キリング・ゲーム The Killing Game
[紹介]
気が進まないながらも、ポリス・アカデミーの講師をつとめることになったモビール市警の刑事カーソン・ライダーだったが、思いのほか熱意ある学生たちの反応を受けて、講義に力を入れ始める。一方、とある出来事からモビール市警に恨みを抱いた男グレゴリーは、ネットにアップされていた映像からカーソンに興味を抱く。やがて、カーソンに挑戦するかのように事件が起こり始めるが、矢で射殺された女子学生、ナイフで刺された少年、そして執拗な殴打で殺害された男性と、被害者の素性も凶器もバラバラの事件をつなぐものは……?
[感想]
ジャック・カーリイの人気シリーズ、〈カーソン・ライダー・シリーズ〉の邦訳第七弾(*1)となる本書ですが、いつものような(?)――アカデミーの講師をつとめ、新たな出会い(苦笑)を得て、政治しか頭にない本部長と激しく対立し、懸命に事件の捜査に当たる――主人公カーソンの視点による物語と、カーソンが講義で説明するソシオパス像に当てはまるグレゴリーという男の物語が、冒頭から終盤まで並行して進んでいくのが大きな特徴です。
状況に応じた表情をシミュレートする練習から始まるグレゴリーのパートでは、ソシオパスが何を考えてどのように生きているのかが克明に描かれていきます。確かに異様ではあるものの、“表側”でのカーソンの講義を補完する“実例”という意味でも、なかなか興味深いものがあります。そして、対人関係に大きな問題を抱えるグレゴリーの人格の背景から顔をのぞかせる、生まれ育ったルーマニアに残るチャウシェスク時代の“闇”(*2)が強烈な印象を与えます。
ということで、半ば倒叙ミステリ風の構成となっている本書では、“カーソンがどのように犯人に到達するか”が興味の中心となりますが、事件はカーソンが講義で語った“悪夢”そのままに、完全に無差別殺人としか思えない様相を呈します。しかも、犯人が名指しで挑戦してきたことでカーソンへの風当たりが強まり、焦燥の中での絶望的な捜査は手に汗握る展開となっていきます。そんな中、終盤にきてついに明らかになる、ひねったミッシングリンクはなかなかユニークで、これだけでも十分に面白いと思います……が。
終盤、ようやく犯人につながる糸口が見つかるかというところへきて、“ある一幕”が読者を思いもよらぬ混乱に引きずり込むのが、本書の最大の見どころといってもいいでしょう。そこから、読者が抱えた困惑を置き去りにするかのように、物語は怒涛のクライマックスへ突入していきますが、その中で困惑は凄まじい衝撃を伴う納得へと転じ――そして事件は薄ら寒くなるような後味を残す幕切れを迎えます。このような読者を翻弄する手並みは、さすがはカーリイといったところでしょうか。
前述のように倒叙ミステリ風ということで、シリーズ中でも異色の作品といえますが、期待を裏切ることのない安定の面白さ。事件が決着した後の結末には、シリーズの新たな展開を予感させる出来事も用意されており、今後も引き続き楽しみです。
2017.10.15読了 [ジャック・カーリイ]
賛美せよ、と成功は言った
[紹介]
武田小春は、十五年ぶりに再会したかつての親友・碓氷優佳とともに、予備校時代の仲良しグループが催した祝賀会に出席した。仲間の一人・湯村勝治が、ロボット開発事業で名誉ある賞を受賞したことを祝うためだった。恩師の真鍋宏典、主賓の湯村、その妻・桜子をはじめ、総勢10名が参加した宴は和やかに進んでいたが、出席者の一人・神山裕樹が突如、目の前にあったワインボトルで真鍋を殴り殺してしまう。思わぬ惨事に動揺する一同だったが、その中に皆とは様子の違う人物がいることに、小春は気づいた。そしてもちろん優佳も……。
[感想]
『扉は閉ざされたまま』に始まる倒叙ミステリ三部作から、優佳の高校時代を描いた番外編的な『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』を経て、久々に刊行された(*1)〈碓氷優佳シリーズ〉の最新作です。その『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』の結末から実に十五年ぶりに優佳と再会した、かつての親友・武田(旧姓上杉)小春(*2)が本書の視点人物に据えられる――つまりは、シリーズのこれまでの長編と違って犯人視点の倒叙ミステリではなく、一味違った攻防が展開されるのが本書の特徴です。
