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ヴェロニカの鍵/飛鳥部勝則

2001年発表 (文藝春秋)

 いうまでもないことかもしれませんが、本書の中で最大のトリックとして機能しているのは、主人公である久我和村その人です。“郷寺秀の家で何を見た/したのか”を語らずに伏せることで“謎”を生み出しているのはもちろんのこと、伊藤千穂が最後に“やっぱりあなたはおかしい。変過ぎる。犯人の姿を見ているのに、今頃その正体に気づくなんて”(333頁)と指摘しているように、いわゆる“信頼できない語り手”の役割をつとめているわけで、本書がミステリとして成立するための中核を担っているといえます。

 面白いのは、その理由が久我の画家としてのアイデンティティ――本当に描きたかった“ヴェロニカ”と深く関わっている点で、目撃した人物が“ヴェロニカ”に似ていたがゆえに“ヴェロニカ”だと思い込み*1、“ヴェロニカ”だと思い込んだゆえに黙して語らぬまま、自身にとっての“真相”――なぜ“ヴェロニカ”が郷寺秀を殺したのか――を追い求めることで、結果的に読者をミスリードすることになっているのです。その心理と行動に説得力を持たせる、まさにそのために、久我がいかに“ヴェロニカ”にとらわれていたかがしっかりと描かれる必要があったということでしょう。

 そして本書での“謎の解き方”は、そのような“謎の作り方”をほぼ逆向きにたどるような形になっています。すでに「序章 ヴェロニカへの手紙」の中で“ヴェロニカ”が犯人として告発されていることから、フーダニットが“誰が“ヴェロニカ”なのか”という謎に形を変えるのは必然――裏を返せば、郷寺の書いた『ヴェロニカの鍵』の中で(意外にも)王貴エマが繰り広げる“ヴェロニカ探し”の推理は、形を変えた犯人探しに他なりません。

 久我にとっての“ヴェロニカ”が香田薔子であることが暴露されると、事件の構図をゴッホの死に重ねたいかにも画家らしい動機の推理が行われ――しかし最終的には、薔子には犯行が不可能であることが示されるという“逆転”がよくできています。この時点に至ってはもはや容疑者がほとんど残っていないため、真犯人が王貴エマであることにはさほど驚きがありません*2が、久我が目撃したのが“ヴェロニカ”ではなかったという(ある意味で)衝撃的な事実が、真相のサプライズの欠如を補っている感があります。

 最後に明らかにされる密室と死体移動の真相は、ハウダニットとしては大いに難があるのはもちろんです*3が、追い詰められた芸術家ならではのホワイダニットが非常に秀逸。そして、久我がかつて手がかりとなる出来事を目の当たりにしていながら、最後の最後まで真相に気づくことができなかったということもまた、久我自身がトリックとして機能していたととらえることができるのではないでしょうか。

*1: “謎”というにはあまりにもたわいもない“首のない怪物”は、もしかすると久我の目撃者としての信頼性を揺るがす要素として盛り込まれているのかもしれません。
*2: もっとも、王貴エマは作中で懸命に密室と死体移動の謎を解こうとし、また作中作中で“ヴェロニカ探し”を行っているわけですから、そこに“探偵=犯人”という仕掛けを見て取ることもできるでしょう。
*3: ただし、ホワイダニットへとつながる“行為の主体のすり替え”という点は、見逃すべきではないでしょう。

2011.02.05読了

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