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お前の彼女は二階で茹で死に/白井智之

2018年発表 (実業之日本社)

 以下、気になったところもいくつか指摘していますが、文庫版は大幅に改稿されているようで、そちらでは問題ないかもしれませんのでご注意ください。


「ミミズ人間はタンクで共食い」

 まず最初に、外部犯を否定して容疑者を限定する細かい推理が目を引きます。水槽の水がこぼれた形跡がないことから、犯人が赤ん坊を落とす際に水槽の水を減らしておいたというのは納得できますし、ミズミミズが逃げ出すのを防ぐという動機も自然です。そして、排水ホースの特殊な構造*1、ミズミミズの知識、カルキ抜きの知識に基づいた三つの条件を用意した上に、犯人が故障した焼却炉を使おうとしなかったことでダメ押しする推理は、偏執的といっても過言ではありません。

 内部犯に限定されたところで焦点となるのが、家族である赤ん坊を殺した動機です。ミズミミズに食べさせるという犯行が、ヤマトのミミズの外見を隠蔽するためだったというところまでが先に明かされますが、ミミズの赤ん坊を誘拐して指を切断する“絶頂ムーミーマン”がここで関わってくるのが完全に予想外。ノエルと同じように指が欠損した*2ミミズの赤ん坊を見て、自分の家族が“絶頂ムーミーマン”だと勘違いしたという、奇想天外な推理が強烈です。

 かくして、“ノエルが誰をレイプしたのか”によって真相が変わるという、前代未聞のとんでもない趣向になっているこの作品ですが、犯人にとって“見知らぬ赤ん坊”であることが勘違いの条件であるため、“誰が産んだ子なのか”*3が推理の分岐点となるわけで、奇天烈な趣向に必然性が備わっているのがすごいところです*4

・ユリの場合

 自分が産んだヤマトがミミズだと知っているユリは犯人ではなく、その出産時にタイに逗留していた〈サクラが犯人〉となります。

・サクラの場合

 ユリの場合と同じ理由で今度はサクラの方が除外され、〈ユリが犯人〉となります。

・ヒメの場合

 ヤマトがヒメの子ではないのはもちろんですが、ノエルの子でもないというのがポイントで、ヤマトの父親と考えられる楢山デンがミミズの家系ではあり得ないことから、サクラの方がミミズの家系という意外な展開に。ヤマトが“見知らぬ赤ん坊”ではないので、〈サクラ犯人説〉〈ユリ犯人説〉での動機が成立しなくなり、事件の構図がまったく変わってしまうのは避けられません。

 ここで持ち出される、ヤマトを連れてきたブブカとの会話を通じて、“ミミズ”であるヤマトをミズミミズのエサだと思い込んだという、“もう一つの勘違い”がこれまた強烈ですが、オリヒメに対する“お姉さん、ミミズ屋さん!”(30頁)という言葉は、ヒメがブブカを“ミミズ屋さん”と認識したことを裏付けているように思えます(ただし、この勘違いはすべての場合で起こり得るので、犯人特定の手がかりとはなりません)。そしてヒメがミミズであれば、掌からの粘液を使って犯行が可能*5ということで、この場合には〈ヒメが犯人〉となります。

 ……というのが作中でのマホマホの推理ですが、ここで注意しなければならないのは、〈サクラ犯人説〉〈ユリ犯人説〉ではミミズの家系でないことを前提としていたはずが、ヒメがレイプされた場合にはそれを覆さざるを得なくなり、推理の前提が大きく変わっている点です。しかしながら、ヒメがレイプされて初めてミミズの家系になるわけではない*6のですから、実際には、“ノエルが誰をレイプしたのか”以前に“サクラ一家がミミズの家系か否か”で推理が分岐することになるはずです*7

サクラ一家は
ミミズの家系か?
        Yes
――――――――――――――――→
ヒメが犯人
No
――→
ノエルは誰を
レイプしたのか?
ユリ
―――→
サクラが犯人
サクラ
―――→
ユリが犯人
ヒメ
―――→
×

 サクラ一家がミミズの家系だった場合、ヤマトがノエルの子であってもなくてもかまわない一方で、“サクラもユリも、ヤマトの正体を誤解するはずがない”(71頁)というのは、ノエルがレイプしたのが誰であっても成立します。それに対して、前述のようにヒメの勘違いは常に起こり得るのですから、ノエルが誰をレイプしたかにかかわらず〈ヒメ犯人説〉一択ということになるでしょう。

