも実に見事で、一筋縄ではいかない作者の本領が存分に発揮されているといっていいでしょう。自らの不明をひたすら恥じるしかない快作です。

*1: 「講談社BOOK倶楽部」内の特集ページ「『花窗玻璃(はなまどはり) シャガールの黙示』深水黎一郎|講談社ノベルス」に掲載されたインタビューによれば、“ランスの大聖堂とシャガールのステンドグラスについて、日本語で読めるものとして、これ以上詳しい文献はない筈”とのことです。
*2: 《読者が犯人》という趣向の『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』はもとより、作中作や(一応伏せ字)「読者への挑戦状」(ここまで)を巧みに利用した『エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ』、そして読者によるテキストの読み替え――“誤読の権利”に焦点を当てた『トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ』と、いずれの作品においてもテキストと読者との関係にまつわる趣向が盛り込まれているといえるのではないでしょうか。
*3: もっとも、個人的にはカタカナが氾濫する文章よりはよほど読みやすく、さほどストレスなく読み進めることができました。
*4: 私見ではかなりネタバレ気味なので、該当記事への直接のリンクはここでは避けます。

2009.09.14読了  [深水黎一郎]
【関連】 〈芸術探偵シリーズ〉



赫眼{あかまなこ}  三津田信三
 2009年発表 (光文社文庫 み25-3)

[紹介と感想]
 書下ろしホラーアンソロジー〈異形コレクション〉に発表された作品を中心とした、作者初となる(一応)ノンシリーズ――〈死相学探偵シリーズ〉の作品や、〈三津田信三シリーズ〉に含まれそうな作品もありますが――のホラー短編集で、様々なテーマの全8篇に加えて、作者が趣味で蒐集したという“実話怪談”が4篇収録されています。
 日下三蔵氏による解説では、作者独特の手法について“「虚構←→現実」という縦軸に、「本格ミステリ←→ホラー」という横軸を加え、四つの象限を自在に往還することで、読者に思いもよらない謎と恐怖を提示する”と指摘されていますが、ノンシリーズの短編集である本書では、各篇がいわば“四つの象限”の異なる座標に次々とプロットされていくことで、その効果が際立っているように思われます。

「赫眼{あかまなこ}
 みすぼらしい服装ながら小学生とは思えない色香さえ漂わせる美少女・目童たかり。ある日、学校を休んだ彼女の家まで届け物をすることになったのだが、同級生と一緒に訪ねた奇妙な建物の奥には――そしてその夜から、“何か”が少しずつ近づいてくる不気味な夢が始まって……。
 〈異形コレクション〉(一応伏せ字*1『伯爵の血族 紅ノ章』(ここまで)に発表された作品で、テーマに忠実であるがゆえに当然といえる部分もあるものの、恐怖の対象でありながらも妖しい魅力に満ちた美少女・目童たかりの存在感が見事です。そして、『忌館 ホラー作家の棲む家』の“アレ”を思わせる気色の悪い“笑い”の表現が印象的。

「怪奇写真作家」
 海外の怪奇写真作家についての打ち合わせをして編集部を後にしたところ、フリーの編集者と名乗る女性に声をかけられる。編集部で話を耳に挟んだという彼女に紹介されて、心霊スポットばかりを撮影しているという奇妙な写真家の家を訪れることになったのだが、そこには……。
 語り手となる編集者の名前こそ示されないものの、『忌館 ホラー作家の棲む家』などの〈三津田信三シリーズ〉そのままに、“現実”と“虚構”を巧みにつなぎ合わせることで、“恐怖”に奇妙なリアリティが付与されている*2作品。終盤のとあるネタも含めて、実に作者らしい1篇といえるでしょう。

