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謎の館へようこそ 黒/新本格30周年記念アンソロジー

2017年発表 講談社タイガ フC02(講談社)
「思い出の館のショウシツ」 (はやみねかおる)
 まず〈冥宮館〉の密室トリックについては、天井に照明器具がないこと、そして深夜に“光の柱が立った”(35頁)という証言から、天井の開閉が解き明かされるのはよくできていますし、セオリー*1どおりに(?)館の特徴である風車と蔦を使った仕掛けも面白いと思います*2

 〈冥宮館〉の消失の謎については、厳重な口止めとしか考えられないのですから、メタブックだったことは予想できますが、そこから先――“ミラーさん”が退職する川村涼太朗その人だったというのがうまいところで、ラジオ体操の“手足の動きが逆”(23頁)という手がかりが巧妙ですし、“博多者の帝王”{苦笑}ならぬ“館ものの帝王”という異名が伏線になっているのもお見事です。

 ということで、最後に残った〈冥宮館〉の焼失の謎を、退職イベントとして川村氏本人に解決させるという演出が、うまく考えられています。しかしてその真相は……タバコの吸い殻が原因なのはいいとして、雀が運んだのはやや無理があるように思われる――餌と間違えるとは考えにくいものがありますし、そもそも雀の口には大きすぎると思います――ので、雀ではなく定番(?)のカラスにしておいた方がよかったのではないでしょうか。

「麦の海に浮かぶ檻」 (恩田 陸)
 タマラの抱えていた秘密そのものは、特に伝奇小説などでしばしば見かけるもの*3ですが、お茶会の後での体調の悪化に加えて、色違いのカップによるあからさまな“毒殺トリック”まで用意されることで、“毒を飲まされて体調が悪くなった”としか考えられなくなるのが巧妙です。

 “接触恐怖症”などの伏線もよくできていますが、大きなキャンバスまでが他人を近寄せないためのものだったことにうならされます。

「QED ~ortus~ ―鬼神の社―」 (高田崇史)
 鬼面の人物が着けていたマスクと白手袋から導き出される、外部犯ではなく“身内”の犯行、すなわち“鬼は内”だったという真相は、物語の舞台にふさわしいものといえるでしょう。そして“身内”の犯行だとすれば、盗みではなく返しにきたという“逆転”も納得できるところです。

 “なぜ巫女を突き飛ばして逃げなかったのか”という疑問から出発し、“板仕切りの外側に出られなかった”*4という解釈を経て、“袴の色が違った”という結論にたどり着く推理は、特殊な知識を要するものではありますが、十分な説得力もあり、なかなかよくできていると思います。

「時の館のエトワール」 (綾崎 隼)
 “何が謎なのか”がこの作品の問題(?)で、タイムリープが事実だとすれば謎らしい謎は何もないのですから、つまるところ、タイムリープそのものが謎ということにならざるを得ません。そうなると、その謎が“解き明かされる”とすれば真相は“それしかない”ので、かなり予想しやすくなっているのではないでしょうか。もっとも、212頁で早々に森下の視点に切り替わるところなど、“ここから倒叙ミステリに転じる”といわんばかりで、作者自身があまり真相を隠そうとはしていないように思われます。

 実際のところ、タイムリープの真相がわかれば嘘をついた動機までほぼ見当がつくわけですが、それだけに――“創作にしては手が込み過ぎている”(191頁)ことも相まって――森下の言動の裏に陰湿で自己中心的なものが感じられるようになり、結果として本当に気持ち悪い(230頁)という痛烈な最後の一言が、ある種のカタルシスとなっているところが面白いと思います。

「首無館の殺人」 (白井智之)
 ゲロの中のエリンギを手がかりとした“ゲロのロジック”が何ともすごいところで、作中で登場人物たちが嘔吐しまくっているのも、“ゲロはゲロの中に隠せ”(?)といったところでしょうか(苦笑)。小道に落ちていたゲロが、エリンギを食べていない女子高生たちのものではなく、体重が重いしほりんのものでもなく――ということで明らかになる、被害者たちの腸をロープ代わりに*5使った密室トリックが豪快です。ハセちんのヘビ嫌いが効いてくるところもよくできていますし、首だけでなく下腹部も切り裂いたことが“ちくみの死体と同じ”(258頁)状態となっているのも巧妙です。

 使った腸を回収して死体に戻す*6機会から、容疑者はぺこちゃんとさくらこの二人――そこから、一階のテラスのぺこちゃんのゲロになぜか混じっていた(ように見える)エリンギに着目し、二階に監禁されたさくらこではなく、一階に監禁されていたぺこちゃんが犯人とする推理も妥当でしょう。

 “しほりんさんですね”(269頁)という失言から最後に明らかになる、さくらこ=ワセダという真相には驚愕。“チャイムの音”(247頁)が手がかりですが、ハセちんと同じように“先生”だとミスリードされてしまうのは不可避でしょう*7。そしてその、しほりんを使った復讐計画がまた凄まじいところですが、“にきびでテカテカした顔”(251頁)(→しほりんの父親が“にきび顔の女子中学生をレイプした”(273頁))だけでなく、“昔はすごいデブだった”(246頁)(→しほりんの父親が“デブ専”(283頁))ことも伏線となっているのが周到です。

「囚人館の惨劇」 (井上真偽)
 犯行の機会を考えれば妹・ちなみが犯人としか思えない反面、人間の力では不可能な殺害方法がネックとなる中で、“火事場の馬鹿力”や取り憑いた霊の仕業といった仮説に反論するという形で、バス事故の遺体に言及してあるのが実に巧妙。事故現場からわざわざ遺体を運んでくるのは現実的でないため、読者の誰もが一顧だにしないところでしょうが、“人外の力で破壊された死体”に対する唯一の合理的な解釈なのは確かで、真相を暗示する絶妙なヒントとなっています。

 ということで、“霊が存在する”という“ルール”の下で“殺人”から“成仏”へと認識を反転させる、ちなみ以外の全員が事故死していたという真相が実に鮮やか。そして、“聖水”を飲むと“少しだけ霊が視えるようになる”(352頁)ことも、“成仏”する時は“死後の姿に還る”(353頁)*8ことも、“成仏”させるために“故人の遺品で直接霊体に触る”(352頁)ことも、すべて“ウガンサー”(霊媒師)を曾祖母に持つ大学生の説明がそのまま“ルールの提示”になっているところがよくできています。

*1: 手塚が語る、館もののトリックを解くコツ――“変わった特徴があったら、必ずトリックに使われる。”(41頁)というのは、SFミステリなどにも通じるところがあります。
*2: 仕掛けが見え見えになってしまうので、図面(39頁)が“後出し”に近いのはやむを得ないでしょう。
*3: 毒への耐性をトリックに使ったミステリ(海外古典)もありますが。
*4: “館”の特徴的な構造がうまく生かされているのも見逃せないところです。
*5: これ自体は、某同人誌に前例があったりします。
*6: 首の奥から出てきた葉っぱが手がかりとなっているのはいいとして、首からではなく下腹部からの方が腸を内部に押し込みやすいはずですし、そうすると葉っぱの位置がおかしくなりますが……。
*7: “最近の女子高生をなめちゃダメだよ。株とかビジネスもやるくらい大人なんだから。”(246頁)という、さくらこ自身の台詞が伏線ともいえます。
*8: クロスボウで矢を射ち込まれた中学生たちの“死に様”は、転落事故による死の状況と食い違うはずですが、まあそこはそれ。

2017.11.16読了