 逆にミミズの家系でなかった場合には、〈サクラ犯人説〉〈ユリ犯人説〉はそのままで、ヤマトの存在によりヒメがレイプされた可能性は否定される――ということになるでしょうか。こちらの場合では、ヒメの勘違いがあったとしても、ミミズでないヒメには犯行が不可能となります。

 いずれにしても、手がかりの不足により――すくなくともこの時点では――事件の真相は確定できないことになりますが、ヒコボシがそれを逆手にとって都合のいい解決を選択するという、もう一つの趣向も非常に面白いと思いますし、“ヒコボシによる復讐譚”というストーリーに合致しているのは間違いないでしょう。

*1: 正直なところ、作中の描写だけでは(それこそ素人には)よくわからないのですが、“バルブをどう捻れば水が抜けるのか、素人には想像もつかない。”(25頁)というヒコボシの独白が親切です。
*2: この点ははっきりしませんが、“特に両手の損傷が激しく、手首から先は骨まで齧られてめちゃくちゃになっていた。”(23頁)という死体の様子から、ヤマトの手首から先を念入りに食べさせる意図が犯人にあったとすれば、その可能性は高いでしょう。
*3: “ヤマトくんが生まれたときもそうだったじゃねえですか。院長がタイに滞在していた半年間、ユリちゃんたちの面倒を見たせいで”(46頁~47頁)というブブカの言葉も、サクラとユリのどちらが産んだようにも解釈できる、絶妙なものになっています。
*4: これに対して、「アブラ人間は樹海で生け捕り」「トカゲ人間は旅館で首無し」では“趣向のための趣向”になっている感がありますが、さすがにこれはやむを得ないところでしょうか。
*5: “縦横の幅が二メートル”(22頁)の水槽の真ん中あたりであれば、水槽の外に飛沫がこぼれないというのもまあ妥当でしょう。また、水槽の水に関する推理が無に帰すわけではなく、ミミズでない外部犯の可能性は変わらず否定できますし、ミミズの外部犯の可能性は焼却炉の件で否定できそうです。
*6: あるいは、ミミズの家系かどうかでノエルがレイプの相手を決めるわけではない、ということです。
*7: 後のエピソードをみると、作者はわかっていてこのように書いているようにも受け取れます。つまり、(「トカゲ人間は旅館で首無し」で明らかになったように)マホマホが信頼できない探偵であることを暗示する伏線だった――というのは穿ちすぎかもしれませんが……。

「アブラ人間は樹海で生け捕り」

 毒殺事件ということでまず問題となるのは、犯人が油炒めにホ素を入れたタイミングで、[1:サダオが調理している時][2:ノブ子が皿を運ぶ時][3:三人が油炒めを食べている時]の三つの場合に分けられています。ここで[1]については、ノブ子の“推理はハズレだな”(116頁)――もとい“酢入りはハズレだな”という言葉から、ノブ子がつまみ食いをして*8隠し味のポン酢に気づいたことが導き出され、否定されます。

 [3]での容疑者は油壺、尻瓦、沢尻の三人ですが、“トイレに行くふりをして、ホ素の容器をゴミ置き場に捨てに行くことができたか”を焦点とした、細かいトイレのロジックが見どころで、最初の沢尻はトイレ前の廊下でツバキとすれ違ったので不可能、次の油壺はトイレに行かず妻に電話していたものの、ガリが反応していないので不可能、そして最後の尻瓦は、女性(ツバキか沢尻)が用を足した後のトイレで便座を上げたことが確定する*9ので不可能――ということで否定されます。

・ノブ子の場合

 ホ素を入れることが可能なタイミングとしては[2]だけが残り、必然的に〈ノブ子が犯人〉ということになります。ゴミ置き場に行く機会がなかったので、捨てられたホ素の容器は偽装であり、空洞になっている尻子玉の中にホ素を入れていたというトリックは、“ベロリリンガ”の設定をうまく生かした――というよりもむしろ、トリックのための設定であることが予想しやすいところがあるかと思います。

 しかし、そこから先がこの推理のすごいところ。宴会場ではパンツ(+ハーフパンツ)を脱いで尻子玉を戻す機会がない、という署長の反論はもっともですが、それに対して尻子玉を飲み込んだ――さらにはそれが口から肛門まで移動したという悪夢のような解決には、圧倒されるよりほかありません。

・セイ子の場合

 ノエルがレイプしたのがセイ子だった場合、ノブ子の方が金属アレルギーということになるので、尻子玉のトリックは不可能で、[1][3]の可能性が全滅します。そこで浮上してくるのが、“ガリの体を介して最初からニンゲンアブラにホ素が入っていた”という、某海外古典*10のトリックを白井智之流にアレンジしたような解決で、これまた凄まじいものがあります。この場合、ガリにホ素入りの食事を与えていた〈ツバキが犯人〉となります。