「見下ろす家」
 「オバケヤシキ」というテーマの原稿を書くことになって思い出したのは、小学生の頃に体験した幽霊屋敷での出来事だった。それは崖の上にぽつんと建てられた一軒家で、完成してからも誰も住んでいる気配がなく、ただこちらを“見下ろして”いたのだ。そしてそこを訪れてみると……。
 〈異形コレクション〉『オバケヤシキ』に発表された作品ですが、“見下ろす”という表現にも表れているように、“家に取り憑いた幽霊”ではなく家そのものが怪異の主体となっているのが面白いところ。しかも、ストレートな怪異ではなく今ひとつとらえどころがないゆえに、かえってじわじわとくるものがあります。

「よなかのでんわ」
 真夜中の二時に電話をかけてきた同級生はどうやら、五年前に帰郷した際に、ホラー作家デビューを祝うと称して強引に連れて行かれた、あの不吉な場所にいるらしい。よりによってそんな場所から、と思いながらも相手の思い出話に付き合っていたのだが、やがてそのうちに……。
 〈異形コレクション〉『闇電話』に発表された作品。全編が会話文というスタイルはさほど珍しいものとはいえませんが、地の文抜きで(ある意味)だらだらと会話が積み重ねられることで、急ぎすぎることなく緩やかに恐怖の源に近づいていく感覚が演出されているのが見事です。

「灰蛾男の恐怖」
 真夜中の露天風呂。旅館の裏山にある廃屋から山道をたどって入浴にきたという老人は、中国から引き揚げて間もない頃に起きた事件を語る。それは、当時老人が演じていた紙芝居「灰蛾男の恐怖」さながらに、マントをまとった怪人物が子供を襲って消え失せた事件だった……。
 “刀城言耶シリーズを書いている作家”が主人公だけあって、本書の中では最もミステリ寄りの作品となっています。マントを広げて子供を襲う怪人物*3――都市伝説を体現したような“蝙蝠男”と紙芝居から現れたような“灰蛾男”とが交錯する怪異譚も魅力ですが、比較的穏当かつ現実的(?)なトリックの後に披露される、凄まじいバカトリックが圧巻です。

「後ろ小路の町家」
 京都に住んでいたEさんから届けられた、中学生の頃の不気味な体験談。一家が何やら事情を抱えて引っ越してきた狭い小路は「後ろ小路」と呼ばれ、転校した学校でできた友達によれば、夕方になると別の世界につながってしまうのだという。そしてある日、下校してきたEさんは……。
 〈異形コレクション〉『京都宵』に発表された作品で、作中では『百蛇堂 怪談作家の語る話』の取材中に仕入れた話だとされています。“逢魔ヶ刻”というにふさわしい世界の中で進んでいく物語も魅力ですが、それが一旦決着した後の“外枠”部分で浮かび上がる得体の知れない雰囲気が何ともいえません。

「合わせ鏡の地獄」
 出張で泊まったカプセルホテルの洗面所には、壁の両側に向かい合うように大きな鏡が設けられていた。思わず漏れた「鏡地獄」という言葉を聞きつけて声をかけてきた見知らぬ男は、乱歩の話から怪談まで様々な話題を提供してくれたのだが、ついに合わせ鏡の話を……。
 〈異形コレクション〉『未来妖怪』に発表された作品。“未来妖怪”というテーマに対して“合わせ鏡”とは古風なものを、と最初は思ったのですが、読み進めてみると確かに“未来妖怪”。ユニークなアイデアが光る作品です。

「死を以て貴しと為す 死相学探偵」
 “死相学探偵”弦矢俊一郎の事務所を訪ねてきた男には、死相――死の影は視えなかったが、そこには何かとてつもなく忌まわしいものが感じられた。その男・飯沼は、事故で亡くなった三人の友人に呼ばれていると俊一郎に告げ、事故が起きた顛末を語り始めたのだが……。
 〈異形コレクション〉『幻想探偵』に発表された作品で、『十三の呪』に始まる〈死相学探偵シリーズ〉の1篇です。(通常の探偵とは違うとはいえ)曲がりなりにも確固とした探偵役が登場することで、本書の中では最も怖く感じられないのは確かですが、それでも結末で明らかになる(以下伏せ字)ある人物(ここまで)に関する真相には、何とも薄ら寒いものが残ります。

