〈惑星シリーズ〉

石原藤夫




シリーズ紹介

 SF作家・石原藤夫の(メジャー)デビュー作「ハイウェイ惑星」に始まる、〈惑星開発コンサルタント社〉の惑星調査員ヒノシオダのコンビを主役とした、愉快なハードSFのシリーズです。

 主役であるヒノとシオダが(未知の)奇妙な惑星を調査に訪れ、そこで遭遇する様々な事件や問題を解決するというフォーマットは、自身が堀晃『梅田地下オデッセイ』巻末の解説「宇宙SFのイメージ・デザイナー ―解説的「堀 晃」論―」の中で述べたハードSFの定義、特に“ストーリーの展開と解決とが“科学的論理または科学的手法をもつ空想科学的論理”によっていなければならない”という条件を満たすものとなっています。もちろん、それぞれの物語の舞台となる惑星やその生態系などもハードなアイデアに基づいてしっかりと構築されたもので、非常に優れたハードSFのシリーズといえるでしょう。

 そしてそのハードなアイデアが、“宇宙版・弥次喜多道中記”(『ブラックホール惑星』カバー紹介文より)と評されるようにコミカルな筆致で展開されており、とっつきにくいところのまったくない、実に読みやすく楽しめるシリーズとなっているところも見事です。

 難をいえば、そのユーモアセンスが(とりわけ今となっては)古臭く感じられ、また時におふざけやドタバタがすぎる感もあり、好みが分かれそうなところではあります。特にロボットのアールが仲間として加わる『ブラックホール惑星』以降はそれが顕著で、無駄にストーリーの進行を妨げているようにも思えてしまうのが残念です。

 残念といえばもう一つ、大宮信光氏が『タイムマシン惑星』の解説で“惑星シリーズは、不幸な出発をした。『ハイウェイ惑星』があまりに傑作すぎたのである。”と指摘しているように、シリーズ第1作である「ハイウェイ惑星」の出来が突出しているがために、順番に読むと尻すぼみの印象を与えてしまうところがあります。実のところ、大半の作品はまずまずの出来ではあると思うのですが、超傑作である「ハイウェイ惑星」と比べてしまうとかなり物足りなく感じられるのは否めないところです。





作品紹介

 このシリーズは、中短編17篇が4冊にまとめて収録されており、さらに長編1冊が刊行されています。『タイムマシン惑星』の巻末に付された一覧表によれば、他に単行本未収録のショートショートが6篇存在するようですが、確認はできませんでした。

 オリジナルの5冊の他にも、“惑星シリーズ・ベストコレクション”として『ヒノシオ号の冒険』(徳間文庫・入手困難が、また『ハイウェイ惑星 惑星調査艇ヒノシオ号の冒険』(徳間デュアル文庫・入手困難が刊行されています。

 それぞれの収録作は、以下の表の通りです。

[惑星シリーズ作品一覧表]
 オリジナル  『ヒノシオ号の冒険』  『ハイウェイ惑星
惑星調査艇ヒノシオ号の冒険』
ハイウェイ惑星『ハイウェイ惑星』 
安定惑星 
空洞惑星
バイナリー惑星
イリュージョン惑星 
システム化惑星『ストラルドブラグ惑星』 
コンピューター惑星  
エラスティック惑星 
ストラルドブラグ惑星  
パラサイト惑星 
愛情惑星 
ブラックホール惑星『ブラックホール惑星』 
ホワイトホール惑星  
情報惑星  
タイムマシン惑星『タイムマシン惑星』  
海神惑星『アンテナ惑星』  
ホイール惑星  
アンテナ惑星  
コンピュートピア惑星単行本未収録の
ショートショート
(ただし未確認*
  
エンタテインメント惑星  
レボリューション惑星  
ラブ・ストーリー惑星  
氷の惑星  
分業惑星  

*: 『ブラックホール惑星』巻末に付された「調査業績一覧表」から推測。




ハイウェイ惑星  石原藤夫
 1975年発表 (ハヤカワ文庫JA55・入手困難

[紹介と感想]
 シリーズ最初の5篇を収録した、記念すべき第1作品集。ベストはやはり表題作「ハイウェイ惑星」で、次いで「空洞惑星」といったところでしょうか。

「ハイウェイ惑星」
 無数のハイウェイで覆われた惑星〈ネット〉を訪れながら、着陸の際に事故に見舞われ、原生林に囲まれた道路の上で途方に暮れていたヒノとシオダは、道路の妨害物除去機能に痛い目に遭わされる。だが、やがて二人の目の前に何とも奇怪な四輪車が姿を現したのだ……。
 網の目のような道路で取り巻かれた無人の惑星そのものの秘密がメインかと思いきや、実はそこで発達した生態系に焦点が当てられた作品です。前提となる環境を地球とはまったく異質なものとすることで、進化のユニークなシミュレーションが展開されている、進化テーマSFの超傑作。必読です。