 オリヒメが死んでしまうほどのホ素入りの茶で、辺戸辺戸村の住民がホ素に耐性を持つことが示されているので、解決のための手がかりは十分。また、当日は調理場のニンゲンアブラが在庫切れで“普通のナタネアブラを使った”(108頁)ために、辺戸辺戸村の住民でないノブ子がつまみ食いをしても大丈夫だった*11ことに説明がつくところも抜かりがありません。

 そして何より、ノブ子がレイプされた場合にはこの解決は成立しない――ノエルが訪れた“もう一つの集落”(89頁)が、ノブ子が住む尻子村ではなく辺戸辺戸村となり、そこでコロッケを食べたノエルが死ななかったため、ニンゲンアブラにホ素は含まれていないことになる――ように、しっかりと考えられているところがよくできています。

 ……というマホマホの推理ですが、実際には、セイ子がコバルト製のボールではなく、“身体に合わない人向け”(80頁)ゴム製のボールを使っているところをみると、セイ子の方が金属アレルギーだと考えられるので〈ツバキ犯人説〉は成立せず、〈ノブ子犯人説〉が妥当ということになるのではないでしょうか。

 ヒコボシは結末で、“「すけべミミズは団地で首吊り」に手を加え、ノエルがノブ子を犯していたことにすれば”(150頁)と独白していますが、“ノエルがユリをレイプした”ことがヒコボシの望む解決に必須だった「ミミズ人間はタンクで共食い」と違って、“ノエルがノブ子をレイプした”ことは事件と直接関係ない上に、ノブ子が金属アレルギーでないことを示唆できる程度の弱い補強材料でしかない*12ので、証拠として提出するのは不要でしょう。

*8: ポン酢の匂いで気づいた可能性を排除するためにガス漏れまで起こしてあるのが、周到というか何というか。
*9: もっとも、尻瓦は男性なので、シンプルに油壺と同じ理由で除外できるはずです……が、ここで検討された便座の問題が、後にノブ子のトリックに関わってくる(署長の反論)ところがよくできています。
*10: (作家名)ドロシイ・L・セイヤーズ(ここまで)の長編(作品名)『毒を食らわば』(ここまで)
*11: ただし事件当日以外、すなわち“サダオさんはツバキさんのホ素混入を知っていて、ノブ子さんのまかないにはニンゲンアブラを使わないように注意していたんだと思います。”(149頁)とされている点は問題で、そうだとするとサダオには事件の真相がすぐにわかったはず――どころか、尻子村からの客に対してニンゲンアブラを卓上に出しておくのは、それ自体が殺人行為(少なくとも未必の故意)では……?
*12: もしもノブ子が金属アレルギーだった場合には、比較的簡単に確認ができるはずですから、ノエルの手記があったとしても、取り調べなどでひっくり返ってしまう可能性が高いでしょう。

「トカゲ人間は旅館で首無し」

 解決の糸口はマキオの部屋の床の血だまりで、“凝固した血の表面に小さなキズがあった”(201頁)ことから出発して、それがマキオではなく先に殺されたヒフミの血――ヒフミの殺害現場が離れではなくマキオの部屋だったとする推理が丁寧です。そして、死体をわざわざ離れへ運んでいることから、〈マキオが犯人〉とされているのも納得。

 そしてマキオが仕掛けた、手の込んだアリバイトリックがよくできています。蝋燭の炎の揺らめきで死体を生きているように見せかけるだけでなく、ヒフミがトカゲ病患者であることを利用して、切断した首と右腕を膿と神札で接着するところがユニークで、時間差で自動的にバラバラになるところまで含めて、奇怪な設定の勝利といえるでしょう。

 マキオがアリバイ作りのために部屋に呼び寄せた人物が、マキオを殺した“二人目の犯人”という推理も妥当です。アリバイ作りのための密室というのはやや弱いようにも思われます*13が、トカゲ病患者の皮膚で派手な“目張り”をしておきながら、雪の重みでドアの枠が歪んで開かなくなったという、某作品*14へのオマージュのような真相が出てくるあたりは面白いと思います。

・マホマホの解決

 マホマホは“二人目の犯人”の条件として、マキオの部屋に施錠したことから[条件1:マスターキーの場所を知っている人物](→カオリ、シンペイ、シオリ、ミキに限定)を、アリバイトリックの効果から[条件2:四時までのアリバイがない人物](→シンペイを除外)と[条件3:四時以降のアリバイがある人物](→シオリを除外)を導き出しています。