*1: 事前にテーマを知っておいた方が楽しめるような、知らずに読んだ方が楽しめるような、微妙なところに思えるので。
*2: このあたりについては、「『赫眼』(三津田信三/光文社文庫) - 三軒茶屋 別館」“怪談の場合にはその着地点が基本的には虚構寄りの場合が多いと思われるのに対し、本書では現実寄りのものが多いのです。夢オチならぬ現実オチとでもいいましょうか。”との指摘が興味深く感じられます。
*3: この点については、これまた「『赫眼』(三津田信三/光文社文庫) - 三軒茶屋 別館」(前略)を想像してしまったために恐怖よりも笑いが先にきてしまったのには困ってしまいましたが(笑)”に同意です。

2009.09.17読了  [三津田信三]



ハイペリオン(上下) Hyperion  ダン・シモンズ
 1989年発表 (酒井昭伸訳 ハヤカワ文庫SF1333,1334)

[紹介]
 28世紀、辺境の惑星ハイペリオンにて異常事態が発生した。時を超越した怪物シュライクを封じ込めているとされ、人々の畏怖と信仰を集めてきた謎の遺跡〈時間の墓標〉が、その封印を開きかけているというのだ。時を同じくして、連邦から離脱して一大勢力を築き上げた宇宙の蛮族アウスターが、ハイペリオン星系へ大挙侵攻を開始した。連邦は、前ハイペリオン領事をはじめとする7人の男女を、シュライク教団の巡礼としてハイペリオンへ、そして〈時間の墓標〉へと送り込む。その旅の途上、互いに面識のない巡礼たちは、それぞれにハイペリオンを目指す理由を語り合うことになり……。

「司祭の物語」
 カトリック教会の司祭、ルナール・ホイト神父がまず取り出したのは、異端の罪でハイペリオンに追放されたポール・デュレ神父の日記だった。デュレ神父は、遭難した植民者集団を起源とするらしい伝説の部族・ビクラ族に興味を持ち、彼らを訪ねてハイペリオンの大陸奥地にある峡谷へと向かったのだが……。

「兵士の物語」
 FORCEのフィドマーン・カッサード大佐は、シミュレータによる戦闘訓練のたびに仮想体験の中で謎の女と出会い、愛を交わしてきた。そして、アウスターに攻撃された宇宙船から何とか脱出を遂げてハイペリオンに降り立った時、そこでついに“謎の女”モニータと現実で対面するが、やがて“敵”が現れて……。

「詩人の物語」
 老詩人マーティン・サイリーナスはかつてオールドアースに生まれ、数奇な運命をたどった後にろくでもない詩集で富と名声を築いたが、よみがえった本物の“詩想”以外のすべてを失い、芸術を愛するビリー悲嘆王の庇護を受けるようになる。やがて王とともに移住したハイペリオンでは、奇怪な事件が……。

「学者の物語」
 常に赤ん坊を胸に抱く歴史学者ソル・ワイントラウブ。一人娘のレイチェルは若き考古学者として、遠くハイペリオンにて〈時間の墓標〉の調査を行っていたが、そこで奇怪な事故に巻き込まれた。その結果、レイチェルはあまりにも残酷な現象に襲われ、娘を助けようとするソルの努力もむなしくほぼ万策が尽き……。

「探偵の物語」
 惑星ルーサスの女探偵ブローン・レイミアは、ジョニイと名乗る男から奇妙な依頼を受けた。自分を殺した犯人を探してほしいというのだ――驚いたことに、ジョニイは〈テクノコア〉のAIが造り出したサイブリッドで、18世紀に生まれたオールドアースの詩人ジョン・キーツの人格を復元したものだというのだが……。