「安定惑星」
 何らかの理由で住民が立ち去ってから、一万年以上も安定した動作を続ける保護機構が備えられた惑星〈スタビライザー〉。この惑星を地球人向けに改良する方法を発見せよという社命を受けて、ヒノとシオダは目的地を訪れたが、保護機構を出し抜くのは至難の業だった……。
 保護機構の高い能力を逆手に取った逆説的な解決が目を引きますが、人間vs人工頭脳という構図はありきたりでもあり、少々面白味に欠けるのは否めません。

「空洞惑星」
 ペルシダー型の空洞惑星〈キャラペイス〉にて、不可解な重力遮断現象が観察された。しかも現地の住民であるキャラペイス人は、〈重力遮断怪獣グラヴィゴン〉の出現を報告してきたのだ。ヒノとシオダはキャラペイス人を救うべく、惑星の空洞内部へと突入するが……。
 “ペルシダー型”というネーミングにまずニヤリとさせられます「地球空洞説 - Wikipedia」の「地底世界ペルシダーシリーズ」を参照)が、作中で様々な重力遮断現象が検討された末に、非常に説得力のある真相が示されているのが見どころです。

「バイナリー惑星」
 〈バイナリー惑星〉に住むバイナリー人は、知的生物にしては珍しく分裂生殖を行っているらしい。その秘密を調査するよう命じられたヒノとシオダだったが、バイナリー人との意思の疎通はなぜかままならない。そんな中、頭部を失って苦悶するバイナリー人に遭遇した二人は……。
 ずいぶん昔に読んだきりだったので、草上仁のとある作品((以下伏せ字)「ベター・ハーフ?」(『こちらITT』収録)(ここまで))とごっちゃになっていましたが、そちらがユーモラスなドタバタ劇なのに対して、こちらはずいぶんシリアスというか、哀感漂う作品となっています。読んでいて身につまされるところも多々あり。

「イリュージョン惑星」
 今回ヒノとシオダに命じられたのは、運搬船の積荷の盗難事件の調査だった。補給基地となっている二つの惑星のどちらかが怪しいのだが、手がかりとなるのはどちらともつかない惑星を写した一枚の写真のみ。二人は相対性理論をもとに真相を導き出そうとするが……。
 SFミステリ風の発端ではありますが、いかにもミステリ的でない展開となっているのはSFプロパーの作家ゆえか(このネタでは致し方ない気もしますが)。とはいえ、相対性理論に基づく“イリュージョン”を中心に据えた物語は、なかなか面白いものになっています。

2007.08.10再読了

ストラルドブラグ惑星  石原藤夫
 1975年発表 (ハヤカワ文庫JA71・入手困難

[紹介と感想]
 6篇を収録した第2作品集で、ベストは「システム化惑星」、次いで「愛情惑星」でしょうか。
 最初の2篇に関して、手持ちの初版本では目次や表題が「コンピューター惑星」「システム化惑星」という順序になっていますが、作品そのものの内容や、『ブラックホール惑星』巻末の「調査業績一覧表」を考慮すると、正しくは最初の作品が「システム化惑星」で次の作品が「コンピューター惑星」だと思われます。
 もう一つ、最後の2篇は時系列では明らかに「愛情惑星」「パラサイト惑星」という順序なのですが、それが逆になっている意味がよくわかりません。

「システム化惑星」
 出張帰りにヒノとシオダが偶然立ち寄った地球型の惑星では、激しい戦争が繰り広げられていた。北極にある設備で自動的に作り上げられたロボットが、南下しながらより複雑なロボットを生み出してゆく。一方、赤道付近でそれを迎え撃つのは、巨大なバナナのような動く植物だった……。
 機械vs生物という対決はありがちですが、それぞれの特性がよく考えられていて面白いと思います。そして、ヒノとシオダによる“干渉”とその結果が笑えます。

「コンピューター惑星」
 土星に似た二つの環の外側に10個の衛星が整然と並んだ惑星〈マルチ・リング〉。この特異な惑星の調査に送り込まれたヒノとシオダだったが、調査は予想外に難航を極める。〈マルチ・リング〉から送り出された情報収集ロボットとの激しい情報収集合戦の果ては……?
 次の「エラスティック惑星」もそうですが、惑星そのものを対象とした作品が今ひとつ面白く感じられないのは、個人的なものでしょうか。スケールが大きいのは確かなのですが、それだけでしかないようにも思えてしまいます。

