ミステリ&SF感想vol.8 |
2000.06.28 |
『見えないグリーン』 『殺人者は21番地に住む』 『湖底のまつり』 『梅田地下オデッセイ』 |
見えないグリーン Invisible Green ジョン・スラデック | |
1977年発表 (真野明裕訳 ハヤカワ文庫HM103-1) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 奇妙な密室殺人である第一の事件、犯人が消失したとしか思えない第二の事件、そして容疑者の誰にも機会がなかったように見える第三の事件。不可能犯罪を取り揃えた傑作です。“色”の手がかり、メモの手がかりも面白いと思いますし、解決もユニークかつ鮮やかです。
今年急逝したスラデックの残した、数少ないミステリの一つです。 2000.06.10読了 [ジョン・スラデック] |
殺人者は21番地に住む L'assassin habite au 21 S=A・ステーマン | |
1939年発表 (三輪秀彦訳 創元推理文庫212-1・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 本書の作者スタニスラス=アンドレ・ステーマンはベルギー人ですが、一貫してフランス語で作品を発表していたようですし、『六死人』でフランスの〈マスク叢書〉主催の冒険小説大賞(*1)を受賞して名を高めたこともあり、フランス・ミステリの一翼を担った作家というイメージが強くなっています(*2)。邦訳された作品を読む限りではその作風も、殊能将之氏がいうところの(*3)“フランスの本格ミステリ”らしさを感じさせるものといえます。
しかして本書では、霧にまぎれて犯行を繰り返した切り裂きジャックが引き合いに出されていることもあり、ベルギーでもフランスでもなくイギリス――ロンドンが舞台とされているのが興味深いところで、フランスの作家でありながらイギリスを主な舞台にした作品を発表し続けているP.アルテと重ね合わせてみると、(フランスやベルギーからみて)“本格ミステリの本場”に挑むかのような、作者の強い意気込みが盛り込まれた作品といえるのかもしれません。 本書の犯人である〈スミス氏〉は切り裂きジャック以上に被害者を選ばない無差別殺人犯ですが、物語序盤で21番地の下宿屋(*4)に住んでいることが明らかになり、容疑者が適度に限定されることで本格ミステリらしいフーダニットの様相を呈することになっているのが巧妙。さらにご丁寧なことに、それぞれにくせのある住人たちが揃った下宿屋の中で〈スミス氏〉による新たな事件が発生して容疑者の範囲が完全に確定してしまうあたり、作者の手際は実に大胆です。 ところが、下宿屋の女主人まで含めても容疑者は総勢10人――(犯行の手口などから)男性に限ればわずか6人という少人数でありながら、しかも被害者によるダイイングメッセージまで残されていながら、ロンドン警視庁の捜査が混迷をきわめることになってしまうのが一筋縄ではいかないところで、作者が周到に仕掛けた罠が光ります。そしてまた、捜査が進展と後退を繰り返すたびに住人たちが見せる一挙手一投足も、大きな見どころといえるでしょう。 物語終盤になると“読者への挑戦”が二度にわたって行われますが、正直なところ本書はパズラーにはほど遠いもので、ある意味フランス・ミステリらしい(*5)ともいえる無茶な趣向には苦笑を禁じ得ないところです。とはいえ、サスペンスフルなクライマックスの中でついに〈スミス氏〉の正体が明らかにされる場面の見事な演出は圧巻。これ以上ないほど鮮やかな形で真相が示される趣向が非常に秀逸ですが、その真相自体がクライマックスのサスペンスを高めるのに一役買っているのも見逃せません。 半ば呆れてしまうほど大胆不敵なネタは人によって少々好みの分かれるところかもしれませんが、アンリ・ジョルジュ・クルーソー監督によって映画化もされるなど、前述の『六死人』と並ぶステーマンの代表作であることは確かで、一読の価値はあるといっていいでしょう。個人的にはお気に入りの一作です。
*1: P.ボアロー『三つの消失』・T.ナルスジャック『死者は旅行中』(いずれも『大密室』収録)、P.アルテ『赤い霧』などが受賞作として知られています。