「領事の物語」
 “領事”――前ハイペリオン領事は、遠い昔の物語が記録されたコムログを取り出した。それが語り始めたのは、いまだ転位システムが設置されていない時代、イルカと回遊島の惑星マウイ・コヴェナントを舞台にした、超光速宇宙船の若き乗員マーリンと土地の娘シリとの、風変わりな恋の物語だった……。


[感想]

 高い評判を知りながら、続編の『ハイペリオンの没落』『エンディミオン』『エンディミオンの覚醒』も合わせると文庫にして8冊(上下二分冊の四部作)という大ボリュームになかなか手を出しかねていたのですが、本書を意識して書かれた山田正紀『イリュミナシオン 君よ、非情の河を下れ』*1の刊行を機にようやく初読。読んでみると確かに、評判に違わぬ傑作でした。

 本書(と次作『ハイペリオンの没落』)は、18世紀に生まれた英国の詩人ジョン・キーツ(→「ジョン・キーツ - Wikipedia」を参照)の物語詩『ハイペリオン』及び『ハイペリオンの没落』を下敷きにした壮大なSF叙事詩で、恒星間に広がった人類を転位システムで結んだ〈ウェブ〉に、連邦と“宇宙の蛮族”アウスターとの対立、さらに惑星ハイペリオンの謎の遺跡群に時間を超越して出没する怪物シュライクといった、スケールの大きな設定が魅力です。

 あまりに壮大すぎるがゆえにそれを手短に解説するのは不可能で、様々な事柄が説明されないまま物語が進んでいく序盤など、少々とっつきにくく感じられるのは否めないのですが、物語の焦点が辺境の一惑星であるハイペリオンに、そしてそこを訪れる7人の巡礼たちに絞り込まれているのが本書の巧妙なところ。とりわけ、巡礼たち――半ば案内役を兼ねる森霊修道会の修道士ヘット・マスティーンを除いた6人――がそれぞれに語る“個人の物語”を、“大枠の物語”の中に取り込んだ“枠物語”の構成が採用されているのが非常に秀逸です。
「すなわち、ここにいるおのおのが時間の孤島であり、相互に隔絶されたパースペクティヴの海だということだよ。より適切に表現するなら、われわれのひとりひとりが、人類がハイペリオンに着陸して以来だれも解くことのできなかったジグソーパズルのピースをひとつずつ持っているかもしれないということだ」
  (上巻42頁〜43頁)
 上に引用したように、“ハイペリオンの謎”という“ジグソーパズルのピース”となり得る、ハイペリオンを目指すそれぞれの理由に重点が置かれているのはもちろんですが、同時に、生まれも育ちも異なり互いに接点を持たない巡礼たちによる“個人の物語”――“相互に隔絶されたパースペクティヴ”が、〈ウェブ〉/連邦―〈アウスター〉―〈テクノコア〉から構成される世界の様相という“パズル”の“ピース”となり、その積み重ねを通じて壮大な世界が少しずつ描き出されていくあたりが実に見事です*2

 まず最初の「司祭の物語」は、語り手であるルナール・ホイト神父の物語に“ポール・デュレ神父の物語”が取り込まれた入れ子構造となっています。大半を占める“デュレ神父の物語”は、ハイペリオンの奥地を舞台とした秘境冒険SFの趣もあり、また謎に満ちたビクラ族とのファーストコンタクトものともいえるでしょう。ビクラ族の造形には草上仁の短編などを思い起こさせるところもあるのですが、デュレ神父が見出した“聖十字架”の皮肉な真実と、あまりにも凄絶な結末が強烈な印象を残します。

 「兵士の物語」の語り手は、アウスターとの熾烈な戦闘で“死神”と異名を取ったフィドマーン・カッサード大佐で、戦闘場面の中で描かれるアウスターの姿にも興味深いものがありますが、物語の軸となるのは“運命の女”との出会い。反復される戦闘(訓練)と仮想の逢瀬、ハイペリオンでの邂逅、そしてアウスターとシュライクが入り乱れた凄惨かつ奇妙な戦いと激しい内容の割には、抑制された語り口のせいで意外に淡々とした印象を受けますが、それだけに予想を裏切る結末は衝撃的です。