 そして最後に、二人目の犯人を離れの目撃者にできず、ヒコボシの携帯電話を使わざるを得なかったことから、[条件4:離れが見えない部屋の人物]でミキを除外して、すべての条件を満たす〈カオリが犯人〉としている……のですが、正直なところこの条件は少々微妙です。マキオが最初にシンペイに声をかけていることからみても、携帯電話の仕掛けは当初からの予定のはずです*15し、アリバイ目的であれば中座せずにすむように、シンペイを訪ねる前に仕掛けは済ませていると考えていいでしょう。その状態で、次に声をかけた“二人目の犯人”が“離れが見える部屋の人物”だった場合、携帯電話の仕掛けを中止するかといえば、やって損はないのでまず中止はしないでしょう。

 [条件4]を導き出す理屈としてはそれよりも、““二人目の犯人”が生きているヒフミを目撃したと証言していない”ことを根拠にした方がいいように思われますが、ヒコボシの証言が先に出てしまえばそれで十分なので、必ずしも[離れが見えない部屋の人物]が“二人目の犯人”の条件とはいえないのではないでしょうか。

・ヒコボシの解決

 病院で働いているシオリがアルコールアレルギーのはずがないという“気づき”から、アレルギーのあるカオリがマロキン*16の臭いの充満するマキオの部屋に呼ばれることはなく、したがって“二人目の犯人”ではあり得ない、という逆転が鮮やか。そして、トカゲ病患者の皮膚を使って施錠する密室トリックの別解から、[条件1]で除外されていた([条件2][条件4]に該当する*17〈ゲンタが犯人〉という解決は――マホマホと手を組んでヒコボシを襲ったことからみても、正解だと考えるよりほかありません。

 これまでと同じように、ヒコボシが“もう一つの可能性”についてマホマホを問い詰めておけば……という気がしないでもないですが、これまで以上にレイプと殺人事件に関係があるように見えないので、やむを得ないところでしょう*18

 せっかく(一応は)事件の謎が解けたにもかかわらず、(西澤保彦『殺意の集う夜』の発端を髣髴とさせる)連鎖反応的な皆殺しが展開されてしまうのが何ともいえません。「アブラ人間は樹海で生け捕り」でのオリヒメに続いて、マホマホまでもがあっさりと思わぬ形で退場することになってしまったのは残念ですが、ヒコボシがすでにミホミホを殺しているとなれば、遅かれ早かれ避けられなかったのかもしれません。

*13: マホマホは、“マキオさんの部屋が出入りできない密室であれば、凶器を戻しにくることもできません”(224頁)としていますが、自殺に見せかけてあるのならともかく、マキオの死体は明らかに他殺の様相なので、むしろ“何らかのトリックを使って犯人が出入りした”という印象が強くなってしまうように思います。もっとも、作中でも“やる気のねえ真相”(225頁)とされているので、これはこれでいいのかもしれません。
*14: 新本格作家(作家名)法月綸太郎(ここまで)の短編(作品名)「緑の扉は危険」(『法月綸太郎の冒険』収録)(ここまで)
*15: シンペイが住んでいるのは従業員宿舎ですし、厨房からも離れは見えないので、[条件4]に該当し、離れを目撃させることはできません。二人で客室棟に移動すれば別かもしれませんが……。
*16: マキロンならぬ“マロキン”なので定かではありませんが、元ネタのマキロンにはエタノールが入っているようなので、まあ大丈夫でしょうか。
*17: ゲンタのアリバイ工作が“夜這い”(206頁)だとすると、ゲンタは離れが見えるミキの部屋にいた可能性がありますが、前述のように[条件4]は微妙なので、少なくとも障害にはならないでしょう。
*18: 「アブラ人間は樹海で生け捕り」では、マホマホが、ノエルの私小説が“真犯人を特定する手がかりだと断言していた”(146頁)ので、“もう一つの可能性”について尋ねるのも自然だと思いますが。

「水腫れの猿は皆殺し」

 ノエルは、クモオ殺しの際にクモオと稔典が部屋を交換していたことを手がかりとして、トレーラーのトリックでは脱皮直後の稔典を殺すことができないことを理由に、犯人は稔典ではなくクモオを狙った――クモオの所在を知っていた〈稔典が犯人〉としています。ショーに使うニセモノの皮を着込んで、“膿の痕跡が残るので犯行は不可能”と見せかけるトリックがなかなか面白いと思います。