*2: “フランス・ミステリ傑作選”と題された長島良三編『街中の男』に短編「見えない眼」が収録されているのも、その表れといえるでしょう。 *3: 2001年9月25日の日記を参照。 *4: P.アルテの“下宿もの”ミステリ『カーテンの陰の死』に、(J.D.カー、A.クリスティとともに)S=A・ステーマンへの献辞が付されているのは、“下宿もの”ミステリの先達である本書を念頭に置いたものと思われます。 *5: 同じように“読者への挑戦”が盛り込まれたM.F.ラントーム『騙し絵』にも通じるところがあります。 2000.06.11読了 2010.05.03再読了 (2010.06.07改稿) [S=A・ステーマン] |
宝石泥棒 山田正紀 |
1980年発表 (ハヤカワ文庫JA220) |
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湖底のまつり 泡坂妻夫 | |
1978年発表 (創元推理文庫402-13/角川文庫 緑461-3・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 本書は泡坂妻夫の第3長編で、“奇術づくし”の『11枚のとらんぷ』に“からくりづくし”の『乱れからくり』という趣味性の高い前作から一転して繊細な描写による恋愛模様を中心に据えながら、角川文庫版の解説で連城三紀彦氏が
“文章で描いた一幅の絵――それもただの絵ではなく(中略)大掛りな詐術で描いた巨大な「騙し絵」なのである”と表現しているように、読者を惑わす強烈な幻想が紡ぎ出されている作品です。 まず「一章」では、千字村を再訪した香島紀子の視点による丁寧な情景の描写に、紀子が初めて千字村を訪れた際の回想が重ね合わされ、そこで埴田晃二との一夜の恋物語が綴られていきます。細やかな会話を積み重ねて二人の心の接近を描き出し、様々な比喩を駆使してその“行為”をあくまでも品よく表現しながらも、その“熱さ”をしっかりと読者に伝える作者の巧みな筆致は、本書の大きな魅力の一つとなっています。 その恋物語はしかし翌日になると、“幻の女”ならぬ“幻の男”の行方をめぐるサスペンスへと姿を変え、さらに晃二が一月前に死んでいることが明らかになるに至って、紀子を取り巻く状況は超現実的な様相さえ呈します。最後には、ダムの建設によって千字村そのものが湖底に消失してしまうという鮮やかな現象まで用意されていることで、この「一章」は(“毒殺”が暗示する悪意の存在を除いて)美しくもはかない恋の幻を描いた一篇の幻想小説として完結しているともいえるように思います。 続く「二章」では視点が別の人物に移り、ダムの建設に関する千字村の騒動を中心とした現実が描かれ、「一章」とはだいぶ違った趣になっています。が、物語が“ある箇所”に差しかかるとその現実的な雰囲気も一変。そこで繰り広げられるのは、何一つ不思議なところなどないはずの恋人たちの語らいでありながら、同時に読者を底知れぬ困惑へと誘う不可解さを備えています。見方によっては小説として少々難がある(*)といえるのかもしれませんが、この箇所がもたらす強烈な眩惑感はそれを補って余りあるといえるのではないでしょうか。 警察による毒殺事件の捜査に焦点が当てられる「三章」では、終始現実的な視点で物語が進んでいくために幻想の入り込む余地はなく、それが個人的には若干不満の残るところではあります。とはいえ、関係者の人物像が掘り下げられていく中で浮かび上がってくる、危ういほどに激しい恋心は何よりも強く印象に残りますし、それが一見すると毒殺事件の背景を説明しているようでいて、かえって割り切れないものをしっかりと残しているあたりが何ともいえません。 そして、思わぬところにまで配置されたすべての伏線が回収され、“何が起こったのか”が解き明かされていく「四章」は実に見事。作者の仕掛けた巧妙な罠には脱帽せざるを得ませんし、(一応伏せ字)再び「一章」の主題が展開される(ここまで)クライマックスは、そこに至るまでの微妙な心理の綾も相まって、真相が明らかになってなお鮮烈な魅力を放っています。 それぞれの想いが複雑に絡み合った哀しい物語の最後に、“再生”を予感させる「終章」が添えられているのも印象的。前述の『11枚のとらんぷ』や『乱れからくり』、あるいは〈亜愛一郎シリーズ〉などとはまた違った、恋愛小説の巧手としての泡坂妻夫の魅力が強く表れた傑作です。 2000.06.24再読了 2009.02.13再読了 (2009.03.14改稿) [泡坂妻夫] |
梅田地下オデッセイ 堀 晃 |
1981年発表 (ハヤカワ文庫JA126・入手困難) |
[紹介と感想]
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