「エラスティック惑星」
 表面に奇妙な縞模様が形成された惑星〈レイリー星〉の調査に訪れたヒノとシオダは、異様に高いその反射能{アルベド}に目を見張る。はたしてその地表に見えてきたのは、惑星全体を取り巻く無数の“輝く帯”だった。ハイウェイ惑星を思わせるその“輝く帯”の機能とは……?
 特殊な(?)知識をもとにした作品ですが、真相は納得できるもの。ただし前述のようにさほどの面白さは感じられません。単にスケールを大きくしただけでなく、さらにアイデアが加えられている堀晃の諸作品と比べると、やや見劣りします。

「ストラルドブラグ惑星」
 新しく発見された惑星に向かった探検隊からの連絡が途絶える事件が起き、ヒノとシオダが調査と救出に送り込まれる。なぜか無傷のまま空っぽになった宇宙船を発見した二人は、やがて人口の空洞の地下に築き上げられた建造物の中に、思わぬものを見出した……。
 発端と真相は面白いのですが、ミステリでいえば“謎解き”にあたる部分があっさりしすぎているのが難点。
 ところで、堀晃の某作品((以下伏せ字)「遺跡の声」(『太陽風交点』及び『遺跡の声』収録)(ここまで))は、この作品のイメージを発展させたものでしょうか。

「パラサイト惑星」
 シオダに負けじと、妻のマツリカと協力してプロジェクト・リーダーの資格試験に挑むヒノ。舞台となるのは惑星〈パラサイト〉で、樹木に寄生して生活する知能を持った生物“パインコーン”の悩みを解決する、というのが課題だった。早速パインコーン人と接触した二人だったが、その悩みとは……?
 ここからの2篇は(前述のように順序が逆になっていますが)、ヒノとシオダがそれぞれ愛する女性とともに昇進試験を受けるという趣向になっています。
 ホスト=パラサイトの関係にツイストが加えられているところがよくできていますが、最大の見どころはヒノがヒノらしくない――シオダっぽい態度をとっている点かもしれません。

「愛情惑星」
 婚約者のスーザンとともにプロジェクト・リーダーの資格試験を受けることになったシオダ。宇宙船の故障で惑星に不時着するという設定で、二人は惑星〈ウォーム・ハート〉に取り残され、脱出のための宇宙船まで旅することになったのだが……頼りになるのはシオダの科学か、それともスーザンの愛情か?
 不時着→脱出という、定番ともいえる状況設定の作品。“遭難”の際に持ち出す備品とその活用がややご都合主義の感もありますが、微妙に変化し続けるシオダとスーザンの関係で読ませます。

2007.08.12再読了

ブラックホール惑星  石原藤夫
 1979年発表 (ハヤカワ文庫JA110・入手困難

[紹介と感想]
 3篇を収録した第3作品集ですが、〈惑星開発コンサルタント社〉における幕間劇「コーヒー・ブレーク」が挿入された枠物語風の構成になっています。
 社内でのエピソードが描かれることでビジネス色(?)が強くなっている点や、ドタバタ役であるロボットのアールが加わってより喜劇的になっている点は、大いに好みが分かれるところでしょう。
 ベストは表題作「ブラックホール惑星」

「ブラックホール惑星」
 お茶漬けにして食べると強烈な幻覚を生じ、多くの中毒患者を生み出し続けるマイクロ・ブラックホール。それを密売するシンジケートを撲滅しようとする宇宙警察に協力すべく、ヒノとシオダ、そしてロボットのアールは原産地である〈ブラックホール惑星〉に降り立った。だが、そこでは様々な怪現象が……。
 “ブラックホールのお茶漬け”という奇天烈きわまりないアイデアに尽きるといっても過言ではありませんが、〈ブラックホール惑星〉の特異な生態も非常によくできていると思います。

「ホワイトホール惑星」
 地表に無数の白い穴があいた空洞惑星〈ホワイトホール惑星〉が、突如中心の恒星を離れて移動し始めた。早速調査に赴いたヒノとシオダは、惑星付近の空間に特殊な星間物質の流れを検出する。それは多量の生体類似物質だったのだ。そして流れをたどってみると、その先には……?
 〈ホワイトホール惑星〉というネーミングのこじつけが気になるところですが、物語はなかなか面白いものになっています。“アレ”が再登場しているのも見どころ。ただ、オチはどうかと思いますが……。

