ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 掲載順リスト作家別索引 > 
  3. ミステリ&SF感想vol.161 > 
  4. 山魔の如き嗤うもの

山魔の如き嗤うもの/三津田信三

2008年発表 ミステリー・リーグ(原書房)

 ネタバレなしの感想に書いたように、単行本第1刷では六地蔵様の童唄に、“あかじぞうさま、のーぼる”と唄われるもの(60頁/141~142頁)“しろじぞうさま、のーぼる”と唄われるもの(143頁/336~338頁)二種類があり、混乱させられました。

 というのは、“しろじぞうさま、のーぼる”の見立てだとされた立治の死体が顔を焼かれているために、“しろじぞうさま、やーけるの見立てだとしても筋が通るからです。さらに、“くろじぞうさま、さーぐる”の見立てだとされた広治の死体も、“腑分け”だと考えれば“くろじぞうさま、わーけるの見立てといえないこともないでしょうし、“あかじぞうさま、こーもる”の見立てだとされた力枚の死体もまた、六墓の穴まで“登らされた”ことを考えれば“あかじぞうさま、のーぼるの見立てだと解釈することができます。

 ここで、六地蔵様の童唄に二つのバージョンがあり、しかも“しろじぞうさま、やーける”のバージョンの見立てが行われているとすれば、そちらのバージョンを手記に記した郷木靖美が真犯人ではないか、と考えたのですが……336頁~338頁で犯人が“しろじぞうさま、のーぼる”のバージョンを唄っていたことで、どうやら単なる間違いらしいとようやく判断を下したものの、郷木靖美に対する疑惑を完全に捨て去るまでには至らなかったせいで、「終章」の衝撃が薄れてしまったのが残念です。


 刀城言耶による解決(第十四章)は、郷木靖美の手記の謎解きから始まっていますが、やはり“立一”一家の突然の消失の理由がよくできています。状況が異なるので“マリー・セレステ号”事件にそのまま適用できないのが惜しいところですが、突然情報がもたらされたことによる時間のなさが、食べかけの朝食を放り出して姿を消した謎に対するうまい説明になっていると思います。

 そしてその“立一”一家の正体については、“太平一座”というダミーの真相を経由して立治一家による“二役”という真相が示され、さらにそれによって立治殺しにおける顔を焼かれた死体の真の意味――横溝正史の某作品((以下伏せ字)『悪魔の手毬唄』(ここまで))へのオマージュというべき仕掛け――が浮かび上がってくるところが見事です。

 そもそも、“囲炉裏で顔を焼かれた死体”というモチーフからして、その某作品を露骨にイメージさせるものではあるのですが、それでいて肝心の仕掛けそのものが見えにくくなっているのは、一つには死体の顔を焼くという行為が密室を構成する手順の中に組み込まれていることにもよるでしょう*1。しかしそれ以上に重要なのが、“立一”の消失と立治殺害の時期がずれている――殺害よりもずいぶん前に消失が起きている――点で、(関連しているとはいえ)それぞれが一つ一つの事件として切り離されているために、“二役”という構図を想定するのが難しくなっているのです。

 続く犯人の特定に関しては、エラリイ・クイーン(以下伏せ字)『エジプト十字架の謎』(ここまで)の“アレ”を思い起こさせる、“犯人は、どの壺に蝦蟇の油が入っていたのか知っていたことになる”(384頁)というロジックにニヤリとさせられます。が、一旦は一人(将夫)に絞り込んでおきながら、そこに“なぜこの時期に犯人は連続殺人をはじめたのか”(401頁)という条件をさらに組み合わせることで、“どの壺に蝦蟇の油が入っていたのか知っていた”人物の範囲を広げるという手順が実に面白いと思います*2

 胆武の正体が郷木靖美だったというのは少々やりすぎなようにも思えますが、そうでなくては冒頭の「忌み山の一夜」の位置づけが(分量に比して)軽すぎるともいえるので、まずは妥当なところでしょう。そしてこの真相により、「はじめに」“氏が忌み山を侵してしまったことが、この禍々しい事件の発端となった”(6頁)という一文が重みを増しているところが何ともいえません。

 そしてまた、郷木靖美が真犯人だったという真相により、前述の横溝正史の某作品に絡めた“二役”という趣向がクローズアップされているのが見事です。というのは、立治一家殺害の動機は“立一”一家としての行動の結果として生じたものですし、力枚殺害の動機は郷木靖美=“胆武”という二役を見抜かれたというものです。さらに、郷木靖美のアリバイを保証していたのは郷木高志による一人二役であったわけで、事件全体の裏側に“二役”という趣向が隠されていたといえるのではないでしょうか。

*

 ところで、刀城言耶は郷木靖美の動機に関して“恐らく彼は奥戸の伝承をお祖母さんから送って貰っているうちに、六壺の穴の話から一家消失のからくりに気付いたに違いありません”(421頁)と説明していますが、自身で“取り敢えず原稿に記された怪異について、一通りの解釈を施しておきました”(132頁)と述べているのはどうなのでしょうか。

*1: 個人的には、前述のように“しろじぞうさま、やーける”の見立てだと思い込んでいたこともあります。
*2: 刀城言耶の説明は将夫犯人説の否定から始まっていますが、実際のところはこちらの手順ではないかと思われます。

2008.04.21読了