上の[紹介]でもおわかりのように事件の直接の犯人は明白ですが、思わぬ事件の発生に一同が動揺する中でただ一人、事件を“予想できた者”が存在することに優佳と小春が気づき(*3)、倒叙ミステリさながらの心理戦が幕を開けるという展開がよく考えられています。そして、あくまでも不自然な態度というだけで何も確証がないために、他のメンバーには気づかれないように探りを入れる優佳に対して、それとなく自らの影響を打ち消す方向へ話を進めようとする“犯人”――両者の密やかな攻防が、小春の、すなわち“立会人”の視点で描かれていくのが見どころです。
警察の事情聴取が済んだ後、亡くなった恩師の通夜代わりの酒宴が、優佳と“犯人”の思惑によって『セリヌンティウスの舟』を思い起こさせる仲間内のディスカッションに変容するのが作者らしいところですが、“立会人”である小春の独白による“解説”が加わることで、優佳と“犯人”の戦術がわかりやすくなっているのが秀逸。実際、“序盤戦”である実行犯・神山の思惑をめぐる攻防(*4)はまだしも、“犯人”が方針転換を図った後の「盾」の章と「矛」の章については、小春が整理して読者に伝えることで双方の戦術の“破壊力”(*5)が増している感があります。
最終章での、酒宴がお開きになった後の(“立会人”を交えた)直接対決は、もはや“解決篇”というよりも“感想戦”の趣。そもそも、““犯人”が何をしたのか”はほぼ明らかですし、それ以外の部分もここまでくるとさすがにある程度見当がつきますが、それでもある種のサプライズを用意してあるのに脱帽。そしてそれ以上に、(一応伏せ字)“碓氷優佳”が感染した(ここまで)ような(失礼)結末が、強く印象に残ります。傑作とまではいかないかもしれませんが、読者のシリーズへの期待を裏切らない一作であることは間違いないでしょう。
“6年ぶり”とありますが、スピンオフ扱いの『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』からでも4年ぶりとなります。
*2: 本書の前に少なくとも『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』を読んでおいた方が、優佳に対する小春の心理が理解しやすいと思います。
ちなみに、シリーズ第一作の『扉は閉ざされたまま』を本書の後に読む、という順番でも面白いのではないかと思います。
*3: 優佳が“犯人”に気づいたのは当然として、小春だけが“犯人”と優佳の様子に気づくことができるような状況が、まったく不自然にならないように作り出されている――前者はタイミングの問題、後者は優佳の性分をよく知っていること――のが見逃せないところです。
*4: これ自体も、((一応伏せ字)かなり無理筋(ここまで)という意味で)思わぬ経過をたどりますが。
*5: “ミステリとしての衝撃”といった意味ではありません。
2017.10.18読了 [石持浅海]
【関連】 『扉は閉ざされたまま』 『君の望む死に方』 『彼女が追ってくる』 / 『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』
屍人荘の殺人
[紹介]
神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と、“神紅のホームズ”とも呼ばれる会長の明智恭介は、同じ大学の探偵少女・剣崎比留子の協力を得て、いわくつきの映画研究部の夏合宿に参加することになった。かくして、合宿の会場となるペンション〈紫湛荘{しじんそう}〉を訪れた一行だったが、初日の夜、肝試しの最中に思わぬ事態に遭遇し、紫湛荘に立てこもることを余儀なくされてしまう。そして恐怖と混乱の一夜が明け、部員の一人が密室内で凄惨な死体となって発見された。しかしそれは、不可解な連続殺人の幕開けにすぎなかったのだ……。
[感想]
第27回鮎川哲也賞を受賞した作者のデビュー作にして、「このミステリーがすごい!2018」・「2018 週刊文春ミステリーベスト10」・「2018 本格ミステリ・ベスト10」でいずれも第1位に輝き、そのままの勢いで(?)第18回本格ミステリ大賞をも受賞した(さらには映画化も決定した)2017年最大の話題作。おそらくは出版社サイドの販売戦略によって、重要なガジェットである○○(*1)が伏せられている――ただし、これだけを事前に知っても本書の面白さは損なわれないと思います(*2)ので、ご安心を――ので、それに触れずに感想を書くのは少々難しいのですが、できるだけ。