「情報惑星」
 出張からの帰還中に、ワープ航法のミスにより見知らぬ空間にたどり着いたヒノとシオダは、そこで電波を発信している二つの惑星を発見する。一つはのんびりとした、そしてもう一つは何ともせわしない、対照的な文明が存在する二つの惑星。その背景には、驚くべき秘密が……。
 シリーズ番外編的な小品。前半と後半の乖離が少々いただけませんが、アイデアはまずまず。

2007.08.17再読了

タイムマシン惑星  石原藤夫
 1981年発表 (ハヤカワ文庫JA143・入手困難

[紹介]
 かつてヒノとシオダが訪れた〈ブラックホール惑星〉と同じ星系で、新たに発見された〈タイムマシン惑星〉。そこでは、マイクロ・ブラックホールよりもさらに小さなミニミニ・ブラックホールが産出するというのだ。幻覚作用どころか、実際にタイムトラベルを起こすこともできるというミニミニ・ブラックホールを狙って、早速シンジケートが暗躍しているらしい。かくしてヒノとシオダ、そしてロボットのアールは宇宙船〈ヒノシオ号〉で目的地へ接近するが、未来の〈ヒノシオ号〉が大爆発するのを目の当たりにした……。

[感想]

 シリーズ唯一の長編で、「ブラックホール惑星」で展開されたブラックホールに関するアイデアをさらに発展させた作品となっています。

 「ブラックホール惑星」ではマイクロ・ブラックホールをお茶漬けにして食べるというシュールな(?)ドラッグが強烈な印象を与えていましたが、本書ではさらに極小のミニミニ・ブラックホールを用いることで、“お茶漬け式タイムマシン”“お茶漬け式ワープ移動”が実現できるという奇想が物語のベースとなっています。

 個々のアイデアにはそれなりに納得させられる部分もあるのですが、SF作家A.C.クラークの“高度に発達した科学は魔法と区別がつかない”という有名な言葉を地で行くかのように、ミニミニ・ブラックホールの効果があまりにものすごいために“何でもあり”になってしまっているのが残念なところです。

 さらにいえば、惑星の住民であるブラックホール人の生態などのアイデアには見るべきところがあるにせよ、それがうまく物語の形に昇華されていないため、全体として単純で起伏に乏しい、あまり面白味のない物語といわざるを得ません。このあたり、(「アンテナ惑星」の例をみても)やはり作者の本領はあくまでも短編であるということを強く感じさせられます。

2007.08.19再読了

アンテナ惑星  石原藤夫
 1982年発表 (ハヤカワ文庫JA151・入手困難

[紹介と感想]
 3篇を収録した第4作品集で、ベストは「ホイール惑星」

「海神惑星」
 地球のレジャー会社からの依頼を受けて、ヒノとシオダは南太平洋で頻発する怪現象の調査に赴く。測量中の調査艇が、突如発生する巨大な水柱に次々と襲われるというのだ。現地で実際に目撃した様子から、それが人為的な現象だと見当をつけた二人は、何とか相手と意思の疎通を図ろうとするが……。
 シリーズ唯一の、地球を舞台とした作品です。ただ、作中で描かれた未来の地球の姿にはどうかと思うところもありますし、豪快な反面無茶に思える結末もいただけません。

「ホイール惑星」
 当初は土星のような環を伴った惑星だと思われていた“それ”は、内周と外周の間に無数のスポークを備え、中心となる惑星を持たない巨大な人工物だった。ヒノとシオダが〈ホイール惑星〉と名づけたその人工物の正体は、一体何なのか? そしてそれを作り上げたのは……?
 空間的のみならず時間的にも壮大なスケールを感じさせる快作。惑星規模の巨大な〈ホイール〉の正体には度肝を抜かれます。感慨深い結末も好印象。

「アンテナ惑星」
 地球のシンジケートの手先として働くベテルギウス人から、“長命ジュース”、“黒い石球”、そして貴重な金属“オリアキコン”という奇妙な品々を押収したヒノとシオダは、“長命ジュース”が採れるという惑星〈ジュース〉を目指す。そこに待ち受けていたのは、驚くべき奇怪な生態系だった。そして……。
 惑星〈ジュース〉の生態系など、それぞれのアイデアは非常によくできていると思うのですが、今ひとつまとまっていないという印象を禁じ得ません。中編としての分量を稼ぐために盛り込まれた様々なアイデアが、うまく消化されないまま終わってしまったといったところでしょうか。

2007.08.22再読了

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