 「詩人の物語」は、本書のトリックスターである老詩人マーティン・サイリーナスの、客観時間にして実に400年に及ぶ*2“一代記”で、ややSF色は薄くなっているものの、窮乏と巨万の富の間を行き来するその人生はまさに波瀾万丈で、めっぽう面白く感じられます。また、同じく“詩想”を追求する詩人という立場ゆえに、移住先のハイペリオンと縁の深い詩人ジョン・キーツへ物語が自然につながっていくのがうまいところ。そして終盤から結末へと至る怪奇小説的な展開も見ごたえがあります。

 ソル・ワイントラウブによる「学者の物語」は、間違いなく本書の白眉。ソルと妻サライの愛情を受けて健やかに育つ娘レイチェルの姿が序盤で生き生きと描かれることで、某有名作品(一応伏せ字)D.キイス『アルジャーノンに花束を』(ここまで)にも通じる悲劇が際立っていますが、そこにソルをしばしば襲う異様な――創世記中のエピソード*4に重なる――夢が組み合わされて、深遠なテーマとともにさらなる残酷な構図が浮かび上がってくるのが何ともいえません。

 「探偵の物語」は女私立探偵ブローン・レイミアを主役とした、依頼人の来訪に始まり、引き受けた依頼が大きな事件に発展するという由緒正しい(?)プロットのSFハードボイルド。これまでの“物語”の中であまり触れられなかった重要な要素――人類と対等ともいえる関係を築いたAIの集合体〈テクノコア〉に光が当てられ、サイバーパンク風の展開も交えつつ、(「探偵の物語」らしく)謎の一端が解き明かされるのも見どころですが、やはり壮絶な恋物語としての結末が圧巻。

 最後の「領事の物語」は、最初の「司祭の物語」と同様に他者の物語を取り込んだ入れ子構造となっています。その、ハワイをモデルにしたと思しき惑星での風変わりな恋物語では、断片化されたエピソードが回想によってシャッフルされることで、設定と相まって独特の効果を上げています。残酷きわまりない運命に隔てられながらも、恋人たちの間に変わらぬ愛情が存在し続けるのが救いではありますが、物語の幕切れはあくまで苦く、そしてその影響を受けた“領事の物語”もまた……。

 “個人の物語”を取り込んでゆったりと進んでいく“大枠の物語”は、巡礼たちが(一応伏せ字)ようやく目的地である〈時間の墓標〉に到着したところ(ここまで)で幕を閉じ、謎のほとんども次作『ハイペリオンの没落』に持ち越される形になっているのですが、巡礼たち全員*5の物語がきっちりと最後まで語られたことで、未完にもかかわらず不思議な満足感が残るのがまたすごいところです。

*1: もっとも、同書の「後書き」には“連載の二回目にはもう、そんなことは頭からきれいに消えてしまっていました。”と記されていますし、「雑読雑感」 “山田正紀作品にはそういうのが多いが、それを公言してなおかつ別ものになるのが凄い。”「本の感想 4051〜4060」より)という評にも同感です。
*2: 語り手(巡礼)たちの立場(身分/職業)が、(カトリックの)司祭、兵士、詩人、(歴史)学者、探偵、そして領事という具合にいずれも比較的なじみやすい(理解しやすい)ものとされているのも、見逃すべきではないかもしれません。
*3: 冷凍睡眠や延命処置によるもの。
*4: 「用語・主題解説 | イサクをささげようとするアブラハム」「サルヴァスタイル美術館」内)を参照。
*5: 前述の森霊修道士ヘット・マスティーンを除いて。