ミステリマニア(*3)の主役コンビが“館”(もちろん巻頭に見取図あり)での合宿(差出人不明の脅迫状付き)に参加し、思わぬ事態でクローズドサークルと化した“館”での殺人の謎に挑む――という物語は、一見すると綾辻行人『十角館の殺人』と有栖川有栖『月光ゲーム』を足して二で割ったような……というのは少々安直な見方かもしれませんが、“お約束”を積極的に取り入れたような本書の骨格は、ある種の懐かしささえ感じさせるものとなっています。序盤からしばしば立てられる“フラグ”(*4)や登場人物の名前の覚え方(75頁~76頁)なども含めて全体的に、フィクションと割り切って戦略的に読みやすさを追求した節があり、新人離れした印象を受けます。
その中で本書の目玉となるのが、前述の○○です。実のところ、“○○+ミステリ”には前例があります(*5)し、“○○によるクローズドサークル”でさえ一応は前例がないでもない(*6)ので、必ずしもそれ自体が画期的とはいえないと思いますが、当然ながら前例とは違った面白さを打ち出している――とりわけ、ミステリにおける○○の様々な使い方をみせてくれるところが秀逸。第一の事件での“矛盾した不可能状況”を皮切りに、フーダニット/ハウダニット/ホワイダニットのすべてに○○が関わってくるあたりは非常によくできています。
また本書の場合、殺人の動機がある程度明らかで、クローズドサークルものではかなり異例なことに“誰が狙われるのか”があからさまになっている(*7)のですが、そこに相手を選ばない“外からの危険”としての○○を用意してあることで、標的以外の人物たちも事態に直面する“当事者”となって、最後まで緊張感が保たれるのが見逃せないところ。最後の謎解きも危険と背中合わせのぎりぎりのタイミングで、危機が迫る中で次々と飛び出してくる意外な真相の連打は圧巻です。犯人の特定に鮮やかさが薄いきらいはあるものの、それも瑕疵というよりは物語の要請によるものでしょう。
“ワトソン”的な立場の葉村譲を語り手としつつ、“神紅のホームズ”ことミステリ愛好会会長・明智恭介と、あまり公にされていないものの事件解決の実績がある少女探偵・剣崎比留子――二人の“探偵”が登場する本書は、名探偵と助手の物語としても印象深いものがあります。そして事件が解決された後、すべてが収まるべきところへ収まる結末もお見事。できすぎといってもよさそうな、新人らしからぬウェルメイドな傑作で、すでにシリーズ次作『魔眼の匣の殺人』も刊行されていますが、今後が楽しみです。
*2: 個人的には、そちらに関心のある読者に届きやすくなるので、○○を明かした方がいいと思うのですが……。
*3: 大学公式のミステリ研究会とは別の、二人だけのミステリ愛好会というところにニヤリとさせられます。
*4: 例えば、
“残念ながら現実的にここがクローズドサークルになることなどありえないだろうな”(59頁)といった台詞など。
*5: 国内――新本格ミステリ初期の傑作長編。
*6: 知る人ぞ知る(?)1930年代の海外長編(ただし以下略)。
*7: 作中でも、
“不確定とはいえ(中略)共通認識となっていて”(244頁)とされています。
2017.10.21読了 [今村昌弘]
謎の館へようこそ 白 新本格30周年記念アンソロジー
[紹介と感想]
いわゆる“新本格作家”によるアンソロジー『7人の名探偵』に続いて刊行された、“新本格30周年記念アンソロジー”の第二弾で、(翌月に刊行された『謎の館へようこそ 黒』と同じく)新本格ミステリ以降の作家たち(*1)による、“館”テーマの競作です。“新本格ミステリ=館もの”というわけではないのはもちろんですが、新本格ミステリの代表作たる綾辻行人〈館シリーズ〉に敬意を表したテーマと考えれば納得です。
各作品の方向性が異なることもあって好みは分かれそうですが、個人的にはそれぞれに面白さがあって甲乙つけがたいところです。しいて一作挙げるとすれば、本書の中では最もオーソドックスといえそうな青崎有吾「噤ヶ森の硝子屋敷」でしょうか。
- 「陽奇館(仮)の密室」 (東川篤哉)
- 山の中で突然の豪雨に襲われた名探偵・四畳半一馬と助手の間広大は、有名な奇術師・花巻天界の屋敷にたどり着き、何とか一夜の宿を得た。だが翌朝、屋敷の近くに建築途上の〈陽奇館〉の一室で、花巻が殺害されているのが発見されたのだ。現場は内側から施錠された密室状況。犯人は一体どうやって……?