 それに対してヒコボシは、オオジョロウグモとゴキブリを手がかりにノエルの推理を否定し、稔典がトカゲ病患者だと知らなかった人物――〈ノエルが犯人〉と指摘。“たしかにぼくがやりました。”(320頁)というぬけぬけとした自白には苦笑を禁じ得ませんが、類似の前例もいくつかある*19トレーラーのトリックが、何と三分の一しか成功しなかったという結果もまたすごいところで、“誰かがノエルの企みを邪魔したのは確かだった”(275頁~276頁)どころではない、というか何というか。

 劇団員の皆殺しと見せかけて、クモオ以外は身代わりの死体という真相にも驚かされますが、これまでの三篇で発生した死体を再利用してあるのが圧巻。「トカゲ人間は旅館で首無し」で、ヒコボシがマホマホの死体を何かに使おうとしていることは示唆されています*20が、さらに事件を伝える“温泉旅館火災現場から六人の変死体”(237頁)という新聞記事が伏線で、旅館で死んだのは(マホマホを除いて)ヒフミ、マキオ、ゲンタ、シオリ、シンペイ、カオリ、ミキ(死亡順)の七人ですから、マホマホ以外にもう一人分の死体がなくなっています*21。ヤマトやオリヒメの死体もヒコボシが受け取っている*22ので、予想できなくはないかもしれませんが……。

*19: 国内作家の長編((作家名)赤川次郎(ここまで)(作品名)『三毛猫ホームズの推理』(ここまで))が一番有名でしょうか。
*20: “マホマホの死を無駄にしない、とびきりの方法を思いついたのだ。”(235頁)以降の描写。
*21: しかし、事件後のヒコボシは“旅館から歩き続け、山間の集落にたどりついた”(237頁)――電車で来ているので当然ですが――ということなので、二人分の死体をまさかの徒歩で運んだことに……?(その後の“バスとタクシーを乗り継ぎ”というのも、二人分の死体を抱えているとすれば恐ろしい話ですが)
*22: この二人の死体は、日程的に――「トカゲ人間は旅館で首無し」の時点で、最初の事件は“先月”(161頁)のこと――もうかなり腐敗しているような気もしますが。

「後始末」

 墓地で少女をレイプしようとしたノエルが、それをきっかけに、ハメ撮り写真でリチウムの股間が塗りつぶされていた謎を解き明かそうとしていますが、リチウムがハメ撮り写真をばらまいて、デンとの関係がまだ続いているとサクラに思わせたかった――そのために、最近の体との違いがわからないよう股間を塗りつぶした、という推理は、どうも誤っているように思われます。

 問題は、“筋金入りのパイパン好き”(337頁)というデンの性癖で、通っていた銭湯の“常連客がハメ撮り写真を見たら、しばらく前に撮ったものだとすぐ分かる”(337頁)ことをリチウムが問題視したのであれば、リチウムに陰毛が生えていることがサクラに伝わり得る状態ということになるので、写真の方をどうこうしたところで、リチウムとデンがすでに破局していることは露見してしまうでしょう。そういう狙いであれば、リチウムがすべきだったのは写真の細工ではなく、陰毛を剃っておくことのはずですが、リチウムが死んだ際の“股間にケムシみたいな陰毛が生えている”(39頁)という様子からすると、リチウムの意図*23に関するノエルの推理は妄想と考えていいのではないでしょうか。

*

 最後にノエルを殺した三人組は、ノエル自身が覚えていない(!)ので定かではありませんが、“ミミズ屋さん”(341頁)と口にする妹はヒメ、ノエルがレイプしようとした姉はユリ、そして“顔には世界地図みたいな形の濃いシミ”(341頁)のある女はブブカ*24と考えるのが妥当でしょう。ここで、“少女の掌から溢れた粘液(341頁)とあることから、サクラ一家がミミズの家系であることが確定するとともに、ヤマト殺しの真相も〈ヒメが犯人〉ということで確定します。

 ただしマホマホの推理とは違って、ノエルがレイプしたのはヒメとは限らないのは前述のとおり。しかして、「水腫れの猿は皆殺し」でヒコボシにレイプの動機を問われたノエルが、道で見かけて、かわいかったのでつい”(278頁)と答えているところをみると、レイプしたのは“道で見かけた”に該当するユリではないかと思われます。

*23: 写真をペンで塗りつぶした人物については、クモオにもデンにもメリットが皆無であることを踏まえると、やはりリチウムではないかと思われます(クモオに渡す際に、股間まで見えてしまうのは恥ずかしかったから?)。
*24: “顔にも世界地図みたいな形の濃いシミが浮かんでいる。”(45頁)

2019.03.10読了