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奇面館の殺人/綾辻行人

2012年発表 講談社ノベルス(講談社)

 本書では、仮面がはずせないという設定により、多様な入れ替わりの可能性が検討されることになっています。とりわけ、死体の首と指が切断されて持ち去られていたことも相まって、〈奇面館〉の主人・影山逸史が招待客になりすましている可能性をいやでも疑わざるを得ないところがよくできています。

 というのは、新月瞳子がサロンで受けた電話によって、犯人が館の仕掛けをよく知る人物であることが早い段階から示唆されているからで、別館の“奇面の間”にいた犯人が本館の書斎へ行って電話をかけている*1ことを考えれば、犯人がシリーズ定番の“秘密の抜け穴”を使ったと考えるよりほかありません。そしてそれは、何も知らない人物が偶然発見できるようなものではないでしょう。

 しかるに、死体の首が発見されて被害者が〈奇面館〉の主人・影山逸史であることが(ほぼ)確定すると、犯人たり得る人物が見当たらなくなり、五里夢中となってしまいますが、解決直前の絶妙なタイミングで重要な手がかりとなる事実――二代目の〈奇面館〉主人の存在が明かされる、という手順が実によくできています。

 裏を返せば、二代目の主人の存在をぎりぎりまで伏せてあることこそが、(前述の仮面の設定とともに)本書で謎と推理を展開する上での重要なポイントであって、そのために現在の主人・影山逸史と(「第三章 3」“亡き父、影山透一のことを考えるたび”(72頁)と独白している)影山透一の息子・影山逸史とを同一人物だと誤認させるトリックが仕掛けられている、と考えるべきではないでしょうか。

 そして、最後に明かされる大ネタ*2――招待客全員が同姓同名だったというとんでもないネタも、そこから派生したもの――いわば〈“影山逸史”は“影山逸史”の中に隠せ〉(?)という発想のもと――ではないかと考えられます。いささか悪乗りしすぎのようでもありますが(苦笑)、むしろそこまでいってしまえば――現在の主人・影山逸史が意図をもって招待した*3、同姓同名の人物の集まりということになれば、そこに影山透一の息子である先代の〈奇面館〉主人・影山逸史がいても不自然ではないでしょう。

 もちろん、“影山逸史”という比較的珍しい名前(なおかつ誕生日がほぼ同じ)の人物がこれだけ存在するというのは、“現実的”に考えれば無理があるのは確かですが、例えば物理法則などであればいざ知らず、人名であれば“絶対にあり得ない”ともいいきれないところですし、そこは突っ込んでも仕方ないというか。「エピローグ」での鹿谷門実の“メタ発言”(413頁〜415頁)をみても、作者が自覚的にやっているのは明らかですし、フィクションがフィクションである以上は何から何まで“現実的”でなければならないということはないでしょう――閑話休題。

 当然ながら、この大ネタを成立させるためには招待客たちの名前を伏せておく必要があるわけですが、本書ではそれを実に巧みに成し遂げてあります。そもそも同姓同名の人物の集まりという趣旨ですから、(事前に多少の事情は聞いているであろう新月瞳子や鹿谷門実も含めて)当初から招待客たちの氏名に注意を払っても意味がないのは理解できるところで、地の文で言及されなくても不自然ではないでしょう。そして事件発生以降は、人物入れ替わりの可能性もないではないわけですから、間違えようのない事実である仮面の種類を地の文での呼称として使うのは妥当です。

 読者としては、特に招待客たちが続々と集まってくるあたりでは違和感を覚えるところではありますが、(筆名や芸名ではあるものの)“日向京助”や“忍田天空”といった名前が出てくることもあって、名前を隠さなければならない理由があるとは考えにくくなっていますし、事件発生以前も、また事件発生以降も、それぞれの識別は可能なために油断させられる――ポピュラーな“一人二役”や“二人一役”が成立しがたい――ところもあるでしょう。

 さて、犯人を特定するための最後の決め手となる、梟のロゴマークに関する矛盾――“赤い翼を広げた表紙の梟”(94頁)“『ミネルヴァ』……ああ、あの蒼ざめたフクロウの”(223頁)――は、読者が拾うには少々目立たなさすぎる感もありますが、個人的には、犯人の条件である“二代目の〈奇面館〉主人であること”をどのような手がかりで示すことができるのかまったく想定できなかったので、完敗といわざるを得ません。よくよく考えてみれば、『ミネルヴァ』は確実に影山透一の時代から現在まで残されていたわけで、他にそのようなものは(館そのものと仮面以外には)見当たらないことを考えれば、それが手がかりとなるのも大いにうなずけるところです。

 死体の首が持ち去られた理由も〈奇面館〉ならではのユニークなものですが、犯人が招待客たちに仮面をかぶせた理由が〈奇面館〉という舞台にあっては逆説的なものに感じられて非常に面白いと思います。

*1: 書斎からはサロンの様子が確認できないことが、作中で強調されているのも周到です。
*2: 「昭和は遠くなりにけり - 一本足の蛸」には“最初から明かしてしまってもよかったのでは……と一瞬思ったが、(中略)まあ、事件が発生して、鹿谷門実が探索と推理を開始したあたりで明かすくらいでよかったように思う。”とありますが、招待客たちが同姓同名であることを先に明かしてしまうと、現在の主人・影山逸史と影山透一の息子・影山逸史別人であることに読者が気づいてしまうおそれがあるので、これは少なくとも終盤までは伏せておかなければならないでしょう。
 それにしても、“メインの大仕掛けには気がついた。ちょうど100ページめで。より正確にいえば、100ページ上段11行目で。”というのはさすがですね。
*3: “本質は表層にこそある”(107頁)という〈奇面館〉の主人・影山逸史の言葉が、ヒントといえばヒントではありますが……。

2012.01.10読了

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