- 巻頭を飾る東川篤哉の作品は、名探偵と助手がボケとツッコミを展開する密室もの。特殊な密室ではなく定番中の定番、そして古典的なトリックのアップデートという形を取ることで、パロディ的な味わいとともに懐かしい雰囲気を漂わせているのは、新本格30周年記念アンソロジーにふさわしいように思われます。“最後の一行”ならぬ“最後の○○”(*2)も印象に残ります。
- 「銀とクスノキ ~青髭館殺人事件~」 (一{にのまえ} 肇)
- 楠乃季は同級生の七雲恋を誘い、多くの人が行方知れずになっているという廃屋〈青髭館〉を訪れ、七雲を殺害した。だが、翌日屋敷を訪れてみると、放置したはずの七雲の死体が消失していたのだ。困惑しながら屋敷を調べていると、同じ高校の生徒・罪善葦告と出会う。彼は自ら“稀代の名探偵”と名乗り……。
- 『少女キネマ』(未読)などの著作があるライトノベル作家・一肇の作品は、〈青髭館〉と呼ばれる廃屋を重要な舞台として、殺した友人の死体消失に怯える少女と、過去の人間消失に興味を抱く“名探偵”との交流を描いた一篇。青春小説としては魅力的な反面、ミステリとしてはやや微妙か……と思いきや、新本格初期の某作品を意識して書かれた節がある(*3)ことを念頭に置いてみると、一筋縄ではいかない作品といえそうです。
- 「文化会館の殺人 ――Dのディスパリシオン」 (古野まほろ)
- 吉祥寺の井の頭文化会館で行われるアンサンブルコンテストの金管部門で、最有力候補と目される吉祥寺南女子高のホルン四重奏。しかし、一番奏者の絵未が最初の音を外したことをきっかけに、演奏は無残な出来に終わってしまった。そして学校に戻った絵未は、四階の教室から謎の転落死を遂げてしまう……。
- 古野まほろの作品は、シリーズ〈臨床真実士ユイカの論理〉(*4)(未読)の番外編になるでしょうか。青崎有吾風(?)(*5)の住居ではない“館”をはじめとして全体的に、テーマアンソロジーには欠かせないともいえる“変化球”の作品ですが、(作者にしては)思いのほかシンプルなロジックの先で“何が解き明かされるのか”が見どころとなっているのもまた異色。ということで、間違いなく好みは分かれるでしょうが、よくできた作品ではあると思います。
- 「噤ヶ森の硝子屋敷」 (青崎有吾)
- 奇矯な建築家・墨壺深紅が残した奇天烈な屋敷の一つ、静かな森の中の全面ガラス張りの洋館〈硝子屋敷〉。その一室で女実業家が射殺され、銃声を聞いた友人たちが現場に駆けつけるやいなや火の手が上がり、〈硝子屋敷〉は焼け落ちてしまう。だがビデオの映像には、現場の密室状況が記録されていて……。
- 青崎有吾の作品は、冒頭に屋敷の平面図が掲げられ、かの中村青司を思い起こさせる異端の建築家の作品が舞台となる(*6)など、綾辻行人〈館シリーズ〉への“正統派”(?)オマージュといった印象。むやみにキャラの立った探偵コンビに、しっかりしたロジック、さらに大胆な密室トリックと、作者の持ち味が十分に発揮されているのも魅力です。真相の核心を明かす“最後の一行”もお見事。
- 「煙突館の実験的殺人」 (周木 律)
- 奇怪な建物の中で目覚めた、面識のない八人の男女。そこへ突然響き渡った合成音声のアナウンスは、彼らがある実験のためにこの〈煙突館〉に集められたと告げる。その実験とは、これから起こる事件について推理をし、犯人を当てるというものだった。しかも、犯人当てに失敗すれば全員が死ぬというのだ……。
- 『眼球堂の殺人』(未読)でデビューしたメフィスト賞作家・周木律の作品は、いかにも何か仕掛けられているといわんばかりの(?)立面図と平面図が冒頭に掲げられ、“実験”と称した“デスゲーム風犯人当て”が繰り広げられる、リアリズムを度外視した内容で、期待は裏切られることなくとんでもない真相が明かされるのが強烈です。その一方で、とある“小ネタ”など、細部が思いのほかしっかり作られているのも心憎いところです。
- 「わたしのミステリーパレス」 (澤村伊智)
- 駅でデートの待ち合わせをしていた美紀の前に、彼の友人が慌てた様子で現れる。彼が交通事故で病院に運ばれたというのだ……。/ライターの殿田は、住宅街にある奇妙な洋館の話を聞きつけて取材に赴いた。玄関扉の上に〈MYSTERY PALLACE〉と書かれた、どこか作り物めいた館で待ち受けていたのは……?