2009.09.22 / 09.30読了  [ダン・シモンズ]
【関連】 『ハイペリオンの没落(上下)』



四神金赤館銀青館不可能殺人  倉阪鬼一郎
 2007年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 四神町の名物、地元の名家・四神家が誇る〈金赤館〉は、名匠・十二代目入船大五郎の代表作として知られていた。それに対して、四神家の使用人の家系から財を成して急速に力を伸ばした花輪家の当主・花輪炎太郎が、十三代目入船大五郎に依頼して造り上げたのが〈銀青館〉。二つの館に象徴されるように両家の確執は深く、近年結ばれた姻戚関係によってもその対立を収めるのは容易ではなかった。そして嵐の夜、二つの館で事件が起こる。ミステリ作家・屋形らが招かれた〈銀青館〉では密室内で館主が殺害される一方、四神湾対岸の〈金赤館〉でも凄惨な連続殺人の幕が上がったのだ……。

[感想]

 ホラーを中心に、ミステリや時代小説、句集、さらには翻訳と、幅広い分野で活動している作者ですが、近作『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』巻末の著書リスト*1で堂々“バカミス”に分類されている本書は、まさにどこからどう見てもバカミスとしかいいようのない作品。そして本書のカバーには、倉阪鬼一郎による“作者のことば”の代わりに、作中のミステリ作家が自作に付した“袋小路と笑わば笑え。これも新本格だ!”*2というフレーズがそのまま使われ、“袋小路派”との位置づけに自覚的であることがアピールされています。

 物語はそのミステリ作家・屋形を主人公として、「銀青館」のパートを中心に時おり「金赤館」のパートが挿入されるという形で進んでいきます。冒頭では、どこか借り物めいた地元の名家の確執が地の文で淡々と説明され、その後もいかにもな執事やミステリ研の学生が登場してこれまたいかにもなやり取りを展開するなど、全体的に薄っぺらいといえば薄っぺらい物語ではありますが、それも“すべてをトリックに奉仕させる”という潔い姿勢の表れかと。いずれにせよ、冒頭に紹介される屋形の新作『泉水館第四の秘密』の脱力の真相からして、本書が重厚さとは無縁の作品であることは明らかです。

 とはいえ、物語が進んで〈銀青館〉で事件が発生するに至ると、ミステリマニアたちが揃っているだけあって思いのほか丁寧な推理と検証が行われ、それが中盤の見どころの一つとなっています……が、しかし。そこで卓袱台をひっくり返すかのようなイベントが立て続けに投入され*3、事態が一気に混迷を深めるのが本書の恐ろしいところ。とりわけ、読者の誰しもが予想するであろう「金赤館」のパートと「銀青館」のパートの交錯が、思わず唖然とさせられる形で盛り込まれているのが強烈です。

 そして、終盤のめまぐるしい展開を経て最後に明かされる、脱力と苦笑を禁じ得ない凄まじいバカトリックは圧巻。普通は誰も思いつかない、仮に思いついても形にしようとまでは考えもしない“驚愕の真相”は、間違いなく読者を選ぶものといえるでしょう。しかし本書は決してメイントリック一発の作品ではなく、サブの仕掛けや独自のこだわりがうかがえる大量の伏線など、メイントリックを(曲がりなりにも)成立させるための工夫が凝らされているのが見逃せないところです。

 というわけで、スタートから何か方向が間違っている感もあるものの、それでもこのネタをきっちりと(短めとはいえ)一冊の長編に仕立て上げたということ自体に、(脱力を伴いつつも)感動すら覚えます。バカミス好きにはもちろんのこと、そうでない方にも(海よりも広い心を持って)一読していただきたい、(ある意味で)意欲的な作品です。

*1: 本書が刊行された時点ではまだ、巻末の著書リストに“バカミス”という分類がなかったので。
*2: これはやはり、綾辻行人『どんどん橋、落ちた』の印象的な一文――“これは袋小路への道標である”を踏まえたものでしょうか。
*3: 少なくとも一方については、ある程度はそれを予感させる部分がありますが。

2009.10.16読了  [倉阪鬼一郎]


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