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ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎/A.バークリー

Roger Sheringham and the Vane Mystery/A.Berkeley

1927年発表 武藤崇恵訳 晶文社ミステリ(晶文社)

 というわけで、本書ではシェリンガムの推理は見事に外れ、事件の真相は“最も疑わしい人物が犯人”というものでした。この結末は、少なくともある種の読者((以下伏せ字)バークリーの作品を読み慣れた方(ここまで))にとっては、予想通りだったのではないでしょうか(私自身もそうでしたが)。

 しかし、たとえ予想できなかったとしても、この結末そのものはあまり面白いとはいえないでしょう。ミステリとして面白いのはむしろシェリンガムによる最終的な“解決”の方で、その後に明かされる真相は、見方によっては蛇足ともいえます。これは、単にミステリの暗黙のお約束(“名探偵は無謬である”や“疑わしい人物は犯人ではない”)を逆手に取ったどんでん返しにすぎないのかもしれませんし、真田啓介氏による解説にも書かれているように“naturalism”が導入された結果と考えることもできるでしょう。

 しかし個人的には、本書の結末によってシェリンガムは主役としての特権的な地位を得たと考えたいところです。つまらない真相と対比されることでシェリンガムの“解決”の面白さが強調され、推理が外れてもなお、その存在感は増しているように思えます。つまり、作中におけるシェリンガムの存在意義は真相を見抜くこととは無関係であり、その推理が的中するか否かにかかわらず主役である、と考えてもいいのではないでしょうか。

 そしてこの作品以降、シェリンガムは(以下伏せ字)真相の解明という(ここまで)くびきから解き放たれ、その特異な才能を存分に発揮しているように思えます。その意味で、本書はバークリーにとって、一つのターニングポイントであったといえるのかもしれません。

2004.08.02読了

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