- ホラー系の作家ながら、2019年には長編ミステリ『予言の島』も発表している澤村伊智の作品は、何が起こっているのかとらえどころのない“ホワットダニット”で、得体の知れない謎ゆえにホラー的な雰囲気も漂っているあたりが作者の魅力でしょうか。謎を含めた物語の作り方が非常に巧妙だと思いますし、最後に奇妙な味わいが残るのもまた魅力的です。
“新本格ミステリを愛する作家として本アンソロジーに寄稿。”と記されています。
*2: 文字数は適当です。
*3: そちらを読んでいれば、すぐに思い当たるのではないかと思われますが……。
*4: 『臨床真実士ユイカの論理 ABX殺人事件』・『臨床真実士ユイカの論理 文渡家の一族』(いずれも講談社タイガ)が刊行されています。
*5: 『体育館の殺人』など。
*6: 作中で〈硝子屋敷〉以外にも言及されているので、〈館シリーズ〉ならぬ〈屋敷シリーズ〉としてシリーズ化してほしいところですが……。
2017.10.27読了 [新本格30周年記念アンソロジー]
謎の館へようこそ 黒 新本格30周年記念アンソロジー
[紹介と感想]
『謎の館へようこそ 白』に続いて刊行された、新本格ミステリ以降の作家たちによる“館もの”アンソロジーの第二弾です。
個人的には、『~ 白』に比べるとやや落ちる印象がないでもないのですが、一つにはほとんど読んでいないシリーズ関連の作品が多いこともあるかもしれません。実際のところ、個人的ベストは井上真偽「囚人館の惨劇」、次いで白井智之「首無館の殺人」で、どちらも単発の作品(のはず)です。
- 「思い出の館のショウシツ」 (はやみねかおる)
- 本の世界をメタブックとして現実に作り上げるディリュージョン社で、創立以来のベテラン社員が退職することになった。その退職イベントに向けて、最高の“館もの”のメタブックを書き上げようと四苦八苦するライターの手塚に、エディターのわたしは子供の頃の館をめぐる奇妙な体験を思い出し、語り始めるが……。
- はやみねかおるの作品は、本書と同じく講談社タイガで刊行されているシリーズ(*1)の番外編(?)。奇妙な館での事件に、館の不可解な“ショウシツ”=“焼失+消失”と、小粒ながらも三つの謎が盛り込まれているところが凝っています。そして、最後の謎解きの場面の演出がよくできています。
- 「麦の海に浮かぶ檻」 (恩田 陸)
- 北の原野の湿原に浮かぶ岩山に造られた全寮制の学校。男女の双子の生徒・要と鼎は、転入してきた異国の少女タマラと“ファミリー”になった。だが、何やら秘密を抱えているらしいタマラが、校長に呼ばれたお茶会の後で必ず体調を崩すことに気づいた要と鼎は、“ある疑念”を抱くようになっていく。そして……。
- 恩田陸の作品は、長編『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)のスピンオフらしき(*2)エピソードで、閉ざされた学校を舞台に、短いながらも濃密な物語が展開されています。ミステリとしてはややあっさりめですが、ミスディレクションや伏線がなかなか巧妙です。
- 「QED ~ortus~ ―鬼神の社―」 (高田崇史)
- 鬼を祀っている藤沢鬼王神社で、節分の豆まきの準備をしていた巫女が、物音に気づいて本殿をのぞいてみると、奥から鬼の面をかぶった人物が現れたという。巫女が転倒して気を失っている間に姿を消した“鬼”は、泥棒ではないかと疑われたものの、盗まれたものは何もないらしい。奇怪な事件の真相は……?
- 高田崇史の作品は〈QEDシリーズ〉(*3)の短編で、鬼を祀る神社の本殿に“鬼”が現れるという、“出来すぎ”の内容。神社と鬼に関する興味深い薀蓄の方が目立っているきらいはありますが、派手さこそないものの、手堅くまとまっているという印象の作品です。
- 「時の館のエトワール」 (綾崎 隼)
- 修学旅行での宿泊先の一つ〈時の館〉には、“過去に戻ることができる”という奇妙な噂があった。好奇心からそこに泊まった折谷ひかりは、談話室で他クラスの見知らぬ男子生徒に声をかけられる。森下海都と名乗るその生徒は、自分が実は三十二歳だと告げ、ひかりに関する未来の出来事を語り始めたのだ……。
- 綾崎隼の作品は、〈君と時計シリーズ〉(*4)の番外編でしょうか。修学旅行先で起きたタイムリープをめぐって、シリーズの主役と思しき“時計部”の二人が調査に乗り出しますが、真相がかなりわかりやすい……のは、作者も織り込み済みのようにも思われます。謎が解かれた後の“最後の一言”が痛烈です。
- 「首無館の殺人」 (白井智之)
- 凄惨な首切り殺人事件が起きて〈首無館〉と呼ばれるようになった山中の洋館へ、三人の女子高生が事件の再調査に訪れるが、三人の男たちに別館に監禁されてしまう。その翌朝、男たちは本館で首無し死体となっていたが、そこに犯人の姿はなく、雪に覆われた地面には本館に向かう足跡一つなかったのだ……。
- 白井智之の作品は――上の紹介では無難(?)にみえるかもしれませんが――冒頭から作者らしい無茶苦茶な内容(苦笑)で、隙あらばグロ要素を突っ込みながら、首無し死体から“足跡のない殺人”、意外な探偵役に豪快すぎるトリック、そして何とも凄まじい執念を感じさせる結末と、見どころ十分。読者を選ぶことは間違いないでしょうが、作者の持ち味が存分に発揮された充実の一作です。
- 「囚人館の惨劇」 (井上真偽)
- 夜行バスで転落事故に遭った乗客十三名が、山奥でたどり着いた廃屋同然の洋館。そこは、かつて惨劇が起きた場所としてネットで話題になった〈囚人館〉だった。ここでは無数の犠牲者たちの“霊”が、生者を呪っているという。やがて乗客たちが次々と何者かに殺されていく中、僕は懸命に妹を守ろうとするが……、。
- 井上真偽の作品は、100頁を超える(アンソロジー収録作としては)大作で、非業の死を遂げた犠牲者たちの霊が、バスの転落事故を生き延びた人々を呪い殺していくかのような、ホラー色の強い一篇です。奇怪な連続殺人の恐怖と、事故で様子がおかしくなった妹が疑われるのを防ごうとする主人公の焦燥とが相まって、スリリングな物語に仕上がっています。そして最後に明らかになる、鮮やかな真相が非常に秀逸です。
*2: 未読なので……おそらくは、『麦の海に沈む果実』を読んでおいた方がより楽しめるのではないかと思います。
*3: 「QEDシリーズ - Wikipedia」を参照。実は第一作を昔――刊行当時だったはずなので1998年頃?――読んだきりで、失礼ながらほとんど何も覚えていません。
なお、この作品は後に『試験に出ないQED異聞 高田崇史短編集』(講談社ノベルス)に収録されているようです。
*4: 『君と時計と嘘の塔 第一幕』・『君と時計と塔の雨 第二幕』・『君と時計と雨の雛 第三幕』・『君と時計と雛の嘘 第四幕』の四冊で完結しているようですが、これも未読です。
2017.11.16読了 [新本格30周年記念アンソロジー]